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ヘルエスタ王国物語  作者: 十月 十陽
救済編(プロット)
106/112

ヘルエスタ王国物語(106)




 クレアが王城に戻ると、カネシロファミリーのメンバーは、アルバーンを覗いた全員が王城の牢屋に入れられていた。

 バン・ハダ。

 マリア・マリオネット。

 闇ノシュウ。

 ヴォックス・アクマ。

 以上四名は王城に侵入し、レイナ・ヘルエスタの手によって捕縛されたらしい。

 そしてミスタ・リアス。

 アイク・イーヴランドの二人はえるの手で連行されている。

「貴方と協力して伊波さんを捕まえてほしい、という話でしたけど……」

 クレアの自室にて、えるは不敵な笑みを浮かべながらクレアにそう尋ねた。クレアが自分の立場をどう理解しているのか探る必要があったからだろう。むろん、クレアも自分の立場を嫌というほど受け入れている。

 ベッドの淵に座って、クレアはスカートを握る。

 自分には、伊波ライをこの時代におびき寄せるエサとしての役割しかない。だから、えるの言った「協力する」という言葉の意味は、言葉通りの意味ではなく───クレアに囮役を強制し、最後は自分の手で伊波を殺すつもりでいるのだろう。

 えるがこの部屋に来るまで、他の方法がないか色々考えてもみたが、結局、クレアのやりたい事をするためには、自分が囮役に徹するしかないと、そう判断した。

 クレアは重い息を吐き出し、部屋の中心に立っている、えるの疑問に答える。

「わたしが伊波さんを誘い出します。それでいいですよね?」

「……奇遇ですね。えるもそれしか方法はないと思っていました」

 ですが、とえるは続ける。

「物分かりが良すぎて逆に不気味ですね。いつものクレアさんなら『もっと人の気持ちを考えてください!』とか意味不明なことを言いそうなのに」

「……───」

 えるに口調と声を真似され、ちょっとだけムカついた。

 だがクレアは、そんなえるの挑発には乗らず、冷静に話を進める。

「でも、ひとつだけお願いがあります」

「どうぞ」

「わたしが囮役になって、もしも伊波さんが現れたら……しばらくの間、えるさんには手を出さないでほしいんです」

「……なんですって?」

「わたしに、伊波さんと話す時間をください」



 ───孤児院。

 朝の青空とは打って変わって、昼の空は灰色だった。

 風は少し肌寒く、遠くから、お腹をすかせた雷の音が聞こえてくる。

「どういう事だ……」

 低く唸るようにそう呟いたのは伊波ライだった。

 漫然と空を見上げていたクレアは、伊波の声を受けて振り返る。

「お久しぶりですね、伊波さん。……元気に、していましたか?」

 クレアは話す内容は考えてきたものの、最初にどう声を掛ければいいのかずっと悩んでいた。そして、それを思いつく前に伊波が来てしまった。

 クレアはぎこちない挨拶でなんとか場を繋ぐも、ファーストコンタクトは、おそらく最悪だろう。

「こっちはどういう事かって聞いてんだよ!?」

 伊波の顔が歪む。

「どうして、どうしてだ……どうしてこれまで存在しなかった未来に、いきなり……どうやって……答えろ!!!!」

「───ッ」

 その鬼気迫る表情に気圧されそうになるクレアだったが、ここで怖気づいて、頭を下げるわけにはいかない。怯めば全部が台無しになってしまう。

「伊波さん……話をしませんか? 貴方にはまだ、チャンスがあります」

「……チャンスだと? テキトーなことを言って、オレを騙そうとしてるわけじゃねえだろうな?」

 用心深く、伊波は右手首にある腕輪を触りながら言った。

 腕輪はライラ・アストロノートがクレアに見せてくれた腕輪と同じモノだった。

 伊波は周囲とクレアの両方を警戒し、違和感があれば過去や未来に逃げてしまおうという算段なのだろう。

 しかしそうなれば、今後一切、伊波にクレアを殺すチャンスは訪れない。

 クレアを殺すことを目標にしている彼は、この機会を逃せば確実な死が待っている。

 本当ならすぐにでもクレアを殺すために動かなければならないが、クレアの言葉が伊波の判断を遅らせていた。

「伊波さんはライラさんの腕輪を使って何がしたかったんですか?」

「それを聞いてどうするつもりだ……」

「ただ、知りたいんです。伊波さんが何を考えて、何をしようとしているのか」

「……───」

 伊波は再び周囲に気を配り、最後はクレアの後ろにある孤児院に視線を送った。

 孤児院には子供たちがいる。

 クレアは避難させたかったが、えるがその提案を拒否したからだ。

 孤児院に子供たちがいなければ、その時点で伊波はこちらの目論見に気づき、タイムトラベルをしてしまう。

 使えるモノはすべて使う、というえるの判断だ。

 結果、子供たちは決して孤児院から出ない事を条件に、何も知らされないまま、孤児院に残された。クレアは子供たちを利用してしまったことに悔やみながら、いつも通り微笑んで魅せる。

「教えて、いただけませんか?」

 手が震え、声が震えた。

 それでもクレアは伊波から目を離さない。

「別に、ただ金が欲しかっただけさ。分かるだろ?」

「理由を……教えてください……」

 沈黙し、頭を掻いて、伊波は言った。

「オレもアンタも、えるやレイナ・ヘルエスタと比べれば圧倒的に弱い立場の人間だ。その事を危険に感じて、どうにかしたいと思うのは当然のことだろ?」

「お金があれば、それを解決できると?」

「いいや、思ってない。才能や種族の差っていうのは、いくら努力しても埋められないものだからな。……オレが欲しいのは、あの二人に匹敵するだけの財力だ」

 力強くそう言い切った伊波の顔は真剣そのものだった。

「現状、あの二人がヘルエスタ王国を仕切っている限り、オレたち弱者はいつか必ず見捨てられる」

「レイナさんが民を見捨てるなんて、そんな───」

「オレがタイムトラベルをしてる話は、ルカから聞いて知ってんだろ? だったら、察しろよ。オレは見てきたから言ってるんだ」

「……───」

「近い将来、この国には貧民街が生まれる。汚れと腐敗に満ちた場所だ。オレはそんな場所を作らせたくない。だから、金が必要なんだ。一生かかっても使い切れない、王城からの支援にも依存しない大量の金がな」

 クレアは伊波の答えを受けて沈黙した。

 彼の考えは決して理解できないものじゃない。弱い立場にある者たちが聞けば、彼の言葉はとても耳心地のいいものに聞こえるだろう。

 問題は、その方法だ。

 目的は正しい方向に進んでいるのに、肝心の資金を集める方法が、クレアにはどうしても歪んでいるように思えた。

「志は立派だと思います。でも、それだけの大金をどうやって集めるんですか?」

「そんなのこの腕輪を使えば簡単さ」

 伊波は力を誇示するように、右手の腕輪をクレアに見せる。

「時間を操れるってことは、どんな情報も手に入るってことだ。その情報を欲しがってる連中はたくさんいる。売り渡せば信頼も手に入る。まさに一石二鳥。いつの間にか資金源の出来上がりってね」

 腕輪の万能感に浸りながら、伊波は飄々とそう語った。

 もうとっくにクレアへの警戒心など失せている。

「だけど、ルカが邪魔をしたせいでオレの目標は達成できていない。それに……このままいけば、オレはあと数時間で死んじまう」

「そうならないために、わたしを殺すんですか?」

 クレアは間髪入れずに質問した。

 二人の頭上で雷が鳴る。

「申し訳ないと思うよ。でも、必要な犠牲だ」

「そうですか」

 伊波の瞳に赤い殺意が宿るのを見てとったクレアは、一度、まぶたを閉じた。

 そしてゆっくりと息を吐き、

「伊波さん、どうして嘘をつくんですか?」



「オレが嘘をついてる?」

「……はい」

 そう断言したクレアだったが、実際のところ、伊波の言葉がどこからどこまで嘘だったのか、クレアにもよく分かっていない。

 もしも、彼が本当に弱い立場の人間を救いたいと考えているのなら、その気持ちを否定するクレアはきっと悪役なのだろう。

 だが、伊波ライは嘘をついている。

 クレアはそれをハッキリと断言できる。

 その証拠に、彼はクレアが一番知りたかった事実を否定しなかったのだから。

「伊波さんが話してくれた事が本当に起こるなら、伊波さんがやっている事は立派だと思います。……でも、だからこそ、分からないんです」

「何が言いたい」

 睨みをきかせる伊波に、クレアも負けじと向かい合う。

「未来のライラさんに手紙を書かせたのは伊波さん、貴方ですね?」

「───ッ!?」

 伊波は咄嗟に、自分の右手首にある腕輪を隠した。

「ライラさんは、伊波さんがいま隠した腕輪と同じモノを付けた男性に『脅されて手紙を書いた』そう言っていました」

「その男性が、別にオレだとは限らないだろ」

 苦々しくそう告げる伊波に、クレアは首を振って言葉を返す。

「わたしが『ライラさんの腕輪を使って何がしたいのか』と聞いたとき、伊波さんはそれを否定しませんでしたね」

「……───」

「確かに信憑性はありませんし、みんなが納得するような証拠でもありません。でも、わたしにとっては十分な理由です」

 それに、とクレアは続ける。

「伊波さん……貴方の口から出た言葉は全部、わたしのために作られた物語のように聞こえました。自分でもどうしてそう思ったのか分かりません……でも、貴方のやってきた事は、貴方の語った理想とかけ離れているように思います」

 クレアは複雑な思いに苛まれ、伊波は歯を喰いしばって沈黙する。

 止まった時の中で、伊波がいつ襲ってくるのか、クレアは警戒していた。しかし、その結末はクレアが望んだものではない。彼にはまだチャンスが残されている。それに気づけるかは、彼の気持ち次第だ。

「一番最初」

 クレアが呟いた。

 伊波は顔を上げる。

「西の街で薬物が流行りはじめたのは、えるさんがヘルエスタ王国に来る前でした。それは同時に、伊波さんがタイムトラベルの腕輪を持っていない時期でもあります」

「……───」

「当時、伊波さんはルカさんと協力して薬物の調査をしていました。でも、その頃にはすでに伊波さんは動き出していたんですよね?」

「ああ、オレは未来のために───」

「資金源を作るために、薬物を売り始めていた」

「……───」

「でも、伊波さんが薬物で得た利益は、全部ルカさんの手元に入ってしまう。だから伊波さんは、ライラさんの腕輪を使って調べる必要があった。違いますか?」

「……クレアさんが何を言っているのか分からないな。オレが売ったのは、あくまでも情報だけだ。薬物なんかに手を出しちゃいない」

 クレアは首を振った。

「違います。わたしが聞きたいのは、伊波さんが一番最初にライラさんの腕輪を使って移動した先は、未来ではなく、過去だったんじゃありませんか?」

 踏み込もうと前のめりになっていた伊波の体が止まる。

 その表情は驚きに支配されていた。

「……ルカの野郎に、聞いたのか?」

「いいえ。わたしの妄想です」

 伊波の探るような質問にクレアはきっぱりと答えて、唇を結ぶ。

 ここまでの話はクレアの直感でしかない。

 朝の情報交換会から多少の時間があったからとはいえ、リアスから受け取った情報を完璧に整理することは出来なかった。

 だからこそクレアは、その直感を伊波にぶつける必要があったのだ。

 事件の出発点がどこなのか、見定めるために───。

「伊波さんは過去で、ルカさんと戦っていた。そしてルカさんに自分の罪を着せることに成功した貴方は、未来に行き、自分の死を知った。違いますか?」

「……妄想も、ここまで来ると恐ろしいな」

 神妙な表情でそう呟き、伊波はクレアに微笑みかける。

 その笑顔は邪悪に歪んでいた。

「否定、しないんですか?」

「否定? 今さら否定してどうなるっていうんだ?」

 声高らかに伊波は言って、

「正解だよ、クレアさん。アンタの妄想は何も間違っちゃいない。それどころか、オレの作った物語の確信をついている。……まあ、だからなんだ、って話なんだが。胸を張って死んでいいと思うぜ」

「……───」

 クレアは沈黙する。

 薄々感じてはいたのだ。伊波が嘘をついている、そう気づいた瞬間から───否定してほしかった。間違っていると言ってほしかった───けれど、どうしようもなく、歯車は噛み合ってしまった。

「……───」

 近づいてくる足音に向かってクレアは、最後の希望を口にする。

「わたしは一言、たった一言、貴方から謝罪を聞ければそれで良かったんです。……それで全部許すつもりでした」

「そりゃあ、残念だったな」

「───ッ!」

 クレアは視線を下げ、頭を下げる。

 これ以上の会話は無意味だ。

 クレアが諦めたのを合図に、もうひとりのクレアが音もなく伊波の背後に回る。ギリギリでその気配を察知した伊波だったが、腕輪を起動するには一瞬遅い。次の瞬間、彼の胸から血飛沫が舞った。

 胸を貫かれた伊波は、血反吐を吐きながら自分を刺した相手を睨みつける。

「この……裏切り者め……」

「ええ、裏切り者ですよ」

 クレアの顔を半分だけ残して、えるは笑って言った。

 そして腕輪が起動し、伊波の体は彼の死体が見つかった過去へと消え去った。




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