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ヘルエスタ王国物語  作者: 十月 十陽
救済編(プロット)
107/112

ヘルエスタ王国物語(107)




 ぽつぽつ、と雨が降り始めていた。

「クレアさん、囮役ご苦労様でした。報酬として、えるから真実を教えましょう」

「……まだ何かあるんですか?」

「もちろん。真実、という言葉の使い方は少し違っていますけど、まあ、それも今は些細な問題でしょう」

「なんなんですか、勿体ぶって」

 クレアは苛立ちを隠そうともせず、冷ややかな目でえるを睨む。

 えるは楽しそうに剣を振り、剣に付着している伊波の血を地面に落とした。

「ひとつ、リアスさんの推理には誤りがありました。それは、えるが独断でレイナ様の姿に変わり、えるの独断でクレアさんの部屋に行った、という部分です」

 クレアは一瞬、えるが何を言っているのか分からなかった。

 次に───雷に打たれたような衝撃がクレアを襲う。

 彼女が嘘をついているとは思えなかった。嘘だと否定したいのに、クレアの直感がそれを許してくれない。そうやって考えていく内に、優しいにわか雨は、いつしか土砂降りの雨に変わっていた。

「何を……言ってるんですか」

 顔を伏せ、絞り出したその声は、雨音よりも小さい。

「この期に及んで現実逃避はやめたらどうです? 勘のいいクレアさんなら、とっくに気づいているはずでしょう」

「……───」

「そうですか」と、えるは言った。「自分で結論を出せないなら、えるがハッキリと言葉にしてあげましょう」

 空白の時間。

 そして、

「えるは最初からレイナ様の命令で動いていました。クレアさんの部屋に行き、クレアさんの姿で孤児院に行ったのもすべて、レイナ様の命令です」

 寒気がした。

 息が詰まった。

 だが、ここで口を閉じる訳にはいかない。言い返さなければ、それは彼女の言葉を認めたも同然だ。

 クレアはありったけの力を込めて、

「嘘です。だって……リアスさんの話を、えるさんは認めていたじゃありませんか」

 震える声で必至に抵抗する。

 しかし、えるは簡単に首を振って、クレアの言葉を否定した。

「いいえ。えるはその事を認めていませんよ。ただ黙って、話を聞いていただけです」

「それじゃあ───」

 えるは、ニヤリ、と口元を歪めて笑う。

「レイナ様は王城にいらっしゃいますよ。今頃、ルカさんと一緒でしょうね」

「───ッ!」



 雨の中、クレアは孤児院から王城までの道のりを、転びそうになりながら急いだ。

 王城に入れば王の間に向かって駆けていく。

 そうしてクレアが王の間に辿り着いたとき、開いていた扉の向こう側───ちょうど部屋の中心───レイナに斬られ、その場に崩れ落ちるルカの姿があった。

 赤黒い液体が床を濡らしていく。

 クレアは息をするのも忘れ、目の前で起こった何もかもが信じられず、呆然と部屋の前で立ち尽くしていた。

 やがて。

 クレアの瞳は、王の間にいるもうひとりの影に視線を移す。

「レイナ様、ボスの最後のケンカに付き合ってくれて、ありがとうございました」

 頭を下げ、そう言ったのはアルバーン・ノックスだった。

 彼は倒れたルカの体を背負うと、入り口で動けなくなっているクレアの横を抜けて、王の間を出ていく。

 その頬に、小さな涙を刻みながら。

「……───」

 クレアは息を吐き、アルバーンと入れ替わるように王の間に入る。

 レイナ・ヘルエスタは待っていた。

「びしょ濡れね」

「雨が……降っていましたから……」

 レイナの前に立ったクレアは、ルカの残した血の水溜まりに顔を歪ませる。

 人の命が消えていく、嫌なにおいがした。

「着替えないと風邪を引くわよ」

「……そう、ですね」

 クレアは言葉を探した。

 けれど、出たのは愛想笑いだけだった。

 互いに言葉を見つけられないまま、何気ないやり取りでお茶を濁す。が、それにも限界はあった。

 火蓋は、レイナが開けた。

「私はね、クレア。自分が下した裁決を間違っているとは思わない」

「───ッ!?」

 クレアは目の端に涙を浮かべ、肩を震わせる。

 確かに、レイナの下した判決はルカ・カネシロがやってきた事を思えば正しいものといえるだろう。ルカは西の街に薬物を流し、その薬物で多額の利益を得ていた。いくら理由があったとはいえ、そう簡単に許すわけにはいかない。

 しかしそれは、命を持って償うべきものだったろうか。

 元を正せば、すべての原因は伊波ライにある。ルカは伊波を誘い出すために利益を横取りしにすぎない。他の犯罪には手を染めていない。

 ルカは戦い続けてきた。が、その頑張りは報われずに終わった。彼の正義はあまりにも濁り過ぎていたから。

 ルカのしてきた事は何ひとつ間違っていない。ただ、許容範囲を超えていたのだ。自分が出来る以上のことに手を伸ばし、有限であるはずの命を失った。それで伊波とルカの喧嘩は終わり、誰も異議を唱えない。

「仕方がなかったのよ。こうする事でしか、未来は変えられなかった」

「……わたしにも、分かるように説明してください」

 失礼だと分かっていても、クレアは苛立ちを隠せなかった。

 この二日間、過去とか、未来とか、うんざりするほど聞いてきた。それが仕方なかったで済まされるのは我慢ならない。どんな理由でもいいから、自分を納得させられる理由が欲しかった。

 クレアは、ぐっ、と息を飲む。

 知りたいのはルカが今日まで何をしてきたかだ。

 レイナがえるに下した命令など、この際どうでもいい。

「これは挑戦だったの。ルカが私に会いきたのは、その結果を報告するため」

 クレアは濡れた髪の裏に表情を隠しながら、続くレイナの言葉を待つ。

 雨と風の音がよりいっそう強くなった。

「ルカが最初にタイムトラベルをしたのは、ファミリーの皆を助けるためだったの。西の街で流行っている薬物なんて眼中になかった。多分、過去に行った先で、ついでに調べたんじゃないかしら」

「そして伊波さんが、犯人だったと……」

 レイナは頷いた。

「この二日間、ルカはたくさんの未来を変えたわ。でも、最後は必ず同じ結末を迎えてしまう。ファミリーのメンバーは伊波に利用され、殺されたり、操られたり、不幸な目にあったり、それはもう散々───。貴方を巻き込むことでしか、この結末には辿り着けなかった。自分を犠牲にするっていうこの結末にわね」

 小さく、クレアの口から嗚咽が漏れた。

 涙を流したくないと思っていても、悲しみに触れた感情はクレアの気持ちを素直に形にしてしまう。

「どうして……どうして止めなかったんですか。レイナさんなら、それが出来たはずでしょ。どうしてルカさんを……ひとりに、したんですか」

「最初に言ったでしょ、これは挑戦だって」

 レイナは声を落とし、

「私とルカは変えられない未来に挑戦した。そしてその結果を得て、私はこれからヘルエスタ王国に降りかかる厄災を振り払うために準備を始める。私の■■■■のためなら今後もクレアに見放されるような事だってするわ」

「……───」

「私はね、貴方に可能性を見ている。私の知る限りじゃ、私のやりたい事に一番近いのは貴方なの。だから最後は、クレアに頑張ってもらう事になるかもしれない」

「……───」

 途中、あの不快なノイズ音が邪魔をして、上手く聞き取れなかった。が、そう言い切ったレイナの声音からは、彼女の意思の強さが伝わってくる。

「……がんばります。がんばりますよ!」

 歯を喰いしばり、声を張り上げる。

 でも、と。

 クレアは顔を上げて、

「もっと早くに教えてくれても良かったじゃないですか!」クレアは言った。「わたしはずっと蚊帳の外で……何も知らないままで……ただ見送るだけだったんですよ!? 役に立てなかったかもしれませんけど……せめて一緒に、戦わせてほしかったです」

 今度はレイナが顔を伏せる番だった。

 涙の混ざった声があまりにも痛々しくて、しかし、いくらクレアが駄々をこねても欲しい答えは返ってこない。

 クレアは今、何も知らないまま、何も分からぬまま、悔し涙を飲んで成長することを強要されている。勇気を出し、現実という不条理に寄り添い、未来に前向きな感情を向けられる者だけが、この先に進むことができる。

 そんな身を引き裂かれるような嵐の中にいて、クレアはじっと耐えていた。

 悲鳴も血飛沫も、全部忘れないために。

「幻滅した?」

 そっと静かに微笑んで、レイナがそう問いかけてくる。

 その問いに対する答えを、クレアは持っていた。

「いいえ」

 ぐすっ、とクレアは鼻を鳴らす。

「わたしはそれでも、レイナさんのこと……大好きですから」

「……───」

 クレアの告白を聞いて、レイナは驚いた顔で固まっていた。

 しばらくして、

「嫌われると、思ってたんだけどなぁ。……理由を聞いてもいい?」

「大好きだって、言いましたよ?」

「……ありがとう」

 呟いて、レイナは朗らかに笑う。

「それじゃあ今から、お風呂にでも入って、秘蔵のお酒でも飲もうかしら。クレアも付き合ってくれるでしょ?」

「わたし、お酒飲めませんよ」

「私よりお婆ちゃんなのに?」

「はい、未成年ですから」

 クレアの返事を聞いて、くすり、とレイナは笑う。

「ちょっとくらい悪い事してもバレないわよ」

「じゃあ、責任は全部レイナさんが取ってくださいね」

「はいはい」

 二人は王の間を出て、浴場に向かう。

 湯船に浸かると、雨で冷えきった身体に熱が戻ってくる。

 浴場を出たあとはレイナの寝室に向かい、そこでクレアは少しだけ悪いことをした。

 ───後日。

 ライラの腕輪はレイナの手によって破壊された。


 それからの三百年は、火を吐くほど忙しかった。

 ルカと伊波の問題が解決した翌日には、アルバーン・ノックスが正式にカネシロファミリーの新しいボスとして就任した。王城に捕らえられていたメンバーも釈放され、カネシロファミリーは王城のメンバーに加わるのではなく、あくまでもクレアのサポートとしてヘルエスタ王国についていく事を宣言した。

 レイナはこれを承諾し、えるだけがこの意見に反対だった。

 やがて、伊波ライが言った通り、西の街には貧民街という名前が付けられる。東の街は娯楽街と呼ばれるようになり、北は民家街と呼ばれるようになった。

 同時に、クレアの教会建設もスタートする。

 最初に西の貧民街に教会を作り、それから南、東、最後に北の教会が建設された。

 教会が完成したあと、クレアは『シスター・クレア』と呼ばれるようになる。本当は別人なのに……なんだか変な感じがする。

 しかし、そんな事にも気を向けられないくらい、問題は山積みで、不安になっている人も多い。が、確実に明るい未来へと進んでいる。

 そして三百年後。

 クレアがもっとも恐れていた存在───あるいは自分自身───リゼ・ヘルエスタがこの世に生まれ落ちた。




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