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限界OL、山を継ぐ~前世の従魔とスローライフ  作者: 灰銀猫


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思いがけない再会

「高階統理です。再来月の一日付で海外事業部からこの営業三課に課長として移動になりました。よろしくお願いします」


 柔らかそうな色素の薄い髪、目は見えないけれど髪同様に薄そうに感じさせる白い肌。日本人にしては高い背と彫りの深い顔立ち。そして……たった今蘇った、よく通る朗々とした声――彼を構成するすべての要素が、目の前の御仁が「あの人」だと私に訴えかけて来た。何よりも彼から感じる、微かな魔力――そこにいたのは紛れもなく「前世で私の婚約者だった」男だった。


 涼しいオフィスなのに汗が背を流れる。彼が課長と共に何かを話している中、戻ってきた懐かしい感覚が、同じくたった今思い出した記憶と絡まり合う。私の中にもう一人の私が現れて、ゆっくりと今の私に浸透していくのを、ただただ感じていた。




 その日は気もそぞろに一日が終わった。動揺していたのが周りに伝わったのか、珍しく「顔色が悪い」とあの華恋からも心配されて、久しぶりに二時間の残業で帰ることが出来た。まだ自分が自分じゃないような気がして、いつもの道なのに雲の上を歩いているよう。食欲もなく、でも自分で何かを作る気にもなれず、コンビニで値引きシールの付いたお弁当とビールを買って帰った。


 会社の最寄り駅から乗り換えなしで七つ目の駅で降り、そこから更に十分歩いた先にある我が家へと辿り着く頃にはすっかり夜も更けていた。


「ただいま~」


 傷と錆が目立ち始めたドアを開けると玄関にきな粉餅が鎮座していた。その正体は私の家族で同居人の毛が長い茶の猫。毛色がきな粉みたいだから「きなこ」と名付けた。本人が気に入っているかどうかは知らない。


「いつもごめんね、きなこ」


 昨夜は結局終電を逃してしまい、ネットカフェで時間を潰して始発で帰り、シャワーを浴びてからまた会社に戻ってしまった。昨夜のご飯はあげられなかったし、トイレの掃除も出来ていなかった。うう、飼い主失格だよなぁ。


「無事帰ったか。今日は早かったな」

「そうなのよ~ちょっと会社であってさぁ。そしたらみんなから「顔色悪いから早く帰った方がいい」なんて言っ……」


 そこまで言って違和感を抱いた。私、今、誰と話していた? 辺りを見渡しても見えるのはきなこだけ。いや、まさかねぇ……


「ダメだ、幻聴まで聞こえてきた……」


 さすがに働きすぎかもしれない。というか確実にそうだろう。昨夜は殆ど眠れなかった。頭も痛いし食欲もない。こんな日はさっさと寝るに……


「幻聴だと? さすがに働きすぎではないか?」


 また幻聴が聞こえてきた。しかも心配してくれている?


「……きなこ、喋った?」


 振り返ってきなこを凝視する。声の高さや質は違うけれど、年寄りのような口調とイントネーションが記憶の底から浮かんでくる。該当するのは一人しかいない。いや、一匹か……


「なんじゃ、やっと気付いたのか? 相変わらず呑気な奴よのう」

「……本当に、ブランシュなの?」

「おお、ようやく思い出したか」


 そう言うときなこはふさふさの尾を満足そうに振った。真っ白な毛並みが見事な狼型の、その白さからブランシュと名付けた私の従魔。今は猫で姿形や色は違うけれど、尻尾の振り方は一緒だから……間違いないの? 


「どうして……」

「さぁな。じゃがお主、魔力が戻ったじゃろ? 多分そのせいじゃろうな」

「う、うん」


 やっぱり魔力が戻っていた? そんな気はしていたけれど……


「今朝まで感じなかったお主から微量の魔力を感じる。魔力が戻って記憶も戻ってきたのじゃろう」

「話が出来るのも、そのせい?」

「おそらくはな」


 なんてこった、あの男に出会ったことで色々変わってきているなんて。どういうこと?何が起きているの?


「その様子じゃと、なんかあったようじゃな」

「うん、実は……」


 とりあえず奥に移動して冷蔵庫からビールを取り出すと、それを飲みながら昼間あったことを話した。


「……そうか。あの男が……」

「確証はないんだけど、多分間違いないと思う。魔力や声が、同じだったから……」


 忘れたくても忘れられない、あの魔力。身体のどこかに触れれば確証が持てそうだけど、それは同時に相手に私の存在を知らしめることにもなるわけで、それは避けたい。まぁ、向こうは私を嫌っていて殆ど交流がなかったから、私の魔力なんぞ覚えていないかもしれないけど。


「まぁ、下手に近づけば墓穴を掘ることにもなり兼ねん。暫くは静観するのがよかろう」

「やっぱり、そうなるよね」


 下手に近づいて藪蛇になるのは勘弁したい。それにあれほどのイケメンだ、別の危険が増す可能性が高い。あの華恋も目がハートになっていたんだから、社内の綺麗どころは今頃女狐と化しているだろう。そんな中で近づくのは危険すぎる……


「それよりも音羽、早く飯をくれ」

「あああああああ、ごめん! ただいま!」


 そうだった、食欲なかったのもあってきなこのご飯忘れていた。慌てて猫フードの元に向かった。




 前世の記憶を取り戻してからは穏やかな日が過ぎていった。あの華恋もあのイケメンが我が課のトップになると知ってやる気になり、今まで私に押し付けていた仕事も自分でやるようになったからだ。それというのも社内に、彼が海外で仕事が出来ない人を容赦なく首にしたとの噂が流れたから。狙ったイケメンに首にされるなんぞ、華恋には受け入れ難いだろう。まぁ、仕事をしてくれるのはいいことだ。これで私の負担が少しは減ってほしいと切に願う。


 一方であの男が上司になるのは不安しかなく、こちらはどうしたものかと頭を抱えたけれど、今のところこれといった打開策はなかった。まぁ、もしかしたら私の勘違いかもしれないし、向こうも前世の記憶がない可能性もある。心配する必要はないのかもしれないけれど。異動願いを出す時期はまだ先だけど、次は必ず出そうと決めている。この際だから彼と接触が一切ないであろう田舎に行くのもいいかもしれない。




 そんなこんなで、前世の記憶が戻って十日が過ぎた。あのさぼり魔の華恋が仕事をするようになったおかげで終電帰りがなくなり、久しぶりに人間らしい生活が出来ていた。コンビニで割引弁当とビールを買い、シャワーを浴びたらお弁当を食べながら晩酌をする。私のささやかな幸せの時間だ。


その時のお供はとある芸人さんのキャンプ動画。たまたまお勧めで流れていたのを見た途端、昔キャンプした時のことを思い出した。とはいっても、子ども会やら宿泊学習でしかやったことがないけれど。秘密基地っぽいところも惹かれるものがある。焚火もだ。昔から火が燃えるのを見ているのが好きだったんだよね、すっかり忘れていたけれど。あの日以来、夜はこの芸人さんの動画を見ながら晩酌するのが定番になっていた。


 今日はハンモックでキャンプだという。何故か羨ましい……ハンモックも惹かれる要素満載だ。この芸人さんは撮影が上手なのか自分が体験しているような気にさせてくれるから好き。完全インドア派だから自分で出来るとは思えないけれど。そんなスキルもないけれど。憧れるだけならいいじゃない。


 その時だった。珍しく着信があった。スマホに表示されたのは親戚のおばさんだった。私の母の弟の奥さんの妹で、殆ど他人だけど時々連絡をくれるほぼ唯一ともいえる親戚の人。


 物理的に距離が遠いこと、また私の母が既に亡くなっていることもあって殆ど交流がない。ちなみに父も鬼籍に入っていて、こちらの親戚とは完全に没交渉だったりする。珍しいなと思いながら昼休みに電話を掛け直してみた。殆ど没交渉の私への連絡だから内容は凡その見当が付く。案の定……


「ああ、音羽ちゃん、大変なの。実はおじいちゃんが……!」




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