サツマイモ掘り大会
それからも朝晩の寒暖差が増す中、心地よい晴れの日が続いた。空気が乾燥していて気持ちいい。空気が澄んでいるせいか空と海の青さが鮮やかな対比になっていて絶景だ。朝、寝室から眺める景色はそれだけで贅沢に思えた。
職場に復帰してから十日余り。今日は大事なイベントの日だ。というのも、近くの保育園の園児さんが梅沢さん家の畑にサツマイモ掘りにやってくるのだ。これは毎年恒例のイベントで、翌週には小学生の芋掘りも控えている。そのため、昨日は芋掘りがしやすいように蔓を切ったり畝に掛けてあるビニールを外したりと下準備で忙しかった。私が保育園で経験したことを、今度は迎える側として体験するなんて感慨深かった。
「さぁ、みんな頑張って大きなお芋を手に入れましょうね!」
保育園の先生の掛け声に園児が大きな声で「はーい!」と返した。芋掘り大会の始まりだ。近くの保育園の園児さんは5歳児クラスの12人で、その人数の少なさにちょっとびっくりした。私の時は同じ学年に50人はいたから。いや、これだけ田舎だとそんなものかもしれないけれど。
「芋掘りの説明をしまーす! みんな、ちゃんと聞いてね!」
そう言って芋掘りの説明を始めたのは匠海さんだった。優しいし子どもも好きそうだから麦わら帽子を被って説明する様はよく似合っていた。園児に合わせた話し方が可愛い。保育士になってもやっていけそうだよねぇ。一緒に駆けまわる姿が容易に想像出来た。
因みに、私と涼音さん、お父さんはお手伝い係として参加だ。困っている子がいたらさりげなく手を貸し、掘った芋を入れたカゴがいっぱいになったら軽トラックまで運ぶ。これだけの人数なら楽勝かと思ったんだけど……
「うわぁーん、ようちゃんがぼくのおいも とったー!」
「とってないざ! りくくんがぼくがほっていたおいも、とろうとしたんやざ!」
「いやーーミミズ出た――!」
「さっちゃんがすなかけた――!」
始まって5分もしないうちにトラブルが発生していた。先生がその都度間に入ってくれるとはいえ、先生も子どもの人数分来ているわけじゃないので私たちが手を貸すことになる。もしかして、思ったよりも大変だったりする?
「たっくん、お芋はこっちね」
「ヤダー! これぼくの!」
「せんせー! まきちゃんがころんだー!」
「なおちゃんがおしたからやって!」
目を離せばすぐに大きな声が上がって息つく暇もない。子どもってどうしてこんなに元気で直ぐに喧嘩になるの? 終いには畑の中で鬼ごっこや戦隊ごっこが始まっているし……じ、自由過ぎる……
「おねえちゃん、これあげるざ」
声を掛けられて振り返ったら、男の子がこっちを見上げてにこにこ笑っていた。うわ、可愛いなぁ。
「なぁに?」
「はい、これ」
握った手をこちらに向けてくるので手を出したら、何かを手の上に置かれた。置かれたのだけど……
(ひぃいいいいい!!)
出そうになった悲鳴を堪えるのに精いっぱいだった。手の上にあったのは……無数のダンゴムシ、だった。いや、噛んだりはしないけれど、害はないけれど……私、虫は苦手なのに――!!
それでも、好意全開の園児さんを悲しませるわけにもいかない。大人として……うう、手の上でもぞもぞ動いて気持ち悪いんだけど……
「うわぁ、すごい! いっぱい取ったね!」
そう言うと破顔した。うっ、無邪気な笑顔が眩しい……悪気はないんだから耐えろ、私……
「たっくん、お芋掘りしねや――」
「はーい」
幸いにも芋掘りから離脱していた彼を先生が呼んでくれた。うん、ダンゴムシは自然に返そう。見えないようにそっとダンゴムシを畑に戻した。うう、手、洗いたい……
一時間ほどの芋ほり体験会は盛況に終わった。最後は芋掘りに飽きた子どもたちが畑を走り回ろうとして阻止するのが大変だった。まだ芋掘りが終わっていないところは蔓が残っているから危ない。蔓で転びやすいし、蛇とかがいる可能性もあるから。
「はぁ~無事終わった~~」
園児たちが帰ると、一気に空気が緩んだ。怪我させるわけにはいかないし、それ以外でも獣が出たり、時には脱走を試みる子もいるらしいから気が抜けなかった。収穫したサツマイモはお父さんが保育園に納めに行ってくれた。
「みんなご苦労さん。ほら、焼き芋やざ。ぎょうさん食べてな」
梅沢家に戻ると、既にお昼ご飯の準備が出来ていた。そんな中、お祖母さんが焼き芋を積み上げた大皿を持って現れた。聞けば初日に収穫した芋だという。
「あ~ちょうど腹減ってたんや」
「今年の出来はいいざ」
「音羽ちゃん、祖母ちゃんの焼き芋は美味いざ」
手に取った焼き芋はまだ熱くて持つのが大変なくらいだった。匠海さんも涼音さんも半分に折って食べ始めたからそれに倣うと、割れ口からは鮮やかな黄色い実が見えた。湯気が上がっていて「早く食べて」と誘われている気分だ。
「……甘い……」
口の中でサツマイモが甘みを主張した。柔らかくてほくほくしていて、凄く甘い。最近のサツマイモってこんなに甘かったんだ。甘みを噛みしめる。うう、疲れが吹き飛ぶ心地だ……
「思ったより甘み強いな」
「今の主流がそうやから。来年からはこの品種増やそうか」
「ほやなぁ。苗は高いけど、どうせなら売れる方がええやろ」
憩いの時間も仕事の話になるのはいつも通りだけど、本当にこれは美味しい。里桜ちゃんにもあげたいなぁ。里桜ちゃん、サツマイモ大好きだって言っていたし。余ったら持って帰らせてもらおうかな。そう思っていたら……
「こんにちはー!」
聞きなれた声が響いた。ええ? 里桜ちゃん?
「ああ、早速来たざ」
「保育園の芋ほりの日やからな」
「うわぁ、いい匂いしてる!」
入ってきたのは里桜ちゃんだった。どうしてと思っている私の隣に座って芋に手を伸ばした。誰も驚かないし、さっきの会話からして……
「音羽ちゃん、お疲れ様。園児の相手、大変やったやろ?」
「うん。想像以上だった」
「ほんと、あんな小さいのに体力お化けだよね~うちの会社も地引網の体験会してるけど、もう砂浜走り回って大変だよ」
けらけら笑った里桜ちゃんだけど、その光景を容易に想像出来てしまった。砂浜を追いかけるの、すごく大変そう……それに地引網かぁ。なんか面白そう。
「芋掘りの日はお婆ちゃんが焼き芋作ってくれるで、昼休み抜け出して来たんや」
そうだったんだ。結局、私も里桜ちゃんも焼き芋を2本ずつ食べてお腹いっぱいになってしまった。でも、美味しかった~~こんな美味しい焼き芋、初めてかもしれない。
「あ、音羽ちゃん、いい魚が入ったんだ。明日BBQしない?」
「え? やるやる! 何が手に入ったの?」
「それは夜までのお楽しみ」
うう、こんな時の里桜ちゃんは絶対教えてくれないんだよねぇ。仕方ない、その時を楽しみに待つしかない。
「残念。でもわかった。じゃ、お昼過ぎでいい?」
「オッケー。あ、そうだ。匠海も来ない?」
明日の予定が決まったのだけど……えええ? 匠海さん?
「え? でも俺が行くとまた噂になるやろ」
「私も一緒だから平気だって。なんなら他にも呼ぶ?」
「呼ぶって言っても……誰呼ぶ?」
匠海さんが尋ねると里桜ちゃんが腕を組んで考え込んでしまった。仲がいい独身男性、だよねぇ。青年会の誰かってことになるのかな。
「……下手に人呼ぶと、小川さんも来んか?」
「あ~来そうだよね……」
うわ、それは遠慮したい。押しかけてこられても困るし。一度来る癖付いたらずっと来そうだし……
「じゃ、やっぱり3人でいいんじゃない? お父さんに送ってもらうから一緒に行けばわかんないでしょ」
里桜ちゃん曰く、お父さんの車は後ろの席の窓はスモークが入っているから見えづらいのだとか。
「まぁ、それなら……」
「下手に隠すことないやろ。音羽ちゃんは匠海んとこで働いているんやし。隠すと余計勘繰られるざ」
「それはそうやけど……」
そう言いながら匠海さんがこっちを見た。う~ん、私は構わないけど、匠海さんに変な噂が立つのは困るよね。大事な跡取りだし。そう思ったのだけど……
「行ってこればいいが」
「母さん。でも……」
「匠海の送迎は私がするよ。何度も音羽ちゃん家行ってるし、私が出入りしてたら悠ちゃんも来んやろ」
そういうものなのかな? でも、誰も異を唱えなかったからそれで話が決まってしまったけど……ちょっと待って、匠海さんも来るの? いや、前も家に来たことはあったけど。やばい、最近部屋の掃除さぼってたから帰ったら掃除しなきゃ。




