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限界OL、山を継ぐ~前世の従魔とスローライフ  作者: 灰銀猫


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あんこの見立て

 里桜ちゃんに誘われた釣友の新年会から帰ると、課長からメールの返事が来ていた。メールには訪問へのお礼と、他に前世の記憶を持っている人がいるとしたら誰かと尋ねてあった。実際、訪問はご遠慮したかったのだけど、わざわざここまで来てあの後の顛末を教えてくれたし、謝罪する気持ちはあるけれど謝って済むことではないから謝罪する資格がないと自ら断じた気概には敬意を表したいと思ったから。


 今回の訪問で縁が切れると思っていたのだけど、他にも前世の記憶がある人がいるとなれば縁を切るのも憚られる。薄く繋がっておこうかと思っていたのだけど……


『音羽ちゃん、高階さんと連絡先交換したから、グループ作ろう!』


 知らない間に昨日のメンバーでSNSのグループラインが出来ていた。里桜ちゃん……そこは一言ほしかった。とはいえ、今更嫌とは言えないよねぇ……匠海さんも猫のスタンプ送っていたし。あの人とは最低限の交流に留めておこう。怪しまれない程度に。


 その課長からの返信はというと、訪問を受け入れてくれたことと宴会のお礼、そして前世の記憶を持つと思われる者は今のところいないと思う、との彼の見解が記されていた。そのことに肩の力が抜けた。


「私たち以外には、いないって」

「そうか。まぁ、いたところで前世と今世は別物じゃ。気にすることはないじゃろ」

「そう、だよね」


 そう願いたいけれど、一抹の不安は残る。ブランシュ以外は私に敵意を持っていたから。


「不安か?」


 コタツから顔だけを出してつぶらな瞳を向けてきた。うう、尊い……


「少し……記憶があったら、また私を下に見てくるかもしれないかなぁって」


 こっちの人間関係は狭くて濃い。そんな中でこの辺りに住む誰かがそうだったら、居心地が悪くなるような気がする。それが怖い……せっかくいい感じで打ち解けてきたし、あの噂を信じない人も増えているのに。


「案ずることはなかろう」

「え? でも……」


 前世だってただの噂からと気にしないでいたけれど、そのせいで追い詰められた。気にするなと言われても気になってしまう……


「わしらにはあんこがいるじゃろ」

「あんこぉ?」


 思いがけない名に思わずその名を呼んでしまった。そういえば、きなこ、この前もそんなことを言っていたっけ。きなこはあれのこと、かなり評価しているみたいだけど……そこは土地神の眷属だから?


「あれはお主に悪意を持つ者は排除すると言っておっただろう」

「そうは言うけど、それって現実的じゃないと思うんだけど。物理的に排除出来るわけじゃなし」


 そりゃあ、いなくなったら気が楽になるのにとは思うけれど、さすがにそういうわけにはいかない。


「出来るぞよ」


 突然湧いた声と黒い塊に心臓が止まりそうになった。こいつ……


「ちょっと、あんこ! いきなり現れないでって前も言ったよね!」


 心臓に悪すぎる。来るなとは言わないけど、突然現れるのはやめてほしい。この前なんか、夜中にトイレに起きたらドアの前にいて、マジで心臓止まるかと思ったんだから。


「すまぬ、主殿」


 珍しくも耳を垂らして項垂れていたけど、可愛くないし怖いのは変わらないんだけど。もうちょっと、きなこみたいにもふもふな犬種だったらマシなのに、頑なにドーベルマンなんだよね。いや、番犬にはぴったりなんだろう。空き巣くらいなら逃げ出しそうだし。


「音羽や、そう邪険にしてやるな。こ奴もお主のことを案じているんじゃ」

「……わかったわよ」


 きなこにそう言われたら突っぱねることも出来ない。これから色々役に立ってもらう予定だし。不審者や獣が近付かないようにするとか、家の周りの除草とか。


「それで、あのみっちゃんを排除出来るって、どうするのよ?」


 さすがに悪いことはしないよね? 神様の眷属なんだから。いや、日本の神様は優しい神様だけじゃないし、何なら祟る怖い神様もいるんだけど。だからって酷いことをしたらこっちの後味が悪すぎる。それはお断りなんだけど。


「簡単なことじゃ」


 そう言って胸を張ったけど……簡単なことって、何をする気? 怖いんだけど……


「相手を傷つけたり、なんてしないでしょうね?」

「そんな阿漕なことはせん。我は神の眷属ぞ」


 その眷属様が食い意地が張ってて、人ん家の冷蔵庫を食い尽くそうとしたのは阿漕なことじゃなかったと?


「じゃ、どうするの?」

「簡単なことじゃ。主殿を悪く言う度、あの婆に仕置きをしたのじゃ」

「仕置きって、どんな?」

「そうじゃなぁ。鳥の糞が落ちてきたり、何もないところでつまずいたり、黒猫が前を横切ったりじゃ」


 得意げに言うけれど、全然ダメージなさそうだけど……


「なにそれ、随分せこいお仕置きじゃない? 黒猫が横切るって、そんなの嫌がらせになるの?」

「なんじゃ、主殿は知らんのか? 黒猫が横切るは幸運の黒猫が素通りしていくから縁起が悪いと言われておるのに」

「知らないわよ、そんなの……」


 そもそも最近は外に猫がいないから横切るなんて滅多にないし。


「それで、あのみっちゃんが黙るとは思えないんだけど……」

「何を言う? 最近は大人しくなったじゃろが」

「ええ?」

「お主のことを悪く言う度に仕置きを与えておったからな。あの婆は迷信深い性だった故、最近は何も言わなくなったぞ」


 ……本当に? ちょっと信じ難いんだけど。


「既に流れている噂は消えるまで待つしかないが、新しい噂は出ておらぬぞ」

「そ、そう……」


 全っ然信じられないんだけど……そうなの? きなこを見たら目が合った。


「難しいのう。噂も75日とは言うが、消すは簡単ではないからのう」


 きなこも否定しないってことはそうなの、かな? まぁ、ここの人たちは仲良くしている=付き合っているに変換される人が多いからあの噂もあれだけ広がったんだろうけど。そうなるとみっちゃんだけのせいとも言えない部分はある、のかな?


「……じゃ、課長は? あの人に悪意はあったの?」

「かちょう?」

「二日の日に来た男の人だけど」


 あの時、たしかいたよね? 課長に犬も増えたのかって聞かれたし。


「ああ、我を犬と間違えたあの男か」

「まぁ……」


 犬に擬態しているんだから犬に間違えるのは普通だと思うけど。


「あの者からは悪意は感じなかったぞ」


 呆気なくあんこがおすわりの態勢でそう言った。はっきり言い切ったってことは、間違いないのかな。きなこは人の悪意はあんこの方が敏感だって言っていたけど。


「あの者は深い悩みを抱えていたと見た。さすがに心の内までは見えなんだが」

「深い悩み?」


 それって……前世のこと? いや、それだけとは限らないか。課長になって苦労しているだろうし。


「主殿はあの者を随分と警戒しているようじゃが、害意はない。あの婆や祭りの夜に絡んできた男の方がよほど悪意を持っておったぞ」


 婆はみっちゃんのことだろうけど、あの男って……打ち上げの時の?


「それって、小川って人?」

「ああ、そんな名じゃったかな。神社に正月詣に来ておったが、酔って正中を歩くとは、御神をも恐れぬ不届き者よ」

「せいちゅう?」

「神社の参道の真ん中じゃ。そこは御神が歩かれる場故、人が歩くは不敬ぞ」


 そうだったんだ、知らなかった……今度から気を付けよう。


「じゃ、あの人にも気を付けなきゃいけないんだね」

「そうじゃな。邪な想いを抱いておった。近付けぬよう我も見守っておるが、あの者は信心が足りぬようで仕置きをしても効かぬのじゃ」


 黒い耳が垂れた。そっか、あんこも嫌がらせが通じないと。それって信心っていうか、迷信を信じる人ほど効果があるってことかな。だったら今の人には効かないかも。


「そういえばあの者とその縁者が、社の傍でおかしなことを言うておったぞ」

「おかしなこと?」


 それってあの神社でってこと?


「うむ。主殿とあの男を見合わせようと。匠海殿の婆殿に言うておったわ」

「見合わせるって?」

「今でいう見合いじゃな」

「はぁああああ?」


 なんだって――!? あの人と見合い? 私が? なんでそんな話に……それも春子さんにって……


「いやいやいや、絶対にお断りだって。あんこ、なんとかしてよ!」

「主殿がそう言うと思って仕置きをしておる。じゃが……あの者らは信心が足りぬゆえ……」

「そこ、踏ん張りどころでしょ! しっかりしてよ!」


 あんな人、絶対にお断りだ。しかも何で春子さんを巻き込んでいるのよ。信じられない!



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