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限界OL、山を継ぐ~前世の従魔とスローライフ  作者: 灰銀猫


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一人の大晦日

「うわぁ、白い……」


 カーテンを開けたら真っ白だった。今年最後の大晦日、空はどんよりと重たい雲がたなびき、木々は葉を落として寂しげな中、地面は白一色だった。一面の銀世界、なんていいもんじゃない。どよんとした空に雪が積もっていても感動は薄かった。


 その原因の一つはこの空だ。今月に入ってから晴れた日があったっけ……と思うほど12月に入ってからは天気が悪い。ずっと空は鉛色だし、日差しが射したと思ってもあっという間に陰る。いや、聞いてはいたよ、こっちは冬になるとずっと天気が悪いって。涼音さんも匠海さんも『弁当忘れても傘忘れるなって言うんや』と言っていたし。


 だけど、これだけ毎日毎日天気が悪いと気が滅入る。東京なんて冬だけは無駄に天気が良かった。日当たりさえよければそれだけで暖かかったし気分も明るくなった。こっちはとにかく暗くて、それだけで気分が下がる。うう、あの日焼けが気になる鬱陶しいくらいの日差しを恋しく思うなんて……


「あ~あ、なんか、雪見酒って感じじゃないよねぇ」


 カーテンを閉めてコタツに潜り込む。響きは洒落た感じだけど、ここに降る雪を眺めながら一杯、なんて気分になれなかった。おかしい、こんなはずじゃなかったのに……


 でも、この辺の雪は積もったと思ってもすぐに消えちゃうし、残ってもシャーベット状であんまり綺麗じゃない。山の向こうに行けばちゃんとした雪らしいけど、こんな時に車で出かけたくない。


「つまんないなぁ……」


 朝から飲む気分になれないのは社畜根性の名残だろうか。だけど何となく罪悪感があるんだよねぇ。それに、朝から飲んでも夜までもたない。お酒だって無限に備蓄しているわけじゃないし。アル中にもなりたくないし。


「皆、どうしているかなぁ……」


 浮かんだのはここに来て親しくなった人たち。毎日通う職場でひときわ明るい笑顔が浮かんだのは、過ごした時間の長さのせいと、多分このどんよりした空のせいだ。今日からお兄さんたちが帰省してくると言っていたっけ。きっと賑やかなんだろうなぁ。五人でも十分賑やかなのに、二家族も帰ってきたらどうなるのか、まったく想像が付かなかった。そして里桜ちゃんのところも似たようなものらしい。こちらは近所のお祖父さんの家に集まると言っていたっけ。


「何しよう……」


 TVは賑やかしいけれど面白くないし、以前は夢中で見ていたキャンプ動画も気が乗らない。天気がよければBBQするけど、何時降り出すかわからないんじゃさすがにやる気になれない。寒いし……コタツは麻薬だ。仕方ない、今夜は焼き鳥器で遊びながら紅白見て年越しかな。あ、年越しそばも食べないと。


 というわけで、夜の焼き鳥器で焼くために定番の鶏肉やウインナーなんかを串に刺した。多めに作って冷凍しておけばいつでも使えて便利だし。


 下ごしらえが終わったらお昼ご飯に年越し蕎麦を食べることにした。夜は飲むから蕎麦を茹でるのも心許ないってのもある。やっぱり大根おろしかな? 前に匠海さんと食べたあれが美味しかったので挑戦してみることにした。んだけど……


 大根をおろすのに苦戦した。思った以上に腕力が要る。理想の量を求めて頑張ったけど……うん、めっちゃキツイ。大根おろしを簡単に作れる調理器具を探そうと心に誓った。


 出来上がった蕎麦はあのお店のそれには遠く及ばないにしても及第点だった、と思う。自分的には。色々足りないけど、大根おろしはなかなかに辛かったし、蕎麦も割といい感じで茹でられたと思う。来年は天ぷらでも乗せてみようかなあ。いやでも、大根の辛味が薄まるのならこのままでいいかな。暖かくなったら、一人ででもあの店に行ってみようかな。




 夜、紅白が始まった頃に焼き鳥器で晩酌を始めた。たくさん焼けないけど、ゆっくり食べられるのがいいんだよね。テーブルには焼き鳥器とビール、冷奴に小さめのおにぎりにした栗赤飯、きなこの前にはカツオのたたきの半分が鎮座している。たれも薬味も不要なのが味気なく見えるのは、私が人間だからだろう。


「今年一年、ありがと~!」

「うむ、いい一年になったな」


 晩酌の相手が猫なんて寂しいかもしれないけれど、人語を解し前世からの付き合いがあるきなこは別だ。


「今年は怒涛の一年だったね」

「そうじゃな。まさかこんなに遠くに越すとは思わなんだ」

「ははっ。会社でパワハラに遭ってなかったらここにはいなかっただろうねぇ」


 それに、あの人との再会がなかったら。気付かなかったらよかったんだろうけど、引っ越したことに後悔はない。あのままあの会社にいてもろくなことにならなかっただろうし。いや、あの人が上司になったらマシになったかな。それでも、ここの生活は楽しいから戻りたいとは思わない。


「あ、焼き鳥焼けた。きなこ、いる?」

「うむ、塩を振ってないのなら」

「これ大丈夫だよ」


 串を外してきなこの前の皿に載せる。匂いを嗅いでから温度を確かめるように舐めて、それから食べ始めた。熱かったのか慌てて傍の皿に注いでおいたビールを飲んでいたけど……


「なんじゃ?」

「いや、食べにくそうだなぁと思って」


 猫だから仕方ないけど。でも、これって仮の姿だよねぇ。


「ね、きなこ。人間の姿になったりは出来ないの?」


 本来は三尾の猫又で、普段は怪しまれないよう猫に擬態している。だったら人の姿にもなれないのかな?


「出来ぬことはないが、数分じゃな。魔素が薄くて長い時間は姿を保てん」

「そっかぁ」


 残念だけど、無理はさせたくない。魔素が弱いのは確かだし、そんな中で無理をすれば倒れてしまうかもしれない。


「じゃが、これならどうじゃ?」


 そう言うときなこのもふもふの指が……伸びた。


「えええっ? なに? どうなってるの?」


 思わずきなこの手を取った。もふもふの毛とぷにぷにの肉球はそのままに、指が伸びていた。ちっちゃい……可愛い……


「ふむ、これなら串も缶ビールも持てるではないか」


 きなこも初めてやったようで、感心するように自分の手を見つめていた。試しに焼き鳥を渡したらちゃんと持てていた。


「うむ、これは快適じゃな」

「ふふっ、だけど二人きりの時限定だね」

「そうじゃな。気を付けねば」


 食べやすくなってご満悦だった。缶ビールを手に取って飲む猫……こんなシーンが見られるとは……


「疲れない?」

「うむ、この程度なら造作もないが、常態化はやめておこう。危険じゃからな」

「そうだね」


 さすがにそれは危険だ。この世界にファンタジー要素を取り入れるなんて危険すぎる。精々蚊なんかの虫除けとBBQをする際に火の粉が飛んでも火事にならないように結界を張る程度で置いておかないと。それでなくても以前、涼音さんに「音羽ちゃんは蚊に刺されんくていいなぁ」と言われたっけ。あの時は笑って誤魔化したけど、そういうのが重なって変に思われるのは避けたい。けど……今くらいいいかな。


「きなこ、ホタテ焼けた」

「うむ、いい香りじゃな」


 ホタテ串を渡す。受け取るちっちゃい手が可愛い……尊い……同じものをいっしょに食べる相手がいるのって幸せだ。


「外だったら牡蛎も焼けたんだけどなぁ」


 そこに醤油を垂らして食べたらさぞかし美味しいだろうなぁ。動画でも定番だけど、時々爆発するらしいから室内ではちょっと難しい。


「牡蛎か……わしはいい」

「え? 美味しいよ?」

「あの味は、好かん」


 そっか、残念。


「もしかして、当たった?」


 そう尋ねたけれど返事がなかったところを見るとそうなのかもしれない。猫又でも当たるとは……牡蛎、恐るべし……私も気を付けないと。一人の時はやめた方がいいかな。





「はぁ~~~お腹いっぱい。それに酔った~~」


 紅白は既に終わり、あちこちのお寺や神社の風景が流れていた。最後に食べた栗赤飯のおにぎり分多かった。これくらいなら……って思いながらいつも失敗するんだよね。気を付けないと……


「こんな時間から初詣に行くなんて、元気だよねぇ」


 寒いのによく行くなぁ。でも、歩いて行ける距離なら行く人もいるのかな? さすがにここからじゃ無理だなぁ。お酒飲んじゃったから車乗れないし。


 カウントダウンが始まり、アナウンサーが新年の挨拶を述べる最中にスマホが鳴った。誰だろ、こんな時間に。そう思いながら手に取ったけれど……え? 匠海さん? メッセージを開くと……


『あけましておめでとう』

『今年もよろしく』


 絵文字と共に新年の挨拶がそこにあった。それだけのことなのに心が温かくなる。


『あけましておめでとうございます』

『今年もよろしくお願いします』


 同じように絵文字を付けて返信した。今頃、あの家は賑やかなんだろうなぁ。それから返信は来なかった。そろそろ寝るかな。テーブルの上を片付けるために立ち上がった。寒いなぁ。今日はここで寝ちゃおうかな。寝室は寒いし、遠い。ここならエアコンもかかっていて温かいし。コタツに戻るとスマホに通知があった。


「返事遅くなってごめん」

『神社でご祈祷してもらっていた』


 神社でご祈祷? こんな時間に? いや、匠海さんの家から神社までは歩いてすぐだけど。


『寒かった』


 震える絵文字が可愛らしい。寒がりじゃなかったと思うから本当に寒かったんだろうなぁ。


『お疲れ様でした』


 ささやかなやり取りだけど、心が温かくなる。


『さっき、里桜と会った』

『酔っ払っててうるさかった』

『2日に3人で飲もうって言ってた』


 里桜ちゃんに会ったって、神社で? やっぱり飲んでたんだ。匠海さんがうるさいっていうなら相当かも。そして、忘れずにいてくれたことに一気に気分が上がったけど、2日って、親戚の人たちはいいのかな? でも……


『もちろんです』


 その一言と共にスタンプを送った。嬉しい。飲むって、この家でってことだよね。だったら……ちょうどいい。気が重いもう一つの予定の時間も決まった。




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