秋祭り
寝室のカーテンを開けると室内が一気に明るさを増した。薄く透け生地のカーテンの向こうには陽光を浴びて輝く海が広がり、沖合には大きな船の姿があった。その間に佇む木々は鮮やかな緑色を僅かに秋色へと移ろわせ、風が緩く葉を揺らす。ここに来た頃はうだるような暑さが続いた夏の記憶も、朝晩の肌寒さが際立つ中秋へと上書きされていた。
今日は町内の神社のお祭り。匠海さんたちが神事を行い、その後でお神輿が町内を練り歩く。その後は夜まで神社の境内に夜店が出て、最後は花火が打ち上げられるという。
里桜ちゃんは町内の祭りだからささやかなものだと言っていたけれど、高校の時以来の祭りを楽しみにしていた。匠海さんの紋付き袴姿も気になるけれど、その後はお神輿を担ぐために法被を着るという、そちらもワイルド系イケメンの匠海さんに似合いそうだ。その後は夜店の手伝いをするのだとか。こっちは法被姿のままなのかな。どっちにしてもいつもと違う姿が見られるのが楽しみだ。
そして、その楽しみを一緒に分かち合ってくれる里桜ちゃんの存在も大きい。いままではきなこと一緒だったけれど、そこに仲間が増えたのだから。きなこのことを話すわけにはいかないけれど、きなこは里桜ちゃんに害意はないから問題ないと好意的だし、我が家の食卓に魚が上がる頻度が上がったことで一層印象が良い方に傾いている。現金だとは思うけれど、きなこなりに私を案じてくれているのは間違いないから二人の間に溝がないのは嬉しい。
今日は神事も見学する予定だから、さすがに作業着というわけにもいかない。以前仕事着にしていたブラウスと膝下のフレアスカートを引っ張り出した。仕事は某職人の店の作業着だし、BBQをするのもそこで買ったカジュアルな服ばかり。室内着も似たようなものだからスカートなんて服装は久しぶりだ。オフィスカジュアルなら失礼ということはないと思う。そう思いたい。
「きなこ~行くよ~」
「うむ、今行く」
ソファでTVを見ているきなこに玄関から声をかけた。留守番するかと思ったら『狛犬の様子が気になる』と言い出したからだ。そういえば今日の神社にはあの狛犬がいる。最近、出勤中はきなこも留守番している方が増えて、その間に狛犬が我が家に来て一緒にTVを見ているのだとか。それで少しばかり言葉も今風になって意思疎通は前よりもマシになってきていた。
軽ワゴンに乗り込み、匠海さんの家に向かった。神社は夜店を出すし、駐車場がないので家に停めておけばいいと涼音さんが言ってくれたからだ。里桜ちゃんは近くなので歩いて直接神社に向かい、そこで合流の予定だ。
「おはようございます」
「音羽ちゃん、おはよう」
神事は朝7時から始まるというので6時半に梅沢家に行くと、既に玄関は開けっ放しな上、4枚扉の玄関の上には紅白の幕まであった。その前で涼音さんがお祖母さんと話をしていた。聞けば結婚式や神社の祭りの時にはこうして幕を飾るのだという。こんな幕、学校の卒業式とかでしか見たことがなかったけど、一般家庭でもやるものなんだ。
「あらぁ、今日は可愛い恰好やね」
「神事があると聞いたので」
「そやねぇ、最近は普段着の人も多いけど、神事は本来正装が基本やったから。いい心がけや」
よかった、これで及第点は貰えたみたいで。その涼音さんも今日は落ち着いた色合いのスーツ姿だ。普段は作業着だからそのギャップが凄い。そして背もあるしスタイルもいいからめちゃ映える。美人はそれだけで徳だなぁ。羨ましい。
涼音さんと他愛もない話をしていたら家の奥から人が動く気配がした。匠海さんを先頭にお父さんとお祖父さんが出てきた。匠海さんは紋付き袴、お父さんたちは礼服だった。やっぱり神事ではきちんとした服装が正解らしい。
「音羽ちゃん、おはよう。来てくれたんか」
「おはようございます。今日はお役目ご苦労様です」
「はは、そう言われると緊張するなぁ」
照れてはにかむ表情も新鮮だ。普段は帽子を被るのもあって癖が付いたままの髪も、今日は綺麗に撫でつけられて顔が露になっていて一層凛々しさが増している。うん、目の保養だなぁ。写真に撮りたいけどさすがに変に思われるかな。我慢我慢。
「さ、そろそろ行こうか」
最後に出てきたのは訪問着姿のお祖母さんだった。皆さん正装だ。神事をするのってそれほどのことなんだ。縁がなかったから驚くばかりだ。
その後は、歩いて神社に向かった。匠海さんとお祖父さんが先頭に立ち、その後をお祖母さんとお父さんが、そのまた後ろを涼音さんときなこと一緒に進む。背が高いなぁ、背がしゃきっとしていてブレがない。後姿がいつもと違って別人みたいだ。
神社に着くと既にたくさんの人が集まっていた。境内にはいくつもテントが張られていて、夜店の準備も始まっている。夜店は壮年会が中心になってやると聞いたけれど、実際準備をしているのは父親世代の男性が多かった。今日は町内会デビューみたいなものだから緊張する。神社に着くとまずはお参りしようとなったので、変な人に絡まれませんようにとお願いした。
「音羽ちゃん!」
聞きなれた声に振り返ると里桜ちゃんがこちらに向かってくるのが見えた。彼女も今日はブラウスにパンツ姿で、いつもよりもきちんとした服装だった。
「おはよう~うわ、音羽ちゃんてやっぱり東京の子やったんやね」
「え? 何それ?」
何を見たらそうなる? そんなに着飾ったつもりはないんだけど。
「いやぁ、服装が垢抜けているわ」
「そ、そうかな? 普通に仕事服だったんだけど」
「そっか~やっぱり都会って仕事着も違うんだねぇ」
しみじみとそう言われたけれど、いやいや、私はお洒落でもなんでもなかったですよ。秘書課の皆様ならそう言われても納得だけど。
その後匠海さん一家は神社に入っていったので、私もそれに続いた。氏子じゃないので一番端で見学する。作法なんか知らないから周りの人の動きに習うだけで精一杯だった。神主さんがお祓いをして祝詞を読み上げ、お供え物を捧げる。その中にあった鯛などはこの前里桜ちゃんが言っていたものだろうか。
その後明かりが消されてろうそくの火だけになり、神主さんがお神輿に何かをしていたけれど、神道に全く縁がなかったから何をしているのかがよくわからず、ただ見守るだけだった。それでも、初めて見る神事は興味深くで、ただただ感心していた。
匠海さんは他の青年会の人よりも背が高いからすぐに分かった。いつもは穏やかな笑みを浮かべているけれど、今日は真剣な表情だし、神社内が薄暗いせいか別人のように見えた。柔道やっていたせいか、動きに切れがあって他の人と同じことをしていても様になっているように見える。それが見られただけでも収穫だと思えるくらいにはかっこよかった。
神事が終わって外に出ると、日差しが目を襲った。うわ、眩しい……
「さ、次はお神輿やね」
入口近くにいた里桜ちゃんが寄ってきた。そこに神社の扉が開き、お神輿が運び出されてくる。これからあれを男性陣が担いで各家を回るのだという。お神輿なんて小学校の時以来だっけ。あの頃は父兄が運転する軽トラにお神輿を乗せて、私たちは後ろを歩いて回ったけど、ここでは人が担ぐのだという。
暫く境内の木陰で里桜ちゃんと話をしながら待っていたら、お神輿が出発すると誰かが大きな声で宣言した。ここで待つことも出来るけれど、せっかくなので付いていくことにした。里桜ちゃんもダイエットを兼ねて毎年歩くのだという。なるほど、確かにそれはいいかもしれない。それに、この町内のことももう少し知りたいからいい機会だよね。
いつの間にやら匠海さんが法被と短パンの恰好で現れた。涼音さんが持っていた風呂敷包みは着替えだったらしい。梅沢家の皆さんも歩きやすい格好に変わっていた。
「音羽ちゃん、その恰好で大丈夫?」
「え? 大丈夫だよ」
「でも、結構歩くよ?」
「う~ん、あっちじゃこれで歩き回っていたから大丈夫だと思う」
靴は歩くことも考えてローファーだし、これで毎日1万歩近くは歩いていた。終電だとアパートまでのバスがないから歩かざるを得なかったし。こっちは公共交通機関がないから車中心で全然歩かないんだよね。
「あ、音羽ちゃん!」
お神輿が出るのを待っていたら匠海さんに名を呼ばれた。何だろう、神事で何か失礼なことしちゃったとか?
「お役目お疲れ様でした。凄くかっこよかったですよ」
「そ、そう? ありがとう」
感想を素直に告げたら匠海さんが戸惑ってしまった。深い意味はなかったんだけど、言い方マズかったかな? 気を付けないと。
「それで、どうしました?」
「ああ、お神輿なんやけど、音羽ちゃんとこは道の下でいい?」
「道の下?」
ってどういうことだろう?
「ああ、お神輿って各家を回って、そこで門付けするんやけど、音羽ちゃん家は山の上やろ? さすがにそこまで登っていく時間がないで、道の入口でさせてもらいたいんや」
門付けって何かと思ったら、お神輿を担いで「わっしょい」することだった。あ~確かに家の前まで来てもらうのは大変だよね。登りだと20分はかかるだろうし。
「それでお願いします」
祖父もそうしていたのなら問題ないよね。それに、家まで来てもらうとこの後のスケジュールも狂っちゃうだろうし。
「ごめんね、いつもご祝儀集める時に確かめるんだけど、今年の当番の人、すっかり忘れていたみたいで」
それで顔見知りの匠海さんの元に話が来たのだという。そういえば今月に入ってから町内会の人がご祝儀を集めに来ていたっけ。その時直接聞いてくれたらよかったのに。そうは思ったけど、忘れていたのなら仕方がない。それに間近で匠海さんの法被姿を見られたからいいかな。こっちはこっちで紋付き袴姿とは違うけどよくお似合いだし、何ならワイルドさがいつも以上に引き立っている。
それからは里桜ちゃんと一緒にお神輿の後を付いて行った。子どもたちの法被姿とはしゃぐ様子が可愛い。中にはベビーカーの赤ちゃんもいたけど、福々していて一際可愛らしさが際立っていた。子どもが多いんだなぁと感心していたら、殆どは街に出た人たちで、お祭りの時は戻ってくるのだとか。ここに住んでいる子は半分にも満たないという。なるほど、涼音さんが若い人がないと言っていたけれど、本当だったんだ。
「里桜!」
地域の少子高齢化について考えていたら、棘のある声が友人の名を呼んだ。




