新しい年
今にも降ってきそうな鬱々とした空の下、きなこと向かったのは秋に祭りがあった神社だった。
昨夜は何だかんだで匠海さんとのメッセージのやり取りが続いて、終わったのは一時を少し過ぎていた。あちらは年明け一番に行われる初詣に行くのが慣例らしく、それを終えてやっとお開きになるらしい。私もコタツに潜り込んでメッセージを返していたらそんな時間になっていた。
そして今日、起きたのはお昼少し前で、そこから餅つきでついた餅をお雑煮にしていただき、何をしようかとなって初詣に行ってみよう、と話が進んだ。東京にいた時は行ったことなかったけど、することもなく暇だし、その頃には雪もすっかり消えていたのもある。
何度か来たことがある神社だけど、駐車場がないから近くの梅沢家の畑の傍に停め、そこから歩いた。普段は誰もいない神社だけど、今日だけは派遣された宮司さんが来て賑わっていた。結構な人がいるからあんこの力が増すだろうか。
数組分並べばすぐに順番が来た。 二礼二拍手して今年の抱負を心の中で述べる。望むのは私ときなこの無病息災。この一年、病気やケガをしませんようにと願う。何事も健康あっての物種だ。最後に一礼して次の人に譲った。
おみくじは吉で無難なことが書かれていた。うん、凶じゃなかったから良しとしよう。お札は秋にもらったばかりだから新調しなくていいかな。交通安全のお守りをいただいた。車の運転はこの田舎では死活問題だ。今年は一人で隣の市まで買い出しに行ってみたい。うう、それもお願いしたらよかったかも。
「あらぁ、音羽ちゃん」
「あ、幸江さん、おめでとうございます」
声をかけてくれたのは、梅沢さん家で一緒に働いている小林さん家の幸江さんだった。私より少し上の年の女性と小さな男の子が一緒だ。娘さんがお孫さんを連れて帰ってくると言っていたっけ
「きな粉餅の子も一緒なんか。仲いいなぁ」
「大事な家族なので」
梅沢家にも時々乱入しているきなこはすっかり地元でも有名になっていた。この色の長毛種が珍しいのもあるのかもしれない。ぐずっていたお孫さんが猫ちゃん猫ちゃん騒ぐので、ちょっとだけ撫でさせてあげた。
「うわ……ふわふわぁ」
緊張した面持ちが一気に笑顔に変わった。どうだ、きなこの毛並みは。そんな誇らしい思いになってくる。
「ありがと、猫ちゃん!」
さっきまでぐずっていたのは何だったのかと思うほどの笑顔で、大きく手を振ってお孫さんは幸江さんたちと行ってしまった。いいなぁ、家族仲良くて。幸江さんのお孫さんを見る目は初めて見る表情だった。あの子が梅沢家でよく話題に出てくる子かな。きっと目に入れても痛くないほどに可愛いんだろう。
帰り際にあのみっちゃんが遠くに見えた。一人で杖をついて神社に向かっていた。里桜ちゃんはみっちゃんの家には行かないと言っていたし、長男家族は盆正月も帰ってこないらしい。だったらお正月も一人なのかもしれない。寂しくないのかなぁ。いや、今の私も一人だから変わらないけど、年取って一人は嫌だなぁ。ああならないように気を付けないと。
家に帰ったら掃除に取り掛かった。明日はあの人と、その後に里桜ちゃんと匠海さんが来る。あの人に長居されるのは嫌だったので、あの人が来る30分後に里桜ちゃんたちが来るようにした。約束の時間は2時、どうせマニュアルの件と謝罪だから10分もかからないだろう。親しくない男性を家に入れる不安があるけれど、きなこもいるしあんこにも来るように頼んである。まぁ、襲われるなんてことはないだろうけど、前世のこともあるし、油断は出来ない。
リビングと玄関、廊下とトイレの掃除をしたら準備OKだ。掃除を終えてお風呂に入ったら、本日一番のお楽しみの時間、匠海さんがくれたおせちで晩酌だ。コタツの上に三段のお重を広げる。一段目には数の子や黒豆、栗きんとんや昆布巻が、二段目にはエビや鯛、なますが、三段目には煮しめや里芋などの煮物が詰まっていた。豪勢だよねぇ……買ったらいくらするんだろう。いや、むしろ売れるんじゃないかと思う。あの家は料理上手が揃っているから、いっそ直売所でお弁当や総菜を売ったらいけるんじゃないかと思う。
「いただきま~す」
両手を合わせてから、まずは伊達巻をいただく。大好きなんだよねぇ、これ。東京ではおせちは用意しなかったけど伊達巻だけは買っていた。梅沢家の伊達巻は甘さ控えめだけど出汁が利いていて美味しかった。凄いよねぇ、こんなの作れるの。
「うむ、このエビはなかなかじゃな」
「うわ、ほんとだ。あ、こっちの煮しめも美味しい」
しっかり味が染みててジーンとくる。梅沢家のご飯は基本和食で煮物が多いけど、これもいつもの味だった。そう思えるくらい毎日食べていたからなんだかホッとする。日本酒が進む……あ~幸せ。
「この酒はなかなかじゃな」
「きなこは日本酒派?」
猫だけど、身体は小さく見えるけど、お酒強いよね。猫又だからかな。
「いや、夏はやはり冷たいビールじゃろ。冬は日本酒に限るが」
「意外と呑兵衛だったんだ」
「そうじゃな。戦時中は酒蔵に忍び込んで酒粕で飢えを満たしたこともあったぞ」
そんなことしていたんだ。いや、酒粕は栄養価高いとは言うけど。
「この身体は便利じゃな。禁忌と言われるものはないから何でも食える」
「え? じゃ、玉ねぎとかチョコとかも食べているの?」
「食べておるじゃろ」
そういえば、そうだった……ネギマとか好きだったっけ。あれも玉ねぎだった。
「じゃ、またたびも平気?」
「そうじゃな。猫だった頃は弱かったが、今は問題ないぞ」
そっか、猫又になったから体質が変わったのかな? いや、猫又ってそもそも動物なのかも怪しいけど。
「きなこに寿命はあるの? 怪我とかは?」
「どうじゃろうなぁ。簡単には死なぬと思うが。大抵の怪我は一晩で治る。昔、足を失くしたが三日で復活した」
そっか、大抵の怪我は……それはよかった。じゃなくて……
「はぁ? 足を失くした?」
「うむ。猫狩りにあってな。後ろ足を失った」
「……大丈夫、だったんだ……」
「三日は動けなんだがな」
でも、三日で失くした足が戻るって……凄い。これも猫又効果? でも、猫又って妖怪なんだよね。
「あんことは違うの?」
「あ奴は土地神の眷属じゃからな。わしらとは成り立ちが違う」
「そうなんだ」
そういえばあれは石像が本体で信仰が力だと言っていたっけ。ううむ、似ているようだけど違うんだよね。
「人を食らうとも言われるけど、あれは本当なの?」
「さぁな。わしは食いたいとは思わんが」
「どうして?」
「美味そうに見えんからじゃ」
「そ、そうなんだ」
きなこが好きなのは魚や肉で、特にカツオのたたきとチーズの入ったウインナー、あとカリカリを炭火で炙ったやつがお気に入りだ。肉食ではあるんだよね。
「会話が出来る相手を食いたいとは思わぬ。お主もそうじゃろ?」
「……そう言われてみれば、確かに……」
牛や豚、魚が喋ったら…………食べたく、ないなぁ。食べられないし。なるほど、そういうことか。
「ところで、お主はこれからどうする気じゃ?」
「え? どうするって……」
「働く時間を増やすと言っておったじゃろ」
そう言えばこの前、そんな話したっけ。きなこが一匹で留守番する時間が増えるからどうかなと話を振ったんだっけ。
「うん、仕事も慣れたし、朝5時からだと3時くらいまで働いてもいいかなぁって。カーポートがほしいんだよね。雪降ったら車の雪下ろし面倒だし、夏も暑くなるし」
「確かに。夏の暑さは酷かったな」
サンシェードをしても効いているのかと思うほど熱くなっていた。
「うん。それに、屋根があればそこでBBQ出来るでしょ」
「結局そっちか?」
「そっちだよ~」
そのために移住してきたけど、こっちは雨が多いし、冬は殆ど晴れてくれない。屋根があれば防寒対策さえすればBBQが出来る。冬はおでんとかやってみたいんだけど、こっちの雪は水っぽくて重いから屋根がないと難しい……
「まぁ、いいのではないか? 金はいくらあっても困ることはなかろう」
「いいの? 留守番ばっかりじゃ退屈しない?」
「暇になったら梅沢家に行くから問題ない」
それもそっか。今までだってふらっと来てはご飯貰っていたよね。この辺は犬や猫を放し飼いの家も少なくないし、きなこなら保健所が来ても捕まることはないし。
「じゃ、今度話してみる」
人手が足りていないから多分大丈夫だろう。それに、冬の間は収入が減るからその分も補っておきたい。
「おい、あまり飲み過ぎるなよ。明日はあ奴が来るのだろう?」
「うん、まぁ……」
確かに明日はあの人が来る。さすがに二日酔いで会うのは危険だろう。なにを言ってくるのかわからないし。用件を聞いても「その時に話す」と返されてはそれ以上尋ねることも出来なかったし。
「ね、きなこ。あの人に記憶があったら、どうしたらいいと思う?」
「覚えているように見えたのか?」
「全然。ただ、そうだったらって……ふと思っただけ」
さすがにそれはないと思うけれど、私が思い出したから皆無とは言えない。思い出していないと思いたい。
「どっちにしても、これを最後にするよ。もう関わりたくないし」
「そうじゃな」
いつまでも過去に囚われていたくない。今世は自分の生活を楽しんで生きるんだから。




