秋祭り③
「音羽ちゃん、本当にごめん!」
里桜ちゃんが腰を下ろすと頭の上で両手を合わせて深々と頭を下げたけれど……
「里桜ちゃんは悪くないよ。謝らないで」
「でも……」
「里桜ちゃんとお祖母さんは別人だから。関係ないよ」
「ほんとに、ごめん……」
再び謝って里桜ちゃんが顔を上げた。あのみっちゃんに相当苦労させられているのが伝わってきた。気持ちはわかる。手に負えない人が自分の側にいるのって本当に面倒なんだよね。私も何度あの香害男や華恋のことで他部署や他社に頭を下げたことか……あの情けなくも腹立たしい気持ちが甦った。
「やっぱりねぇ、そんな子が里桜と仲良くしているわけないよね」
「あたりまえだって。音羽ちゃんはすごくいい子だよ!匠海には勿体ないわ!」
里桜ちゃん、逆です。匠海さんは私には勿体なさすぎです……
「はぁ、まったく、時代は令和だって言うのに、まだ昭和引きずっているの、勘弁してほしいわ」
「まぁね~家もだよ。未だに山の奴らは……って言っているもん。外から見たら海も山も同じやのに」
「そういう田舎根性、もう時代遅れやのにね」
話が見えなくて聞いてみたところ、この辺りでは昔から海派と山派に分かれていたらしい。要するに漁師と農家で、立場が違うせいで仲が悪かったそうだ。因みにみっちゃんをはじめとする里桜ちゃんの家族とここにいる友達二人は海派で、実家が漁師だったり漁港に勤めていたりするそうだ。一方の梅沢さん家と里桜ちゃんの友達の一人は山派だとか。まぁ、最近はサラリーマン世帯が増えて、昔ほどそういうしがらみはなくなったらしいけれど。
それでも昔から家同士の仲が悪いから、子どもも自ずと同じ派内で固まったのだという。というのも、友達と遊ぶにしても祖父母たち上の世代が属しない家の子をよく思わない傾向があり、子どももその空気を察して何となく……という感じで何となく疎遠になっていくのだとか。なにそれ、というのが正直な気持ちだ。面倒臭いなぁ、もう。
「ちょっと文句言ってくる!」
「ええっ!? ちょ、里桜ちゃん、待って!」
手にしていたものをテーブルに置くと、椅子をかき分けて駆け出してしまった。早い……
「あ~ああなった里桜は止められんわ」
「久しぶりに切れているし」
幼馴染さんたちはため息をつきながら里桜ちゃんの背を見送っていたけど……なんでそんな冷静なの? 放っておいて大丈夫なの?
「そんな悠長な。止めないと……」
「無理無理。というか、止めてどうするの?」
「え?」
どうするって、お祭りで喧嘩するのはさすがにマズいんじゃないの? 皆楽しんでいるのに。いや、既に里桜ちゃんの姿は見えないんだけど。追いかけた方がよかった? 今からでも行く?
「里桜に言わせればいいんやって。身内のことやから。ほら、座りな」
「そうそう、これだけ人いれば噂の否定になるし。それとも、自分で文句言いに行く?」
さすがに里桜ちゃんを行かせて悠長に座っているのは気が引けるのだけど……そう問われて、すぐには答えられなかった。自分のことだから自分が行くべきなんだろうけど……
「……さすがに、それは……」
「そうやろ? あんたが言っても言い負かされるだけやから止めとき。身内のことは身内で片を付ければいいんやって」
「そ、そうですか」
そういうものなら、下手にしゃしゃり出ない方がいい、のかな? でも、事実無根の噂を流されているなら、それを身内が止めるのも理に適っている、かも。うん、そういうことにしておこう。
「心配しなくても大丈夫やって。あの人、里桜のお祖父さんに頭上がらないから」
「そうなんですか?」
「ほやざ。あの人は里桜のお母さんの実家の分家の出なんや。昔の人やから本家には逆らえんし、本気でお祖父さん怒らせたら村八分やから」
本家って、そういう感覚まだ残っていたんだ。馴染みがないからその感覚がさっぱりわからないけど。そして村八分も。私も言動に気を付けないと……
暫くすると里桜ちゃんが戻ってきたけど……
「音羽ちゃん、ごめんね! あのクソ婆にはしっかりきっちり言ってきたから」
何を言ったのかはわからないけれど、里桜ちゃんの表情はすっきりしていた。あの人のことだから言い返したはずだけど、それでも里桜ちゃんが勝ったってことかな。いや、勝ち負けの問題じゃないけど。何を言ったのか知りたいけど、知るのが怖いかも……
「あ、ありがとう」
「今度変な噂流したら、祖父ちゃんに言って援助止めるって言っておいた」
「あ~それならもう大丈夫やね」
「皆の前で言っておいたから、もう何も言えんやろ」
……ちょっとやり過ぎじゃないかな? それで孤立して逆恨みされたら怖いんだけど……
「ああ、心配しなくていいよ。音羽ちゃんには絶対に手出しさせないから」
里桜ちゃんが男前だ。なんかかっこいい。背が高くてショートカットなのもあるかもしれないけど。家族でもないのにここまでしてくれるなんて、なんていい子なんだろう。
「さ、食べよ!」
「う、うん」
「改めて、かんぱ~い!」
里桜ちゃんの音頭に他の三人が続いたけど……いいのかな、これで。そうは思ったけれどすっかり空気は食べる方に向かってしまったのでそのまま流されることにした。もう深くは考えまい。こっちは被害者だし、加害者のことを心配する必要はないよね。
それからは地元の話に盛り上がる4人の会話を聞きながら、時々相槌を打ったり質問をしたりして過ごした。こっちの事情が少しずつでも見えてくるのは楽しい。テントの中は他のグループも賑やかに盛り上がっていて、凄く活気があった。
「よお、里桜! あ、この子が東京から来た子?」
急に若い男性のグループに声を掛けられてびっくりした。やっぱり東京から来た子って言われているのだと再認識した。いや、その通りなんだけど。どう思われているのか気になる。あの噂、信じていたら嫌だなぁ。
「そう、音羽ちゃん。虐めたら私が許さんからね」
「わかっているって。さっき婆ちゃん怒鳴りつけていたやろ」
「当たり前や。嘘の噂流してたんやから。絶対信じないでよ!」
「わかったわかった」
軽い調子で里桜ちゃんが彼らに応えていた。遠慮のない物言いがちょっと怖く感じるんだけど、他の子も笑って帰しているからこれが普通らしい。その気安い物言いに付き合いの長さを感じる。匠海さんの家でも感じたけど、仲がいいから出来ることなんだろうなぁ。
その後も老若男女を問わず、いろんな人に声を掛けられて、名を名乗り挨拶を繰り返した。今日は町内会デビューだけど、今のところあの困った人以外でマイナスの感情を向けられているとは感じなかった。いや、あの噂を信じている人は話しかけてこないかもしれないけれど。
そういえば、匠海さんにも話しておいた方がいいのかな? 私が働きに行ったせいで変な噂を流されてしまって申し訳ない。涼音さんにも話しておいた方が……
「あー! 匠海!」
里桜ちゃんの声に口をつけかけていたノンアルビールを吹きそうになった。危なかった……そしてタイミング良すぎる。里桜ちゃんが大きく手を振ったのもあって匠海さんが気付いて、若い男性と一緒にこっちに向かってきた。法被姿にねじり鉢巻きが似合う。そして背が一際高いなぁ、羨ましい。あの背から見える世界はどんなものなのだろう。10㎝、いや5㎝でいいから分けてほしい……
「どうした?」
「家のお婆のことやけど、先に謝っておくわ。ごめん」
「婆って……満子さんのことか?」
里桜ちゃんの言い方のせいか匠海さんが怪訝な表情を浮かべた。うう、私のことでもあるんだよね。申し訳ないです……
「あ、それってあれやろ。匠海が東京から来た子に誑かされているってやつ」
「はぁ? なんやそれ?」
一緒にいた男性がそう言うと匠海さんの表情が険しくなった。視線がこちらに来て目が合う。気まずい……私、何もしていないんだけど……
「そんな話があったんか?」
「そうなんやって。うちのお婆がそんな噂広めてた。今度やったら援助止めるって言っておいたからもうせんとは思うけど。ほんと申し訳ない!」
里桜ちゃんが再び頭の上で手を合わせて頭を下げた。彼女が悪いわけじゃないんだけどなぁとは思うけれど、謝りたい気持ちもわかる。噂の内容を里桜ちゃんが説明すると匠海さんから表情が消えていった。えっと、どうしたの? それはそれで怖いんだけど……そんなに迷惑だった?
「は~そうなったか……」
話を聞いた匠海さんが額に手を当ててため息をついた。うう、私のせいで申し訳ない。いや、こっちも被害者ではあるのだけど。
「ごめんな、音羽ちゃん。巻き込んじゃって」
「いえ、匠海さんが悪いわけじゃないので。それを言ったら私の方こそ……」
「音羽ちゃんのせいじゃないよ」
「そうだよ。うちのお婆のせいかやら。ほんとごめん」
三者三様に謝罪になってしまったけれど……
「まぁまぁ、その辺にしておいたら。里桜も匠海も音羽ちゃんも悪くないんだから」
「そうや。あんたら被害者やろ」
「けど……」
「里桜が責任感じる気持ちもわかるけど、あんたと満子さんは別の人間や。謝らんでいいよ」
話を聞いていた友達の一人がそう言った。確かにその通りだよね。里桜ちゃんのせいじゃないし、匠海さんだって巻き込まれた方だ。
「そうやけど……」
「里桜の責任感強いところは長所やけど、何でも抱え込まなくていいって」
「そうや。ありがとな」
納得いかない里桜ちゃんに友達が諭すように告げると、匠海さんも里桜ちゃんにお礼を言った。
「そうそう、夜、集会場で打ち上げするけど、みんなも来るか?」
「みんな集まるで、お前らも来いや」
匠海さんがそう言うと、一緒にいた男性が同調した。




