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限界OL、山を継ぐ~前世の従魔とスローライフ  作者: 灰銀猫


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母の過去の欠片

 里桜ちゃんとBBQを楽しんだ翌日、発熱で延期になっていた美容院へ行った。髪を切るのは……もしかしたら8ヵ月ぶりかもしれない。前職を辞める半年ほどは忙しくて行っている暇も行く気力もなかった。今ならあの環境がおかしかったとわかるけど、あの時は疲れ切っていたせいか面倒なのもあって従っていた。それが香害男や華恋を増長させていたのかもしれない。


「いらっしゃい」


 出迎えてくれたのは祖父母の年代のお婆ちゃんだった。白髪に僅かに黒が残るショートカットは小洒落た感じで、真っ白なフリル付きのエプロンが嫌味なく似合っていた。お店は昔ながらって感じなのかな? 設備なども年季が入っていて東京の美容室とは全然違った。


「淳ちゃんとこのお孫さんやな。陽子ちゃんそっくりやぁ」


 お婆ちゃん美容師が目を細めながら私を見た。母と似ていると言われたことはなかったけど、そう見えるのか。いや、若い頃の母がどんなんだったかは知らないけど。


「母をご存じだったんですか?」

「そりゃあ、ちぇー頃からうちに通ってたんやざ」

「そうでしたか」


 それもそうか、この店は母が生まれる前からあったらしいし、店も他にないって里桜ちゃんも言っていたっけ。


「今日はどうしたいんや?」

「実は、迷っていて……」


 就職してからは肩下くらいまでの長さだった。特にこだわりがあるわけじゃない。これ以上長いと乾かすのが面倒だし、仕事の邪魔になるから結べる長さをキープしていただけ。多少寝癖が付いても結んでしまえば恰好が付いたし。


「ほうか。なんで迷ってるんや?」

「このままでもいいけど、短いのもいいかなぁって。涼音さんや里桜ちゃんのショート、よく似合っていたので」

「ああ。あの子らは手入れ面倒やからって短くしてるなぁ」


 やっぱり効率重視だったのか。だけど私の場合、短くすると広がっちゃうんだよね。背が高い二人はそれでもいいかもしれないけど、私の場合頭が大きくなってしまうからずっと避けていた。


「そやなぁ……」


 そう言いながらお婆ちゃんは私の髪を確かめるように触っていた。里桜ちゃんや涼音さんもここの常連だって言っていたけれど、私もあの二人みたい素敵な感じにしてもらいたい。


「手入れは? 好き?」

「嫌いじゃないんですけど……自分では上手く出来なくて……」


 悲しいかな自分でアレンジしようと試みたこともあったけれど、残念ながらそっちの才能はなかったらしく、納得出来るレベルには程遠かった。


「ほやなぁ、髪の量多いし、しっかりしてるで、短くするのはお勧め出来んわ」

「そうですか」


 やっぱりそうなるか。前も相談したことはあったけど、手入れが大変だと言われて諦めたっけ。


「じゃ、ボブは? 襟足ギリギリで」

「広がりませんか?」

「内側にシャギー入れてすいて、外側はそのままにしたらそんなに広がらんざ」


 内側に?それで解決するの?


「あと、重いと感じるなら髪色明るくするのも手やざ。軽く見えるで」


 カラーか。前もやっていたけど仕事が忙しくてプリンになるから止めたんだよね。でも、ここで暮らすなら通えるかな?


「陽子ちゃんはよく明るくしてたんやざ。それで先生に怒られて、黒くしに来たこともあったわ」

「母が?」

「陽子ちゃんはハイカラな子やったで。ああ、あの子と髪質よう似てるわ。今言うた髪形、陽子ちゃんもやったことあるざ」


 母がやっていた髪型かぁ。そういや忙しいと言いながらも美容室は欠かさず行っていたっけ。服装も年の割には派手な方だったし。私はそれがちょっと恥ずかしくて地味になったけど。


「じゃ、それでお願いします」

「ええんか?」

「はい。ちょっと気分変えたかったので」


 そういえば会社を辞めたらやりたいことの一つに、髪型を変えるってのがあったんだよね。いつも地味なセミロングだったから。パーマもかけてみたいけど、今日は色を明るくしてバッサリ切ろう。短くした上にパーマは危険な気がするし。でも、それだけでも印象はかなり変わるはず。


 方針が決まったらすぐにカットが始まった。ある程度切ってから染めて、最後にもう一度切るんだという。詳しいことはわからないからお任せだ。失敗しても会うのは梅沢さん家の人たちだし、作業中は怪我防止のために帽子は必須だからダメージも小さいはず。


 髪を切る鋏の音が店内に響く。今日は他にお客さんがいないから静かだった。シャキシャキと小気味のいい音と共に長かった髪が短くなっていく。それだけで気持ちも軽くなっていく気がした。帰ったら里桜ちゃんに写メ送ってみようかな。昨日貰った魚がまだあるからBBQもしよう。ずっと家から出られなかったから、暇を持て余して串野菜たくさん作ったんだよね。冷凍してない分は今日焼いてしまおう。


「……陽子ちゃんは、元気やったか?」


 不意にそう問われて我に返った。鏡越しに目が合う。その表情は優し気だけどどこか寂しそうに見えた。


「最期まで元気でした。朝も「今日は大きな商談があるから」って張り切って出ていきました。多分、事故に遭う直前まで元気だったんだと思います」


 殺しても死ななそうなくらいにバイタリティーのあった母だけど、最期は事故であっけなく逝ってしまった。


「そうやったんか。陽子ちゃんらしいなぁ」

「皆さん、そう言っていました」


 事故に遭った割には綺麗な顔をしていたから、寝ているだけのようにも見えた。触れた手の冷たさにそれが願望だったのだと思い知らされたけれど。


「あんたも若いのに、大変やったんやなぁ」

「そう、ですね。でも、母の職場の人がよくしてくれて、何とかなりました」


 それも母の人徳だったのだろう。私にとってはいい母親ではなかったかもしれないけれど、少なくとも職場では人望もあってお葬式では泣いている人がたくさんいたから。


「母は、ここではどんな風でしたか?」

「ほやなぁ、元気いっぱいでよう笑って喧嘩する、かわらしい子やったざ」


 鏡越しに私を見る目は私ではなく母を見ているようにも見えた。子どもの頃からずっとここに通っていたのなら、大学に行くためにここを出るまでの18年近く、ここでお世話になっていたはず。


「都会に憧れて、大学は東京がいいっていっつも言ってたざ。でも、淳ちゃんらは独り娘やで傍にいてほしがって。それでよう喧嘩してたわ」

「そうでしたか」


 それは母からも聞いていた。東京の大学に行くのも反対されたと。それでもどうしても東京に行きたかった母は卒業したら帰ると、帰って両親の気に入った相手を婿にとって家を継ぐと約束したらしい。


「大学卒業しても帰ってこんくて、淳ちゃんら落ち込んでいたんやざ。一人娘やから可愛いかったんやろうなぁ。甘やかしすぎた、何でも与え過ぎたって言ってたわ」


 そっか、母は大事にされていたのか。そうじゃないから東京に出たのかと思っていた。それくらい東京への憧れが大きかったと。生まれも育ちも東京だったせいか、東京のどこがそんなに良かったのかわからないけれど。


「母は、こうと決めたら曲げない人でしたから」

「ほんとやわ。結婚するって帰って来た時も、そりゃ大喧嘩してて。二度と帰らん!言うて、結局帰ってこんかったなぁ」


 寂しそうな声に母がここに根付いていたのだと感じた。田舎は考えが古臭くて合わなかったと言っていたけれど、大事にされていたんだ。梅沢家のお祖母さんも「陽子ちゃんは……」って時々言っていた。その口調からは親愛が感じられて、私にはない絆を感じていたから。


 ずるいなぁ……祖父母にもここの人たちにも大切にされていたのに。それを振り切って飛び出して、そのまま死んじゃうなんて。なんか、ちょっと腹立ってきた。私なんかずっと祖父母がいないと言われ続けてきて、帰省したりお年玉貰ったり、なんてこと一度もなくて、ずっと羨ましいと思っていたのに。自分は全部持っていたのか。田舎の古臭い考えの犠牲になりそうだったから逃げてきたんだと言っていたけど、私よりずっと恵まれていたんじゃない?


「ほら、これでどうや?」


 気が付けばカットもカラーも終わっていた。鏡に映っていたのは、今までの半分くらいの顎のラインの長さのボブになった自分だった。髪の量が多いからこの長さだと座敷童みたいになるかと思ったけど、思った以上にすっきりしていて軽いし色も明るすぎないし、凄くいい。


「かなりすいたから軽いやろ? 外側の髪は長くして、その重さで抑えてるんや」

「素敵です。こんなに軽くなるなんて思っていませんでした」


 凄い、腕がいいんだなぁ。田舎だから大丈夫かなと心配していたけれど、凄く失礼だった。


「ほうか? 陽子ちゃんと髪質よう似てるから思うたとおりになったわ」

「母と似てました?」

「そっくりや。髪の量も太さも、よう似てるよ」


 そう言って目を細めた。見ていたのは私なのか母なのか。軽く頭を振ったら髪が頬をくすぐる。前にこの長さにした時は雨の日に膨らんで大変だったんだよね。だけど、これなら心配なさそう。


「凄く素敵です。ありがとうございました」

「気に入ってくれたんならよかったわ。またいつでもおいで」

「はい」


 どうなることかと不安の方が大きかったけど、失敗した時のことも考えていたけれど、とんだ杞憂だった。扉を開けると日差しが海を照らして水面が輝いて見えた。雨と風邪で鬱々としていたのが嘘みたいだ。早くも明日の出勤が楽しみになっていた。




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