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限界OL、山を継ぐ~前世の従魔とスローライフ  作者: 灰銀猫


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侵入者の正体

 心臓がうるさいと感じるほどに跳ね、それがポンプのように不安を膨れ上がらせていく。いつもより強くアクセルを踏んでいるのにまだ追いつけない。そのことも一層不安を強めていった。


 それでも、行き止まりが我が家で終わりは来る。家の近くまで行くと道幅が広がり、最後のカーブを曲がれば家というところまでというところであの車が見えた。黒のワゴン車だけど、こんな車に見覚えがない。何をしに来たの? 


 家が見えるところまで来たので、車を停めて様子を窺っていると、中から出てきたのは繋ぎの作業服を着た中年の男性だった。ええ? 空き巣? そう思ったけれど、男性は玄関に向かいインターフォンを鳴らした。だったら何か用事で来た人? それとも営業、とか? その時、黒いワゴン車の後ろに小さな文字が見えた。「野村自動車」とあるけど……車屋さん? その店名に覚えがある。このワゴン車の後ろにも同名のステッカーが貼ってあったから……慌てて車を進めた。


「ああ、伊東さん家の人か?」


 降りてきた私を見て声を掛けられた。伊東って……一瞬誰だっけと思ったけど祖父の名前だった。最近聞かなかったから忘れていた……


「はい。そうですが、なにか?」

「ああ、その車の冬タイヤ、そろそろ時期やからどうかと思って。毎年この時期に声掛けてたんやけど、電話繋がらんかったで来たんや」


 ええっ? もしかして、祖父が死んだこと、知らなかった?


「あの、祖父は夏に亡くなって……」

「ええ? ほやったんか! 道理で連絡つかんはずや。そうやったんかぁ……もういい年やったでなぁ。お悔み欄は毎日見てたけど、気付かんかったわ。悪かったなぁ」


 どうやら本当に知らなかったらしい。だったら町内の人じゃなかったのかな。聞けば数日前にも訪れていたけど留守だったと言われた。じゃ、あのタイヤ痕って……


「いえ、こちらこそ何度も連絡していただいてありがとうございました」


 不審者かと思ったけど、祖父の知り合いだったとは……疑って申し訳ない。ニュースだと悪い話ばかり見るから神経質になっていたかもしれない。


「そんで、タイヤどうする? 買い直したのは2年前やで、まだいけるとは思うけど」

「そうでしたか。実はこれから勤め先の人が見に来てくれる約束になってて……」

「ほんならもし溝なくなってたら電話してや。新しいの用意するで」


 そう言って名刺を差し出された。うん、間違いなくこの軽ワゴンのステッカーのお店だ。それにしても溝って……そう言えば匠海さんもそう言っていたっけ。何のことなんだろう、後で聞いてみよう。


「わかりました。その時はお願いします」

「ああ。あとその車、来年車検やで。5年やったらまだ大丈夫やと思うけど、買い替えるなら早めに言ってや。今、新車も中古車もなかなか入ってこんで」


 そう言うと野村の車屋さんは帰って行った。車が見えなくなってどっと力が抜けた。不審者かと思ったけど、違ってよかった……けど、そうじゃないこともあるかもしれないんだよね。う~ん、何か対策しないとマズいかなぁ。思えば一人で追いかけていったのも迂闊だったかもしれない。あれが不審者だったら……そう思うと消えたはずの悪寒が全身を包んだ。


「きなこ、ただいま~~」


 家に入って真っ先にきなこを抱きしめた。寒くなったせいか一層もふもふ度が上がった身体を抱きしめた。


「なんじゃ?」

「きなこを補充しているだけ」


 無事でよかった。猫又のきなこなら何があっても大丈夫だとは思うけれど、それでも唯一の家族だから失えない。過去の喪失感が蘇って胸が苦しい。参ったなぁ、このままじゃ留守番させるのも心配だ。でも、きなこのことだから問題ないって言って家にいるんだろうなぁ。外は寒くなってきたし、最近始まったドラマにドはまりしているっぽいからTVから離れないだろうし。





「ピンポーン」


 暫くきなこを抱っこしていたらインターフォンが鳴った。そう言えば匠海さんが来るんだった。それまでに倉庫を確かめておこうと思ったのに! 慌てて玄関に向かうと、案の定匠海さんだった。


「お待たせ。タイヤあった?」


 やっぱりそうなるよねぇ。帰ったら確かめて送って言ったの、私だし。でも、取り繕っても仕方がないので、見知らぬ車だと思ったら車屋さんだったことを話したんだけど……


「やっぱり危ないな。なんか対策考えんと」


 匠海さんの意識はそっちに向かっていた。やっぱり不用心かなぁ。今までも一人暮らしかったから気にしていなかったけど、前と違うのはアパートの一室と田舎のぽつんと一軒家、防犯の面では雲泥の差がある。


「やっぱりそう思いますか?」

「うん。今まで、怖いと思ったこと、なかった?」


 そう尋ねられたので、この前のタイヤ痕のことを話した。あれは車屋さんだったと思うけれど、今は誰でも自由に登ってこられるから確かに危険かもしれないとも。


「年末に向けて空き巣も増えるし、なんか対策した方がいいざ」

「ですよねぇ。でも、なにから手を付けていいのかわからなくて……」


 硝子を割られないようにする防犯フィリムと補助鍵は前にホームセンターで買って付けたけど、今のところそれだけ。警備会社と契約するのも大袈裟だし、お金もかかるからさすがに手を出せないし……


「そうやな。まぁ、まずは簡単に上がって来れんよう、入口に進入禁止の立て札立てるとか、道の途中にチェーン付けるとかかなぁ。あとは防犯カメラつけるとか、いろいろやりようはあるけど」


 なるほど、チェーンか。それならそんなに費用も掛からない、かな? 立て札もホームセンターにそんな感じのが売っていたし。郵便局や宅配は近くの営業所止めにして取りに行けばいいかな。幸い郵便局は匠海さん家の直ぐ近くだし。宅配は……コンビニは遠いしなぁ。こっちは追々考えるとして、チェーン付けるのはありかも。


「幾らでも相談にのるざ。駐在さんに相談してもいいかも。言えば定期的に見回りしてくれるざ」

「してくれるんですか?」

「それが仕事やでな。今の駐在さんは優しくていい人やで」


 そっか、駐在さんは思いつかなかったけど、パトロールの時についでに回ってくれたらありがたいし安心かも。立て札とチェーンはホームセンター見てこないと。跡防犯カメラもだけど……そっち系、弱いんだよね。何を選んでいいのかわからないだけど……


「だったら調べて置くわ」

「いいんですか?」

「いいよ。どうせ家のハウスんとこにもカメラつけようと思てったで。ついでに調べておくわ」

「ありがとうございます」


 うわぁ、メッチャありがたい。匠海さんが選んでくれるなら安心だ。元々電気工事士していたのもあってか、家電とかそういうの詳しくて、この前のドライブレコーダーやボイスレコーダーも匠海さんが用意してくれたんだよね。ハウスや電気柵の配線も自分でやっちゃう人だし。


「その前にタイヤやな。物置、見せてもらってもいい?」

「あ、ぜひとも」


 もう詳しい人にお任せするしかない。


「そういえば、タイヤの溝って何のことですか?」

「え? 溝は溝やけど……ほら、タイヤに溝彫ってあるやろ? これが浅くなると滑るで買い替えなあかんのや。あと、年数断つと固くなるで、溝があっても4年か5年で買い替えなあかんけど」


 溝があっても買い替え? 不経済だなぁ。でも滑ると事故まっしぐらだし、背に腹は代えられないかな。


「ああ、これなら今年はいけるで」

「そうでしたか。さっき来た車屋さんも2年前に買い替えたって言ってました」

「だったら大丈夫や。ほなら変えるざ」


 そう言って取り出してきたのは見慣れない道具たちで。


「あ、電気借りていい?」

「え? あ、はい。じゃ、リビングからのを……」


 そんな長い延長コード、あったっけ?


「いやいや、屋外コンセントあるやろ?」

「おくがい?」


 なにそれ? 聞いたことないんですけど……


「ここや」


 そう言って示されたのは、玄関近く、北側の軒下にある変なでっぱりだった。あれ、なにかと思っていたけど、コンセントだったんだ。なんてこった、知っていたらBBQで電気仕えたのに!


 それから何かの機械を繋ぐと凄く大きな音がした。なにかと尋ねるとタイヤに空気を入れるためのコンプレッサーだと言われた。そんなの自前で持っていたんだ……聞けば家には何台も車があるので買ったのだとか。そう言えば梅沢家って、車たくさんあったっけ。軽トラと軽ワゴン、一回大きいトラックとワンボックス、それに涼音さんがいつも乗っている軽自動車、更には匠海さんの車もあったし……


 手際よく匠海さんがタイヤを交換していく。慣れているなぁ、手伝おうと思うのだけど何をしていいのかわからなくて戦力外感が半端ない。うう、申し訳ない……


 結局、交換と空気注入まで殆どを一人でしてもらってしまった。これ、頼んだら幾らくらいかかるんだろう……ちゃんと手数料払うべきだよね。相場わからないから後で調べて、明日にでも払わないと。


「これでいいざ。そう言えば雪道の運転って……したこと、なさそうやな?」

「はい」


 そもそも運転自体、ここに来て初めてやったんだよね。東京じゃ車なんて贅沢品だったし、使う必要もなかったから。それでも母は免許を取れというから取ったんだけど、友達の中で持っている子は殆どいなかった。今にして思えばあの時取っておいて正解だった。


「坂道、下りは時に気をつけてな」

「……ぜ、善処します」


 そうは言ったものの、まったく自身がなかった。せっかく慣れて来たと思っていたのに……とにかくスピード出さなければ大丈夫、だよね?




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