神社にて
家に戻るとそのままベッドに転がりたかった。全く運動していなかったから明日は絶対に筋肉痛になりそう。それに、ここに来てから一番汗をかいたと思う。こんな日はお湯に浸かるに限る。
「はぁ~生き返る~~~」
お風呂は万病の薬だと以前どこかで読んだ気がするけれど、今それを実感していた。暑い時期でも熱いお風呂に入ると身体が楽になるんだよね。
「それにしても、あんまり役に立てなかったなぁ……」
前職ではそれなりに役に立てているとの自負があったけど、職種が変わると何の意味もなかった。現実って厳しい。でも、働かないと食べていけないんだから泣き言なんか言っていられない。最近は「求人に応募したら闇バイトだった」なんて話もあるし、土地勘がないだけに安全第一でいきたい。
お風呂に上がると、きなこはソファでTVを見ていた。その隣に腰かけようとしたのだけど……
「はぁ? なんであんたがここにいるの?」
きなこの隣にいたのは黒っぽく可愛げのない見た目のわんこに見える、狛犬だった。いつの間に家の中に? きなこ、なんで家の中に入れているのよ?
「まかりあり(参上した)」
「まかりありって……呼んでないし」
ソファ、汚していないでしょうね。実態がないみたいだけど、汚したら二度とお供えあげないんだから。
「まぁ、音羽、そう邪険にしてやるな」
「きなこ?」
「さっきの話、こ奴にも多少関係がある話なんじゃ」
「さっきのって……興味深いものを見つけた、って言っていた、あれ?」
「うむ」
きなこが鷹揚に答えた。どういうこと?
「それじゃ、匠海さん家の近くにある神社にあの石を祭れば、力が取り戻せるってこと?」
きなこが散策していた先は神社だった。その神社にあの石を納めて一緒に祭って貰えば狛犬が力を取り戻すのは早くなるだろう、というのがきなこの推測だった。
「でも、勝手に奉納なんかして大丈夫なの?そりゃあ、昔は神社に祭られていたようだけど、勝手なことして罰が当たるなんて嫌だよ」
「じゃが、ここに置いておいてもお主一人の供物では限界がある。何時まで経っても力は戻らんぞ」
一理あるけど……勝手に置いていいって話にはならないよねぇ、さすがに。勝手なことして罰が当たるのは遠慮したいんですけど。きなこも狛犬も神社に置いてこればいいと言うけれど、見つかってゴミか何かに間違われて捨てられたんじゃ目も当てられない。そう思うのだけど……
「……わかった、わかった。でも見に行くだけだからね」
円らな瞳を惜しげもなく向けてくる二匹に勝てなかった……きなこがあざといのはわかっていたけれど、狛犬、あんたが真似したって不気味なだけで可愛くないんだってば。
でも、行かないといつまで~も無言の圧が続きそうだから一度だけ行くことにした。負けた気分でなんか悔しい……まぁでも、それであの狛犬が私の管轄から外れてくれるならそれはそれでいいかもしれない。
どうせ行くなら早い方がいいと、翌日の仕事の帰りに寄ることにした。狛犬は本体の石を車に積んだけど、石なら熱中症で死ぬこともあるまい。きなこは相変わらず自由に過ごしているだろうし。
因みに二日目も昨日と同じピーマンの収穫をした後、ピーマンとトマトの袋詰めだった。同じ内容なのでありがたい。他の人たちはまた違うことをしていたようだけど、何をしているのかわかるほどこの家が何を栽培しているのかわかっていないのでわからなかった。そのうちわかるだろう、そう思いたい。
近所のパートさんたちとは作業内容が違うので休憩とお茶の時間しか顔を合せなかった。挨拶以外で話をする機会もなかったし。母や祖父のことを知っているようだけど、どう思っているんだろう。母は結婚を反対されて家を出て行ったからあまりよく思われていない? それとも今どき反対なんて……と祖父母たちの方が呆れられていた? 母は何も言っていなかったし、聞いたこともなかったからさっぱりわからない。機会があったら聞いてみたいけど、それはまだまだ先のことのように思えた。
収穫の後は涼音さんと一緒に作業をしていたので、あの神社のことを聞いてみた。
「ああ、家の上にある? だったら宮元さんとこやね」
「宮元さん、ですか」
「お爺ちゃん神主さんがいたんやけど、弱ってもて施設に入ったんや。跡取りもえんし、今は近くの神社から祭りの時だけ来てもらってるんや」
誰もいないのなら黙って置いて行ってもわからない? でも、誰もいない神社じゃ意味がないよね。
「ああ、秋になったら祭りがあるざ」
「神主さんがいないのにですか?」
「まぁ、神社の儀式は他所から来た人にやってもらうけど、お神輿やらはうちらで出来るやろ。毎年青年会がやってるで」
なるほど、聞けば掃除なんかも近所の人がやっているのだという。だったら大丈夫かな? いや、やっぱり勝手に置いて行くのは迷惑だろう、いくら狛犬が宿っていても。
昨日と同じように仕事の後ご飯をいただいて、それからきなこが言う神社に向かった。梅沢家よりも上にある神社はこぢんまりとしたものだったけれど、落ち葉などもほとんど落ちていなくて、さっぱりした清涼感があった。巨木が茂った境内は他の寺社と同じように外よりも気温が低い気がした。浜風が木々を揺らす音と玉砂利を踏む自分の足音しか聞こえない。きなこが足音を立てずに進み、その後を狛犬が追う。私は狛犬の本体の石像を手にその後を付いていった。
「きなこ、ここで狛犬が力を取り戻せるの?」
宮司さんがいなくても、地域の人が世話をしているのなら信仰は生きているのだろうけど……
「うむ、可能であろう。音羽、感じぬか、この地に在る力を」
「力?」
何を言っているのかと思いながらも境内を見渡してから空気を感じ取る。昔、何度も魔素の強さを確かめるためにしたように……ここでも同じかどうかはわからないけれど……
「……あ」
「感じるであろう? この地に在る、外にはない力を」
「……うん」
魔素の弱いこの世界だけど、外よりも強いそれを感じた。今は意識しなきゃ拾えないけれど、確かに家などよりもずっと強く感じる。
「何者じゃ?」
この地を巡り力を感じ取っていたら、どこからともなく声が聞こえた。
「きなこ、何か言った?」
「わしではない」
短く否定するきなこが警戒を露にした。何? 今の声って……周囲を見渡して……息を呑んだ。きなこが睨みつけているのは、声がした先にあったのは、狛犬の像だったから。もしかして、ここにもこの神社の狛犬が?
「お、お、御身は……!(あ、あ、あなた様は……!)」
緊張が一気に高まる中、その声に震える声で応えたのは……あの狛犬だった。小さな身体をフルフルと震わせている。もしかして、知り合い?
「み、身は、奥の谷の御社の狛犬にて侍り(わ、私は、奥の谷の神社の狛犬です)」
「奥の谷じゃと? あの社は既に消え去ったはずじゃが」
……知り合いではなかったようだけど、認識はされていたみたいだった。狛犬の尻尾が揺れている。犬じゃないって言い張っていたくせに……いや、そんなことはどうでもいいんだけど。
「身一人のみぞ生き留まりて侍る(私一人だけ生き残ってしまいました)」
「なんとまぁ……あの社が消えて長く経つが、よう生き残っておったな」
ここの狛犬が感心したようにそう告げた。それにしても、神社の狛犬は言い方は年寄り臭いけれどまだ意味が分かる。これって……家にいる狛犬は長年人との交流が断たれていたから? 神社の狛犬は時代と共にアップデートしていたのかもしれない。何というか、不思議な感じだ。
「それで、何用じゃ?」
「身をここに留め置かせ給へ(我が身をここに置かせてください)」
「ここに?」
「さにて侍り。なにとぞ、なにとぞ(そうでございます。どうか、どうか)」
狛犬が必死に頭を下げ尾を上げた状態で懇願していた。尻尾がちょっと可愛い。
「なるほどなるほど。どう思う、兄弟?」
神社の狛犬が話しかけたのは対の狛犬だった。
「ふむ……我が君はかつて、奥の谷の神の御上に世話になったこともある。無下にも出来まい」
「じゃが、こことて宮司も絶えた社、汝を迎え入れる余裕はないが」
「なにとぞ、そこをば哀れみ給へ(どうか、この身を憐れんでお許しくだされ)」
狛犬は必死だった。まぁ、自身の存在が掛かっているから当然といえば当然だよね。我が家にいたっていつ何時忘れ去られるかわからないし。
「よかろう。ただし条件がある」
「条件?」
家の狛犬の尻尾が停まった。なんか、法外な供物を寄こせとか、言われそう?
「うむ。我の珠になれ」
「な、何と?」
「我が珠も時を経て風化しておる。お主の神体は我が珠と大きさが似ておる。それでよければここにおいてやらぬでもない」
暫くの沈黙が境内の中に流れた。えっと、ここの神社の狛犬の足の下にある珠が風化して割れてるから、その代わりになれと言っているっぽいけど……まぁ、それなら丸く収まる、かな? 勝手に持ち込んだわけじゃないし、何と言っても当の狛犬が許しているんだから。でも、狛犬にとっては屈辱的かな? 足の下で踏まれ続けるわけだし……
「苦しからずやおはします!(それで構いません)」
狛犬の黒く小さな尻尾が激しく揺れていた。えっと、もしかして喜んでいる? それでいいの? 本当に?
「きなこ殿、音羽殿、徳に感じ奉る!(きなこ殿、音羽殿、恩に着ます)」
「うむ。恩を忘れるでないぞ」
きなこが鷹揚に答えたけど、いいの? 本当に? こちらが戸惑っている間に狛犬から石を狛犬の珠のところに置くように頼まれたのでそうしたのだけど……その途端、狛犬の本体とここの神社の狛犬の珠が淡く光って、すっかり入れ替わっていた。狛犬の像と同じような石だったせいか、あまり違和感は、ない?
「これで一件落着じゃ」
きなこがそう言ったけれど、これでよかったの? なんか、釈然としないのだけど。でも、我が家にずっと居座られるよりは確かによかったのかもしれない。




