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ヘルエスタ王国物語  作者: 十月 十陽
救済編(プロット)
101/112

ヘルエスタ王国物語(101)




 ───王城。

 クレアの自室だった。

「さて、最後にルカに会ったのは西の孤児院だった。間違いありませんね?」

「はい……」

 クレアは椅子に座ったまま答えた。

 えるはその話を聞いて、とくにメモを取るわけでもなく、ただ頷くだけだった。

「それでルカからは『今日、孤児院に来てほしい』そう頼まれていたと……ルカが何を話そうとしていたのか、事前に教えてもらわなかったんですか?」

「今日……話してくれる約束でしたから」

「それで」

と、クレアはえるに睨まれる。

「今日はこの部屋から一歩も出ていませんね?」

「……はい」

「なるほど」

 えるは不満げに言って、

「朝方、西の孤児院でクレアさんを見かけた、とそこの子供たちから連絡がありました。もう一度聞きます。今日、貴方は、この部屋から出ていない。事実ですか? ウソをつくと後が面倒ですよ。どうなんです?」

「レイナさんに言われた通り、ずっとこの部屋にいました。えるさんが来るまで、ひとりでしたよ」

「それは寂しかったでしょうね」

 えるは素っ気なく返して、持っていた封筒から一枚の紙を取り出すと、それをクレアに手渡した。

「これは……」

「伊波ライの行動をまとめたモノです」

 クレアは紙に書かれた内容を上から順番に目を通した。

 王城を出た伊波はそのまま西の街に直行し、レイナから受けた任務にあたっていた。

 その後、彼は問題なく王城に戻り、レイナに直接報告しに行った。

「……ッ」

 クレアは最後の一文に唇を噛む。

 朝方、孤児院の前で伊波ライの死体が発見された。

「原因は毒物によるもの、とスカーレさんはおっしゃっていましたが、どうやらその前に胸を刺されていたようです」

「胸を───」

「角度的には後ろからだそうですが、死因は毒物による可能性が高い。まあ、これはほぼ予想みたいなものです。最終的な結論は、明日になるでしょう」

「……───」

「黙っていても何も解決しませんよ。まずは貴方が、孤児院に行っていない証拠をハッキリさせてくれないと」

 えるに詰め寄られる。

 しかし、クレアは先ほど答えを言ってしまった。

「わたしはずっとこの部屋にいました。嘘はついてません」

「でも、証明できる人はいないでしょ?」

「……それは」

 えるの言う通り、クレアは証明できない。出来るとすればレイナだが、クレアを起こしたあと、彼女もすぐにどこかへ行ってしまった。

「えるなら証明できますよ」

「……どうやって、ですか」

 イヤな予感がした。

「直接言ってもらうんです。まあ、クレアさんからすれば一瞬の出来事で、記憶にも残らない些細なことです」

「待ってください!」

「いいえ、待ちません。時間は有限です」

 パチン! とえるが指を鳴らす。

 それだけで視界がぐらつき、音は鼓膜を通って、クレアの意識を眠らせた。



 目が覚めるとベッドで横になっていた。

「おはようございます」えるの声がする。「気分はいかがですか?」

「最悪です」

「それは良かった」

「何も良くありません。わたしに何をしたんですか……」

 えるはにっこり笑って、

「簡単な魔法で眠らせただけですよ。変な薬とか使ってないので安心してください」

「それでも急に魔法を使われると……」

「殺される。とか思っちゃいました?」

「少しだけ……」

「大丈夫ですよ。意味もなく殺したりしませんから」

「……───」

 話を聞きつつ、クレアは体の具合を確かめる。

 全身に痺れるような倦怠感があり、少しだけ頭も痛いような気がした。

 起き上がろうとしても、上手く起き上がれない。なんとか背中を持ち上げると、身体とベッドの隙間にえるが手を入れてきた。

 背中を支えられながら、クレアはゆっくり起き上がる。

「それで……どうでしたか?」

 クレアの問いは、切実なものだった。

 椅子に座り直し、えるは答える。

「クレアさんはこの部屋を出ていない。間違いありません」

「最初からそう言ってるでしょ。全く……」

「それとクレアさんの口から、えるはとんでもない侮辱を受けました」

「わ、わたし、変なこと言ってないですよね?」

 クレアは声を震わせ、聞き返した。

 記憶はないが、もしもその一言で彼女の逆鱗に触れてしまえば、この場で彼女に殺されてしまうかもしれない。

「どうにも」えるはそう前置きをして。「えるはクレアさんに嫌われているようですね」

「……苦手なだけですよ」

「では、なんでも質問してください。えるも誠心誠意。まごころを込めてクレアさんの疑問にお答えしましょう」

 そう言われても、クレアは心の底では信じきれなかった。

 例え、えるが本心でクレアの質問に答えてくれたとしても、クレア自身が彼女の言葉を必ず疑ってしまう。結局、自分の内側にある気持ちを整理しなければ、クレアはえるとの関係性をやり直すことは出来ないのだ。

「わたしには……えるさんを信じる方法が分かりません」

「そうですか。残念です」

 えるは立ち上がり、部屋のドアを開けた。

 振り返り、

「では、えるは仕事に戻ります。気が向いたら散歩にでも行ってみたらどうですか?」

「今は難しいですね」

 えるは笑って部屋を出ていった。

 コツコツ、という足音が聞こえなくなるまで、クレアはベッドから動けなかった。



 歩けるようになったクレアは温室に向かった。ちょうど、レイナ・ヘルエスタが草花に水をあげているところだった。

 一分か、二分。

 クレアは彼女にどう声を掛けようか、じっと考えていた。それが無駄な時間だと分かっていても、ついつい、余計なことを考えてしまう。

 しばらくして、レイナの方から声が掛かった。

「エルのことで話があるんでしょ?」

 クレアは自分の考えが見透かされている事に、少しだけ恥ずかしくなった。レイナと目を合わせられない。

「まだ……信じられないんです」

 レイナは「うーん」と悩んで、

「時間が解決してくれると思っていたけど……交友関係で私から出来るアドバイスってそんなに無いのよね」

「レイナさんは、どうしてえるさんを信じられるんですか? だってあの人は───」

「ライラとシェリン、そしてセラを殺したのに? そんなのこの時代じゃ珍しくもないでしょ?」

「……ですが」

「私もエルには、ちょっとくらい恨みはある」

 でも、とレイナは続けた。

「……前に話したと思うけど、今重要なのはあの三人が抜けた穴をどうやって埋めるかって事なの。その点でいえば、エルは一番適性があった。だから彼女を殺さずに、説得したの。暴力でね」

 無言になる。

 クレアもその話は聞いていた。詳細な内容までは知らないが、犠牲者はひとりも出ていないと聞いて安心したのを覚えている。

「このままだと……ルカさんも殺されてしまうかもしれません」

「そうなったら、クレアは悲しい?」

「……はい」

 しかしクレアは、ルカとそこまで親しい間柄という訳でなかった。

 王城に来た彼とちょっとだけ話をした時は、建物の進捗や、ファミリーの愚痴を聞かされたぐらいで、友達と呼べる仲なのかも怪しい。クレアが怯えているのは、自分の知った顔がいなくなる事だった。

「どうしてもルカのことが気になるなら、クレアもこの件について調べてみたら?」

「わたしが……ですか?」

 クレアが驚くかたわらで、レイナは美しく笑って言う。

「まだ伊波を殺したのが、ルカって決まった訳じゃないでしょ? ほとんどの権限はエルに持たせてあるけど、個人で調べるのは自由。貴方がやりたいように、満足するまで調べてみればいいじゃない」

 レイナの言う通り、伊波を殺したのがルカという証拠は出ていない。

 彼は行方不明になっただけだ。

「それじゃあ……」

 クレアは呟き、おどおど、とレイナと顔を合わせた。

「伊波さんと最後に話をしたのは、レイナさんですよね?」

 質問を受けて、レイナは一瞬きょとんとした顔になった。しかし、質問の意味を理解するとレイナは軽く笑って、それから頷いた。

「ええ。報告を聞いただけだけど」

「その時、なにか言ってませんでしたか?」

「仕事以外だと……ルカに会いに行くって言ってたわね」

 つまり、最後に伊波に会ったのはルカという事になる。

「だからえるさんは、ルカさんを探してたんですね」

「その通り」

 レイナは嬉しそうに指をくるくると回した。

 黄色い小鳥が、彼女の指にとまる。

「ふふ、まだまだスタートラインだけど、その調子で頑張ってね。私はこの件についてはあんまり手伝えないの。エルに全部任せてあるから。ごめんね」

「いえ、気にしてません。わたしと、えるさんとじゃ問題の解決能力が明らかに違いますから。しょうがないですよ」

 自虐的な言い方だが、それは本心だった。

 もしもレイナと同じ立場であれば、クレアも同じ選択をする。魔法も剣も、そして美しさも兼ね備えている彼女を頼らない理由はない。

「もしも聞きたいことができたら、いつでも私の部屋にいらっしゃい。なんでも答えちゃうんだから!」

「ありがとうございます」

「それで? 次はどうするの?」

「次、ですか……」クレアは考えて。「わたしを見かけたっていう、孤児院の子供たちに話を聞きに行こうと思います」

「そういえば、エルからそんな話を聞いたわね」

 あはは、とクレアは苦笑いで答える。

「だからまずは子供たちに話を聞いてみて、それから考えようかなと」

「行動が明確なのは良いことよ」

「はい、ありがとうございます」

 お礼を言って、クレアはレイナと一緒に温室の草花の手入れをした。彼女曰く「情報提供をしたんだから、私にも報酬が必要でしょ?」とのこと。

 クレアも草花に触れるのは嫌いじゃなかった。

 しかし、この温室にある花には毒を持っている種類があるらしく、それを見分けるのにクレアは慎重にならざるを得なかった。

 棘のある花を見つけては、へっぴり腰になり、レイナに笑われる。

 手入れが終わり、そこで、ふと───。

「この温室にある花って、もしかして伊波さんを殺した毒と同じだったり……」

「なーにー? 私が犯人だとでも言いたいのぉ?」

 何気なく呟いたクレアの言葉は、背後から近づいてきたレイナに聞かれていた。

 耳元で囁かれ、クレアはびっくりして後ろに下がる。

「うわぁ!? そ、そんなつもりじゃなくてですね! えーっと、えーっと……」

 狼狽えるクレアを見て、ふふ、とレイナは口元を押さえて笑った。

「冗談よ。……この温室にある花から取れる毒はそこまで強い毒じゃないの。まあ、ちゃんと調合をすれば人を殺せるようにはなるけどね」

 ち・な・み・に……と。

「間違ってもこの温室にある花を盗もうとしちゃダメよ」

「それはどうしてですか?」

「ここはセバスのお気に入りなの。もしも温室の花に手を出そうものなら、セバスに喰い殺されちゃうってわけ」

「お、恐ろしいですね……」

「そうでしょう、そうでしょう。……かくゆう私も、お気に入りの温室を土足で踏み荒らされたりしたら、私情で処刑するんだけど」

「あはは……」

 温室に許可なく侵入した者は、圧倒的有罪。

 セバスとレイナに挟まれて、ぐちゃぐちゃにされる光景を、クレアは容易に想像することができた。

 最後にもう一度お礼を言って、クレアが温室を出ようとすると、

「ちょっと待って!」

 レイナに呼び止められ、クレアは振り返る。

「どうしました?」

「もしも、ルカに会うことがあれば伝えてくれない? 私は王城にいるって」

「……? 分かりました。伝えておきます」




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