宴会後の余韻
それからも酒宴は続いたけれど、課長は2時間もしないうちに帰って行った。今日の晩、東京に戻るらしい。前世のことをもう少し話したかったから残念だけど、何度も来てもらうわけにもいかない。その件はまたメールで聞けばいいだろう。こっちにはきなこもいるから、仮に近くにいたとしても気付くはずだし。
「あ~あ、高階さん、帰っちゃったぁ」
残念がっていたのは里桜ちゃんだった。やっぱり気に入ったんだ。確かにこの辺では見ない都会派イケメンではあるよね。しかもあの人は海外にもいたことがあるから、余計に洗練されて見えると思うし。
「里桜ちゃん、もしかして……」
「ええっ? そういうのじゃないよ。ただ釣り仲間だし、目の保養だなぁって」
そう言いながらも目は恋する乙女に見えた。いや、ただの推しかもしれないけれど。社内にも一定数「彼氏にするには畏れ多いから観賞用」だと豪言していた子がいたっけ。まぁ、気持ちはわかる。イケメンって近づき難いんだよね。下手に近づくと周りの嫉妬も怖いし。推しだと言っておけば害なしと思われて安全ってのもあるけど。
「里桜、お前、あんま押し過ぎるなよ。度越えたらただの迷惑や」
「なんや匠海、やきもちか?」
「その可能性がないこと、里桜もよくわかってるやろ」
「そりゃそうだけどさ~」
かなり酔っているらしい里桜ちゃんがへらへらと笑った。そんな表情も美人だから可愛く見える。それにしても……二人の間には入っていけない世界を感じるなぁ。まぁ、幼馴染だから言わなくてもわかる何かがあるんだろうけど。「鼻たらしていた頃から知っているから恋愛感情持てない」って言ってたけど、そういうものなのかなぁ。気心が知れてて楽だと思うんだけど。
「心配しなくてもだ~い丈夫やって。ちゃんと連絡先も交換したし」
「ええっ?」
「は? いつの間に?」
「ふふふ、この前釣った大物の写真見せたら、アメリカで釣った写真、東京帰ったら送ってくれるって」
いつの間にそんなことに? あの人があっさり連絡先教えたのも意外だったけど。会社じゃ個人の連絡先をゲットしようと女性社員が必死になっていたのに。そんなに釣り好きだったんだ。いや、個人的なことは何も知らないけど。
それからは三人で和やかに飲んだ。ホットプレートも中々悪くないかも。寒い時はこれで十分かな。一人なら焼き鳥器で十分だけど、三人だとちょっと心許ないし。
それにしても、あの人がいないだけでも凄く気が楽になった。気になることは増えてしまったんだけど。厄介だなぁ、もしかしたらこの二人のどちらかが前世の誰かかもしれないなんて。いや、魔力を感じないからそれはないか。そう願いたい。
「音羽ちゃん、どうした?」
「え?」
「さっきから空のコップ、ずっと手に持ったままやし、声かけても上の空やけど」
気が付けば匠海さんが日本酒を手にしていた。もしかしてお酌しようとしてくれていた? うわぁ、申し訳ない。
「パワハラ遭ってたって言うし、思い出して気分悪くなった?」
心配そうに尋ねてくれる気持ちが嬉しい。うん、今は考えるのよそう。せっかく来てくれたんだから。
「そっちはいいんです。パワハラした人たちは処分受けて、その後退職しちゃったし。ただ……」
「ただ?」
「有休消化出来ずに終わったのが、もったいなかったなぁって」
会社に未練はないけれど、有休は惜しかった。その分を現金で補填してほしかった。まぁ、もう過ぎたことだからどうしようもないけど。
「それは、損やな。そんな会社、ほんとにあるんや」
「ありましたねぇ。縁切れてよかったけど」
「ほやな。うちも条件よくはないけど、有休はちゃんと使ってや」
やっぱりこうでなきゃ、働く気起きないよねぇ。あ、そう言えば……
「匠海さん、春になってからでいいんですけど、勤務時間、もう少し伸ばすのって出来ます?」
倉庫の家賃もあるけど、将来のことを考えると心許ない。慣れてきたし、朝早い分、帰るのも早いからフルで働いてもBBQは楽しめるはず。
「ええ? いいんか? こっちは大歓迎やけど」
がばっと音がしそうな勢いで匠海さんが身を起こした。
「ええ~だったら昼からうちに来ない?」
「音羽ちゃんは家の子や。お前んとこにはやらん」
「はぁ? あんたんとこやとずっと外やろ。うちは建物ん中やで、絶対楽やって」
二人が言い合いを始めてしまった。う~ん、里桜ちゃんのところも興味はあるけど、朝5時から働いているから時間がなぁ……
「里桜ちゃんのお誘いは嬉しいんだけど、そんなに長くは働けないよ」
「ほや。朝5時からやと2時まで働いて9時間や。1時からやと1時間しかないやろ」
「1時間……」
「移動の時間も無駄やし、長く働けば有休とかの待遇も変わってくるんや。分ける方が損やって」
「うう、確かに……」
里桜ちゃんが悔しそうに呻きながら日本酒を一気に飲み干した。今日はかなり飲んでるけど、大丈夫かな?
「けど、いいんか? 無理に働かんでもいいんやろ?」
「それはそうなんだけど、出来ればカーポートほしいなぁと思って」
「カーポート?」
匠海さんが首を傾げた。そんなに意外だったかな。
「夏は車熱くなるし、雪も降るでしょ? それに、カーポートがあったら天気が悪くても炭火出来るなぁと思って」
「なるほど。ほやな、確かに夏と冬はあった方が楽や。それに、結局炭火なんや」
「そうですよ~そのために移住してきたんですから」
それ専用の小屋を建てた人の動画も見たけど、自分で出来る気がしない。それにカーポートなら趣味と実益を兼ねている。この辺は雪が重いから大変だって聞くし。
「それやったら知り合いの大工さんに頼めるざ」
「え、いえ、今すぐってわけじゃないんです。お金貯めてからで」
「そっか」
出来ないことはないけれど、貯金は出来るだけ残しておきたいんだよね。家の修繕とかもいずれ出てくるだろうし。この前砂利を敷いてそれなりの出費になったのもある。
「3月になったら忙しくなるで、それからでいい?」
「もちろん。慣れて来たから、繁忙期には5時くらいまでなら頑張りますよ」
「いや、さすがに12時間はきついやろ。無理せんでいいよ」
そうかなぁ、いけそうな気がするんだけど。でも、最初からハードル高くすることはないかな。忙しい時は残業って形で残ればいいし。
「けど助かるわ。パートの幸江さん、今度膝の手術するって言ってたで」
「そうなの?」
初詣ではそんな風には見えなかったけど。
「他のパートさんもあちこち悪いで。あんまり無理かけられんで、来てくれると助かるわ」
本当に嬉しそうな笑顔が眩しい……うん、課長もイケメンだけど、なんか冷たく感じて近寄りがたいんだよねぇ。仕事している姿しか知らないから、ってのもあるかもしれないけど。その点、匠海さんはお日様みたいで親しみやすいよね。なんと言っても優しいし、料理上手だし。
「あ、おい、里桜、寝るな」
ふと匠海さんが声を上げた。いつの間にか里桜ちゃんが横になっていた。かなり酔ってたけど、とうとう限界来た?
「……寝て、ない……」
「おい、それ寝る時の台詞や。寝るんなら帰るざ」
「……」
だめだ、匠海さんと顔を見合わせてしまった。
「あ~こうなったらあかんわ。母さん呼ぶで、連れて帰るわ」
「いいの?」
「ええよ。多分、皆の世話で嫌んなってる頃やろで。呼べば喜んでくると思う」
そう言えば匠海さんのお兄さんたち、帰省してたっけ。お嫁さんやお孫さんの世話で大変なのかな。親戚も多そうだし。匠海さんが涼音さんに電話していた。親戚が多いのも大変そうだ。
「おーい、里桜、母さん呼んだで。来たら帰るざ」
「……わ、った……」
寝落ち寸前だ。困ったなぁ、泊まって貰ってもいいけど、着替えないしなぁ。それに今はコタツで寝てるから泊まってもらうのはちょっと……
「まったく、酒癖悪いやっちゃ」
「今日はペース早かったよね」
テンションも高かった。釣り仲間がいたせいだと思っていたけれど、それだけじゃないよね。
「高階さん、気に入ったみたいやなぁ」
「あんなタイプのイケメン、好みだって言ってました」
「やっぱり。昔からそうやったで」
昔って、子どもの頃からってことかな。課長と里桜ちゃんか……あの二人が付き合うって、ちょっと想像出来ない。課長がかなりの釣り好きならあり? でも、すっごい遠距離だよねぇ。新幹線で3時間だと、年に数回会えるのが関の山じゃないかな。それだと付き合っていると言えるのか微妙だ……
「音羽ちゃんは、彼氏とかいらんの?」
ホットプレートに残った有頭エビを皿に移しながら匠海さんが聞いてきた。彼氏かぁ……
「どうでしょう。いたら楽しいんですかね」
「そりゃあ、好き合ってるんやで楽しいやろ?」
「確かに……」
学生の頃、友達に勧められて付き合おうって言ってくれた人がいたけど、3回デートしてそれっきりだった。一緒にいても気を遣うばかりで楽しいと思えなかったんだよねぇ。ああいうのなら要らないかな。それよりも……
「匠海さんはどうなんですか? 好きな人とかいないんですか?」
「ええっ? 俺?」
そんなに驚くことかなぁ。聞いたのなら聞き返されても不思議じゃないと思うけど。
「俺は……まぁ、家のこととかあるでなぁ」
そっか、確かにそうかもしれない。梅沢家で働いているってだけで付き合っているとか結婚するんだろうと噂されるんだから、好きな人が出来ても簡単にはいかないかも。しかも農家の跡取りの嫁となると。大変そうだなぁと思ったけれど、どこかホッとしている自分がいた。




