思い立ったが吉日
その後、再び決死の思いで自宅へと向かった。二度目だから楽になるかと思ったけど、甘かった。大甘だった。数度通っただけのカーブ連続なんて覚えられるはずもなく、かといって下りのように惰性で進んでくれるわけでもない。アクセルを踏まなきゃいけないけど、乗り慣れないから加減がわからない。お陰で道路外に突っ込みそうになって何度冷や汗が出たことか……家に着く頃には、行きで感じた達成感も食材を手に入れた高揚感もすっかり萎えていた。
「無事帰れてよかった……」
「……うむ。中々にスリリングな経験だった……」
いつもはドンと構えて動じないきなこも、魂が抜けたようになっていて、最後は無言だった。静かだったから集中出来てよかったけど。それでも……
「冷蔵庫が……」
消臭剤しかなかった冷蔵庫に食材が入っていた。今日買ってきたのは、卵や肉、豆腐
やところてん、ウインナーにベーコン、チーズや一夜干しのイワシ、そしてビールとチューハイ数本。もらった鯖や野菜もまだあるから、数日はこれで凌げる。こうなってくると……
「せっかく来たんだから、BBQしたいよねぇ……」
ここに来た目的がそれなのだからそう思うのは自然の摂理だろう。そのためにこんな僻地まで来たのだから。となれば……
「よし、BBQの道具がないか探してみますか」
昨日はざっと家の中を探検したけど、細かいところはまだ見ていない。階段下の物置とか、クローゼットはざっと見ただけだし、家の裏にも物置があった。石橋さんの話では、祖父とは釣り仲間だと言っていた。だったら釣りの道具が残っているはずで、その中にアウトドアに仕えるものがありそうな気がする。というわけで探検だ。
あちこち開けて回った結果、色んな発見があった。まず祖父の釣道具は家の裏の物置にあった。釣りをしたことがないから何を釣る用の物かはわからないけど、綺麗だからしっかり手入れをしていたんだろう。そう言えば祖父の部屋も綺麗に片付いていた。丁寧な生活をする人だったのかもしれない。
そして……問題のアウトドアの道具だけど、使えそうなのは折り畳みのロータイプの椅子にでっかいクーラーボックス、バケツやライフジャケットがあった。後は、十足セット売りっぽいたくさんの軍手も。これは有難い。
「でも、さすがに焚火台とかBBQ台はないみたいね」
さすがに直火はよくないだろう。動画でも山火事防止のためにも焚火台使用を推奨していたから。どうしたものかと思いながら庭を歩いていたら……いいものを見つけた。
「え? レンガのコンロ?」
庭の一角に半分崩れかけたレンガのコンロ台のようなものがあった。これって……直せば使える? レンガがいくつか崩れて落ちていたから拾って積み直してみた。う~ん、割れているのもあるし、数も足りない。でも、底があるからその上で火を焚いても問題なさそう。後は網があれば……逸る心を抑えながら家に戻った。
網がないかキッチン周りを調べた。100均でも売っているようなので十分らしいけど、どうだろう。シンクの下なども探したけど、思い求める品はなかった。でも……
「これがあれば、肉は焼けるよね」
手にしたのは、どこの家庭にも最低一つはあるフライパン。これで肉が焼けるはず。いや、焼いてみよう。失敗しても失うものはない、はず。多分……
そうと決まったらフライパンを手に庭に出た。日が高くなって来たけど、幸いにも木が影を作ってくれてそれほどでもなかった。フライパンのサイズに合わせてレンガを組み立て直す。要は焼ければいいんだから恰好なんかどうでもいい。
「これで、いけそう」
どれくらい格闘していたのかわからないけれど、フライパンが安定して置けるようにレンガを組めた。達成感が心を満たす。このために来たんだなぁとの実感も増した。炭火がないのでその代わりに木の枝を探す。動画を思い出しながら使い勝手がよさそうな枝を拾って回った。庭といっても山だから気を抜くと奥まで行ってしまいそう。
「それにしても、山だなぁ……」
当たり前だけど、山だ。それも杉などが植えてある綺麗に整えられた山じゃなく、雑木や藪だらけの雑多な山。動画にあったようなキャンプが出来るような下草が少ない山じゃない。何処かにそういう場所もあるのかもしれないけど。程々に薪になりそうな枝を集めて回り、コンロの近くに積んだ。これだけあればなんとかなるはず。
これだけあればもう出来そうだけど……
「夜は、怖いよねぇ……さすがに」
近くに家もないし、この辺でも蛇や猪、鹿も出ると言っていた。さすがに熊はいなさそうだけど、絶対大丈夫とは言えないよね。初めてだし、お試しだから明るいうちにやるか。そうと思い立ったら吉日だ。どうせ予定もないんだから今からやればいい。これだけ高くて近所からも離れていたら煙や臭いで苦情が来ることもないだろうし。
早速準備に取り掛かった。タブレットで火の熾し方を調べた。ライターは、チャッカマンがキッチンにあったからそれを使うか。着火剤も新聞紙もないんだよねぇ……となると落ち葉や小枝? レンガの上に落ち葉やよく乾いていそうな小枝を集め、薪用の木を組んで見た。火を付けたら傍を離れられないから、その前に食材やら飲み物やら持ってこないと。一旦作業を中断して家に向かった。
「きなこ~BBQするよ~」
「なんじゃ、この暑いのに」
「でも、夜やるの怖いから」
「なるほど。一理あるのう」
肉か魚があるなら付き合うと言われたので、石橋さんにもらった鯖と、今日買った肉とイワシを出すことにした。まぁ、最初だから練習ってことで。飲み物は……やっぱビールだよね。でも呑み過ぎないように気を付けないと。一本くらいならいいよね?
きなこ用に椅子を用意して、その上にひんやりシートを乗せる。私は日焼け止めを塗ってから祖父の釣道具と一緒に会った大きな麦わら帽子を被った。木陰だから直接辺りよりはマシだよね。出来ればパラソルほしい。でも、火の粉が飛ぶと危ないかな? う~ん、耐火性のものがあったらいいんだけど。
「うむ、なかなかに立派なイワシじゃな」
きなこが期待しているのはイワシだった。冷凍の鯖、フライパンで焼いて大丈夫だろうか? 魚って結構くっ付かなかったっけ? クッキングシートなかったんだよね。
食材をクーラーボックスに入れて、火を熾した。チャッカマンが有り難い。でも、落ち葉や小枝で火を熾そうとするのにすぐに消えてしまった。大きな枝に火が燃え移る前に焼き切ってしまうからだ。
「嘘……全然燃えてくれないんだけど……」
何度やっても火が付かない。いや、着いてはいるんだけど、太い枝に燃え移る前に燃え尽きてしまう。着火剤や炭の重要性を実感した。どっちも早めに買いに行こう。
「なんじゃ、火が付かんのか?」
「そうなのよ。直ぐ燃え尽きちゃって……」
これじゃBBQにならないじゃないか……諦めるしかないかと思ったその時だった。
「仕方がないのう。これでどうじゃ」
そう言ったきなこの手元に火の玉が出来た。はぁ? きなこ、何やって……呆然とする私の前できなこが火の玉を薪に投げつけると……火が付いた!
「はぁああ? 嘘でしょ? きなこ、あんた、魔術使えるの?」
いつの間にそんなことに……
「何を言っておるんじゃ? お主も出来るじゃろうが」
「私が? え? だって、こっちの世界じゃ……」
「わしと会話が出来るってことは魔力も戻っているの、わすれたか?」
「そ、そう言えばそうだった!」
すっかり失念していたけど、きなこの言う通りだった。前世の記憶が戻って、それからは微弱ながらも魔力が戻ったんだった。それできなことも話が出来るようになって……だったら……
「私も、やってみる」
手の平を前に出して火の術式を思い浮かべた。前世では小さな火の玉くらいなら無詠唱でも出せていた。だったら……
「で、きた……」
思った以上にあっさりと、でも、ちゃんと火の玉が出来上がっていた。確かに前の世界に比べたら十分の一にも満たないけど。でも、こっちの世界で魔術が使えるなんて……それも驚きしかない。
「これ、知られたらまずいよねぇ……」
「そうじゃな。わしが話せることも含めて機密中の機密じゃ」
そうよね、知られたらどんな目に遭うか想像もつかない……これは絶対に誰にも知られないようにしないと。
「ところで、音羽や……」
「何?」
「早く載せぬと火が尽きるぞ」
「ああ!」
慌ててフライパンを乗せて魚を載せた。炭じゃないけど、薪で焼いた魚や肉は美味しいはず。そう思っていたのに……
「いやだぁ、くっ付いてぐちゃぐちゃ~」
「火力あり過ぎて焦げた――!」
「ええ? 冷凍そのまま焼くのNGだった?」
悲しいかな、何を焼いても思うように行かなかった。イワシはフライパンにくっ付いて原型を留めず、鯖は水分が多過ぎてべちゃべちゃだ。肉に至っては……魚の後に焼いたのが失敗だった。くっ付いて焦げ付いて見るも無残な状態だ……
「そんなぁ……あんなに苦労したのに……」
初めてのBBQだったのに黒星発進だった。嘘でしょう……動画じゃ簡単に焼けていたのに……動画と現実の差を痛感させられた。
「うう、今日の食材返せ――!」




