快気祝い
熱が出てから4日目、ようやく平熱の範囲を越えることなく一日を終えることが出来た。翌日の金曜日は出勤するつもりだったのだけど、涼音さんに「風邪は治りかけが大事」といわれて休まされてしまった。実際、まだ怠さが残っていたからありがたい。この週末はゆっくりすることにした。
そんな中……
「音羽ちゃん、熱出てたんだって?」
土曜日の午後、里桜ちゃんからメッセージがあり、家にいると答えると訪ねて来てくれた。手には冊のふくらぎとアジ、魚の干物が入った袋と、ビールやチューハイなどのお酒が詰まった袋があった。
「うん、でももう大丈夫だよ。熱下がってもう二日目だし」
「そっか、よかった」
カラッとした笑顔は彼女らしく、今日の空のようでもあった。晴れていると気分も上がるらしい。熱があったせいで暫くうじうじしていたけれど、雨が降っていたのも悪かったのかもしれない。気を付けないと。
「お腹の調子は?」
「大丈夫、問題なし」
「だったらBBQしようよ! 快気祝いに!」
「もちろん!」
嬉しい、快気祝いしてもらうなんて学生のころ以来かもしれない。BBQも祭りの日を最後にご無沙汰だったから、これからやろうかなぁと思っていたところだったし。
里桜ちゃんが冊の魚を刺身にして皿に盛り、私は野菜を串に刺して焼き野菜の準備をする。こんな風に一緒に作業をするのは楽しい。久しぶりだなぁ、学生の頃は友達とお互いの家に泊まり合ってこんな風にご飯を一緒に作ったりしたっけ。
キッチンでの準備が終わったら、外に出ていつもの木陰にイスとテーブルを並べ、火を起こした。あんなに暑かったのに、今は日差しが温くて気持ちいい。それに火を起こしているから寒さは感じない。今がベストシーズンかも。
「音羽ちゃんの回復を祝って、かんぱ~い!」
あのお祭りの日以来のお酒が全身にしみ込んでいく。美味しい……やっぱりビールがいいなぁ。いや、涼しくなってきたからチューハイも美味しいけど。寒くなったら鍋にお湯張って熱燗もいいかもしれない。
「心配したよ~一人暮らしだからなんかあったらどうしようって。体調悪い時に連絡返すのも負担かと思って、涼音さんや匠海から様子聞いてた」
「え? そうだったの?」
「うん」
ビール片手に里桜ちゃんが笑ったけど、そんなことになっていたなんて。全然知らなかった……
「実は今日も匠海に頼まれたんだ」
「ええっ?」
「自分が行くとまた噂になるかもしれないから、代わりに様子見て来てくれって。気にしなくてもいいとは思うんだけど……まぁ、小川さんみたいに真に受けるのもいるから」
そうだったんだ……あれからもメッセージは来ていたけど、そこまで気にしてくれていたとは思わなかった。マメな人だなぁ。
「ごめんね、うちのお婆が。しっかり言い聞かせてはおいたけど、最近はボケてきてるみたいで話が通じているかも微妙だから」
「里桜ちゃんが謝ることじゃないよ。お婆さんとは別人格なんだから」
「そう言ってもらえると助かる」
力なく笑う様子にこれまでの苦労が感じられた。きっと今までも色々あったんだろうなぁ。
「あ、イワシ焼けたよ」
「うわ~美味しそう! これ、いただきものなんだ」
「え? いいの? 貰っちゃって」
「全然オッケー。家に食べきれないくらいあるから」
そういえば里桜ちゃんはお祖父さんが経営する魚の卸会社に勤めていたっけ。羨ましい環境だ。そういうところに勤めるのもありだったかも。あ、このふくらぎ、めっちゃ歯応えある。アジも立派だなぁ。いつかこんな大きいの釣ってみたい。
「やっぱご飯が美味しく食べられるのが一番だねぇ」
匠海さんの雑炊は美味しかった。味ぽんを使う発想はなかった。あれは今度試してみよう。
「そうだね。梅沢家のご飯、恋しくなかった?」
「え? なんで……」
「だってあの家、料理上手ばっかりだから。私もたまにお邪魔しているけど、煮物とか絶品だよね」
「わかる!」
やっぱり美味しいのレベルが際立っていたんだ。実際、何食べても美味しかった。
「昔、友達が匠海のこと好きになったんや。でも、その子、料理からっきしダメで。さすがにあの家でやっていく自信ないって諦めてた」
「ええっ? それで?」
「それで。でも、気持ちはわかるわ。私もあの家で嫁する自信ないわ」
里桜ちゃんが手を振って無理無理と笑ったけど……昼食時の光景が浮かんだ。パートさん達も食べるから、絶対吟味されるよねぇ……うん、めっちゃハードル高い。
「ま、農家の嫁って大変やし、その子に務まるとは思わんかったけどね。あの子、低血圧な上に虫嫌いやったし」
「そ、そっか」
確かに大変そうだよね。朝は早いし仕事はきつくて、涼音さんもお祖母さんもずっと忙しそうにしている。仲はよさそうだけど嫁姑のあれこれもあるんだろうなぁ。
「ああ、でもあの家で嫁姑問題はないんやよ」
「そうなの?」
「うん、おじさん、無口なのもあってか若い頃、全然女っ気なかったらしくて。涼音さんが一目惚れして押しかけてきたら、お爺ちゃんとお婆ちゃん、「こんな愚息でよければ貰ってやって」ってウエルカム状態だったらしいざ」
そんなことが……涼音さん、勇気あるなぁ。確か若い頃はブティックの店員だったんだよね。そこから田舎の農家の嫁に……好きって気持ちはそこまで頑張れちゃうものなんだ。
「涼音さんが一目惚れしたの、変な男らに絡まれた時におじさんが追い払ってくれたんやって。ドラマみたいやろ?」
お父さんが追い払った? あの無口な人が? 昔、柔道やってたとは聞いたけど。
「おじさんが映画見に行った帰りに絡まれている涼音さん見かけたんやって。それで声かけたら男ら襲い掛かってきたんやけど、おじさん、あっという間に地面に転がしちゃったんだって」
なに、その映画のワンシーンみたいな展開は。うわぁ、それだったら惚れてしまうかも。
「それで一目惚れなら、納得かも」
「ほやろ? お爺ちゃんとお婆ちゃんも涼音さんが家に尋ねてきた時、びっくりしたって言ってた」
だろうなぁ、秋祭りの時の涼音さん、女優さんかと思うくらいに綺麗だった。若い頃はもっと綺麗だっただろうし、モテただろうなぁ。
「でも、いいよねぇ、そこまで惚れられる相手に出会えるのって」
「同感。そういえば、里桜ちゃんのタイプってどんな人なの?」
匠海さんといい感じなのかと思っていたけど、なんか違うみたいだよね。
「私? 私はやっぱり顔を見ちゃうんだよねぇ」
えへへと照れたように笑う様が可愛い。
「なるほど。で、里桜ちゃんのお眼鏡に適うのはどんなタイプのイケメンなの?」
「やっぱり爽やか系かなぁ。細マッチョで都会的な人がいいなぁ」
なるほど、都会的な細マッチョの爽やか系イケメン……なかなかに条件、激しくない?
「あとは、やっぱり釣りが好きな人だね。一緒に行くのが夢だから」
「やっぱりそこにくるんだ」
「もっちろん」
身近にいる釣り仲間はおじさんばっかりだから同年代の仲間がほしいと言っていたけれど、それが彼氏だったら確かに一番だよね。
「そうだよ。音羽ちゃん、東京には釣り好きの爽やか系イケメンっていなかったの?」
「東京に?」
「そう。東京に」
う~ん、爽やか系イケメンねぇ……浮かんだのは前世の婚約者だった。現世もイケメン、しかも爽やか系ではあるよね。海外の経験があるせいかスタイリッシュで知的だし。でも……
「う~ん、顔だけなら合格ラインだけど性格の担保がない。今のところ問題はなさそうだけど、付き合いの薄さから素を出しているとは思えないし。
「里桜ちゃんを任せられる人は、ちょっと思い浮かばないなぁ」
「そっかぁ、残念。まぁでも、仮にいたとしても超長距離恋愛じゃねぇ」
「そうだね。さすがに新幹線で通うわけにもいかないでしょ?」
「うわ、宝くじでも当たらないと無理そう」
そう言ってまた笑った。別に期待していたわけじゃなさそうだ。まぁ、現実的に無理だよね。
「そういう音羽ちゃんは?」
「へ? 私?」
自分に振られると思わなかった。私かぁ……
「温かくて、誠実な人がいいかな」
婚約者相手に冷たい視線を向けてくるような人はお断りだ。私を裏切るような人も。前世のことを思い出してからは、誰かとそういう関係になりたいという気持ちになれないんだけど。
「温かくて誠実ねぇ。それなら案外近くにいそうだけどね」
「そうかな?」
まぁ、顔を気にしなかったら対象者は増えるよね。
「後は音羽ちゃんが気に入るかどうかの問題じゃない?」
「私が?」
気に入るって言われても、そんな出会いないんだけど……
「わからないならいいよ。あれ? イワシ焦げてない?」
「え? あ、やば! 焼き過ぎた?」
会話に夢中ですっかり忘れていた。慌ててひっくり返したけど……
「危なかった~」
幸いにもいつもより焦げ目が濃くなった程度で済んだ。危ない危ない、火を起こしている時は目を離しちゃいけないのに。それにしても、私が気に入るかどうかって、どういう意味なんだろ? 気になったけれど話はすっかり違う方向に行ってしまって、聞き直せる雰囲気じゃなかった。




