秋の訪れ
里桜ちゃんという仲間が出来て充実した週末を過ごし、月曜日は上機嫌で出勤した。
「おはようございます。あ、匠海さん、里桜ちゃんを紹介してくださってありがとうございます!」
車から降りると匠海さんが軽トラに荷物を積んでいた。こんな僻地で同好の士に出会えたのも匠海さんのお陰、嬉しさもあって思わずお礼を言っていた。本当に匠海さんにはお世話になりっ放しだよね。
「おはよう。釣り楽しかった?」
麦わら帽子のつばを軽く上げながら匠海さんが尋ねてきた。心配してくれたみたいで、その気持ちが嬉しい。お祖父さんやお父さん、パートさんたちとはなかなか打ち解けない中、匠海さんと涼音さんの存在は大きくなっていく。
「はい、とっても!」
「それならよかった。あいつ、誰彼構わず誘うで、たまにトラブルになるから」
そんなことがあったんだ。でも、興味がなかったり船酔いする体質だったりしたらきついかもしれない。そういえば前職でもいたっけ、毎日のように部下を飲みに誘って煙たがられていた人が。
「そうですか。でも私は大丈夫です。凄く楽しかったので」
「音羽ちゃんが喜んでくれたんならよかったわ」
屈託のない笑顔が眩しい。いい人だよねぇ。仕事も丁寧に教えてくれるし、なにかと声をかけてくれるからここでの仕事も楽しく続けられている。
「今日は青ネギをお願いな」
「はい」
匠海さん家での仕事は順調に慣れていっている、と思う。あれから少しずつ扱える野菜が増えて、収穫だけでなく種まきや苗の植え付け、防虫ネット張りなんかもした。梅沢家の畑は山の中にあるのもあってあちこちに分かれている。その中には既に農家を辞めた人の土地も含まれていて、そこは地代を払って野菜を育てているという。因みに米は作っていない。昔はやっていたらしいけれど、小さい上に段々畑が多く、効率が悪いので今は稲作を専門にやっている人に委託しているのだとか。農家も色々あるらしい。
「ピンポーン」
9月も終わりが近付いたある朝、出勤の準備をしていたら珍しくインターホンが鳴った。きなこと顔を見合わせる。
「誰だろ、誰か来るなんて聞いてないけど」
「用心しろよ」
「うん」
そんなことを話している間もまたインターホンが鳴った。カメラには見慣れない壮年の男性が映っている。誰? まさか、トクリュウ? だったら出ないのも悪手かもしれない。
「……どちら様ですか?」
「ああ、淳一郎に草刈り頼まれた者や」
出来るだけ声を低くして応答すると、思いがけない答えが返ってきた。祖父が頼んだ? 草刈りって……この家の? 確かに家の周りはもう少しでジャングルになりそうな様相だけど。念のためチェーンをかけてからドアを開けると農作業の格好をした壮年の男性が立っていた。向こうではもう一人が軽トラから草刈り機を下ろしている。えっと、何?
「草刈り、ですか?」
「ああ、淳一郎から聞いてないか? わしら、春と秋に草刈り頼まれていたんやけど」
聞けば祖父は数年前から年に二度、草刈りを頼んでいたという。以前は自分でやっていたらしいけれど、腰を痛めてからは外注していたのだとか。
「あの、私、今から仕事なんですが……」
「ああ、梅沢ん家やろ。いいざ、こっちは勝手にやってるで」
いいの? なんか、こちらの事情にも詳しいそうだけど。それに勝手にって……
「なんか、野菜とか育ててるか?」
「いえ、何も」
「ほやったらいつも通りでいいか?」
「……それで、お願いします」
よくわからないけれど、今回は祖父の依頼で来たというから今までと同じでいいかな。
「で、来年はどうする?」
「来年、ですか」
聞けば年間契約なのだという。しかも値段を聞いて驚いた。年2回で10万だという。そんなにするの? いや、相場がわからないから何とも言えないけど。
「まぁ、いい値段するでな。また春までに考えといてくれや。必要やったら電話してくれればいいで」
そう言って名刺を渡された。出勤時間もあって後の事はお任せして家を出た。きなこが見張っていてくれるというから大丈夫かな。戸締りだけはしっかりして家を出た。
「あれ、音羽ちゃん、どうした?」
慌てて駆け込んできた私に匠海さんが声をかけてくれたので、さっきのことを簡単に話した。
「ああ、シルバーの人やな」
「シルバー?」
「シルバー人材センターや」
ああ、あの人たちが。名前は聞いたことがあったけれど、そんなこともやっていたんだ。聞けばあのお二人も同じ町内の人で、この辺りの家の草刈りをやっているという。
「年2回で10万だって言われました」
「あ~敷地広いでなぁ。それくらいはするわ。まだ安い方やざ」
そうか、それでも安いのか。自分でどうにかしようと思って物置にあった鎌で草刈りに挑んだけれどまったく敵わなかったんだよね。だったらお願いするしかないのか。う~ん、でも10万……決して安くはないよねぇ。春までに考えておかないと。
家に帰ったら家の周りはすっきりして見違えるようだった。凄い、職人だ。とても自分ではここまですっきり出来る自信がない。やっぱりお願いするしかないか……うん、でも、ちょっと春までに考えよう。
それからも穏やかな日が流れた。平日は梅沢家の農作業を手伝い、週末は里桜ちゃんと釣りに行ったりBBQをしたりして過ごしている間に季節は10月に入った。あんなに暑かった日差しは柔らかくなり、頬を撫でる風も肌寒さを感じることも増えて、季節はゆっくりと冬に向かっていく。日の出が遅くなったのもあって出勤時間も6時になり、その分お昼ご飯も1時間後ろ倒しになっていた。
その頃になると匠海さんは時々仕事を抜け出してどこかに出かけるようになっていた。涼音さんに尋ねると、第二日曜日に行われる秋祭りの準備に駆り出されているのだという。祭りの準備は青年会が中心になるのだけど、少子化の影響もある上、メンバーは会社勤めの人が殆どだから、結果的に家業を営んで時間に融通が利く人に仕事が割り振られるのだという。
「まぁ、皆楽しんでいるからいいんやけどね」
涼音さんはそう言って笑った。
「楽しみ、ですか?」
「ほや、娯楽もない田舎やから。そうやって集まって騒ぐくらいしか楽しみがないで」
メンバーは幼馴染でもあるので半分は遊びなのだという。実際、準備で集まった後は酒盛りになることも多く、普段は閑散としている集会場もこの時期賑やかなのだとも。周りも昔から祭りなら仕方ないといった空気らしく、会社勤め組も仕事が終わったら合流しているのだとも。
なるほど、確かにこの辺りにはカラオケもゲームセンターも居酒屋もバーもないし、コンビニだって車で15分はかかる。あるのは昔ながらのスナックくらいだけど、ここは高齢者が多いから若い人は近付きにくいらしい。居酒屋もあるにはあるけど、こっちはダイビングショップ併設のカフェ兼バーみたいな感じで、地元の人は行かないらしい。
祭りまで五日という頃、仕事を終えてお昼ご飯を頂きに梅沢家に行くと、奥の部屋との間のふすまが開いていて、その奥に思いがけない光景があった。
「え? 匠海さん?
そこにいたのは、紋付き袴を来た匠海さんだった。成人式と結婚式以外で生で見るの、初めてかもしれない。背が高いから存在感が半端ないし、柔道をやっていたのもあってか背がすっと伸びていてモデルみたいだ。凄く、かっこいい。眼福だ……
「あ、音羽ちゃん、お疲れさん」
「お疲れ様です。一体何が?」
もしかして、結婚、する、とか? そんな話は聞いていないけれど……
「神社の神事用や」
裾を手に丈の長さを確かめていた涼音さんが教えてくれた。神社の祭りでお神輿に神社の御霊を移す神事があるそうで、そのためなのだという。何故かちょっとホッとしていた。
「今年も問題なさそうやな」
「さすがに背は止まったんや。大丈夫やって言ったやろ」
「そうは言っても、丈が短いんじゃ恰好が付かんやろ」
三年前には袴の丈が短くて急遽知り合いに借りることになったらしい。それでも背が高いから変わりが見つからなくて大変だったとか。その後改めて仕立て直したけれど、それでも心配だからと毎回祭りの前に試着しているという。背が高いのも大変そうだ。私は逆に丈が長すぎる方だけど、詰めれば済むだけマシかもしれない。
「凄く、似合っています」
「そう? そう言ってもらえるとやる気出るわ」
うん、作業着姿ばかり見ているし、私服もラフな格好が多いからその差が一層引き立つ。男性の和装もいいなぁ。いや、匠海さんだからか。美形って徳だ、羨ましい。
「気になるなら音羽ちゃんも神事見に来る? 朝早いけど」
涼音さんがさらっと言ってくれたけれど、行っていいの?
「いいんですか? 正装じゃないと入れないんじゃ……」
「大丈夫や。見る側は皆普段着やで」
「だったら是非!」
神事なんて見たことがないし、匠海さんのこの姿をまた見られるのなら見てみたい。うわ、楽しみになってきた。里桜ちゃん、一緒に行ってくれるといいんだけど。
仕事から帰ったらすぐに里桜ちゃんに連絡したところ、二つ返事でOKが出た。町内主催の祭りだから派手さはないけれど、お神輿は出るし、それが終わった後は夜店も出て夜には小規模ながらも花火が上がるという。
「期待しないでね」
里桜ちゃんはそう言って笑ったけれど、地区の祭りなんて縁がなかったから楽しみだ。夜店かぁ、高校の時に近くの花火大会に行った以来かもしれない。大学に入ってからはバイト優先だったし、社会人になってからはそんな余裕もなかった。これで知り合いが増えたらいいなぁ。里桜ちゃんがいてくれるけれど、さすがに一人に依存する形になるのは避けたいし。それに、ここにずっと住むなら溶け込むのも大事だよね。多分。




