面倒な取引先
それから小学校の芋掘りも無事に終わり、暦は11月へと移った。移り住んだ頃は耐えがたいほどの暑さだったけれど、朝晩の冷え込みが厳しくなってきた。放射冷却が起きる晴れの日は特に顕著だ。そろそろ服も買い足さないといけないかもしれない。週末は某職人のお店に行ってこよう。
「うう、寒い……」
朝の収穫の敵は暑さから寒さへと変わった。寒いの、苦手なんだよなぁ……
「音羽ちゃん、これ、保育園までお願い」
朝の収穫が一段落した頃、声をかけてきたのは涼音さんだった。その手には何種類かの野菜と納品書が入ったコンテナがあった。
「はい。軽トラ借りますね」
「いいざ。慌てんでいいで、気をつけてな」
「はい、いってきます」
最近は近所の少量の納品も任せてもらえるようになった。行先はこの地域にあるお店で、取引の規模が小さいところばかりだけど。
「おはようございます。梅沢農園です」
給食室近くの裏口でインターホンを鳴らすと、程なくして施錠されていた扉が開いた。
「匠海さん、おはようございます!」
勢いよく開かれた扉に思わず面食らった。現れたのはいつもの給食のおばちゃんではなく、若くて派手な若い女性だったからだ。髪は茶に染めて緩く巻き、長く整えられた爪はキラキラ輝くデコで彩られていた。
「は? あんた、誰?」
清々しい程にぞんざいな口調は、穏やかなこの園には不釣り合いなものだった。
「梅沢農園の者です。今日の分の野菜をお届けに参りました」
「はぁ、匠海さんじゃないの?」
え、っと? 匠海さんって、名前呼び? じゃあ、知り合い?
「まぁいいわ。そこ置いておいて。ね、それよりも匠海さんって彼女いるの?」
「……は?」
いきなり想定外の問いに変な言葉が出てしまった。彼女って、匠海さんの?
「何よ。まさか、あんたがそうだなんて言わないでしょうね?」
何故か睨みつけられてしまったけれど……彼女、いたの? 聞いたことなかったけど。
「ちょっと、どうなのよ? 彼女いるの?」
「……ど、どうでしょう。そのような話は聞いたことがありませんから。それに、もし知っていても、本人の許可なしに話すわけにも……」
勝手に言っていい話じゃないよねぇ。田舎だと噂広がるのも早いし。それでなくても私との噂が立っていたくらいだし。
「はぁ? なによ、そんな固いこと言わなくてもいいじゃない」
「でも、今はそういうところ厳しいので。勝手にお答えするのはちょっと……」
一応雇用主側の人だし、勝手な真似は出来ないよね。そうでなくてもこんな礼儀知らずな人には教えたくないけど。
「使えないわねぇ。じゃ、本人に聞くから連絡先教えなさいよ」
「それも個人情報ですので」
そう言うとまた睨まれてしまったけど、間違っていないよね? 教える義理もないし。
「いいじゃない、減るものじゃなし」
「それを決めるのは匠海さんですので」
「わかったわよ。じゃ、聞いてきてよ。絶対だからね!」
そう言うと返事も待たずに奥に引っ込んでしまったけれど、確かにこれは思った以上に強烈だ。あの匠海さんが両手を上げた理由がわかった。この勢いで迫られたら躱すのは面倒だよねぇ。
梅沢さん家に戻ってあったことを涼音さんに話した。
「ええ? あの子、音羽ちゃんにそんな失礼なこと言ったんか?」
「いやぁ、さすがにびっくりしました」
「あの子、久美ちゃんていうんやけど、理事長の姪なんや。面倒なことに見合いの話もあったんやざ。匠海が嫌がってたで断ったけど」
「お見合い?」
思わず声を上げてしまったけど……知らなかった、そんな話があったの? いや、あってもおかしくない、のかな? 取引先だし、地元だし、片方が乗り気だったらあるのかもしれないけど。
「匠海はああいうタイプ苦手やし、家業手伝ってくれる人でないと無理やって言うで断ったんや。向こうの親御さんもそれで納得したはずやけど」
「そうだったんですか」
確かに人手は足りていないし、多少なりとも手伝ってくれる人でないと無理だよね。お祖父さんやお祖母さんだっていつまでも元気なわけじゃないし。あの爪で農作業は無理だろうなぁ。
「見合いの話はもう終わったことやで心配せんといて。それに匠海のことも何も教えんでいいで。それでまた何か言ってきたらすぐに教えてな」
「あ、はい」
そう言われて何故かホッとしたけれど……う~ん、また睨まれそうだけど、本人が嫌がっているのに教えるわけにはいかないよね。教えたくもないし。
お昼前には匠海さんが戻ってきて、彼からもどうだったかと聞かれたので、涼音さんに答えたのと同じことを話した。
「そっか。ごめん。音羽ちゃんに嫌な思いさせるなら、俺、明日から行くで」
「いえいえ、大丈夫ですよ。それに匠海さんも断りにくいでしょう? こういう時は物理的に距離を取るのが一番ですから」
なによりも行ってほしくなかった。それくらいなら自分が行った方がずっとマシだ。
「ほなら、酷いこと言われたら言ってや。母さんか父さんに変わってもらうで」
「どうにもならなくなったら、お願いしますね」
「うん、遠慮せんといてな」
そう告げると力なく笑ったけど、やっぱり笑顔が似合うなぁ。
そういえば先日のBBQではよく酔っていつも以上に陽気だった。きなこに袖にされた時は悲しそうだったけど、そんな表情も可愛かった。あの後里桜ちゃんが酔い過ぎて危なくなってきたから、いつもより早めに迎えに来てもらったんだよね。日本酒をかなりハイペースで飲んでいたからそれがダメだったらしい。
里桜ちゃんを見送った後、涼音さんが迎えに来るまで二人で話した。前々からBBQに興味があったけど、変な噂が流れていたから何も言えなかったこと、学生時代は友達と自転車にテントを積んであちこち走り回っていたことなど。そんな趣味があったなんて知らなかったけど、彼らしいと感じた。そのことを話す匠海さんは生き生きしていてとても楽しそうだった。自転車かぁ……さすがに体力的に厳しいなぁ。付いて行ける気がしない。
そっちは無理だけど、もしテントを買うなら色々教えてくれると言ってくれたので、その時は一緒に買いに行く約束をした。それだけで心が弾む。さすがに年内は無理だから来春かなぁ。こんな話、仕事中はしないから距離が近付いた気がした。また参加したいと言ってくれたから焚火台を大きいのに買い直そうかな。焼きそばとか作れるプレートもあってもいいかも。これから寒くなるからおでんとかもよさそうだから小さい鍋も。
それからも私が保育園に配達に行くたびに久美さんが出て来た。思うようにならない苛立ちからか、態度も段々悪くなっていた。
「なんで匠海さんが来ないのよ」
今日もまた不満を露にそう言われた。仕事なんだから私情で動くの、やめてくれないかなぁ。ここに来ようとする度に胃が痛くなりそうだから。
「この時間は大口の納品に行っているので」
「え~またぁ? あんたが止めているんじゃないの?」
なんか、とんでもないことを言われたけど。私が、止めている? 何故に?
「そんなこと、していませんが」
「どうかしら? あなた、匠海さんに気があるんでしょ? だから私が近付けないよう邪魔しているのよね」
「いえいえ、そんな事実はありませんけど」
なんかすごく妄想入っていない? この人大丈夫?
「諦めなさい。ただの従業員と私とじゃ、勝負にならないんだから。私、この園の理事長の姪なの。それに、今、介護施設を建てようって話が出ていてね、野菜をあなたのところにお願いしようって話しているの」
介護施設を……そんな話があったんだ。知らなかった……
「わかった? 私と匠海さんが結婚すれば梅沢家も大きな利になるの。爪に詰まった土も放ったらかしのあなたなんかお呼びじゃないのよ。わかったらさっさと匠海さんを連れてきなさい。いいわね!」
すっかり命令口調の彼女に、近くにいた給食のおばちゃんもオロオロするばかりだった。
「ほら、これ持って帰りなさい」
そう言うと納品用のカゴが飛んできた。咄嗟に受け止めようとしたけれど、バランスを崩してその場に尻もちをついてしまった。
「やだ、どんくさ。それくらいで転ぶなんて」
そういうと笑いながら見下して扉を閉めてしまった。腹立つ~~! 覚えておきなさいよ、言われたこと全部、匠海さんに聞かせてやるんだから!
梅沢家に戻ったけれど、匠海さんはJAに行って今日は夕方まで帰らないという。くそう、涼音さんも忙しそうでお昼ご飯を食べ終わるとどこかへ行ってしまったし、結局誰かに話す機会がなかった。なんか疲れたし、明日でいいや。諦めてその日は家路についた。
「はぁ……疲れた……」
車を運転しながらため息が出た。最近ぐったり来るのはあの人のせいだろう。今日は寒かったからBBQよりも室内で熱燗かな。お風呂のお湯の量もそろそろ増やそう。爪も掃除しなきゃ。そんなことを考えながら家の方へ向かう道にハンドルを切ったのだけど……
(あれ?)
道路に微かな違和感を覚えた。そう言えば少し前にも同じことがあったっけ。アクセルを踏む足に力を込めてきなこが待つ家へと急いだ。




