ヘルエスタ王国物語(97)
奇跡のような街だった。
足を踏み入れたヘルエスタ王国は入り口から異種族が笑い合っていた。ちょうど休み時間だったらしく、彼らは資材の近くに腰を据えて、仲良くおにぎりを食べているところだった。
が、クレアたちがヘルエスタ王国に入ってきた途端、昼休憩を満喫していた人たちは食べることを忘れ、クレアたちを驚いた様子で見つめた。
正確には、クレアの少し前を歩いているレイナ・ヘルエスタに驚いている。
「なんか、スゴい目立ってましたね」
「そりゃあ、自分の国の王様が帰ってきたんだもん。喜んで当然でしょ」
と、レイナは言ったが、王様の帰還にあれは喜んでいたのか、クレアは疑問に思う。
どちらかといえば、レイナを恐れているような感じだった。
力の序列や権力的な立場に怖がっているのではなく、もっと別の───尊敬しているからこそ恐怖しているような───冷たい風に怯える子どもみたいだった。
クレアは一歩引いて、レイナの後ろに付いていく。
「止まって」
レイナの声と手が、クレアに合図を送った。
足を止める。
ついでに重かった荷物も地面に置いた。
「どうしたんですか?」
レイナの顔は横に向いて、その目は建設途中の建物を睨んでいる。
「ちょっと用事が出来たみたい」
ん? とクレアが質問しようとした時、レイナの睨んでいた建物が崩れた。屋根の上に登っていた人たちは悲鳴を上げるでもなく空中に投げ出される。
クレアは息を止めた。
彼らがどうなってしまうのか、分かってしまったからだ。
命が消える瞬間から目を逸らす。
しかし、もっと驚いた事がある。
それはレイナ・モア・ヘルエスタの口から出た言葉だった。
「レタ・セ・モア」
「───ッ!?」
ゾッとする。
王命と奇跡───先ほどまでクレアの目の前にいたはずのレイナはいつの間にか消えていた。今は崩れる建物の近くに瞬間移動している。
そして崩れる建物から全員を助け出した彼女は、満足そうな笑みを浮かべてクレアのところに戻ってきた。
「行きましょうか」
「……はい」
驚いたまま、クレアは返事をした。レイナは不思議そうにするクレアの顔を覗き込んだあと屈んで、足元に落ちていた石ころを拾った。倒壊した建物のあった場所から誰かがこっちに走ってきていた。
「お仕置きタぁーイム」
レイナは甘く囁くように言った。
近づいてくる影に持っていた石を投げる。
風を切ったような音が聞こえ、石ころは長身の男に向かって飛ぶ。石は男が頭に被っていた帽子に命中し、帽子は地面に落ちた。
だが男は、帽子を拾うでもなく、さらに走る速度を上げる。
そしてクレアたちの前まで来ると、あまりにも美しい、お手本のようなスライディング土下座を決めた。
「いやマジ、ホント! 申し訳ありませんでした───ッ!!!!」
レイナは邪悪に笑って、
「あらぁ……ちゃんと謝れて偉いわね。でも、今来なかったらあとでもっとキツイ仕事を任せてあげたのに。残念だわ」
その言葉を受けて、金髪に白スーツの男性はみっともなく震え上がった。
「これからはもっと頑張ります! 努力します! だから命だけは勘弁して下さい!」
「答え次第かな」
男は小さく顔を上げた。
十秒ほどその態勢で、レイナの質問を待っていた。
「ルカ、どうしてあの場所を離れたの?」
「他の場所で問題が起こって……それでやむなく……」
「へぇー」
レイナの冷たい瞳が、金髪の男を見下ろす。
「ウソです、ごめんさい! 本当は昼寝してました!」
男は寒気に負けて、嘘偽りのない真実を吐露した。
レイナはしゃがんで男と目を合わせる。
「ルカ、あの建物をどうして私が支援しているのか、貴方も知ってるでしょ?」
「それは……」
ルカ・カネシロの言葉は続かない。
「私、説明したわよね。まさか、覚えてないの?」
「……───」
ルカは再び顔を伏せた。
「顔を上げて」レイナは言った。「戻ってやり直しなさい。期日までに間に合わせられなかったら……分かるでしょ?」
「絶っっっ対に! カネシロファミリーの存続にかけて、必ずやり遂げてみせます!」
そう言って、ルカは来た道を全速力で帰っていった。
「私たちも行きましょう」
「あはは……」
ほどなくして、クレアは歩きながらあの建物についてレイナに質問した。
「あれは極東の国の……小野町っていう人の家になるの」
「小野町……」
前世でも聞いたことのない名前だった。
「すごい人なんですか?」
「うーん、すごいっていうよりも優しい人かな。入り口で見た大工さんたちを覚えてる? ほら、私たちに向かって、おにぎりを見せびらかしてきた」
「ああ」
と、クレアは空を仰いで。
「あの人たちが小野町さんなんですか?」
「ううん、違う」
「違うんですか!?」
レイナは笑った。
「働いてた人たちは普通にヘルエスタ王国の国民よ。私が注目して欲しいのは、おにぎりの方なの」
「おにぎりですか。……確かに美味しそうでしたけど」
クレアは思い返してみたが、それが建物の話とどう繋がるのか分からなかった。
「あのおにぎりはね、小野町家の人たちが無償で提供してくれているものなの。元々、極東の方では農業を営んでたみたい。たまに、余ってる野菜なんかも差し入れで持ってきてくれるのよ」
「親切な人たちなんですね」
「ええ、とっても。でも、感謝状は受け取ってくれなかったから、かわりに家をプレゼントする事にしたの。向こうもそれで納得してくれたわ」
その話を聞いたとき、クレアは困った顔をする小野町家の人々を容易に想像することができた。おそらく彼らは家すらも必要としてはいなかっただろう。ただ、奉仕されてばかりではレイナの気が済まなかったというだけの話だ。
王城を目指しながら、クレアは周囲を見渡した。
まだ完成していない家が山ほどあった。だが、そのほとんどは今自分たちが歩いている場所に集中している。
クレアが疲れた素振りをみせると、レイナは何も言わず、重い荷物を持ってくれた。
「この辺りはまだ未完成でね。たまに様子を見にくるの。本当は人の集まってる東の街とか見せてあげたかったんだけど……」
「いいえ、十分です」
素直な気持ちで感想を伝えた。驚いた様子で言葉の裏を読もうとするレイナも、クレアの言葉が本心からだと分かった瞬間、嬉しそうに目を細めた。
くるり、と体ごとクレアの方に回して、レイナは言う。
「私、貴方のこと好きかもしれない」
「……───」
突然の告白にクレアは顔を赤くした。しかし、当然といえば当然だった。レイナほどの美しい女性に「好きだ」と真正面から言われて、顔を赤くしない生命体はこの世に存在しないだろう。
それが純粋な感情からくるものであれば尚更だ。
「あ、照れてる。可愛いー」
「いえ、まあ……そうですね……」
沈黙が落ちた。
そして、
「見ててね、クレア。ヘルエスタ王国はこれからもっと良くなっていくから」
そう思いを露わにするレイナは、いつかのウィスティリアにそっくりだった。
王城は今も未来も変わらない場所にあった。
ヘルエスタ王国の中心。ヘルエスタ王国全土を見渡せるように設計された城は、ある意味で巨大な監視塔ともいえるだろう。
長い道のりを歩き終え、王城に辿り着いた二人を出迎えたのはライラ・アルストロエメリアという名の女性だった。赤を基調とした踊り子のようなドレスを着ている。彼女はレイナの帰還にお辞儀をすると、脇に立っていた兵士を呼びつけた。
「その荷物はクレアのだから、客室に置いておいて。中身は確認してるから調べなくても大丈夫」
「分かりました。では、最低限の確認はこの場でしてしまいましょう。キアラ、ライカ、お願いできる?」
一体どこに隠れていたのか。ライラの影から二匹のオオカミが現れた。
オオカミたちは荷物に鼻を近づけ、危険がないかを確かめる。その行動にクレアは少しだけ恥ずかしくなった。
「危険はないみたいですね」
仕事を終えた白いオオカミ───キアラは、ライラの足元に座って安全を伝える。
ライカと呼ばれた黒いオオカミは最終確認とでもいうようにクレアに近づき、身体のニオイを確かめた。
「撫でてもいいですよ。私が合図しない限り、噛み千切ったりしませんから」
「え?」
お姉さん口調で恐ろしいことを言うライラ。
しかしクレアも、撫でていいと言われて、その欲望には逆らえなかった。
「ふわふわです!」
「良かったね、ライカ」
黒いオオカミは満足すると、白いオオカミとは反対側に座った。
「もしかして、レイナ様のお友達ですか?」
「可愛いでしょ」
「ええ、とっても」
ライラに優しく微笑みかけられる。
それだけで彼女のことを好きになりそうだった。
「今日はライラの他に誰かいるの?」
「はい。王の間でシェリンが待機しています」
「シェリンが? ……ちょうどいいわね」
レイナは王の間に向かう途中、ライラの言葉に耳を傾けていた。一緒に聞いていたクレアにはさっぱりだったが、ヘルエスタ王国で問題が起こっているという事実だけはライラの声音から察することが出来た。
「それと小野町家の方たちが話をしに来ました。なんでも、今建設している家を宿に変えたいとのことです」
「図面はある?」
「はい。一緒に持って来られました」
「オッケー。ルカに図面を渡して、建て直させましょう。それと、頑張ったらサボった件はチャラにしてあげるって伝えておいて」
ライラは苦笑いを浮かべた。
「次は少々めんどうな話になってしまうのですが……」
「どうしたの?」
「実は先ほど、東の街で尊様が暴れているとの報告がありまして。申し訳ないのですが……レイナ様に出ていただく事になるかもしれません」
「セラはどこにいるの?」
「彼女なら家で休んでいると思います」
そう、とレイナは返事をしてから指を、パチン! と鳴らした。すると、廊下に淡いピンク色の髪をした少女が召喚される。
着ている服は大きめの白いティーシャツ一枚のみ。胸のあたりには、ひらがなで『まほうしょうじょ』と書かれていた。
パンツは履いているのか。
いないのか。
絶妙に見えない、ギリギリのラインで攻防を繰り広げているので、少女の着ているティーシャツを剥ぎ取らない限り、クレアには確かめようがない。
「セラ、起きなさい。仕事の時間よ」
「ウソですよ。今日のセラは一日休みなんですぅ……」
むにゃむにゃと眠たい目を擦りながら、ナ・セラは目の前に立っているレイナ・ヘルエスタを見て固まった。
レイナはにっこり笑顔で、何かを企んでいそうな顔だった。
「ど、どどどど……どうして、どうしてレイナ様がセラの家にいるんですか!?」
驚愕。
そして慟哭。
「なんで泣いてるの?」
「だって! だって! レイナ様がセラの家に来たのなんて初めてじゃないですか。部屋とか全然片付けてませんし……めちゃくちゃ散らかってて……うぅ、恥ずかしい。恥ずかしいですよぅ」
レイナはため息を吐いて、
「セラ、周りをよく見なさい。ここは貴方の家じゃないでしょ」
「え? あ、ホントですね……」
セラは自分のへたり込んでいる場所が王城だと理解した。が、どうして王城にいるのかは分かっていない様子だった。
そんな彼女に指を向けて、レイナはお願いする。
「早速で悪いんだけど。今から東の街に行って、尊様の暴走を止めてきてほしいの」
ぽかん、と。
セラは首を傾げた。
「今日休みって……ライラさんが……え? えぇ?」
「ごめんなさいね、セラ。これからレイナ様と大事な話があるの。だから、尊様の件お願いできるかしら?」
二人からお願いされ、セラは逃げられない事を悟った。
廊下に力なく倒れ、今度は違う意味で涙を流す。だが、ヘルエスタ王国の人手不足は深刻だ。彼女もそれを分かっている。
「次の……次の、セラの休みはいつになりますか……」
ライラは持っていたノートをぺらぺらと捲った。
しかし、セラの休みは一ヶ月ほど先の未来にしか書かれていなかった。
ちなみに今日働いてしまうと、彼女は一年間休まず働いたことになる。それだけ給料は出るのだが、魔法少女は平和のために奔走しなければならない宿命だ。魔法少女とは自分を犠牲にして、人々の日常を守るお仕事なのだ。
よろよろとセラは立ち上がって、
「セラ、がんばります。がんばりますから……明日は休みをください」
一日でいいんです。
やつれた顔で自分の気持ちを伝える魔法少女は、可哀想を一周させて、この場にいる誰よりも可愛かった。
少なくとも、クレアはそう思った。




