秋祭り②
振り返った先にいたのは……里桜のお祖母さんに当たるあの「吉川家のみっちゃん」だった。声の調子からして嫌な予感しかない。もしかして、余所者とは仲良くするなとか言い出したりするのかな? 自ずと身構えていた。
「婆ちゃん、何? 見合いならしないからね」
ちらと視線を向けた里桜ちゃんは、今までに見たこともない冷たい表情だった。仲がよくないって涼音さんは言っていたけれど、本当だったらしい。しかもお見合い? なんか、ドラマなんかにいるお見合い婆さんだったとは。
「何言ってるんや。いい年して結婚もせんと」
「今はそういう時代じゃないから。それに、勝手に見合いの話なんか持ってこないでよね。どうしてもって言うならお祖父ちゃんに言って」
里桜ちゃんの対応が塩を通り越して唐辛子だ。そんなに仲が悪かったの?
「岩井さんとこは関係ないやろ。あんたは吉川の人間なんやから」
「その考えが古いんだって。それに私、祖母ちゃんがおばさんにしたこと、許してないから」
そういうとみっちゃんが顔を強張らせ、里桜ちゃんは私の腕を取ると歩き出してしまった。ちらっとみっちゃんに目を向けると凄い目をして睨んでいる。怖い……私を巻き込まないでほしい……それにしてもおばさんって誰だろ。気にはなるけどプライベートなことに突っ込むのは失礼、だよねぇ。
「ごめんね、嫌な気分にさせて」
「いや、それはいいけど……いいの?」
みっちゃんの姿が見えなくなると里桜ちゃんが小声で謝ってきた。身内だし、近所なだけに喧嘩したままはよくないのでは……
「いいのいいの、あの人のことは放っておけば」
「でも……」
噂好きだというし、面倒なことにならないのかな?
「……あの人、長男の奥さんをいびってメンタル病ませたんだ。義伯母さん、優しくてよく大好きだったから絶対に許さないの」
聞けばみっちゃんは長男の嫁をいびってうつ病まで追い込んだそうで、それで長男一家が出ていってしまったという。今は絶縁状態で、お祖父さんが亡くなった後は一人で暮らしているのだとか。
長男の嫁がいなくなったら次は里桜ちゃんのお母さんが標的になったのかと心配したけれど、それは無用な心配だった。母方のお祖父さんは漁業協同組合の会長で力があるから何も言えないのだという。そんな風に相手によって態度を変えるところも嫌いなのだとも。
「最近は勝手に見合い話を持って来るし、本当ウザイわ。まぁ、誰もあの人のこと相手にしていないけどね」
何と言ったらいいのか……そんなドラマのような話が本当にあったとは。いや、あの人ならやりそうな感じではあったけど。しかし、お嫁さんを鬱に……よくそんなことが出来るなぁ。それに、夫である長男は何やっていたんだろ。そんな旦那さんは遠慮したいかも。
「音羽ちゃんも何か言われたら私に言ってね。その前に相手にしなくていいし」
「そ、そう」
そうは言っても無視は出来ないよね、さすがに。でも、どうしようもなくなったら、その時はお願いしよう。出来れば関わってこないでほしいなぁ、こっちも関わる気はないから。
そうしている間にもお神輿はどんどん進んで我が家に至る道の前まで来た。そこでお神輿を上げる門付けをしてもらって新しいお札をいただくと、久しぶりに家持ちなんだと感じた。家に神棚あったよね、差し替えておかないと。これで悪い機運も消えてくれるといいなぁ。
その後も一軒一軒お神輿が回るのを付いて行った。匠海さん家のパートさんや石塚さんの家、あと集会場や公民館、ちょっとしたお店なんかの場所も教えてもらった。
「そういえば、里桜ちゃんは美容室ってどこ行っているの?」
「美容室?」
「うん、こっちに来てから何もしていなくて。そろそろ行きたいなぁと思っているんだけど、どこがいいか見当もつかなくて」
そう、越してきて3か月近く経ったけれど、美容室に行けていない。スマホで検索すると出てくるけれど、レビューも当てにならなくて決めかねていた。里桜ちゃんはショートカットだからマメに通っているはずだし、彼女が行っているところなら大丈夫なはず。
「う~ん、私は昔から通っている近所の店だけど、古いよ?」
「そうなんだ。でも、そこがよくて通っているんでしょ?」
「まぁね。昔から切ってもらっているからっていうのもあるけど。そこでいいなら」
「ぜひとも」
近いのもありがたいし、里桜ちゃんの髪型は流行遅れも野暮ったさも感じない。いや、美人さんだからどんな髪型でも似合っちゃいそうではあるのだけど。そうしている間にタイミングよくそのお店まで来たところ、店主のご夫婦が店の前にいた。祖父世代の人たちで、奥さんは小洒落た感じで若々しく見えるし、旦那さんも清潔感があってきちんとしている感がある。だったら大丈夫かな。今日明日はお休みだから、火曜日の午後に予約をお願いしてきた。話がさくさく進んで有り難い。悩みの一つが解決してホッとした。
各家々を回って神社に戻ってきた頃にはお昼を過ぎていた。思った以上に時間がかかったのは、行く先々でお神輿を担ぐ人にお振る舞いという名の飲み物やお菓子などが出されたからだろうか。私も来年は何か用意した方がいいのかな? でも、家から離れているからそれも難しいよねぇ。今度涼音さんに聞いてみよう。
これから匠海さんたちだけで神事が行われるらしく、お神輿を担いでいた人たちは神社へと入っていった。境内は既に町内の人が集まっていて、夜店からは既に美味しそうな匂いが漂っていた。焼き鳥や焼きそば、フランクフルトなんかの定番の他、焼きおにぎりやお弁当、地元の和菓子屋さんの団子やおはぎなんかもあった。あとはジュースやビールなどの飲み物、更には小さい子向けに投げ輪やくじ引き、お菓子釣りなんかもあって、あっという間に子どもたちが押しかけていた。
「賑やかだね」
「そうかな? 昔はもっと大規模だったから寂れたなぁと思っちゃうんだけど」
そうなの? 十分賑やかだと思うけど。
「ま、せっかくだからなんか食べよう! ビール飲む?」
「う~ん、車だからなぁ」
「匠海ん家まで車で行くって言ってたっけ」
「うん。さすがに歩いて帰るのはちょっと」
あの坂道を一人で登って帰るのは寂しそうで嫌だった。時間も読めなかったのもある。最近は4時過ぎると木々の影で暗くなるし。
「今日はやめておくよ。町内会デビューだし」
「デビューって、そんな大げさな」
「でも、初対面の人ばかりだから」
お酒は今度にして、里桜ちゃんに促されてまずは焼き鳥の列に並んだ。うわ~肉を焼く匂いとタレが焼ける音がたまらない。あんまり期待していなかったけれど、もしかして結構楽しめちゃえそう? その後フランクフルトと焼きそば、ノンアルビールをもらって食事用のテントに向かった。
「里桜―! こっち!」
開いている席がないか探していると、奥から里桜ちゃんを呼ぶ声がした。一瞬みっちゃんかと思ったけど声の主は若い女性だった。声の方に視線を向けると手を振る女性の三人組があった。
「音羽ちゃん、うちの幼馴染やけど、いい?」
「うん」
知り合いを作るなら里桜ちゃん関係が年も近そうだから話も合いそう。だとすれば断る理由はない。そうはいっても緊張したけど。女性の集団の怖さは前職で経験しているだけに気が抜けない。
「お久し―! 帰って来てたんや」
「お祭りやからね。子どもも喜ぶし」
そんな再会を祝う挨拶を交わす様子がとても自然だった。仲いいんだなぁ。
「あ、紹介するね。伊東さんとこに越してきた音羽ちゃん。淳一郎さんのお孫さんや」
「え? 伊東さんとこの?」
「お孫さんいたんや?」
「そっか。初めまして」
三人とも祖父のことは知っていたけれど、驚きの方が大きいように感じられた。私の存在は認知されていなかったらしい。まぁ、母が家を出たのは私が生まれる前だから、同年代の人たちは知らなくても当然かもしれないけれど。
「音羽ちゃんかぁ、よろしくね」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「音羽ちゃん、そんな丁寧に言わんでいいよ」
「里桜、それどういう意味よ」
里桜ちゃんの言葉に三人が一斉に突っ込んだ。気心の知れた仲間って感じかな。匠海さんともそんな感じだったし、これが普通みたいだ。
三人の内一人は結婚で、二人は進学で地元を離れたそうで、年末年始やお盆、ゴールデンウイークや祭りの時期は帰ってくるのだと言った。四人は保育園からの付き合いで、その中でも特に気が合っていつも一緒にいたのだという。いいなぁ、幼馴染って。私は小中学まで一緒だった友達もいたけど、その後引っ越したから連絡先もわからないんだよね。
「それにしても、こんな田舎じゃ大変じゃない?」
「コンビニもないし。東京とは大違いやろ?」
「そうですね。でも、意外と未練もないんです。パワハラで疲れちゃったのもあると思いますけど」
そう言うと三人の顔が曇った。
「うわぁ、パワハラって本当にあるんや」
「ありますねぇ」
こっちはパワハラとかないのか。意外だ、田舎の方がそういうのは強いと思っていたけど。
「都会は怖いなぁ」
「こっちはないんですか?」
「ないわけじゃないけど……誰が誰と繋がっているかわからんから」
「わかる。いじってた後輩の親、実は取引先の役員やったって話もあったし」
そっか、人との結びつきが濃いとそういう可能性もあるのか。確かにここのコミュニティの情報は凄いもんね。やっぱり言動には気を付けないと……
「ところで里桜、ちょっと言い難いんだけど、あんたのとこの婆ちゃん、また悪い癖出てるみたいやよ」
「悪い癖? また? 今度は何て言ってるって?」
一人が申し訳なさそうに小声で、しかも何故か私を見ながら里桜ちゃんにそう告げた。なんだろ、嫌な予感しかないんだけど……
「それが……東京から来た子が、若い男に色目使って誑かしてるって」
「そう、それ。匠海がすっかり骨抜きにされているって」
「はぁあ!? 何それ? あのお婆が?」
何も言えない私に代わって里桜ちゃんが怒りを露に勢い良く立ち上がった。その勢いに押されてか友達が小さく頷く。えっと、匠海さんを、誑かしているって……私がぁ!? ちょっとどういうこと? そんなことした覚えはないんですけど!
「あんのくそ婆ぁ、マジで許せん!」
里桜ちゃんが握り拳を振り上げて怒りを露にした。




