想定外の流れ
沈黙の中、祖父の飾り時計が等間隔に時を刻む音だけが響く。時計は既に2時20分を指していた。ソファにいたきなこは私の膝の上で警戒を解かず、あんこだけがのんびりとソファの上で顔を掻いている。そろそろ里桜ちゃんたちがやってくる時間だけど……
「い、一体誰が……」
そう尋ねずにはいられなかった。彼の言っていることに、矛盾はない。私たちがここにいるのなら、他の人がいてもおかしくない。どうして私たちが前世の記憶を持ってここにいるのかはわからないけれど。
「誰との確証はないんだ。だけど、私は藤永君が、君の妹だったんじゃないかと思っている」
その名にまた息が止まりそうになった。華恋が、妹……?
「まさか……だけど、あの子から魔力は感じなかったわ」
「そうだね。私も直ぐには気付かなかった。わかったのは、あの子が私の腕に絡みついてきた時だ」
信じられなかった……いえ、男性に気安くイケメン好きなのは同じだけど……
「ただ、彼女は、覚えていない、と思う」
「どうして、わかるのですか?」
「何度かカマを掛けたんだが、記憶が戻っているとは思えなかった。それに、君に会ってわかったんだが、前世の記憶が戻ると魔力が強くなるらしい。君もブランシュ様も、他の人よりも強く感じる。だからこそ、君がエリシア嬢だと気付いたんだが……」
歯切れの悪い物言いは確証がないから? だけど、きなこも言っていたような……私が記憶を取り戻した時、「今朝まで感じなかったお主から、微量の魔力を感じる」と。「記憶が戻って魔力も戻ってきたのじゃろう」と。
「ほ、他には……」
「今のところいない。だけど、私たちがいるのならその可能性があってもおかしくない。そう思わないか?」
そんな風に問われたら、否定なんか出来ない。そもそも、どうして私たちだけ記憶があるのか、どうして出会えたのかもわからないし……その時、高い機械音が家中に響いた。あれって……インターフォンのボタンを押すと、そこには見知った顔があった。
「音羽ちゃん、おめでとー!」
聞き慣れた声が機械越しに届く。もうそんな時間だったんだ。あまりにも思いがけない話につい話し込んでしまったけれど。
「お客さん?」
「え、ええ。こっちで出来た友達です。一人の私を気遣って遊びに来てくれて……」
「そうか」
うう、わざとそうしたって気付かれたかな? だけど、あんな話になるとは思わなかったから。
「じゃ、私はこれでお暇するよ。だけど、どうか気をつけて。ブランシュ様と一緒なら滅多なことはないと思うけれど」
そう言うと立ち上がって玄関に向かった。うう、もう少し話を聞きたかったけれど仕方がない。後日、改めてメールで聞こう。
「それじゃ」
「はい、遠くまでありがとうございました」
玄関で振り返った彼にお礼を言った。わざわざ来てくれたことには謝意を示したい。前世のことはあるけど、目の前の彼は前世の彼じゃないし、何も言わず放っておくことも出来たのだから。彼が玄関を開けると、驚く里桜ちゃんと怪訝な表情の匠海さんが見えた。
「え? お客さんだった? ごめん!」
「ううん、こっちの話が長引いただけだから」
焦った声で里桜ちゃんを安心させるように言った。うう、長居された時の対策にと30分しか間を置かなかった私のせいだ。里桜ちゃんにも匠海さんにも気まずい思いをさせてしまった。申し訳ない……
「あれ、高階さん?」
「ああ、あの時の」
やっぱり匠海さんは気付いてしまった。面識があったから仕方がないのだけど。
「え? 匠海、知ってるの?」
「あ、ああ。前に音羽ちゃんの家に行こうと坂登っていくとこ、見つけて。それでここまで送って来たことあったんや」
「あの時は助かったよ。こんなに急な坂だとは思わなかったから」
「いえいえ」
さすがは匠海さん、にこやかに場を和ませてくれる。コミュ力高いなぁ。
「そ、そうなんだ。もしかして、音羽ちゃんの彼氏、とか?」
「違う違う、前の会社の上司だった人!」
思わず強く否定してしまった。冗談じゃない、そういう誤解はノーサンキューだ。
「そ、そうなんだ……じゃ、なにしにここに?」
里桜ちゃんがあの人に突っ込んでいた。うう、そこはスルーしてほしかった……
「ああ、佐野さんがパワハラに遭っていてね。今日はその関係者の処分の報告と謝罪に。ちょうどこっちに帰省していたから、そのついでだけど」
「そうでしたか」
里桜ちゃんがどこかホッとした表情だった。心配してくれたのかな、情に厚いから。それにしても早く帰ってくれないかなぁ。いや、里桜ちゃんたちがいるから外に出られないのもあるんだけど。
「あなたたちは、佐野さんと親しいんだね」
「はい。音羽ちゃんとは仲良しで、今日はこれから新年会なんです」
「そうですか。よかった、佐野さん、こっちで馴染めているようで」
あんたは私の保護者じゃない、とは思ったけれどそれは口にも顔にも出さなかった。どうでもいいから帰ってほしい。そう思っていたのだけど……
「あのっ! よかったら一緒にいかがですか?」
里桜ちゃんの言葉に場が固まった、気がした。えっと、一緒に? この人も? 驚いて彼女を見つめる。目がキラキラしているけれど、もしかして……里桜ちゃん……
「え? いや、だけど……」
「お時間ないですか?」
「いや、そういうわけじゃ……」
そう言いながら課長が私たちに助けを求めるように視線を彷徨わせた。いや、あんたがはっきり断ればいいだけだよ。そうは思うのだけど……
「ね、音羽ちゃん、いいでしょ? 匠海も。人数多い方が楽しいし!」
彼女の向こうで匠海さんが弱々しく首を振っていたけど、あれって諦めた時のやつだ。これって止められない流れ、だよねぇ……うう、こんなことなら1時間後にしておけばよかった……!
結局、なし崩し的に課長も参加することになった。なんでこんなことに……せっかくの楽しみが半減した気がした。
コタツにホットプレートを置き、私、匠海さん、課長、里桜ちゃんの順に座る。里桜ちゃんは積極的に課長に話しかけている。ここまでくると里桜ちゃんの意図はわかった。だって課長、彼女の好みド真ん中だから。都会派の爽やか系イケメンが好きだって言ってたよね。確かに背も高いし顔もいい。かといって弱々しさはなく、それなりに鍛えているんだろうなぁという感じはするし。
「じゃーん! 今日は海鮮焼きね!」
里桜ちゃんが持ってきてくれたのは、貝付きのホタテに有頭エビ、イカにサザエ、あとは鮭やアジなどの切り身だった。匠海さんはかぼちゃサラダにサツマイモとジャガイモの素揚げ、日本酒と……
「ええっ? チーズケーキ?」
「前に言ってたやろ。チーズケーキも作るって」
そんな話もしたけど、食べてみたいって言ったの、覚えていてくれたんだ。
「うわ、楽しみ。この前のアップルパイもすっごく美味しかったし」
「ちょっと、匠海。私が言っても作ってくれたことなかったのに」
ええっ、そうなの? よく梅沢家の食卓に加わっているから食べたことあると思っていた。
「音羽ちゃんは家の大事な従業員やからな。当然やろ」
「なによ、それ。ずるい!」
「家で働いてくれるんやったら焼いてやるわ」
相変わらず応酬のテンポがいい。幼馴染だからかな。だけど、あのアップルパイは本当に美味しかった。
こんな感じで始まったけれど、心から楽しむには程遠い気分だった。いつの間にかあんこは何処かに行っちゃって姿が見えないし、きなこもソファの上で寝ている。耳はこっちを向いているから多分寝たふりだろう。
「え? 釣りするんですか?」
「ああ。父が好きでね。子どもの頃からよく連れて行かれて。アメリカでも友人に連れて行ってもらったよ」
「アメリカ? 何釣ったんですか?」
意外にも釣りという共通の趣味があったらしく、二人で盛り上がっていた。さすが里桜ちゃん、釣りの話になると止まらない。相手をしてくれるのはありがたかった。ちなみに課長は車だからノンアルコールビールだ。
「匠海さん、このカボチャサラダ、凄く美味しい」
「そうか? これ、甥っ子が好きなんや」
「そうなんだ。甘いから納得」
滑らかな口当たりに仄かなかぼちゃの甘みが美味しい。凄いなぁ、本当に料理上手で。
「おせちもすっごく美味しかったですよ。今までおせちなんて用意したことなかったから」
「そうなんや。都会の人はあんまりやらんって聞いたけど、本当なんやな」
こっちは作るんだ。そういえば里桜ちゃんも年末におせちの準備手伝わされているってメッセージ来てたっけ。
「そうですね~伊達巻だけは好きで毎年買ってたけど」
「伊達巻好きなんか」
「好きです。いただいたのもとっても美味しかったし」
すっごく美味しくて、食べるのがもったいなかった。
「よかった~あれ作ったの、俺やから」
「えええ? 匠海さんが?」
あの伊達巻を、匠海さんが? 凄い、あんなの作っちゃうんだ……
「好きやったんなら、もっと入れておけばよかったな」
「いえいえ、十分ですよ」
「そっか。じゃ、来年は多めに入れておくわ」
「いいんですか? 嬉しい!」
わ~い、来年もおせちもらえるんだ。伊達巻も。うん、年明け早々楽しみが出来た。ささやかな幸せを噛みしめていると、視線を感じた。顔を上げると里桜ちゃんと課長がこっちを見ていたけれど……なに?
「いやぁ、仲いいねぇ」
「え? 里桜ちゃんの方が仲いいでしょ?」
「うちらはただの腐れ縁、そこに惚れた晴れたは一切ないって。な、匠海」
「ほやな」
匠海さんがホットプレートのイカをひっくり返しながら素っ気なく即答したけど、そうなの? 照れ隠しとかじゃなく? それともこの流れ、里桜ちゃんって本当に課長を気に入っちゃったの? 嘘でしょ?




