買い物難民?
後半にゴ〇の話があります。苦手な方はご注意ください。
きなこの一言でこの家に食べるものどころか飲み物すらないことに気が付いた。困った、石橋さんは帰っちゃったし、どうしたらいいの……
「と、とりあえずデリバリーでも……」
多少高くつくけど仕方がない。そう思ってスマホを操作したけど……
「嘘でしょ……」
デリバリー対象の店が一軒も見つからなかった。しかもファミレスやファストフードどころかコンビニもない。田舎だとわかっていたのにすっかり失念していたわ。ど、どうしたら……必死にスマホを操作していたら、いきなり着信があった。びっくりして落としてしまった。画面に出ている名は、沢田昌子……
「おばちゃん!」
これぞ天の助けだわ。直ぐに出ると陽気で早口のいつものおばちゃんだった。そのことに何故か酷くホッとした。
「音羽ちゃん、どう? 無事着いた?」
「はい。弁護士さんが迎えに来てくれて。今、荷造り終わったところです」
「そうなの、よかったわ~ふふ、中々に急な山道だったでしょ?」
「は、はい」
思い出した! 石橋さんに乗せてもらっていた時も思ったけど、ここまでくる道は結構なワインディングだった。あれを下りていくのか……そして下りたからには登ってこなきゃいけない……そのことに軽く絶望する。歩いたら何分かかるだろう。自転車もないけど、あってもアシスト付きでなきゃ意味がない。外に軽のワンボックスはあったけど……
「どう?何か困っていない?」
「それが……」
これ幸いにと食料を買っていないことを話した。せめて明日の朝まで凌ぐ方法がほしい。
「食料? あ~ごめん、最初に言っておけばよかったわ~その辺り、食料店とかないのよ」
「ない?」
スマホでMAP見てそんな気はしていたけれど……本当に?
「一番近いスーパーでも車で十五分はかかるんじゃないかしら」
「十五分……」
恐るべき、これがニュースで見た買い物難民ってやつか……まさか自分がそうなるとは……いや、引っ越しの準備で忘れていただけだ。
「買い物に行くなら暗くなる前がいいわよ。家までの道、街頭なかったはずだから」
そうなの? 全然気にしていなかった!
「あの車、ATだから音羽ちゃんでも乗れるんじゃない。ここは車必須だから早く慣れた方が楽よ。行くなら山下りて右に曲がってひたすら走ると信号のある三差路に出るの。そこで右に曲がってひたすら走ると町に出るから。通り沿いにスーパーがあるわ」
二度曲がった先にスーパー……言うだけなら凄く簡単に聞こえるけど、自分で運転して行ける自信がない……
「そうそう、移動式のスーパーは?」
「移動式スーパー?」
何かと思ったら、トラックに商品を乗せて回ってくるのだという。そこでは肉や魚、野菜や日用品も買えるのだとか。
「そ、それっていつ来ます?」
「私もそこまでは……ああ、あの弁護士の人なら知っているんじゃない? あの人、地元だし」
「石橋さん?」
「そう、その人」
だったら石橋さんに聞いてみよう。おばちゃんは「今度行く時は食料持って行くわね」と言って電話を切った。ありがたいわ、おばちゃんの方に足向けて眠れないわね。
早速石橋さんに電話してその移動式スーパーとやらが来る日を尋ねた。
「ああ、そりゃ悪かった。直ぐに何か持って行くわ」
「え? いや、そこまでは……」
「けど、移動式スーパー、来るの明日の昼頃や。それまで我慢するんか?」
「…………お願いします」
申し訳ないと思ったけど、背に腹は代えられない。有り難く好意を受けることにした。そのうちしっかりお礼しなきゃ。それとも報酬を払うべき? どっちにしても何もしないわけにはいかないわ。
それから三十分もしないうちにリビングの窓が明るくなった。リビングからそっと伺うと、そこには1484のSUVがいた。石橋さんだ! インターホンが鳴る前に玄関を開けた。
「あ~悪かったな、気付かんくて」
「いえ、私もすっかり失念していたので。本当に何度もすみません」
「いや、これも仕事の内やで。とりあえず家にあった米一升と野菜、あと魚持ってきた」
ええ? 家にあったモノを? 後で奥さんに叱られない? こんなことでこの地の人に睨まれるのは勘弁なんですが……食べ物の恨みは怖いから。
「気にせんでもええって。米や野菜はうちや近所で採れたもんやから食いきれんほどあるし。魚も前に俺が釣ったのを冷凍したやつや。最近のやでまだ大丈夫や」
だったらいいのかしら? レジ袋の一つには米が、大きいのにはトマトにきゅうり、じゃがいもにナスが詰め込まれていた。もう一つの袋には三枚に卸された魚だけど……
「この魚って……」
「ああ、鯖や。腹も取ってあるから」
鯖って……船じゃなくても釣れるものだったんだ。それにもしかして……
「石橋さん、自分で捌いて?」
「ああ、釣りも趣味の一つや。淳とはよく一緒に行ったんや」
祖父と? そんな趣味があったんだ。そういえば、階段下の物置に釣り竿があった様な……やったことないけど、楽しそう……
「ああ、移動式スーパーは火木の十時や。下りて右に曲がった先に学校あったやろ?」
「学校って……はい」
「あの向かい側の駐車場や」
学校って小学校と中学校が一緒になっていたところね。グラウンドがあったから覚えている。そんなに遠くなかったはず。それに火曜日って明日よね。だったら今晩と明日朝を乗り切ればいいのね。きなこのキャットフードはまだ残っているし。
「ありがとうございます。本当に、なんとお礼を言っていいのか……」
「いやいや、気にせんでいいって。どうせ余ってるもんやで」
そう言うと石橋さんは颯爽と帰って行った。あの人、マメだし滅茶苦茶男前だ。あと四十年若かったら惚れたかもしれない。
それから直ぐに米を炊いた。待っている間にきゅうりとトマトを切って鯖を焼く。香ばしい香りがリビングを満たす。美味しそう……
「うむ……この鯖、なかなかのもんじゃな」
「こっちのトマトも甘いよ。きゅうりも味あるし。でもマヨと鶏がらの素はほしいかも。無限きゅうりにしたら美味しそうだし」
お米も少し硬かったけど美味しかった。水多めで炊いた方が好みかも。明日はそうしてみよう。お茶はないけどここの水は湧き水を使っていてそのままでも飲めるという。念のため一度沸かして、覚ましてから飲むことにした。明日は茶葉や調味料を買わなきゃ。あとは小麦粉とかの粉ものにだしの素もあったら便利だよね。
簡単だけど善意の籠った夕飯をいただいて、その日はソファでバスタオルをタオルケット代わりにして寝た。暑くてエアコンを切る選択はなかったわ。もっと涼しいかと思ったけど甘かった……いえ、夕方になると海からの風は気持ちよかったのだけど、窓を開けて寝る勇気がなかった。そうなるとエアコンを付けないわけにはいかず……扇風機が買い物リストに追加された。今日は色々あったわ、よく眠れそう。そう思ったのだけど……
カササササ……と、聞き覚えのある微かな音が耳について思わず飛び上がった。あの音って……
「なんじゃ?」
「……やつがいる……」
「やつ?」
「……口にするのも憚られる、黒いあいつだってば」
あれは前のアパートでも時々現れた黒光りするあいつが移動する音だ。息を潜め、対峙する覚悟を決めてから……照明のリモコンを手にした。またあの音がするので、思い切ってONのボタンを押すと、そこには……
「やだもう! やっぱりいたぁ……」
リビングの白い壁には予想通り、黒い奴の姿があった。アパートでも散々戦った忌まわしい悪魔。気持ち悪いけど、私しかいないから私が解決するしかない。アパートでも使っていた冷却スプレーを取り出す。これはきなこにも影響が出ない希少な武器だ。少しずつ距離を縮め、狙いを定めて……一気にトリガーを引いた!
「勝った……」
奴と戦い続けて云十年、無事やつを仕留めた。ティッシュに包んで食器用洗剤を掛けてからゴミ箱に葬った。
「やだなぁ、一匹いるなら百匹はいるんだよね」
「うむ」
新しい家だから大丈夫かと思っていたけれど、こんな山の中じゃやつを、虫を防ぐのは簡単じゃないわよね。これは想定していなかったわ……バルサン焚いた方がいい? でもきなこに影響が出るのは困る。う~ん……どうするか明日考えよう。電気を消して目を瞑った。のだけど……
「ふぅ~~~~~ん……」
うとうとしかけたところで、また気になる音に目が覚めた。振り払っても振り払ってもすぐに戻ってくる。
「ああ、もう!」
「なんじゃ、騒がしい。今度は何じゃ?」
「蚊よ」
「蚊か……」
くそっ! どこにいる?目を凝らし、耳を澄まして羽音を追う。
「そこだ!」
何度も挑んでようやく潰した。幸いにもやつに糧は与えていなかった。よかった。きなこが刺されたらフィラリアにかかるかもしれない。黒いやつよりも問題だ。蚊取りも買ってこないと。
その後、それ以上の虫害はなかったけど、あまり眠れないまま空が白くなっていた。想定していなかった問題が発生しているんですけど……この先大丈夫なの?




