表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヘルエスタ王国物語  作者: 十月 十陽
救済編(プロット)
110/112

ヘルエスタ王国物語(110)




 リゼ・ヘルエスタ、十歳。


「これぐらいの広さで良かったかしら?」

 レイナ・ヘルエスタは振り返り、クレアの横に立つ人物にそう質問した。

 ヘルエスタ王国では現在、次の計画が始まろうとしている。

 クレアの目の前に広がる巨大な地下空間はその最初の一歩にすぎない。これからこの地下に人を集め、ヘルエスタ王国に新しい街を建設する。空想の産物でしかなかった地下計画だが、モアの王冠を使えば簡単に場所を用意できてしまう。

 そしてこれらの計画はすべて、発案者である加賀美ハヤトに一任されていた。

「十分といいますか……十分すぎるといいますか……私は、夢を見ているじゃないかと自分の目を疑ってしまいます」

「言い出したのは加賀美くんでしょ? ちゃんと責任持って管理してね」

 加賀美は曖昧に頷いて、レイナの言葉を飲み込んだ。

 レイナの説明によれば、モアの王冠で広げた地下空間は、地上のヘルエスタ王国とほぼ同じ面積だという。

 にわかには信じられない話だが、そんな事より、こんなに地下を広げて地上には何の影響も出ないのか、クレアは不安だった。

「本当に大丈夫でしょうか」

「大丈夫よ。説明したでしょ? ここは本当にヘルエスタ王国の地下じゃない。異空間とか異世界に近い場所なの。だから、万が一にもヘルエスタ王国の地面が抜けて、この空間に落ちる、なんて心配はしなくていいわ」

 暗闇の中、レイナは淡々とそう語る。

 ランプの明かりだけが頼りのクレアは、光の届かない場所を見ていると息が詰まりそうになった。

「それじゃあ、地上に戻るけど……他に聞きたい事はある?」

 クレアと加賀美は顔を合わせて、

「「とくにありません」」

「そう? なら次は王城に戻って会議をしなきゃね。私から重大発表があるから」

 レイナは微笑んで指を鳴らす。

 ゆるり、と足元が揺れる感覚があって、三人は王の間に戻ってきた。

 王の間に突然現れた三人を、えるが出迎える。

「おかえりさないませ、レイナ様。それとクレア様も」

 加賀美には一瞥をするだけで、えるは書類を持ってレイナに近づいた。

「レイナ様、こちら頼まれていた資料になります。……それと」

 えるはレイナの耳元で口を動かす。

 クレアと加賀美には聞こえなかった。

「分かった、ありがとう」レイナ頷いて。「さて、重大発表が二つもあります」

 レイナはいつも以上に晴れやかな笑顔で告げる。

「なんと、リゼに姉弟ができました! やったー!」



「そりゃあ、おめでたい話だね」

 王城の実験室、薬品の入ったフラスコを片手に葉加瀬冬雪は言った。

 つり上がった目をさらに細めて、赤い瞳の彼女は振り返る。

「ところで、どうしたらいいと思います?」

「どうといわれましても……」

 クレアは葉加瀬と実験室を見渡した。

 葉加瀬の着ている白衣には焼け焦げた跡があり、実験室の棚から落ちた薬品たちは床で混ざって虹色の輝きを作っている。

 壁には彼女がついさっき起こした爆発で穴が開いており、甘ったるい薬品のにおいをそのまま外に逃がしていた。

「……どうしたらいんでしょうね」

 多少の失敗なら気にも留めない彼女だが、今回ばかりは、完膚なきまでの失敗に葉加瀬の顔にも反省の色が浮かんでいる。

 今の彼女にとって、リゼに新しい家族ができた事よりも、この状況の方がよっぽど深刻なのだろう。

 本来、葉加瀬が問題を起こした場合は、彼女を推薦した加賀美が対応する。

 しかし、レイナの重大発表が終わったあと、加賀美はレイナと地下計画について話し合をしている真っ最中だ。

 手が空いているのはクレアしかいなかった。

「葉加瀬さんは、何を作ろうとしていたんですか?」

「あめ玉をね、作ろうと思ってたんですよ。思ってたんですけど……なんか、爆発しちゃったよね。うん、なんでだろうね?」

 葉加瀬は眉間にしわを寄せ、難しい表情で腕を組む。

 そしてクレアの後ろから、

「わぁ! 冬雪、今回は派手にやったねぇ!」

 可愛らしい声が聞こえて振り返れば、マジシャンの格好をした夜見れなが実験室の惨状を見て目を丸くしていた。

 彼女も加賀美の推薦で、王城に立ち入りを許されている。

「あ、クレアさん! お久しぶりです。元気にしてましたか?」

「はい。夜見さんもお元気そうで何よりです」

 何気ない会話で場を繋いだあと、夜見は声を弾ませて葉加瀬に質問する。

「それで、冬雪は何をしちゃったのかな?」

「うぇーん……よりゅみ、さぁーん……」

 目に涙を溜めて葉加瀬は夜見の腰に抱きつく。

 夜見はそんな葉加瀬の頭を優しく撫でた。

「よしよし、どうしたの。珍しく弱気だねぇ」

「今、クレアさんと、どうやったら加賀美社長に責任をなすりつけられるか考えてるところなの。夜見さんも一緒に考えて」

「冬雪、言ってることがクズっぽいよ?」

 いつの間にか自分も言い訳を考えるメンバーに入っていた事に苦笑いしつつ、クレアは二人の会話を聞いた。

「このままだと多分、実験室の修理代は加賀美さんが持ってくれるんだけど……その他の貴重な薬品はまた自腹で買い戻さなきゃいけないんだよぉ……。もしそうなったら今度こそお腹が空いて死んじゃう!」

「ご飯代なら社長が出してくれるんじゃない?」

「わたしはお薬がほしいの」

 夜見は少し考えて、

「それは葉加瀬がやろうとしている実験によるんじゃないかな?」

「悪いことには手を染めてないから安心してほしい」

「ちなみにマジックに役立つ薬だったりする?」

「ああー……使い方によっては役に立つ……かな?」

 と、そこまで話を聞いていたクレアが二人の会話に割って入る。

「ちょっと待ってください。先ほど葉加瀬さんは、あめ玉を作っていると言ってましたよね? もしかして違うんですか……」

「うん、作ってたよ。ほら、床に散らばってるのがその残骸。舐めたら甘いけど……美味しいかどうかは保証しない。棚の薬品も混ざってるし」

 葉加瀬は答えて、腰のベルトキットから先ほど持っていた、青い液体が入っているフラスコをクレアに見せる。

「これが今! わたしが研究している薬です!」

 じゃじゃーん、と自慢するようにフラスコを掲げる葉加瀬。

 夜見は拍手を贈り、クレアは恐る恐る尋ねる。

「ち、ちなみにどんな効果があるんですか……」

「聞いて驚いてほしい。なんと!」

「なんと?」

「この薬には!!!」

「薬には?」

「性別を変える力があるんです!!!!!」

「はい?」

 聞いてもさっぱりだった。

 いや、頭では理解しているのだが、その使い道がクレアには思いつかない。

「ちなみに女性限定です。男性が飲むとどうなるか分かりません。だから加賀美さんで実験しようかなと思っています」

「私がどうかしたんですか?」

 運がいいのか。悪いのか。

 会議を終えた加賀美ハヤトが実験室に入ってくる。

「社長! ちょうどいいところに!」夜見は言った。「この薬を飲んでください」

「え? どうして?」

「うるさせぇー、さっさと飲みやがれ」

「夜見さんの口調がいつもより荒いような気がする」

「つべこべ言わず、飲みなぁ」

 夜見からフラスコを受け取った加賀美は、フラスコの中に入っている青い液体と葉加瀬を交互に見比べる。

「一応聞いておくんですけど……害はないんですよね?」

「ああ、それは大丈夫」葉加瀬は答える。「ただ、その薬ってかなり高級だから、あとでお金ちょうだいね」

「実験に付き合わされたあげく、お金払うんですか?」

「それはそれ、これはこれだよ。ちなみに味は、炭酸の抜けたソーダ味です」

「なんだろう……すごく、エネルギー効率がよさそうですね」

 加賀美は最終確認とばかりに、クレアの方に視線を向ける。

「わ、わたしも……大丈夫だと思います」

「……じゃあ、いただきますけど」

 ぐいっ、と加賀美はフラスコの中に入っていた液体を一気に飲み干した。

「別に、何ともないですね」

「十、九、八、七……」

「葉加瀬さん、その不気味なカウントダウンやめてください。うっ!?」

 両腕で自分の体を抱き締め、加賀美はその場に膝をつく。

「か、体が灼けるようだ……は、葉加瀬さん、私に一体何を飲ませたんですか!?」

「四秒か。わたしの時よりちょっと早かったな」

 冷静に葉加瀬はそう告げて、次の瞬間、うずくまった加賀美は絶叫を上げる。襲ってくる苦痛を少しでも和らげるように。

「社長が女の子になるのかぁ。楽しみだなー」夜見は言った。「ねえ、冬雪。社長が女の子になったらどんな服を着せてあげよっか」

「うーん……わたしは可愛い系がいいなぁ。いや、でも、女になった加賀美さんなら清楚系も似合うかもしれない」

「じゃああたしは、バニーガールとか着てもらっちゃおうかな!」

 楽しそうに話す葉加瀬と夜見。

 そして二度目の絶叫が、笑いの絶えない実験室に響き渡る。

「うわあああぁアぁぁアアああぁあああああアアア!!!!!!!!!!!」



 ぐったりと肩を落とし、医務室のベッドに加賀美ハヤトは座っていた。

 その表情はどこか虚ろで、燃え尽きたあとのようにも見える。

「本当に……本当に、大変だった。本当に……」

「お疲れ様でした、加賀美さん。無事に元の体に戻れて良かったですね」

 加賀美の今日の苦しみを労うように、クレアは優しく微笑む。

 薬の効果が切れ、再び、熱で溶かされるような痛みに襲われた加賀美を、王城の医務室まで背負ってきたのはクレアだった。

「クレアさんには大変なご迷惑をおかけしました」

「そんな……頭をあげて下さい。別にたいした事はしていませんから。それより、加賀美さんの方こそ大丈夫なんですか?」

 葉加瀬の説明では性別が変わるという話だったが、しかし、加賀美は薬を飲んだあとも女の子にはならなかった。

 かわりに、十歳くらいの少年の姿に若返っていたのである。

「一気に成長しましたからね。……まだ節々が痛いですよ」

「葉加瀬さんは成長痛と言っていましたけど……まだ横になっていた方がいいんじゃありませんか?」

「お気遣い痛み入ります。ですが、そろそろ動かないと。仕事が残っていますので」

「……───」

 加賀美の笑顔の裏に隠されている疲労を、クレアは見逃さなかった。

 彼はこれまでの仕事と並行して、地下計画の人員を集めなければならない。

 加えて、加賀美がひとりで立ち上げたおもちゃ屋の仕事もあるだろう。クレアも王城と教会の仕事で多忙を極めてはいるが、今の加賀美ほどじゃない。そして彼は、弱音を吐きながらでも、頑張れてしまうタイプの人間だ。

 それを止めることは、クレアにも出来ない。

「加賀美さん、ちょっと相談があるんですけど。いいですか?」

 クレアは加賀美の横に腰掛けて、ゆっくりとした口調で言った。

そんな彼女を加賀美は意外そうな目で見つめ返す。

「……クレアさんが、私に相談?」

「ダメでしょうか?」

「いえ! そういう訳ではなく。ただ、クレアさんの相談相手に、私なんかが務まるものかと思いまして……」

「大丈夫ですよ。それに加賀美さんにしかできない相談です」クレアは続ける。「わたしが加賀美さんに相談したいのは、レイナさんが言っていた重大発表の件です。加賀美さんがどう思ったのか、正直な感想を教えてください」

 加賀美は少し考えて、

「リゼ様に弟様ができるのは、私にとっても嬉しい話です。……ですが、クレアさんが聞きたいのはもうひとつの方ですよね?」

「はい」

 クレアは静かに頷いた。

「先ほど、レイナさんはリゼ様を次の国王にすると、そう宣言されました。……その宣言自体は別に気にしていません。いつかそうなると思っていましたから。わたしが気になっているのは、一緒に宣言を聞いていた、えるさんの方なんです……」

「えるさんですか?」

「……はい。目に光が無かったといいますか、感情が消え失せていたといいますか。何か企んでいるんじゃないかって」

 思い返してみれば、あれは侮蔑の眼差しだったんだろう、とクレアは思う。

 えるにとってのヘルエスタ王国は、エルフが治めている『国』を指す。

 逆にいえば、エルフの特徴を持たないリゼがヘルエスタ王国を治めても、ヘルエスタ王国として認めないと目で訴えていたのだ。

 リゼ・ヘルエスタという存在は、確実に───えるの逆鱗に触れている。

「私からは何とも……そもそも、えるさんは私とあまり話をしてくれません。以前、彼女と仲良くなろうとしてお菓子をプレゼントしたことがあったのですが、そのせいでめちゃくちゃ嫌われてしまったんです」

 戸惑った表情を浮かべながら、加賀美のはつらつとした声がクレアに問いかける。

「えるさんが何かを企んでいると仰っていましたけど、クレアさんは彼女がどんな行動をすると思いますか?」

「わたしが思う、えるさんの行動ですか……」

 呟いて、クレアはもう一度えるのことを考えてみた。

 相性が悪い、という言葉で簡単に片付けられてしまう自分とえるの関係性は、互いにどう思っているのか。どうなっているのか。思い出していくうちに、この三百年でえるとの関係が一歩も進んでいないことにクレアは気づかされる。

「正直な話……私にはえるさんの考えは読めません。でも、私が思うに、えるさんは人間のことをそこまで嫌っていないように思います」

 加賀美の発言を聞いて、クレアは顔を伏せる。

 えるが人間を好きかどうかなんて考えた事もない。だが、彼女はきっと人間を生きているおもちゃくらいにしか思っていないだろう。

「本当に……そうなんでしょうか」

 クレアの抱く葛藤に加賀美は、ふふっ、と笑って答える。

「これは私の希望というだけです。えるさんには言わないでください」

「それは加賀美さん次第ですね」

「嘘でしょ!?」

 加賀美の驚いた表情を見て、クレアは小さく笑った。

「加賀美さんはこれから王城で休まず仕事をするんでしょ?」

「まあ、そうですね。時間がありませんから……」

「その仕事、わたしにも手伝わせてください。そしたら、えるさんには内緒にしておいてあげますよ?」

「え?」

「いけませんでしたか?」

 顔を覗き込むようにクレアが言うと、加賀美は少し慌てた後、申し訳なさそうに頭に手を回して答える。

「クレアさんに手伝ってもらえるのは、大変、とてもありがたいのですが……でも、大丈夫なんでしょうか? クレアさんにも教会の仕事があるのでは……」

「わたしの仕事ほとんど終わっています。残っている仕事は他のシスターさんたちに任せても問題ありません。つまり、暇なんですよ、わたし」

「それじゃあ、お言葉に甘えて……いいのかなぁ」

「いいんですよ」

 クレアは立ち上がって、加賀美に優しく微笑みかける。

「場所は……資料室でよかったですか?」

「はい。そのつもりです」

「それならわたしは、お茶とお菓子を用意してきますから、加賀美さんは先に資料室へ行って仕事を始めておいてください」

「資料室での飲み食いは禁止なんじゃ……」

「加賀美さんが何も言わなければ、それは問題にならないんですよ」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ