祭りの効果?
家に帰ると一気に疲れが全身から吹き出した気がした。朝早くからの長丁場だったのもあるけど、知らない人ばかりで無意識に気を遣っていたらしい。変な噂を流されていたのも、それを真に受ける人がいたことも疲れを倍増させたと思う。明日が休みでよかった、マジで。いや、明日仕事だったら打ち上げも顔だけ出して帰っただろうけど。
ゆっくりお風呂に入ると、全身の疲れがゆっくりと解けていくようだった。あ~お風呂最高、涼しくなってきたし、そろそろ入浴剤を使ってみるのもいいかもしれない。それだけでもテンション上がるから。
お風呂から上がって、そのまま冷蔵庫によってビールを取り出した。皆が飲んでいるのに飲めなかったから身体がアルコールを渇望している。行儀が悪いと思いながらも歩きながらプルタブを引き、そのまま喉に流し込んだ。美味しい……生き返った気分だ。つまみを準備するのも面倒だし、今日はポテチにしよう。たまには手抜きしたっていいだろう。そう思って棚からポテチを取り出してソファに向かった。向かったんだけど……
「はぁあああ? き、きなこ! い、い、犬が……!!」
ソファで寛ぐきなこの足元にいたのは、真っ黒な犬、だった。しかもデカいし厳つい。立ち上がったら私より大きいんじゃない? そんなごつい犬がなんで家の中に? 頭の中から記憶が浮かび上がって一つの結果が導き出された。こ、これって、もしかしてドーベルマン? そいつはきなこの足元で伏せの体勢のままこっちを見ていたけれど……
「おお、久しいのぅ。邪魔しておるぞ」
「は?」
今、犬が喋った? 身体の割に高いこの声って……
「ま、まさか……狛犬?」
ポテチの袋が足元に落ちていった。ビールを落とさなかった私を誰か褒めて。いや、そうじゃなくて……
「ちょ、ちょっときなこ、どういうこと?
慌ててポテチの袋を拾いながら相棒に尋ねた。何がどうなっているのよ? 犬じゃないって言い張っていたのは狛犬の方だったのになんで犬に、それもドーベルマンになっているのよ?
「祭りで力が戻ったそうじゃ」
「はぁ?」
「そうであるぞ。主のお陰じゃ」
ドーベルマンの親指ほどの短い尻尾が揺れていた。私のお陰って……なにかしたっけ?
「私のって……」
「主が我を見つけて掘り出し、あの神社という居場所まで導いてくれた。そして今日は神社の祭り。多くの者の信心が力を取り戻してくれたのじゃ」
信心って……ただの祭りで? えええ? そんなのが信仰心になって力になるの? 神様の世界って、よくわかんないわ……
「そこでじゃ、主に恩返しをしようと思うてな。今日はそのために参ったのじゃ」
「恩返しって……」
「主が死ぬまで、我が守って進ぜよう」
「はぁ……」
こいつが、私を守る? 何の力もなかったのに?今だって見た目はドーベルマンで強そうだけど、突出した力は感じないんだけど。
「いや、そういう役はきなこがいるから間に合っているんだけど……」
「そう言わんと。我はこれでも土地神の眷属、主らを守るくらいは出来る」
そう言い切られても全く信ぴょう性がないんだけど。
「例えば?」
そこまで言い切るのなら具体的に上げてもらおう。使える内容ならいいけど、そうでなかったら遠慮しておく。そのまま神社で静かに狛犬やっていてくれればいいから。
「そうじゃのう、まずこの家に獣が近付かないように命じよう。獣は人と違い御神の力に敏感じゃからな」
狛犬が胸を張ってそう言った、気がした。
「でも、それくらいならきなこでも出来そうな気がするんだけど……」
「音羽よ、いくらわしでもここではそれだけの力は出せぬぞ」
「そうなの?」
「魔素が弱い。というよりも、この世界は力というものの質が違うようじゃからな。目の前に現れた獣を退けることは出来ても、常時近づけぬようにするのは難しい」
そういうものなの? でも、きなこが嘘をつく理由はないよね。それに、こっちと前世の世界では魔素というものの質が違うというのは何となくわかる。何が違うのかと問われると答えられないけど。
「どうせなら不審者が入り込まないようにしてほしいんだけど」
「それは難しいのう。人は獣と違って御神の影響を受けん。昔はそうでもなかったのじゃが、今は信心というものが随分廃れた。それは祭りで感じたことじゃがな」
なるほどねぇ、信心が廃れたというのはわからなくもない。そんなものは迷信だと神様を信じない人も多いし。
「ただし、獣を使って追い払うことくらいは出来よう」
「追い払うって……」
「蛇や猪がおれば近付かぬであろう?」
「それは、そうだけど。でも、知り合いとかは……」
「そこは案ずるな。追い払うのは害意を感じる者のみじゃ」
そんなことが出来るの? いや、出来るのならお願いしたいけど。トクリュウとか空き巣とかを追い払ってくれるなら有難いけど。
「……だったら、お願いするけど、知り合いを襲うのはやめてよ」
「わかっておる」
そう断定されてしまったけど、大丈夫なのかなぁ。まぁ、神様の眷属ならむやみに傷つけたりはしないかな?
「では、契約いたそう」
「契約?」
「お主一代限りの契約になるがな」
なんだそれ。いや、前世のブランシュもそうだったけど。こっちの世界でもそんな契約をすることになるなんて。
「何をすればいいの?」
「我に名を」
「名って……名前を?」
「そうじゃ。我に相応しい、かっこいい名をつけるのじゃ」
自分でかっこいいって言うか? そりゃあドーベルマンはかっこいいけど、元は毛玉だし本体は石像なのに。
「それなら……あんたは『あんこ』ね」
「あんこ?」
「音羽……」
狛犬が耳を立ててきょとんとした表情を浮かべる横で、きなこが呆れたような声をあげたけれど……いいじゃないか、あんこで。きなことセットだし、こいつにかっこいい名前を付けるのは、なんか癪に障る。
「あんこじゃと? この高貴なる我にそんな名をつけるのか?」
「自分で高貴って言うな」
「我は御神の眷属ぞ! 菓子の名なぞ……」
「そう言うのなら、これ食べてみて」
そう言って渡したのは、今日の祭りで配られた「あんころ餅」だ。境内で里桜ちゃんたちと一緒に食べたけれど物凄く美味しかったんだから。
「う、うむ……」
私の口調に押されてか、狛犬が渋々ながらもあんころ餅を口にした。
「な、な、なんということじゃ!! 舌に触れた時に感じる上品なあんこの甘さ、とろけるような餅の柔らかさと仄かな甘み、何と絶妙な組み合わせじゃ!!」
あんたどこの食レポだよと突っ込んだ私は間違っていないはず。あんなに不服そうだったのに前のめりで喜んでいるし。
「さすがは音羽じゃな。『あんこ』という名、なかなかに粋ではないか」
喜んでいるようだけど、何なのよ、この変わり身の早さは。それに食い意地張り過ぎていない? いや、本人がいいならそれでいいけど。こうして狛犬は『あんこ』としての第二の人生を歩むことになった。
「それにしても……なんでドーベルマンなのよ?」
気を取り直してポテチを皿に盛り、ビールで喉を潤す。ちょっと寒差を感じるようになった。ううむ、夏に比べるとビールも美味しさが半減したかも。
「TVで見たのじゃ。かっこいいであろう。これぞ我が求めていた形だと!」
TVで見たって……かっこいいで決めちゃうんだ。意外にミーハーだったんだ。まぁ、あの毛玉よりはずっと見栄えはいいし、この格好なら役に立つかもしれない。防犯的な意味で。こんなごつい犬がいたら泥棒も避けるだろう。二匹仲良くTVを見ているけど、変な光景だ。
それにしても……面倒なことになったなぁ、あんな噂が広まっていたなんて。里桜ちゃんが抗議してくれたけれど、信じている人もいるっぽいし。そんなこと思いもしなかったけれど、このまま働き続けていたらそのうち結婚することになりそうな勢いだ。田舎怖い……
怖いと言えば……あの時の匠海さんは怖かった。大人しい人が怒ると怖いって本当だったんだ。それに美形が笑顔で怒ると迫力が半端ない。当事者でなければ目の保養になったかも……いや、ある意味貴重な体験だったかもしれない。あんな風に美形に庇ってもらえるなんて、もしかしたら最初で最後かもしれないから。
「……ままならないよねぇ」
何とはなしにそんな言葉が口から出ていた。残り僅かなビールを一気に飲み込んだけれど、思ったよりも苦く感じた。




