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限界OL、山を継ぐ~前世の従魔とスローライフ  作者: 灰銀猫


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餅つき②

 いつもは和やかな和室に重い沈黙が満ちる。さっきからチクチク嫌味を言ってくるなぁとは思っていたけれど、もしかして……とは思っていたけれど、どうやら私が嫁に来るとの噂を信じているらしい。あの噂、まだ消えていなかったんだ。さすがにちょっと、しつこ過ぎない? いや、今はそれよりも……


「義和、何言うてるんや」


 直ぐに声を上げてくれたのは春子さんだった。


「吉川んとこの隆司に聞いたざ。その娘、匠海の嫁なんやろ? そやのに手伝いもせんと座っとるなんて……」


 吉川って、あのみっちゃんのこと?


「はぁ、あんたまでみっちゃんの言うこと信じるんか? あんな出鱈目ばっかり言うてる人の」

「ほやけど、火のない所に煙は……」

「いい加減にしいや。音羽ちゃんは家の大事な従業員やけど、匠海の嫁やない」


 春子さんが声を荒げた。そしてやっぱりみっちゃん絡みだった。


「え?」

「あんた、いい加減にしいや。そんな噂真に受けて、恥ずかしくないんか?」


 春子さんがお怒りだ。いつも陽気なお婆ちゃんって感じだったけど、怒ると怖い人だったんだ。義和さんも顔を引き攣らせている。


「春子さんの言う通りです。ここで働かせてもらっていますが、嫁になるなんて話はありません。勝手に決めつけないでください」


 春子さんもお怒りだから言ってもいいよね。さすがに庇ってもらいっ放しは申し訳ないから。


「なんや、生意気な。これやから都会から来た女は……」

「都会とか関係ないでしょう? だからって事実無根の噂で怒鳴っていいって話にはなりませんけど」


 あくまでも淡々と、事実だけを突いた。ブラック企業でパワハラに3年耐えた社畜舐めないでよね。


「な……!」


 言い返したら明らかに怯んだ。ええ? それで引いちゃうの? 香害男は言い返して来たのに。


「初対面の赤の他人に、どうしてそんな風に言われなきゃいけないんですか?」


 さすがに言い過ぎたかとも思ったけど、娘さんも何気に失礼だったから牽制する意味も込めてそう問うた。これ以上うだうだ言われるなら辞めようかなぁ。いい職場だけど、毎回こんなこと言われるのはさすがにちょっと……


「う、うるさい! 俺はこの家の次男、雇用主の側の人間や」

「私の雇用主は岳治さんです。それに、ここにお勤めじゃないですよね」

「な、生意気な! 母さん、こんな生意気なガキ、さっさと首にしろや!」

「義和さん、言い過ぎや!」


 激昂して立ち上がったところで静止する声が一層大きく響いた。現れたのは大皿を手にした匠海さんだった。その後ろには昭夫さんと岳治さん、涼音さんもいる。


「た、匠海……」

「いい加減にしてや。音羽ちゃんは大事な従業員や。このご時世、なかなか人が集まらんのに、そんなこと言って辞められたらどう責任取ってくれるんや」


 珍しく匠海さんがお怒りだ。怒っている姿を見るのは祭りの打ち上げ以来だっけ。あの時が笑顔で怒っていたけど、今は真顔だ。それはそれで、怖い……


「ど、どうって……」

「音羽ちゃん辞めたら、その分手伝いに来てくれるんか?」

「え? いや……」


 あんなに威張っていたのに、すっかり匠海さんの圧に押されていた。いや、背も高いし、立ったまま怒られると威圧感半端ないけど。優しいと知っている私でも後ずさりしたくなる。


「な、なんでや! 心配してやってるのに、なんでそんな言われなあかんのや!」


 とうとう逆切れされた。うう、言い返してからこう思うのも烏滸がましいかもしれないけど、その原因が自分だっていうのが居たたまれない。面倒だなぁ……匠海さんにも悪いし、そのせいで親戚との関係が悪化するのも申し訳ないし。いっそ辞めた方がこの先平和かもしれない。里桜ちゃんの会社で雇ってもらえないかな……


「いい加減にしろ!」


 一喝したのは……岳治さんだった。珍しい……滅多に喋らないのに。大きな声出すとこ、初めて見た……


「に、兄さん……」

「義和、お前、誰の味方や」

「え? そ、それは、もちろん家の……」

「だったらなんで、せっかく働きに来てくれてるこの子にそんな態度取るんや。人が足りんで皆無理してるの、知らんわけないやろ?」


 岳治さんの声は静かだけど否と言わせない力があった。義和さんが縮こまっている。


「けど、今は匠海がいるで……」

「匠海でも二人分の仕事は出来んのや。それともなんや、お前は出来るんか?」


 そう問われたら何も言い返せないのか俯いてしまったけど、その通りだよね。いくら頑張っても一人で二人分の仕事なんか出来な。そりゃあ、徹夜すれば出来るだろうけど、1、2日が限界だ。


「そもそも、俺が継ぐって話した時、約束したやろ。結婚も、子どもに継がせるのも押し付けんて」

「そやけど、それじゃ家が……」

「そんなに家が途絶えるのが嫌なら、義和さんが継げばいいやろ」

「はぁ? 俺が?」


 今度は声が裏返っていたけど、そんなに驚くかな。心配なら自分で継げばいいって、理にかなっていると思うけど。


「何時でも代わるざ」

「え? いや、待てや。そんなことして、お前、仕事は……」

「いつ廃業してもいいよう、資格は取れるだけ取ってあるで大丈夫や。前いた会社も、いつでも戻ってきていいって言ってくれてるし」


 笑顔で匠海さんが宣言して、義和さんが顔を引き攣らせた。そっか、廃業も視野に入れて備えはしていたんだ。


「ああ、なんなら幸太郎や陽菜でもいいざ。家族でやればいいやろ」

「待て待て待て、なんで俺が……」

「の、農家なんて絶対嫌よ!」


 息子さんと娘さんが叫んだ。そっか、幸太郎さんと陽菜さんって言うんだ。そこまで否定しなくてもいいだろうに。


「わかったか、義和。二度と噂に惑わせるなよ。音羽さんにちゃんと謝れ」


 岳治さんにそう諭されて、義和さんは力なく項垂れ、最後には小声で謝ってきた。場を悪くするのも嫌だし、一度目だから許すことにした。


「お前ら、ちょっと来い」


 その直後、義和さん家族全員は岳治さんに何処かに連れて行かれた。昭夫さんと春子さんもそれに続く。なんだろう、気になるけどさすがに追いかけるわけにもいかないよね。


「音羽ちゃん、ほんとごめん」


 匠海さんが大皿を置くと隣に座って頭を下げた。両手は頭の上で合掌だ。


「いえ、匠海さんのせいじゃないですから」

「けど、さっき、辞めようかって思わんかった?」


 ど、どうしてそれを……心読まれた? いや、でも……


「それくらいはわかるって。噂もずっと続いたままやし。まさか義和さんらまで信じてるとは思わんかったけど……」


 がっくりと匠海さんが肩を落としたけど、匠海さんのせいじゃないんだよね。そして辞めるのも有りかと思えてきたけど……


「頼むで辞めんといて。いや、これだけ噂になってるで、どうしても嫌や言うんなら引き止められんけど。でも、人がえんで困っているのは本当なんや。パートさんらにも無理言うて来てもらってるくらいやし」


 何年も前からそろそろ年だから辞めたいと言われているらしい。それでも人がいないからと、時間が空いている時に無理のない程度でとお願いして来て貰っているのだとか。そこまでひっ迫していたとは知らなかった。余計に無責任に噂を流す人に腹が立った。あの人たちも手伝わないのに噂だけ信じるって、意味わからないし。


「わ、わかりました。辞めませんよ」


 そう言うとパッと表情が明るくなった。わかりやすくてなんか可愛い。とりあえずもう暫く頑張ってみようかな。先のことはわからないけど、噂も75日と言うし、春くらいまで我慢すれば消えるだろうし。


「ありがとう! また何かあったら小さいことでも遠慮なく言って。とりあえず義和さんらは父さんがしっかり言い聞かせるやろで、もう大丈夫なはずや」


 じゃ、何処かに行ったのはそのため? 昭夫さんと春子さんも行ったから、お説教大会になっているのかな? ちょっと覗いてみたい……


「さ、あっちは放っておいて食べよう」

「ほやな。お勧めはおろしや。早食べんと硬くなってまうで」


 涼音さんと匠海さんがそう言うので、申し訳ないと思いながらも先にいただくことにした。おろしって何かと思ったら大根おろしだった。しかも普通の大根おろしと鬼おろしがある。この組み合わせ、どこかで……記憶を探って出てきたのは、以前匠海さんと行った蕎麦屋だった。あそこも大根おろしで食べたっけ。こっちの人、大根おろし好きすぎない?


「わ、辛っ!」

「辛いやろ? でもこれが癖になるんや」


 匠海さんはすっかり上機嫌だった。よく働いたからお腹が空いていたらしい。確かにずっとついていたよね。さっき珍しく怒ったのもそのせいだったのかもしれない。お勧めだからとまずは大根おろしでいただいた。辛いけどお餅は凄く柔らかい。うわ、こんな食べ方あるんだ。


「おろしは直ぐに固くなるで、餅ついた時しか食べられんのや」


 鬼おろしを口に運びながら匠海さんが教えてくれた。そっか、その時限定なのか。辛いけど、慣れたら美味しいのかもしれない。口の中が辛くなったから次は甘いのにしよう。きなことあんこ、どっちがいいかな。そういえばきなこ、どうしているかな?


「美味しい!」


 きなことあんこ、どちらかと言えばきなこだ。甘さ控えめのきなこが美味しい。あんこは牡丹餅とかおはぎで食べるけど、きなこはあまり食べる機会がないから。続いてあんこをいただいた。こっちも柔らかいし一層甘い。うん、ここに煮物や漬物がある理由が分かった。甘いのが続くとそういうの食べたくなる。おろしもだ。


 そうしてる間に皆さんが戻ってきた。「先いただいてたで」と匠海さんが言ったけど、誰も何も言わなかった。ただ、義和さんは不服そうだったけど。


「あの人は男尊女卑やから気にせんでいいざ」


 涼音さんにそう言われた。そういう人だけど、本家筋の昭夫さんや岳治さん、匠海さんには何も言えないらしい。また何かあったらすぐに言うようにと言われた。


「たくさんあるで、持って帰ってや」


 今日もまたお土産がたくさんだけど、これ、食べきれるかなぁ。きなこは食べないだろうし、あまったらあんこに食べさせればいいっか。




- - - 参考までに - - -  

梅沢家の弟一家の名前は下記のとおりです。

・義和…昭夫と春子の次男で岳治の弟、匠海の叔父

・孝子…義和の妻。匠海の義叔母

・幸太郎…義和と孝子の長男、匠海のいとこ

・陽菜…義和と孝子の長女、匠海のいとこ


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