寂しいリビング
程なくして涼音さんが我が家にやってきた。
「寒いわ~音羽ちゃん、ごめんなぁ、匠海がお邪魔して」
「いえいえ、美味しいかぼちゃサラダとかチーズケーキ作って来てくれたので大歓迎です」
この言葉に嘘はない。かぼちゃサラダも煮ものも、そして目の前にあるチーズケーキも絶品だ。里桜ちゃんもと思ったのだけど、ケーキで釣っても起きなかった。
「あ、涼音さんも一緒にいかがですか?」
「え?いいんか?」
「もちろんです。あ、コーヒーでいいですか?」
「わぁ、ありがと」
課長が座っていた場所に涼音さんが腰を下ろす。テーブルの上にあったホットプレートは既にキッチンに移動し、今は真ん中にホールのチーズケーキと焼いたホタテやイカたち、そして日本酒とコーヒーだ。因みにチーズケーキは好きな大きさに切って食べるという超贅沢。体重なんか気にしていたらお正月を楽しめない。
「匠海のこれ、美味しいなぁ」
「羨ましいです、いつでも食べられて」
他にもいろいろ作っていそうだよね。普通のケーキはクリームが上手く塗れないって言っていたから、何度か作ったことあるんだよね。
「そんなことないざ。匠海、滅多に作らんで」
「そうなんですか?」
それならお土産用? あ、でも里桜ちゃんも作ってもらったことないって言っていたような……
「ほやざ。なぁ?」
「たまには作ってるやろ」
涼音さんの問いに匠海さんが面倒くさそうに答えた。う~ん、照れ隠し? 里桜ちゃんに対しても結構ぶっきらぼうだけど。
「あ~美味しいわ。お腹空いてたんや」
「え? ご飯まだでした?」
そろそろ9時になるけど、夕ご飯まだなの? いや、お正月は遅くまで起きているから起きるのも遅くなって、一日のサイクルが後ろ倒しになりがちだけど。
「晩ご飯は食べたけど、バタバタしてて食べそびれてもて」
「なんや? 兄さんか?」
「祐登や。あの子、自分で何もせんとあれせえ、これせえ煩くて。久しぶりやし、離婚したばかりやでと思ってやってやったんやけど……」
祐登さんって、二番目のお兄さんだったはずだけど……離婚したの? お子さんもいたはずなのに……
「ああ、祐兄は男が家事するもんやない言うてたで。俺が台所入ったら軟弱や言ってたし」
「家は昔からそうやったのに。どうしてもたんやろなぁ」
「さぁ……」
匠海さんも首を傾げていたけれど、そうだよね。梅沢さん家は子どもがご飯作る役だったって言ってたから。昭夫さんも岳治さんも匠海さんも料理上手だし。
「あんまり偉そうやったで、お義父さんとお父さん怒ってもて。そしたら帰るって言い出して……」
「はぁ……何やってんや。で、帰ったんか?」
「こんな田舎まで来てやったのに、って喚いて帰ってもたわ」
「阿保や……」
匠海さんも呆れを隠さなかった。家族が多いのも大変だなぁ。それでご飯が……
「涼音さん、何か食べていきますか?」
「う~ん、せっかくやけどいいわ。帰れば食べるもんあるし、ケーキ食べたら気が済んだで」
それならいいんだけど。それに、確かにあの家は食べる物たくさんありそうだよね。煮物とかはいつも常備しているって言ってたし。
「そうそう、音羽ちゃん、春になったら時間延ばしてくれるやって」
「ええ? いいんか? 無理せんでいいんやざ」
匠海さんが嬉しそうにそう言ったけれど、涼音さんは心配そうだった。
「大丈夫です。結構慣れたし、もう少し収入増やしたいので」
「ほんならいいけど」
心配してくれる気持ちは嬉しいけど、早く帰っても時間を持て余すことも多かったんだよね。ずっと炭火しているわけじゃないし。そりゃあ、焚火をぼ~っと眺めるのも楽しいけど、毎日したいってほどじゃなかったし。それに……きなこがいてくれても、家にいると無性に孤独を感じて落ち着かない気持ちになる時がある。それがちょっと嫌だ。
チーズケーキを食べ終えると、涼音さんは里桜ちゃんと匠海さんを連れて帰って行った。さて、片付けしなきゃ。人が減ったリビングは何だか酷くガランと見えて、知らない空間みたいだった。それが何とも嫌な感じがしたから、キッチンでホットプレートを洗った。何かしている方が気が紛れるから。
洗い物を終え、部屋の片付けが終わったら、おせちで一人晩酌の時間だ。静かすぎて気が滅入りそうだからTVを付けた。お正月らしい賑やかな番組を流す。興味はないけど、楽しそうに見えたから。
「きなこ~~」
「なんじゃ急に」
コタツの奥にいたきなこを引っ張り出してその毛並みに顔を埋めた。お日様の匂い……はしなかった。これ、海鮮焼きの匂いだ。それでもいいや。きなこからしか得られない栄養もあるから。
「どうした? 寂しくなったか?」
「ん~~どうだろ。静かすぎる、かな」
「まぁ、うるさかったからな」
里桜ちゃんのことを言っているんだろうなぁ。酔うときなこを抱っこしようとするんだけど、扱いが乱暴だと嫌がっていつも逃げている。それに酔うと声も大きくなるし。それが楽しいんだけど、きなこは相いれないみたいで今日は匠海さんのところに逃げていた。
「……ね、きなこはどう思う?」
「なにがじゃ?」
「前世の……他にもいるんじゃないか、って話」
課長が、あの人が言っていた。私たち以外にも前世の記憶を持っている人がいるんじゃないかって。華恋もその一人かもしれないと思ったとも。
「まぁ、わしらがいるんじゃ。他にいても不思議ではないな」
「だよねぇ……」
前世の面々の顔を思い浮かべる。私を裏切り者だと糾弾した人たち。聖獣だったブランシュまで魔獣だと言って排除しようとしたけれど、結局王家は滅んだらしい。ブランシュを排除しようとしたのだから当然だけど。
「不安か?」
「……少し。両親とかは、魔獣のことも私が悪いって言いそうだから」
「確かにな」
私がブランシュの守護者になったのだって不正をしたと思っていたくらいだ。そんなこと出来るはずもないのに。殿下が魔獣に魅了されたのだって、それに気付かなかった私が悪いと言い出すだろう。
「案ずるな。こちらでは何の力もない連中だ。お主にはわしもあんこもいる」
「あんこ?」
なんであいつが。そんなに役に立つのかな。そりゃあ、ここではそれなりに力があるみたいだけど。
「正月、皆が神社に参ったからな。また力が増したじゃろ」
「えええ……」
そうかなぁ、前は祭りだったからそうかもしれないけど、初詣もそうなるのかなぁ。
「お主は奴に点が辛いな」
「そりゃあ、あれだけうちの食糧食べ尽くされたらね」
「なるほど、食い物の恨みか」
「そう。根が深いんだから」
第一、図々しいんだよね、最初から。それに可愛くないし。せめて柴犬みたいにもふもふなら可愛かったのに。まぁ、あれだけデカくて怖いと番犬としては申し分ないけど、大きすぎて警戒されるからなぁ。扱いが面倒なんだよね。
「それに、あの男もだ。あ奴は謝罪しないと言った。そんな資格はないと。だったらお主の敵にはならぬだろう」
「そう、かなぁ……」
確かに嘘をついているようには見えなかったし、本気で謝罪する気持ちがあったんだとは思う。そうでなければ、いくら帰省のついででもここに来なかっただろうし。
「心配なら、あの男の枕元にでも立ってみるか?」
「へ? なんで……」
「お主を傷つけたら天罰を下すと。本来の姿で、ついでにあんこも連れて行けば効果はあると思うが?」
「なるほど……」
それは……かなり怖い、かもしれない。いや、それで怖気づくようには見えないけど、それでも一定の効果はある、のかな?
「あの男から悪意は感じなかったぞ」
「ひゃぁ!」
突然の声に変な声が出て、思わずきなこを力任せに抱きしめていたけど……
「な、な、な……」
「おお、あんこか。随分力を得たようじゃな」
「あ、あんこぉ? ドーベルマンどうしたのよ?」
ちょっと待って! 目の前にいるのは……神社で見る狛犬そのものだった。それもあちこちが欠けたり丸くなったりして長年風雨に耐えました、って感じの。
「おお、正月詣でのせいか、本来の姿に戻っておったわ」
そう言うとドーベルマンのミニサイズに変わった。あれが本体? 確かに狛犬だったけど。
「して、どういうことじゃ。あの男に悪意は感じなかったとは」
「言葉通りじゃ、あの者に主殿やきなこ殿への敵意は感じなかった」
「そんなこと、わかるの?」
「うむ。なんじゃ、主殿はわからぬのか?」
そう尋ねられたけれど……そんなのわかんないわよ。 第一、それって本当なの?
「普通、わからないと思うけど」
「そうなのか?」
「あんこよ、それはお主の特性じゃ。わしにもわからん」
「なんと、きなこ殿にもわからぬのか」
あんこが驚いているけれど、あんこの特性って……確か土地神の眷属だけど、そんなこと出来たんだ……
「案じるな、主殿。この屋敷に悪意を持った者は近づかせぬ」
「そ、そう」
そこまで言い切るのなら、本当なのかな。いや、それが本当ならありがたいけど。
「どうじゃ、この界隈に音羽に悪意を持つ者はおるのか?」
「ここでか。残念なことに……」
「おるのか?」
きなこの問いにあんこが頷いた。それって……まさか……
「誰じゃ」
「この屋敷の下にある、黒い扉の家の婆じゃ」
黒い扉の家の、婆……それって……吉川のみっちゃん? だったらあんこの能力は間違いない、のかな。




