買い物遠征
翌朝、私はとある決意を胸に梅沢さんを待った。今日は買い物に付き合ってもらう約束で、彼は約束の時間ぴったりにやってきた。先日は軽トラックだったけど今日は荷物がたくさん乗りそうな白のワンボックスで、ベッドがほしいと言ったからそれに合わせてくれたのかと思ったけど、後ろには何やら見慣れぬ機械が載っていた。農協に用事とはこれのことらしい。
そして、今日の梅沢さんは作業着じゃなく白のポロシャツに紺のカーゴパンツだった。日焼けしたワイルドな外見によく似合っていた。よく見ると顔立ちも整っているし、華恋の基準を借りれば元婚約者が爽やか系イケメンなら彼はワイルド系だろうか。まぁ、詳しくは知らないけど。
「今日はよろしくお願いします」
「いやいや、気にせんで。どうせついでやから」
それでも買い物難民からすると救世主です。出来ることなら今日買えるものは買ってしまいたい。運転が上手くならないと買い出しに出られないから。暇な時はドライブとかした方がいいのかもしれない。近所限定で。
「先に農協寄るけど、いい?」
「もちろんです。あの後ろの機械が?」
「うん、修理に出さんとあかんくて」
以前から調子が悪く自分で直してきたけどとうとう限界だという。自分で直すんだと驚いていたら彼は工業系の学校を出ていて電気工事士の資格を持っているのだという。最初はそちら系の会社に就職したけれど、五年ほど経った頃お父さんが腰を痛めて仕事が出来なくなったため家業を継いだという。こんな海沿いで農業なんか出来るんだと驚いたけど、山の向こう側にそれなりの田畑と果樹園を持っているらしい。
農協は車で三十分ほど走った先だった。既に連絡してあったようで、渡すだけで済んでしまった。
「それで、何が買いたいんや?」
買いたいものはいくらもあるけど、まずは緊急性の高いものからよね。
「ベッドとマットレス、あとBBQの道具が欲しくて」
「BBQ?」
「はい、私、ソロキャンプに憧れてここに来たんです。こっちに来たら絶対買おうと思ってて」
一昨日の失敗がまだ忘れられずにいた。楽しみにしていたのにいきなりの大失敗で大切な食材を無駄にしてしまった。それでも食べたけどあんな失敗は二度とごめんだ。食材に申し訳ないから。
「ベッドは家具屋かなぁ。ホームセンターにもあるけど種類ないし。BBQなら専門店かホームセンターか」
「予算に限りがあるので安く抑えたいです」
「だったらホームセンターやな」
やっぱりそうなるよね。でも、今は資金も十分とは言えないし、こだわれるほどの知識もない。だったらそこそこの道具で初めて、慣れてきたらいいものも買い替えればいい。
優先順位はベッドだったので、まずは全国展開している家具屋に向かった。ここなら東京にも店があったから品揃えは見当が付く。
「ところで……その、苗字で呼ぶのやけど……」
うん? 苗字呼びが何か?
「出来れば名前で呼んでくれる? ここは同じ苗字の家がいくらもあるからみんな名前で呼び合うんや。名字で呼ぶのって、大抵仲悪いもん同士やから」
そうなの? 名前で呼ぶなんて馴れ馴れしいと思っていた。
「梅沢は町内に三軒あるし、吉川さんなんか五軒ある。名字で呼ばれても自分のことやと思わんから、結果的に無視した形になるかもしれんし」
五軒も? それだと苗字じゃわからないわ。郷に入らば郷に従えともいうし、呼んで知らん顔されるのは結構きついかも。
「じゃ、匠海さん?」
「その方がわかりやすくて助かる」
男性を名前で呼ぶ経験がなかったから落ち着かないけど、それがここのルールというなら名字で呼び続ける理由もない。
「あ、家具屋や」
話している間に店に着いた。駐車場広い。いや、どこの店も広い駐車場が付いている。しかも無料だなんて都会じゃ考えられない。そんなことに感心してしまった。いやいや、今目指すのはベッドコーナーだ。
「どんなん探してる?」
「う~ん、出来ればダブルがほしいんですよねぇ」
「……え?」
困惑した匠海さんの声がした。えっと、なんだか困惑、している?
「あの?」
「音羽ちゃん、もしかして彼氏持ち?」
「え? なんで?」
「いや、ダブルベッドって。まずくない? 彼氏知ってるの?」
……ああ! そっちの心配されていた? そんな経験ないから思いもしなかった。
「彼氏とかいないんで大丈夫です! 家広いし、楽に寝たいなぁって思っただけですから!」
「そ、そう。ならよかった」
思わず力説してしまったけど、そういうのに興味ないから無用な心配だ。そっか、そういう可能性を考えられていたとは……年齢=彼氏なしを邁進中だから思いもしなかった。
「安いのがいいんやったら、これどうや?」
改めてベッドを探していたら匠海さんに呼ばれた。示されたのはアウトレットコーナーにあるベッドで、未使用だけど傷ありで定価の六掛けだった。傷といってもフレームにうっすらと傷が入っているだけだからこれくらいなら許容範囲、むしろウェルカムだ。ベッドを安く抑えられたお陰でマットレスは気に入ったものを買っても十分予算内だった。
「見つけてくれてありがとうございます。お陰でいい買い物が出来ました」
圧倒的な予算内で収まってくれたからお財布に余裕が出来た。もう感謝しかない。匠海さんが持って帰ると言ってくれたので、ワンボックスに乗せてもらった。これで配送料も無料だ。神過ぎる。
その後はBBQ用品を見にホームセンターに連れて行ってもらった。日用品だけかと思ったら、薬や食料品もあって一通りのものは揃うという。何それ、何でも屋?
「うそ? これがこの値段で? これも? 本当に?」
想像した以上に安かった。田舎だから物価自体が安いのかもしれないけど、東京じゃあり得ない金額だ。
BBQのコーナーに行ったらキャンプ用品がたくさん置いてあった。しかも有名なメーカーの商品かある。ええ? 品揃えもいいんですけど? しかも想定していた値段よりも安い。これ、もう買う以外の選択肢しかなくない?
結局、焚火台兼用で折りたためるBBQ台と炭を10Kg、使った炭を入れる火消し壺、火挟みを買った。きなこと気楽にやるならこれで十分そう。いずれはテントやタープ、寝袋なんかも買いたいけど、ホームセンターに全部あった。それがわかっただけでも大収穫だ。しかも、日用品や薬、食料品も買えるなんて……ここは天国?
「凄い……これだけ買ってこの金額なんて……」
田舎凄い。いや、この店が凄いのか。営業努力に心から敬意を表したい。今後も贔屓にさせてもらおうと心に誓った。食料品はスーパー並みの品揃えで、冷食も総菜も種類が多いし刺身まで売っている。カップラーメンに缶詰、レトルトのカレーなんかも買ったから当分買い出しに出なくても済みそう。因みにビールとペットボトルのお茶は箱買いだ。猫の砂も安かったからキャットフードはいつものよりも高いものが買えた。引っ越し代が高かったから家財の多くを手放したけど、これだけ安く買い直せたなら大収穫だ。
これで今日からBBQが出来る、そう思うと心が弾んだ。まずは先日のリベンジがしたい。帰ったら買ったばかりのBBQ台の試運転だ。そのために肉や魚の一夜干しもビールも買った。今夜こそは成功させてやると思うと心が躍る。頭の中は今夜の段取りで幸せいっぱい夢いっぱいだった。
「ありがとうございました。いい買い物が出来ました」
「ついでだから気にせんでいいって。俺も買いたいものあったからちょうどよかったし」
匠海さんは何に使うのかはわからないけれど、何かの道具を買っていた。ここは農業用の資材や工具、部品なども揃っているのだという。広いなぁとは思ったけれど、そんなものまで売っていたとは侮りがたし。
「ああ、もし余裕あるならクーラーボックス一つ持ってると便利やで」
「クーラーボックス?」
「ああ。家から店遠いやろ。夏は皆買い出し行く時持って行ってるんや」
「なるほど」
確かにそうかもしれない。この車もだけど祖父の車もワンボックスでクーラーが利いているとは言えない。家には祖父が釣りに使っていたらしい大きなクーラーボックスもあったけど、買い物に持って行くには大きすぎるよね。だったら持ち運びが便利なサイズのものがあった方がいいわよね。手ごろなものがあったので、氷と一緒に買った。これで食料品が痛む心配はないわよね。
「そんじゃ、なんか食べて帰るか?」
「じゃ、今日のお礼の代わりにおごらせてください!」
「ええ? そんなん、わざわざいいよ」
「こっちに知っているお店、一軒もないので。どこかお勧め教えてください」
実際、この辺の店は全く未知数だ。全国展開している店はわかるけど、やっぱりこの辺りで美味しいと言われている店に行きたいから。
「そういうことなら……じゃ、俺が好きな店でいい?」
「是非とも」
満足な買い物を達成した満足感も相まって、移住初の外食に期待が深まった。




