慶弔休暇を取ったらキレられた
叔母さんからの電話は、予想通り祖父の訃報だった。疎遠だったけれどわざわざ連絡を貰った以上さすがに知らん顔も出来ず、久しぶりに有休を、いや慶弔休暇を取ることにした。会社を休むなんて何年ぶりだろう……通夜は翌日で、葬式はその翌々日というわけで、二日分の申請をしなきゃいけない。課長の不機嫌な顔が浮かんで気が重かったけれど、さすがに葬式に行くなとは言わないはず。そう思いたい。
「こんな時に有休? なに、葬式? あ~だったら仕方ないか」
翌朝、出社すると課長の元に向かってその旨を告げると、予想通りの表情と言葉が向けられた。さすがに葬式ともなれば行くなとも言えなかったようで、渋々ながらも受理された。もっとも、休むならとこれを片付けて行けと言われてその日は終電間際まで働かされたけれど。
翌日、礼服や数珠、それに泊まりの準備をして祖父が住む地へと向かった。祖父が住んでいるのは北陸の海岸線沿いの山の中。新幹線とバスを乗り継いで移動だけで半日以上かかるらしい。幸いにも葬式が行われるのは町の役場近くにある会館だというからありがたかった。もっとも、新幹線を下りた後のバスは一、二時間に一本しかなかったけれど。
あ、因みにきなこはアパートでお留守番だ。魔力が戻ったせいか行動範囲が広がったらしく人間のように悠々自適に生活している。ご飯も自分で何とかすると言うので任せることにした。色々突っ込みたいところはあるのだけど、ずっと思っていたんだよね、きなこと話が出来たらいいのになぁって。それが叶ったんだから、しかもそれがあのブランシュだったんだから文句はない。
「あら、音羽ちゃん、よく来てくれたわね」
葬儀会場はコンビニ跡地かと思えるほど小さい平屋の建物だった。最近は家族葬とやらが一般的で親族だけで行うのが主流なのだとか。祭壇に向かい、祖父の遺影に手を合わせた。母は祖父母の反対を押し切って父と結婚したせいで勘当状態だったと知ったのは、母の葬儀の時だった。あの時初めて叔母さんや祖父に会ったけれど、私も喪主として忙しくて、殆ど会話らしい会話もなく終わってしまった。こうなると生前に会っておけばよかったと思わなくもない。今更だけど。
「なんか、賑やかですね」
祭壇にお参りを終えると、奥の控室から年配の男性が言い合いをしているらしき声が漏れ聞こえてきた。何を揉めているのやら……葬式くらい穏やかに見送りしようよ。
「ああ、おじいちゃんの土地のことで揉めているのよ。ほら、へき地でしょう? 誰も引き受けたがらなくて……」
「その土地って、どんなところですか?」
相続する気はないけれど、聞くだけならタダだよね。
「やだ、音羽ちゃん、興味あるの?」
「いえ、ないですけど。お祖父ちゃんがどんな所に住んでいたのかなって気になって」
「ああ、なるほどね~おじいちゃんはねぇ~~」
それからおばさんの弾丸トークで土地の詳細は明らかになった。そこは海岸に迫る山で、海に沿って走る国道から更に奥に入った先にあるという。山は険しい崖になっているから植林もままならず、雑木が中心で使い道もないとか。祖父が住んでいた家もあるけれど管理する手間が大変で不良債権なのだとか。
けど……山があればスローライフが出来るんだよねぇ。あの芸人さんもキャンプするために山を買ったって言っていたし。あれ? だったら、悪くない……?
「まぁ、音羽ちゃんには関係ないと思うけれど、誰かほしい人がいたら紹介してくれる? 放っておくわけにもいかないし、引き取ってくれて管理してくれるのなら有り難いから」
そうなるよねぇ、山の管理なんてどうしたらいいかわからないから素人が手を出すにはハードルは高すぎる。さすがに管理するためにここに通うなんて経済的に無理過ぎるし。
葬儀は速やかに終わり、土地に微かな未練を残しながらも家に戻った。きなこも恙なく留守番役を果たしていたし、何なら出かける前よりも部屋の中が綺麗になっていた。掃除してくれる猫なんて貴重過ぎると思ったけれど、ちゃっかり報酬を求められた。高級な猫のおやつかと思いきや……
「カツオのたたきじゃな。藁焼きがいい」
「……は? そんなの食べて大丈夫なの?」
「無論じゃ」
えっと、検索したら生で食べさせないようにと書かれているんですが。
「お腹壊したらどうするのよ? 動物病院、滅茶苦茶高いんだけど」
「魔力が戻ったから問題ない」
それで押し切られてしまった。うう、葬式で結構お金使ったから勘弁してほしいのだけど、きなこは一切譲ってくれなかった。
火水と仕事を休んで木曜日、二日ぶりに出勤したのだけど……
「おい、佐野。なんで休んでいたんだよ!」
いきなり柔軟剤男、じゃなかった、戸田先輩の怒号が飛んできた。うるさいなぁあ、モラハラ臭がプンプンする。
「祖父の葬式です」
「葬式? それにしても仕事してから休めよな!」
「課長に指示された分はやって帰りましたが」
それで終電ギリギリになったけど。第一慶弔休暇をあんたにどうこう言われる筋合いなんかないですけど。
「俺の分が終わっていなかっただろうが」
「先輩の分? そのようなメールは受けていませんが?」
「メールなんかしてねぇよ。簡単な奴だから口頭で十分な……」
「「仕事の依頼はメールでする」が課内のルールですよね。以前、言った言わないで揉めたから」
その揉めた人物が目の前の柔軟剤男―長いなぁ、香害男でいいかーだ。ちなみに言ったつもりで忘れている率がもっとも高いのもこの男だったりする。それで課内のルールが変わるんだからその頻度がどれほどのものかわかっていただけるだろうか。
「そ、それは……けど、お前が勝手に休むから」
だ~か~ら、なんであんたの許可が必要なのよ。私の上司でもなんでもないのに。
「社内のルールに則って休みを取りました。それとも何ですか、先輩が課長よりも休暇承認の権限がおありで?」
平のくせになんでそんなに威張っているのよ。はぁ……会社を離れていたせいか、久しぶりによく眠ったせいか、この会社おかしいんじゃない? って思っちゃったんだけど。あれ? こんな会社にしがみ付いている必要、なくない? ふと、祖父の遺産のことが頭に浮かんだ。そういえばきなこに話したら「いい話なのに勿体ない」って言われたんだよねぇ……
「うるせぇな! お前がやらずに休んだせいで取引先には叱られるし、散々だったんだぞ! お前には責任感がねぇのかよ。ったく、仕事は遅ぇし、口答えばっかりで!」
カチンと来たけれど相手は先輩、さすがに言い返すのはどうかと思われた。のだけど……
「佐野、面倒事を起こすな。お前が休まなければ起きなかったんだから」
割って入ったのは課長だった。はぁ? この状況でこの馬鹿を擁護すると?
「ほら、課長もこう言っているだろうが。まったく、お前みたいな奴、華恋ちゃんの悪い手本にしかならねぇんだよ。ねぇ、課長、そう思いませんか?」
いい気になった香害男が課長に同意を求めた。いや、さすがに課長はわかっていると思うけど? 華恋が仕事出来ていないことは他の課からも指摘されているんだし。そう思ったのだけど……
「そうだな、佐野がもっとしっかりしていればな」
久しぶりに、腹の底から怒りが込み上げてきた。こんなに腹が立ったのは何時以来だろう……そして、怒りも度を過ぎると冷静になるらしい。頭の奥がすっと冷えているのを感じた。
「そうですか。私が無能だと、そう仰るわけですね」
「なんだ、やっとわかったのかよ」
「佐野、何もそこまでは……ただ、先輩としてもう少し考えて行動しろと言っているだけだ」
これまで終電ギリギリまで頑張っていたのが馬鹿馬鹿しくなった。課長はこき使う分、評価してくれていると思っていたけれど、それは幻想だったらしい。だったら……
「わかりました」
「はっ! わかりゃいいんだよ。これからは……」
「来月限りで辞めます」
香害男の言葉を遮り、最終通告が私の口から飛び出した。後悔はなかった。




