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限界OL、山を継ぐ~前世の従魔とスローライフ  作者: 灰銀猫


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クリスマス

 あれから途中で夕食を共にし、家に帰ったのは9時を過ぎていた。ジンベイちゃんのぬいぐるみは家に着いてからも楽しかった余韻を思い出させてくれた。マシュマロのようなふわふわの手触りは、きなこの毛とはまた一味違った柔らかさがあって気持ちいい……


「なんじゃ、このでかいのは」

「ジンベイちゃんのぬいぐるみ」

「見ればわかる。いい年して買ったのか?」


 呆れた目を向けられたけれど、いいじゃないか、ぬいぐるみの一つや二つ。これだけ広い家なんだから。


「うん、匠海さんとお揃い」

「はぁ? あの男も買ったのか」


 益々呆れられてしまったけど、確かに成人男性が買うものじゃないかもしれない。あれが匠海さんの部屋にドン、と置いてあったらちょっとシュールかもしれないけど、人の好みにケチをつけるなんて野暮なことはしない。お揃いだし。


「それよりも、あの人からメールあった」

「あの人って、あの男か?」


 きなこの声が僅かに固くなった。やっぱりそうなるよねぇ……私もせっかくの楽しい気持ちに水を差された気分だった。家に帰るまで開かなかったけど。


「何と言っておるんじゃ」

「一度、会って話がしたいって」

「話すじゃと? 今更なにを?」

「わかんない。多分、マニュアルのことなんじゃない?」


 それ以外の理由が思いつかない。前世を思い出していなければ、だけど。わざわざ来なくても……と思うんだけど、お祖父さんがこっちの人で病気らしく、時々様子を見に来ているからそのついでだとか。


「会うのか?」

「会わないと、ずっと来そうじゃない? これで最後にしてもらうつもり」


 もう辞めて半年近くになるし、年も変わる。そろそろ終わりにしてもいいだろう。


「お主は腹が立たんのか?」

「……思い出した直後は、眠れないくらい感情がぐちゃぐちゃになったんだけど……今は正直、どうでもいいっていうか……」

「……気にならぬと?」

「嫌な気持ちにはなるけど、正直どうでもいいレベルで、興味ない。変かな?」


 こんなに気持ちが変わるとは思わなかった。自分でも不思議なくらいに、どうでもいい。思い出して嫌な気分になるなんてもったいないと思うくらいには。


「そう、か……」

「ごめん」

「なにを謝る?」

「え、いや、だって……きなこはまだ許せないでしょう?」


 きっと私の知らない苦労もあったと思う。前世でも、今世でも。特に今世では私の何倍も生きている。それはとても苦難に満ちていたんだろう。きなこは詳しく話してくれないけれど。


「お主が、気にしないというのならそれで構わん」

「え?」

「わしが許せんのは、お主が苦しんでいたからじゃ。だが、どうでもいいならそれは、歓迎すべきことではないか?」


 真っ直ぐに向けられる瞳はまったく違うけれど、視線の強さは昔そのままで、私を案じる気持ちが伝わってきた。


「きなこ~~ありがとう」

「うわぁっ!」


 ジンベイちゃんを投げ出してきなこを抱きしめた。うう、こっちの毛並みも捨てがたい。


「お主は、もう消化したのじゃな?」

「どうかなぁ……けど、今更やり直せるわけでもないんだから、そんなことで気持ちを乱す時間がもったいないでしょ?」

「まぁな」

「きなこがいてくれて、今が楽しくて幸せだから、それで十分」


 きなこもそうあってほしいけれど、それを押し付けるわけにはいかないし、そんなつもりもない。ただ、幸せでいてほしい。だって私の大事な家族だから。




 それから数日後のクリスマスの日の晩、梅沢さん家に呼ばれた。今日の晩ご飯はクリスマス仕様だからよかったら、と涼音さんがきなことセットで呼んでくれたのだ。ご飯の美味しさには絶対の信頼を寄せているだけに、行かないなんて選択肢はない。ワインもあるからと涼音さんが車で迎えに来てくれる厚遇ぶりだ。


「うわぁ……凄い……」


 いつも所狭しと料理が並んでいる座卓は今日も大賑わいだった。並んでいるのは艶々とたれが絡んだチキンレッグにローストビーフ、でっかいエビフライとアジフライ、あとカラフルなちらし寿司に根菜の豆乳スープなどなど。付け合わせの野菜もカラフルでお店のそれと遜色ない。凄い……


「お父さんと匠海が頑張ったんや。たくさん食べていってや」

「ええっ?」


 お父さんと匠海さんが、これを? この家は男性の皆さん料理上手だけど、凄いなぁ、こんなの作れるなんて。レストラン始めてもやっていけそうだ。


「そやざ。頑張って作ったで、遠慮せんと食べていって」


 不意に匠海さんと目が合う。先日の水族館でのことが思い出されてちょっと心臓が跳ねた。


「かんぱ~い!」


 働き始めて四か月、最初は距離の取り方に悩んだお祖父さんやお父さんともかなり馴染んで、居たたまれなさを感じることもなくなった。やっとここでやっていける自信が付いてきたところだから嬉しい。ちなみに、最近は下の名前で呼ぶようになった。仕事なのにお祖父さんとかお祖母さんって呼ぶのも変だから。



「わ。きなこちゃんや~~」


 いつの間にかきなこが匠海さんの膝に載っていた。どういうつもり? 匠海さんに対しては馴れ馴れしくしたり素っ気なかったりと態度がまちまちだ。この前の停電の時もしっかり膝に載っていたし。男性は体温が高いから温かかったのかもしれないけど。


「うわぁ、今日ももふもふやなぁ。ほんと可愛い」

「あら、匠海に懐いてるんや。羨ましいわぁ」


 お祖母さんの春子さんがそう言うと、暫くしてきなこは春子さんの膝に移ってちらし寿司に載っていたサーモンを貰っていた。匠海さんからはチキンレッグのたれなしの部分を、お祖父さんの昭夫さんからは衣を取った唐揚げを、お父さんの岳治さんからはこれまた衣を取ったアジを貰っていた。ちゃっかり食べたいものをゲットしている。逞しい……


「うわ、美味し……」


 いただいた料理はどれもこれも美味しかった。和食が多い梅沢家だけど、洋食外れなしの連続だ。凄いなぁ、匠海さんは無理に結婚しないと言っていたけど、この料理だけで嫁ぐ甲斐がありそう。チキンレッグって自宅で作れるものだったんだ。たれの色は濃いのに味はしつこくなく絶妙だ。ちらし寿司も市販品と違い載っている具が立派だし、豆乳のスープは是非参考にしたい。美味しい……ワインも甘すぎずさっぱりして飲みやすいし。危ない、酔い過ぎないように気を付けないと……


 いつも寡黙な男性陣も今はお酒が入っているせいかご機嫌で、珍しくよく話していた。因みに昭夫さんと岳治さんは日本酒で、春子さんと匠海さん、私はワイン。涼音さんは下戸らしくノンアルのチューハイだった。意外だ、かなり飲めそうに見えたのに。


 会話から、昭夫さんはカラオケが上手で大会で優勝したことがあるし、春子さんはとあるアイドルのファンで、ご近所のお仲間と年に数回コンサートに行っているそうだ。岳治さんは映画好きで、この家のどこかに専用のシアタールームを持っていて、涼音さんは最近小学校の体育館でやっているママさんバレーにハマっているそうだ。意外な一面があって驚いたけど、その話をしている時はとても楽しそうで生き生きして見えた。


「そういえば、皆さんにプレゼント持ってきました」


 宴も酣のころ、今日どうしても渡したかった物を披露した。


「ええ? そんなのいいのに」

「ほやざ。安い給料で働いてもらってるのに、申し訳ないわ」

「いえいえ、高いものじゃないので大丈夫です」


 そう言って取り出したのは5つの包み。同じラッピングだから付箋で名前を付けて貰ったので、まずは昭夫さんから渡していく。こういうのはやっぱり年功序列が大事だろうから。


「わ、なんやろ? 開けていい?」

「いいですよ。でも、大したものじゃないので、期待しないでください」


 実際、驚かれるようなものじゃないから申し訳ない。本当は仕事中にそっと渡すつもりだったから。


「わ、水筒?」

「あらまぁ、名前入ってるざ」

「これ、音羽ちゃん持ってたやつや」


 渡したのは500mlの名前入りの水筒。仕事柄水筒は必須で、先月ネットで見つけたものを持って行ったら皆さんに好評だったんだよね。だったら皆さんにと思って頼んでおいたものだ。色も六色あったので全員別々にして、梅の花のマークとそれぞれの名前が入れてもらった。これから寒くなると温かいのが飲みたいから、6時間経っても冷めない物を探した。


「わぁ、ありがと。寒い時は温かいのほしいで助かるわ」

「食洗器対応なんや。助かるわ~」

「ありがと。前から買おうか言ってたんや。明日から早速使わせてもらうわ」


 涼音さんがそう言ってくれてホッとした。もしかして持っているかも?と気になっていたから。その時だった。キッチンタイマーのけたたましい音が鳴った。


「あ、焼けたか!」


 匠海さんが立ち上がって部屋を出ていった。焼けたって、何が? まだ何か作っていたの?


「お待たせ~焼けたざ」


 上機嫌で現れたのは、大皿を手にした匠海さんだった。それって……


「アップルパイ、今日はいい感じに焼けたわ」


 香ばしくも甘い香りが広がった。アップルパイ焼いていたの? こんなにご馳走があるのに?


「ごめんなぁ、ケーキはクリームが上手く塗れんで、いつもこれかチーズケーキなんや」

「チーズケーキ焼くんですか!?」


 いやいやいや、アップルパイもチーズケーキもそんな軽いノリで作れるものじゃないと思うけど……


「焼きたては特に美味しいざ」


 そう言って切り分けられた一切れが目の前に置かれた。フォークを入れると湯気が上がる。


「……美味しい……」


 もう軒並みの言葉しか出てこない。熱いけど、冷めたやつとはまた違う美味しさがあった。そもそも熱いアップルパイを食べる発想がなかったから驚きが冷めない……けど美味しい……


「余ったら持って帰ってや。甘いの好きやろ?」

「いいんですか?」

「もちろん。料理も持って帰ってや」


 ええっ、いいの? そんなこと言われたら断れないんですけど。


 結局、その日はタッパーにあれこれ詰めてもらった料理がレジ袋一つ分になってお土産になった。チキンレッグにアジフライ、ちらし寿司もある。これで明日のご飯が賄えてしまえそうな量があった。


 涼音さんに送ってもらって自宅に戻った。電気をつけてリビングに入るとソファに置いてあったジンベイちゃんが目に入った。エアコンは付けたままだったけどそれでも寒く感じたのは、きっと梅沢家での時間が楽しかったせいだ。




- - - 参考までに - - -  

梅沢家の名前は下記のとおりです。

・祖父…昭夫

・祖母…春子

・父 …岳治

・母 …涼音

・三男…匠海


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― 新着の感想 ―
うわ、めっちゃ美味しそう! パートでわたしも雇ってほしい! 純粋にまかない目当てで(^_-)-☆
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