田舎の救世主?
どうやらこの人は地元の人で、荷台に乗っている大量の野菜の収穫主らしい。ということは農家の人?
「えっと、山の上の、淳一郎さん家に越してきた人?」
「……え? あ、はい。孫の佐野、です」
急にこちらを向いたと思ったら話しかけられてびっくりした。声が上ずってしまったかもしれない。
「やっぱり」
やっぱりって、何? そもそもお婆ちゃんたちもなんで私が孫だとわかったの? もしかして人相書きでも出回っている? いや、いくら田舎でもさすがにそれはないか。だったら石橋さんから?
「あの……」
「ん?」
「どうして、私が伊東の孫だと……」
怖いけど情報源を知りたい。都会にはないコミュニティがあるのだろうとは思うけど、昨日の今日で広がるなんて怖すぎない?
「ああ、あれ」
そう言って指さされたのは、乗ってきた軽ワゴンだった。車が、何か?
「淳一郎さんが乗っていた車だから」
「え? それだけで?」
「まぁ、この辺は付き合い密やし、淳一郎さんは会合なんかもマメに出て来る人やったから」
なるほど、そういうことだったのか。確かに車なんてそう頻繁に乗り換えないし、近所でよく会っていたら覚えるかもしれない。東京でも自転車見れば持ち主は見当ついたからそんな感じだと言われれば納得だわ。
「あ、俺、梅沢、梅沢匠海です。淳一郎さんには生前お世話になりました」
急にかしこまって軽く頭を下げられた。祖父と付き合いがあったのね。
「佐野音羽です。東京から来ました。あ、こっちは同居猫のきなこです」
きなこを抱っこして紹介すると、梅沢さんだけじゃなくお婆ちゃんたちの視線が集まった。
「あらぁ、おぼこい子や」
「猫めにもこんな毛長いのがおるんやなぁ」
「きな粉餅みたいや」
どうやら長毛猫が珍しいらしい。そしてきな粉餅! わかってくれて嬉しい。何故かそれだけで親しみを感じた。
「都会からこんな田舎に若い子が移住してくるっていうんで、皆気にしていたんやざ」
「あんなや真ん中の一軒家、誰が住むんかと思うてたけど、こんな若い子やったとはびっくりや」
「そ、そうですか」
きな粉餅のお婆ちゃんにそう言われて、やっぱり噂になっていたのだと知った。田舎のコミュニティ、侮れないわ。
「あんな山の上で一人暮らしなんて大丈夫なんか?」
「ほやって。蛇やら猪やらも出るし」
「は? 蛇? 猪って……」
蛇はともかく猪や鹿なんて出るの? そう言えばニュースで鹿が増えているって聞いた気がするけど。さすがに熊みたいに襲ってきたり、はしないわよね。
「いややわぁ、蛇やら猪なんてそこらへんにいくらでもいるで」
「そうそう、熊はあんま聞かんからいいけど。ああ、でも山の向こうの方で出たって、みっちゃんが言ってたざ」
そこからお婆ちゃんたちの話は熊の方に向かって盛り上がっていた。賑やかだなぁ、それに元気だ。これがいわゆる井戸端会議というものか。井戸はないけど。
「ははっ、婆ちゃんら、いつもこんな感じやから気にせんといて。口は悪いけどいい人やから」
「こらぁ、たく坊。誰が口が悪いんじゃ」
「そういうところだって、婆ちゃん」
言い合いが始まったと思ったけど笑いが上がった。ということはこれがデフォってこと? 東京だったら喧嘩になりそうだけど……言い合いながらも時々笑い声が上がっているから問題なし? 基準がわからん……田舎、恐るべし……
「それで、今日は買い物?」
「あ、はい。引っ越したのはいいけど、色々足りなくて……」
足りないなんてもんじゃなく、ほとんど間に合っていません。いや、色々揃ってはいるんだけど。
「そっか。でもここやと簡単な食べ物と日用品しかないけど」
そうですよね、このトラックに入るものしかないですよね。さすがにベッドは期待していなかったけど、蚊取りとかはなさそう、な感じがする……
「そう、ですよね」
うわ~やっぱり遠くまで買い物に出なきゃいけないのか。こうなると通販しかないかも……そうだよ、通販使えばいいんだ。見て選べないから不安はあるけど。
「足りないの、なに?」
「え?」
急に尋ねられてびっくりした。それにしてもさらっと距離を詰めて来るなぁ。田舎だとこんなもの? 石橋さんもそうだったし、お婆ちゃんたちはもっと来るけど。
「いや、足りないもの、食べ物だけじゃなさそうやから。引っ越しって何かと入用やろ?」
「えっと。実は……」
藁をも掴む思いで足りないものを上げてみた。ダメでも何かヒントは貰えるかもしれない。土地勘がないからお店の情報とかもらえるだけでもありがたいし。
「あ~ベッドかぁ……」
「この辺で買えそうなところありますか?」
尋ねたけれど腕を組んで考え始めてしまった。ということはかなり絶望的? やっぱり通販しかないのか。でも、あんな山の上まで配達してきてくれるのかな。
「この辺やとないなぁ。選びたいなら市まで出ないと」
「市って……」
「車で三十分はかかるな。選びたいなら県庁ある市か隣の県まで行くしか」
それって……新幹線で降りたところよね。ここからだと一時間はかかるけど……車で行くなんて絶対無理……
「……急いでるんなら、明後日でよければ付き合うけど?」
「え?」
「明後日、農協行く用事あるから。その後でよかったら案内するけど」
「いいんですか?」
いいの? 車で乗せて行ってくれるの? 自分で運転しなくて済むなら是非お願いしたい!
「いいよ。淳一郎さんには本当に世話になったから」
「お願いします!」
思わず食いつき気味にお願いしてしまった。だけど、自分で運転して行くなんて事故る自信はあっても無事に帰ってこられる自信はない。どうやらお婆ちゃんたちの受けはよさそうだし、悪い人じゃないわよね。
「だったら、明後日、九時半に迎えに行くわ」
「え? いいんですか? 山の上までなんて」
「家まで来れる?」
「いえ……自信ないです」
認めざるを得ず正直に言ったら笑われたけど、嫌な笑いじゃなかったから馬鹿にされたわけじゃなさそう。何よりも運転してくれるのだ、そういう知り合いは一人でも多くほしいし大事にしたい。それに、ここに来て初めての同年代だ。友達付き合いはそれほど重視しない方だけど、ここで暮らすならそれなりに顔見知りは欲しい。特に女子の。やっぱ女子にしか話せないこともあるし。
そうしている間にスーパーが開店したので買い物をした。なるべく日持ちする食料がいいのかな? でも冷蔵庫はあるし。米は……石橋さんに貰ったのがあるから無理に買わなくてもいいかな。あとは洗剤と柔軟剤、食器用洗剤もなかったし、お茶葉もほしい。うわ、こんなスーパーでもステーキ肉とかあるんだ。需要あるのか? お酒もある。ビール少し買い足しておくか。ペットボトルのお茶もほしいし。う~ん、結構な量になるなぁ……
「音羽ちゃん、音羽ちゃん」
迷っていると小声で梅沢さんに呼ばれた。いきなりちゃん付けされるとは思わなかった。気安いというか距離が近い。これはコミュ力の差? それとも田舎フィルターのせいだろうか。いや、そうじゃなくて……
「どうしました?」
振り返ると腕を取られて少し離れた場所に連れてこられた。な、なんなの? いきなり腕掴むのもちょっと引くんですけど……
「ここ、高いから。洗剤とかの日用品とか調味料は他で買った方が安いよ」
「え?」
それは……つまりもっと安く買える店があると?
「ドラッグストアの方がずっと安い。明後日連れて行ってあげるから、最低限の食料だけにしときな」
引くなんて思ってごめんなさい! そういうことなら喜んで従います! アドバイス通り豆腐や小パックのお肉、ビールとチューハイを一本ずつ、あと食器用洗剤と洗濯洗剤、柔軟剤の小パックを買った。この暑さではさすがに洗い物は明後日まで放置出来ないから。
「ありがとうございました~」
スーパーの店員さんは愛想がよく、気持ちよく買い物が出来た。うん、普段の買い物はここで十分かもしれない。車の運転の練習も兼ねてまた来よう。帰ろうとしたらお婆ちゃんらに掴まって、色々質問されてしまった。きなこも人気で、あのきな粉餅のお婆ちゃんは何度も可愛いと言って撫でてくれてきなこもご満悦だった。動物に優しい人なら悪い人じゃないはず。
「音羽ちゃん、またうちにも遊びにきねや」
本気なのか社交辞令なのかわからないけれど、気安く誘われてしまった。この様子だとちゃん付けは確定のようだ。都会じゃあり得なかったけど、受け入れてもらえたような気がして嬉しくなったし気が軽くなった。余所者を受け入れないところもあると聞いていたから。しかも明後日は買い物に連れて行ってもらえる。勇気を出してここに来た甲斐があった。




