新たな家族の一面
匠海さんのお祖父さんの昭夫さんが、私の祖母を? 意外過ぎて直ぐには話が結びつかなかった。そういえば……梅沢さん家で働き出した時、パートさんたちが余所余所しかったっけ。それって、もしかして……
「あいつ、淳ちゃんに突っかかってたくせに美佐江ちゃんにはな~んも言えんくて」
「ほやほや。なんもせんかったくせに淳ちゃんによう突っかかってたなぁ」
「ほんま、意気地なしやった」
「まぁでも、気持ちはわからんくもねぇざ。あの二人、子どもん時から仲良かったで」
航平さんと石橋さんはお酒が入っているのもあってか饒舌だった。そっか、そんな確執が……狭い田舎でも色々あったんだ。
「こらこら、爺さんら、ちょっと言い過ぎや。音羽ちゃんが驚いてるざ」
「あ、悪い悪い。ごめんな、音羽ちゃん。もう昔のことやで、昭夫もなんも思ってないやろ」
「今でも根に持ってたら怖いわ」
すっかり酒の肴になっていた。遠慮がないなぁ、昭夫さんが聞いたら怒り出しそうだ。うん、聞かなかったことにしておこう。
「はい、里桜ちゃん、梅サワーね」
「ありがと~」
お替りを持ってきた祥子さんに里桜ちゃんが機嫌よく返す。祥子さんは気さくでくるくるよく動いて、自分より親世代の石橋さんたちにも軽快に言い返している。ママさんやっているとそんな感じなのかな。誰も気にすることなく、むしろ喜んでいた。
「陽子ちゃん、残念やったなぁ」
寂しそうな笑顔が寂しさを思い出させた。ある日突然、帰らぬ人になった母。色々聞きたいことがあったのにと思ったけれど、その思いは今になって一層増している。ここでどんなふうに過ごしていたのか、どうして東京に出たのか、母の口からは何も聞いていないから。
「はい、突然だったので驚きました」
「事故やったって?」
「はい。信号無視のトラックに追突されて」
「そうやったんや」
母の死因をご存じなかった? でも、母が亡くなった時、祖父に連絡したけれど返事はなかったし、その後香典を貰ったけど、お礼と事故の概要だけで詳しいことは書かなかったっけ。
「あんなにパワフルやった陽子ちゃんも、トラックには勝てんかったんやなぁ」
「はは、そうですね。トラックでも弾き返しそうな人でしたけど」
「ちゃんと人間やったんやな」
「そうですね」
しんみりした空気がぱっと切り替わった。今日は新年会だから暗い話は似合わないよね。さすがママさん、ってことかな。でも、祥子さんの言う通りで、私もそんな風に思っていた。
それにしても、子どもの頃の母はどんなだったんだろう。こっちに来て少しずつ見えて来たけれど、生前の母はあまり過去のことは話さなかった。
「こっちにいた時の母は、どんな感じでしたか?」
「ほやなぁ、お洒落が好きで、恋する乙女やったなぁ。けど、ここら辺には好みの男がえんかったから、アイドルに夢中やったわ」
あ~なんか、わかるかも。芸能界に詳しくて、いつも誰か推しがいたっけ。結構頻繁に代わっていたけど。
「ミーハーだったのは昔からだったんですね」
「ほやざぁ、熱しやすくて冷めやすかったわ。三日で幻滅したってファン辞めたこともあったわ」
「あ~そんな感じでした」
「大人になってもそこは変わらんかったんや」
思わず噴き出してしまった。似たようなことがあったから。
「スマホの待ち受け画面見れば、今の推しがわかりましたね」
「ああ、昔は定期入れにプロマイド入れてたわ」
今度は祥子さんが噴き出した。定期入れって、そっか、母の頃は交通系ICカードはなかったのか。
「東京行っていい男捕まえるんやって言ってたざ」
「そうでしたか。私の知っている母は男なんかこりごりやって言っていました」
「あらぁ、変わるもんやなぁ」
親の反対を押し切って結婚したけれど、父はすぐに母の稼ぎを当てにするようになった上、浮気までしていたという。それで懲りたんだと、そう言っていたっけ。
「男よりも音羽ちゃんが大事になったんやなぁ。いつも自分優先の子やったけど、ちゃんと母親やってたんや」
祥子さんが少し寂しそうな笑顔を浮かべた。そんな風に思ったことなかった。いつも仕事優先で、熱が出た時も仕事に行っていたから。
「なんかあったらいつでもおいで。陽子ちゃんの子なら大歓迎や」
「ありがとうございます」
その言葉に心の奥がまた温かくなった。そんな風に言ってくれる人がまた増えたから。梅沢家の皆さんに里桜ちゃんの家族、石橋さんに散髪屋のお爺ちゃんお婆ちゃんもそう言ってくれた。
もしかして、東京にいた頃よりも親身になってくれる人、増えたかもしれない。あっちではそんな風に言ってくれたのは大学時代の友達だけだったけど、皆も自分の生活で精いっぱいだったから頼ることは出来なかった。法律的なことが多かったのもあって、母が亡くなった時に相談にのってくれたのはお役所の無料相談とかだった。
「音羽ちゃん、飲んでる~~?」
「いぇ~い!」
ちょっとしんみりしていたら里桜ちゃんと石橋さんが話しかけてきた。うわ、石橋さん、完全に出来上がっていてテンション振り切れてる。それにしてもこの二人、仲がいいなぁ。さっきまではクロダイのことを語っていたけど……後半は喧嘩腰だった。いつの間にクールダウンしていたんだろ? 不思議な二人だ。
「飲んでるよ」
「そう? お母さんの話、出来た?」
「え?」
意外な言葉にまじまじと里桜ちゃんを見たけれど、次の瞬間には石橋さんに絡んでいた。
「里桜、お前呑み過ぎや」
「お祖父ちゃん、大丈夫やって~~」
航平さんが心配そうに声をかけて来たけど、これ大丈夫じゃないやつだ。このままだと寝落ちするかも……
「里桜ちゃん、はい、お代わり」
「ママ、ありがと~~」
そう言って一気にグラスの中身を呷る。ちょ、そんなに飲んで大丈夫なの?
「ああ、大丈夫や。あれノンアルやで」
祥子さんが耳元でこっそり教えてくれた。
「ああなったら酒入ってるかなんてわからんで。石橋ちゃんもや」
里桜ちゃんと石橋さんはまた乾杯していた。何度目だっけ? そしてさすがママさん、酔っ払いの扱いが秀逸だ。なるほど、家飲みでもそうしようかな。日本酒以外なら何とかなりそうな気がする。
「そういや音羽ちゃん、匠海とはどうなってるんや?」
突然石橋さんがそんなことを聞いてきた。匠海さんって……あの噂、石橋さんにも届いていた?
「な、何もないですよ」
「ええ~~でも匠海、音羽ちゃんにチーズケーキ作ったんやろ?」
「そ、れはまぁ……」
なんでそんなことまで……と思ったけれど、情報源が隣にいた。里桜ちゃん、何で話しているのよ……
「あいつがそんなことするの、初めてやざ。あいつ、胃袋から攻略するタイプやったんか。策士やな」
そ、そうなの? 知らなかった……でも、里桜ちゃんも涼音さんもそんなこと、言ってたような……
「そ、そういうんじゃないですよ」
「ちょっと謙蔵さん、そう簡単に匠海なんかにあげませんからね!」
航平さんにデュエットしようと誘われていた里桜ちゃんが戻ってきた。
「うわ、里桜、お前小姑かよ」
「涼音さんも梅沢さん家の皆もいい人だけど、匠海はあかんって。あいつヘタレやで」
里桜ちゃん、何を言っているのよ……そういうんじゃないって、里桜ちゃんが一番わかっている筈だけど……
「そうなんか? けど、今は直ぐストーカー扱いされるやろ。難儀な時代になったわ」
「あいつにそんな根性あるか」
里桜ちゃん、そこ断言しちゃうんだ。
「里桜はあいつに点が辛いなぁ。もしかしてなんかあったんか?」
「それはない! そもそもあいつとは昔から相容れんかったんや。第一あいつ、きのこ派やざ。絶対たけのこの方が美味しいのに!」
「あ~お前ら、それでよく喧嘩してたもんなぁ」
どうやら馬が合わないとの話は本当らしいけど……そっか、匠海さんはきのこ派だったんだ。それは大事だよね、うん。よかった。
「はぁ、音羽ちゃんをうちにスカウトしようと思ったのに邪魔されたし」
「お前、そんなこと企んでたんか?」
「だって、一緒に働けたら楽しいし。うちも人手不足やから」
そんな風に思ってくれたんだ。嬉しい。先に里桜ちゃんと知り合っていたらそっちに行っただろうけど、あれだけよくしてもらうと変わりにくいよねぇ。
「やめとけ、そこで音羽ちゃんが転職したらまた梅沢んとこと喧嘩になるで。やっと平和になったんやで勘弁してや」
え? なんか物騒な言葉が出てきたけど……そういえば、漁師と農家は仲が悪かったって言っていたっけ……うわ、だったら気を付けないと。下手に転職も出来ないかも。するなら町外にってことだよね。肝に銘じておこう。




