休日を楽しむ
それから一週間が経ち、季節は九月へと移った。あんなに暑かったのに朝晩は涼しさを感じられ、夜になると虫の音が聞こえるようになった。ここでの生活も慣れてきたし、匠海さん家での仕事もまぁ、人並みとは言わないまでも初日よりは出来るようになったと思う。相変わらず戦力外感は拭えないし、パートさんたちとの距離も変わらないままだけど。
今日は土曜日で仕事が休みだったから、きなこと一緒に車で15分のスーパーまで遠征してきたところだ。匠海さん家に通うだけでも運転の練習になったようで、前回よりもスムーズに行けたと思う。相変わらず行きの坂道は急勾配でノロノロとしか進めなかったけれど。
「あ~昼間っからBBQなんて贅沢~~」
久しぶりの休み、しかも買い出しした直後となればBBQをやらない選択肢はない。先週は慣れない仕事に疲れてあまり出来なかったし。お陰で癒しが足りない。きなこだけでは得られない栄養もあるのだ。幸いにも今日は曇りで気温も上がっていないし、程よく風も通って気持ちがいい。焚火の音が私を中から癒していく……
「は~ビール最高~~」
先週は朝が早いから起きられるかが不安でお酒も控えていた。せめて休みの日くらいはいいだろう、昼間から飲んでも。どうせこの後は何の予定もないのだから。
「きなこ~~魚焼けたよ~~」
「うむ、美味そうじゃな」
朝一で行ったら値引きシールが貼られた魚があったので買ってきた。食べきれない分は冷凍行きだ。今日はカレイの一夜干しにホッケのみりん干し、ピーマンは半分に切って種を取って網の上だ。さすがに肉と魚ばかりでは健康に不安だから野菜も食べなきゃ。ここにある野菜はすべて梅沢産。仕事帰りに「これ持って行きね~」と涼音さんが軽いノリで渡してくれたもので、毎日三食野菜が途切れることがない。健康的だ~~
「さて、これも試してみますか」
取り出したのは串に刺しただけのミニトマトとオクラ、ナスとジャガイモ。ナスとジャガイモは輪切りにしてから串に刺してある。特に意味はない。ただBBQ感が増すというだけだけど、それが楽しんだからいいじゃないか。
そして、網の一角を占めるのはアルミホイルに包んだ大玉トマト丸ごと一個。こっちにはヘタの下で切ってオリーブオイルと塩、バジルをかけてある。ネットで見て美味しそうだなぁと思ったやつ。今はいい時代だよねぇ、美味しいレシピがスマホで簡単に見つかるから。後は実践あるのみだ。
「音羽、ウインナーもじゃ」
「わかってるって」
きなこがホッケを食しながら次を催促してきたのでお気に入りのウインナーも載せる。こっちも串に刺そうと思ったんだけどきなこに止められた。あ~楽しい、昼間だと炎がはっきり見えないのが残念だけど、これはこれでいい。香ばしい香りに幸せゲージが満ちていく。このためにここに来たんだよねぇ。今日の海は綺麗じゃないけど、暑くないから許す。
「そういえば、狛犬も来なくなったねえ」
「あ奴は神社であの者たちと仲良くやっておるじゃろ」
「踏まれたままなのに?」
それでも喜んでいた。あの狛犬はドMだったのだろうか。いや、彼らにそういう概念があるのかは知らないけど。
「そうは言うが、あの珠は狛犬にとって宝物じゃぞ」
「そうなんだ?」
「まぁ、消え去るよりはマシじゃろう」
「それは、確かに」
あの神社でこれからも存在し続けることが出来るのならそれが一番なんだろうな。あの石像を作った相手がもうこの世にいないとしても。私が死んでもあの狛犬は存在し続けるのか……なんだか変な感じだ。
「あ~あ、誰か呼べる友達がいたらいいのになぁ~」
いくらノリがいい子でもさすがにここまでは来ないだろう。こんな時、呼べばすぐに来てくれる友達がいたらもっと楽しいのに。でも、ここで親しいのって匠海さんか涼音さんくらいなんだよね。涼音さんは年が違うし仕事もあって上司の感覚だから、そうなると匠海さんになるんだけど、気軽に呼べるほど親しくない。なんか忙しそうだし。
それに……先日も朝、一緒に畑に行こうとしていたら隣のお婆ちゃんに「匠ちゃん、結婚するんか?」なんて聞かれていた。どうやら私が毎朝来るものだから結婚を前提に付き合っていると思われたらしい。匠海さんは「パートに来ているだけでそういう相手じゃない」とはっきり言ってくれたけど……男女が近くにいたらそういう勘違いする高齢者もいるらしい。となれば、簡単に呼べるはずもない。
匠海さんはいい人だ。面倒見がよくて優しい。脳筋っぽく見えるけれど人のことをよく見ていてマメだし、何と言ってもご飯が美味しい。一緒に飲んだら楽しそうだけど、それで付き合っているって思われるのはなぁ……重い、重すぎる……匠海さんも迷惑だろうし。ほしいのは一緒に火を囲んで飲んで他愛もないことを話せる相手なんだよね。
となれば同性になるんだけど、今のところ近所で年の近い女子を見たことがない。生活リズムが違うせいもあるんだろうなぁ。朝が早い今の生活リズムは一般的とは言い難い。一緒に飲んでたわいもない話が出来る仲間がほしい……東京だったら学生時代の友達に連絡すればいつでも会えたのに。皆、どうしているかなぁ……
でも……ここに来てからは、あの付き合いも上辺だけだったように感じている。本音を話していたつもりだけど、本当の意味で深い話はしたことがなかったっけ。母のことも祖父母のことも、何なら父のことも友人に話したのは表面だけで、本当のことなんか誰にも話したことはなかった。相手も言わなかったからそれが普通だと思っていたし。
でも、ここは違う、気がする。皆が皆相手の事情を知っていて、情報の密度が濃い。例えば匠海さんの元カノの名前や年齢、勤務先や住んでいた市町まで知られていたりする。互いに監視されているようでもあるけれど、一方で見守られてもいるのだろう。多分。匠海さんも涼音さんもお祖母さんも、私が困らないよう、東京に帰ってしまわないよう、何かにつけて気を遣ってくれている。そんな風に接してもらった経験がなかったから重く感じるのに、そのことに安堵している自分もいる。変な感じだ……
「音羽、そろそろ良いのではないか?」
ぼんやりと考えながら火を眺めていたらきなこが声をかけてきた。危ない危ない、食料を消し炭にする気はないんだよね。うん、ウインナーもいい感じだ。
「ほら、きなこ。熱いから気をつけてね」
「わかっておる」
そうは言うけれど、前回思いっきり「熱い!」と叫んでいたのに。まぁ、火傷はしなかったからよかったけど。うん、ミニトマトの串焼き、中々いける。気を付けないと火傷しそうだけど。何も付けなくても美味しいなぁ。オクラはさすがに無理かな? 塩がいいかな? 醤油をちょっと垂らしても美味しそう。
「うわぁ、美味しい」
軍配は醤油に上がった。ちょっと焦がし醤油くらいの方がいいかもしれない。カレイも塩気があっていい塩梅だし。ちょっと焼き過ぎたかなと思うくらいだとえんがわがパリパリになっていいかも。ビールも進む。やばい、食べ過ぎてしまいそう……
「あ~幸せ~~」
そう言いながらも何か物足りなさを感じていた。一人がいいと思って移住してきたのに、時々心の中に風が吹く。
(こんなはずじゃ、なかったんだけどなぁ……)
不意にそんな言葉が頭に浮かんだ。何に対してなのかわからないけれど……でも、時々、あのどうしようもない忙しさが恋しくなる時がある。社畜根性が染み付いてしまったのか、それとも……
(考えても、しょうがないか……)
東京にいる時は逆に静かなところでぼ~っとしていたいと願っていた。慌ただしい満員電車も無機質な職場も面倒臭い人間関係も、全部空に放り投げて何処かに行きたい、とも。それが願ったらまた違う願いが出てくるなんて、人間って贅沢だ。きっとどこに行っても何かしら不満は出てくるのだろう。だったら……
「さぁ、丸ごとトマトもそろそろかな~~」
今を全力で楽しむしかない。ホイルで包んだトマトをトングで皿に移す。トマトを焼くなんて発想はなかったけれど、BBQ界隈では珍しくもないようで、色んなレシピが載っていた。今日は手持ちの材料で出来るものに挑戦してみたけれど……
「うわ、美味しい! トマトの概念変わるかも」
生で食べるかトマトスープやパスタに使うくらいしか知らなかったけど、これはこれで美味しい。もう少し味にパンチがあってもいけそう。
「くぅう~~美味しすぎる! 今度はチーズを載せるやつやってみよう」
「あ~食べ過ぎた~~やばい、太る!」
調子に載って食べ過ぎた。うう、お腹が苦しい……それでも火の始末だけは疎かには出来ない。ちゃっちゃと片付けたら次はシャワーだ。
「は~すっきりした~~曇っていたけど汗かいた~」
酔っているからお湯に浸かるのは諦めた。そのまま眠っちゃって溺死なんて縁起でもないし。冷蔵庫によって炭酸水を取り出し、ソファに向かったのだけど……はぁっ? なんかこの光景、前にもなかった?
「ちょっと! なんであんたがいるのよ?」
「久しき、いな、今は久しぶり、とやか?(久しいの、いや、今は久しぶり、だったか?)」
何を言っているんだ、こいつは……そして何故家にいる? 神社で暮らしているんじゃなかったの?
「きなこ、何故家に入れているのよ?」
「いいではないか。いずれ役に立つと言っておるし」
「役に立つって……何の?」
今だって我が家の食糧を勝手に消費するだけで何の役にも立っていなかったのに。
「我、力を取り戻さば、この家を守り得させむ(わしが力を取り戻したら、この家を守ろう)」
「はぁ?」
えっと、力をと戻したらこの家を守れるって? でも、その力は何時になったら……
「まぁ固いことを言ってやるな。こ奴は今を学びに来たのじゃ」
「今を学びにって……家で何をするのよ?」
「あれじゃ」
きなこが手で示したのはTVだったけど……ええっ? もしかして……
「TVを見て、今を学ぶのじゃ。わしがそうしたようにな」
きなこが胸を張ったけれど、ちょっと待って! それで学びになんかなるの?




