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ヘルエスタ王国物語  作者: 十月 十陽
救済編(プロット)
102/112

ヘルエスタ王国物語(102)




 孤児院からの帰り道。

 クレアは深いため息を落として、夕暮れに染まる道を歩いていた。

「本当にわたしひとりで大丈夫なのかなぁ……」

 結局、新しい情報は何も手に入らなかった。

 伊波ライの死体を最初に見つけたという、孤児院の女性にも話を聞いてみたが、えるから受け取った資料と内容はほぼ同じ。

 逆にえるの優秀さを思い知るだけになった。

 唯一、貰った資料と違う点は、話を聞いた女性も、子供たちと一緒に窓の向こうにいるクレアを見かけた、ということ。

「……───」

 クレアは肩を落とす。

 これは収穫と呼べるような収穫でもないだろう。

 自分が行っていないはずの孤児院に、目撃者が増えただけ。次の行動に発展するきっかけにもならない。

 そうやってクレアが落ち込んでいると、背後から走ってくる足音が聞こえた。

 振り返る。

 そして走ってきた男───ルカに肩を掴まれた。

「……ハァ、ハァ。クレアさん! 時間がありません。俺の話を聞いてください!」

「あっ、え? ……えぇ?」

 驚きがあって、そのすぐ後に困惑があった。

「いいですか? 今すぐ孤児院に戻って、孤児院の裏にある木箱を調べてください。それと……このメモ」

 ルカは慌てた様子で、ズボンのポケットから四つ折りになった紙を取り出し、クレアはそれを受け取った。

「これは?」

「説明できません。あと、メモの内容は見ないでください」

「は、はい……」

 状況が飲み込めないまま、クレアが頷くと、ルカは安心したように笑った。

「メモを俺のファミリーにいる、闇ノシュウって奴に渡してください。多分、俺を探してこの近くにいると思うんで」

 じゃあ! とルカは掴んでいたクレアの肩を離し、再び走り出す。

「ちょ、ちょっと待ってください! ルカさん、わたしも聞きたい事が───」

 クレアは呼び止めようと手を伸ばした。が、ルカはすぐに角を曲がって、その背中は見えなくなってしまった。

 急いでルカを追いかけるも、道にはルカの影すらなかった。

 かわりに、

「クレアさん、ちょっといいですか?」

「うわぁ!?」

 また振り返ると、先ほど消えたはずのルカが目の前にいた。

 クレアは胸を抑えて、尻餅をつく。

 もう驚きすぎて、心臓が痛い。

「大丈夫ですか?」

「はい……なんとか……」

 と、冷静さを装ってみるクレアだったが、心臓はまだドキドキしている。

「それでクレアさん、さっき俺と会いませんでしたか?」

「……会いましたけど」

 首を傾げながら、クレアはルカを見つめた。

 白服についた汚れは目立つものの、先ほどと違って焦っている様子はない。だが、顔色はいつもより悪そうだった。

 ずっと眠れていないような、疲れ切った表情を浮かべている。

「メモを渡されたでしょ?」

 ルカにそう聞かれ、クレアは受け取ったメモを見せた。

「渡したときに読んじゃダメって、言ったと思うんですけど……あれ、嘘です。俺がいなくなったら読んでください」

 ルカはバツが悪そうに言って、

「それとシュウはこの辺りにはいません。……北の街でクレアさんを待ってるように言っておきました」

 話終わったルカは下を向いて、帽子を深くかぶった。

 隙間から見える唇が僅かに歪んでいる。

「ルカさん……」

 彼が何らかの事件に巻き込まれているのは明らかだった。けれど、クレアはあえて聞きたいことを全部飲み込んだ。

「クレアさんを頼ってるのに……事情を説明できなくて申し訳ないです。でも、今の俺にはこれくらいしか言えません」

 抑えた声でそう話すルカは、見ていてどこか痛々しかった。

 ルカを安心させるために、クレアは言う。

「分かりました。わたしは北の街に行けばいいんですね?」

「……信じてくれるんですか?」ルカは顔を上げた。「俺、かなり突拍子もない話をしたと思うんですけど……」

 確かに、とクレアは愛想笑いで頷きかけた。

 本心を言えば、このまま捕まえて、ルカを王城に連れて行きたい。そしてこの事件の真実をルカの口から伝えてほしい。だが一方で、いま王城に連れて行けば、彼はえるの餌食になってしまうだろう。

 クレアはこれ以上、誰にもいなくなってほしくない。

「もちろん、聞きたい事は山ほどあります」

「そ、そうですよね……あはは、困ったな……」

 頭を掻くルカに、クレアは優しく微笑みかける。

「でも、今は聞きません。ルカさんのやりたい事を手伝います」

「……───」

 ぽかん、とした沈黙が落ちる。

 ルカはまた帽子を深くかぶると、クレアに背中を向けた。

「ヤバ……ちょっと、泣きそう」

 クレアが心配の言葉をかけるよりも先に、ルカは袖で顔を拭いて振り返る。

「クレアさん、俺……頑張りますよ!」

「は、はい! 一緒に頑張りましょう!」

 明後日の方角にガッツポーズをするルカに、何が何だから分からないまま、クレアも両手でガッツポーズをして答える。

「あ、そういえば───」クレアはルカの背中を呼び止めた。「レイナさんから伝言を頼まれてたんです」

 ルカは顔だけ振り返り、

「レイナ様が、俺に……?」

「はい。王城で待ってる……そう伝えてほしいって」

 伝言を聞いたルカは、難しい表情になった。

 やがて笑うように息を漏らし、ルカは腰に手を当て、オレンジ色の空を見上げた。

「本当に、レイナ様はどこまでお見通しだな……」

 誰に聞かせるでもない、独り言。

 その顔には勢いが生まれていて、一瞬でも目を離すと、ルカは子供のみたいに消えてしまいそうだった。

「それじゃあ、クレアさん。俺、もう行きます。シュウの奴に……ファミリーの皆によろしく伝えておいてください」

 言葉を探して、クレアは一度だけ瞬きをした。

 蓋を開けるともうどこにも、ルカの姿はなくなっていた。

 手元に残った四つ折りのメモを開く。紙にはなんてことない、夕飯の材料がびっしり書き込まれていた。



 クレアは言われた通り、北の街に向かった。

 問題はここからだった。

 クレアはルカとの面識はあるものの、彼のファミリーについては何も知らない。

 だから、ルカの言った闇ノシュウという人物がどういう見た目で、どんな性格の人なのかも分からなかった。

 しかし、そんなクレアの不安は杞憂に終わる。

 北の街に入ると、奇抜な格好をした見知らぬ男が声をかけてきた。

「ルカから話は聞いています。……あの、どうしてそんなに警戒してるんですか?」

「いえ……怖かったので……」

 男の顔に曇った笑みが浮かぶ。

「もしかして、あなたが闇ノシュウさん?」

 上から下まで怪しい男にそう尋ねると、闇ノシュウは「そうです」と頷いた。

「ルカから聞いていませんでしたか?」

「……はい。名前だけしか。それとこのメモを渡すように言われました」

「なるほど……」

 メモの内容を確認したシュウは、周囲に気を配ったあと言った。

「クレアさんは、これから孤児院に行く予定でしたよね?」

「どうして知ってるんですか?」

「私も一緒に同行するようにと、ルカにきつく言われているので。……歩きながら話しましょうか」

 少し前を歩くシュウについて行く。

 シュウは、クレアが通ってきた道とは別の道を選んで進んでいるらしい。その間も彼はしきりに頭を動かし、周囲を警戒していた。

 孤児院に向かう途中、シュウは店に立ち寄り、メモに書かれていた食材を購入する。

 クレアはそこでようやく、受け取ったメモが孤児院の子供たちの晩ご飯だということに気づいた。

「……うっ」

 孤児院のテーブルに並べられた料理を見ていると、クレアのお腹も鳴った。

「クレアさんも子供たちと一緒に晩ご飯を食べてください。……木箱の回収はこちらでやっておきますので」

「……お願いします」

 クレアは恥ずかしさのあまり、しばらく顔を上げられなかった。

 子供たちとの食事が終わると、入り口で待っているシュウと合流する。ちょうど木箱の受け渡しが完了したところだった。

「箱の中身は何だったんですか?」

「最近この辺りで流行っている薬物です。今回はこの孤児院が受け渡し場所に指定されていたのでしょう」

 シュウの口から伝えられた言葉に、クレアは沈黙した。

 もしも回収が間に合わず、木箱の中身を子供たちが見てしまったら、この孤児院はどうなっていたのだろうか。受取人が来たとき、本来あるべき場所に荷物が無かったら、真っ先に矛先が向くのは間違いなく孤児院だろう。

 そうなれば、今も楽しく孤児院の明かりを灯している子供たちは───。

「……───」

 クレアは唇を噛んで、妄想を止めた。

 ルカの伝言のおかげで悲劇は回避されたのだ。

 これ以上は意味がない。

「ルカさんは、どうして木箱のことを知っていたんでしょう」

 クレアがそう尋ねると、シュウは冗談を言うでもなく、真剣な顔でこう言った。

「未来で知ったんですよ」

「……未来?」

 クレアの首が傾く。

 というか全身が傾いていた。

 それから言葉の意味を考えて、うーん、と悩み。

 最後はやっぱり、分からなくなった。

「すみません……何を言っているのか分かりません。……未来で知った、というのは、そのぉ……具体的にはどうやって?」

 質問を受けて、今度はシュウの眉間にしわが寄る。

「どう言ったらいんでしょう……私たちのファミリーのメンバーはそういう人間で構成されているんです。一部、違う人もいますが……クレアさんには申し訳ありませんが、今はそれで納得していただくしかありません」

 シュウは胸に手を置き、自身の不誠実さを呪って、小さく頭を下げる。

「だ、誰だって話したくない事はありますから。わたし、気にしてませんから! だから顔を上げてください。子供たちに見られてますので!」

 孤児院の窓の向こう。

 たくさんの子供たちがこちらを見ていた。

 このままだと、カネシロファミリーに頭を下げさせた女として、クレアは有名になってしまう。

 そしてもしも、思春期に片足を突っ込んでいる子供たちがこの場面を見たら、シュウがクレアに告白しているように見えなくもない。この前はルカと親しげに話しただけで子供たちに、からかわれてしまったのだ。

 新しい誤解をうまないためにも、クレアは必至である。

「わ、わたし……そろそろ王城に戻らないと……」

 気づけば夜も遅い。

 クレアが孤児院を出ようと一歩踏み出すと、シュウに腕を掴まれた。

 彼は苦しそうに目を伏せて、

「重ねて失礼を働くこと、どうかお許しください。ですが、今日はクレアさんを王城に帰すわけにはいきせん」

「は、離してください!」

 ぶんぶん、と腕を振る。

 クレアがさらなる誤解に怯えていると───また、もうひとり。今度は赤い着物を肩に羽織った長髪の男が、クレアの前に立ち塞がった。

「遅いぞ、シュウ。何やってんだ?」

 長髪の男は怪訝そうな顔で、シュウとクレアを交互に見つめる。

「まさか、お前……こんな場所でナニをやろうとしてるのか?」

「はぁ!? ちょっと待てヴォックス、お前なんかスゴイ勘違いをしてるぞ」

「勘違いって言われてもな……俺には同僚のモンキーが、可愛いウサギちゃんを夜道に連れ込んで、ファンタスティックモンキーしようとしている様にしか見えないんだが……まあ、同僚のよしみで言い訳を聞いてやらんこともない」

「こんな時に冗談はやめてくれ! ルカに言われただろ、この人がクレアさんだ!」

「あ、そうなの?」

 長髪の男は、クレアの顔を覗き込んで、

「じゃあ、誘拐するか。……でも今、縄と袋持ってないんだよな。お前、持ってる?」

「えぇ!? わたし、誘拐されるんですか!?」

「違います、クレアさん! 誤解なんです!」

 必死の顔で間違いを訂正しようとするシュウだったが、そこに追い打ちをかけるようにヴォックスと呼ばれた男が言う。

「誤解じゃねえだろ。実際、問題……ルカの知り合いだからって、この女の子に俺たちのアジトの場所を教える訳にもいかない。だからいつも通り、袋に詰めて運ぶ。ほら、誘拐と変わらないだろ?」

「お前はもう黙ってろ! 話がややこしくなる」

 ちぇ、とヴォックスは舌打ちをし、孤児院の方に向かった。おそらく、クレアの身体がすっぽり入るだけの袋を探しに行ったのだろう

 ひと呼吸置いて、シュウは言った。

「クレアさん、落ち着いて聞いてください」

「な、ななな、なんでしょう……」

 怯えるクレアに、シュウは申し訳なさそうに続ける。

「本当にひどい事はしません。ただ、今日だけは王城に帰さないよう、ルカに言われているんです。だから───」

 片膝をつき、クレアの両手を優しく握るシュウは、今にも告白してきそうだった。

 しかし、クレアの視界はそこで閉じる。

 いつの間にか戻ってきたヴォックス・アクマが、クレアの頭に袋を被せたのだ。

「───!? ───ッ!?」

 ヴォックスは、困惑して固まるクレアを担ぎ上げると、

「よし。帰るぞ」

「おい、待て!? お前……それじゃあ、本当に誘拐と変わらないだろ!?」

「しょうがねェだろ。俺たちにも時間がないんだ。説明なら、アジトに戻ってからすればいい。さっさと、行くぞ」

 シュウは頭を抱え、ため息を吐く。

 そして、袋で顔の隠れたクレアに近づき、

「クレアさん、少しだけ我慢してください。すぐに安全な場所に連れて行きますので」

「……───」

 沈黙。

 クレアの頭では、王城より安全な場所が他にあるとは思えなかったが、しかし、そんな事よりも、クレアは何も見えない事のほうが不安だった。

 揺れている。

 錆びたドアの開く音が聞こえた。

 冷たいにおいがする。

 椅子? ソファに座らされた?

 そして頭に被せられた袋が取れて視界が戻ってくると、クレアの目の前にはまた別の美少年が座っていた。

「初めまして、クレアさん。ボクはアルバーン・ノックス。今はルカのかわりに、カネシロファミリーのボスをやらせてもらっています」

「……───」

 クレアはもう、お腹いっぱいだった。




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