梅沢家の意外な習慣
作業場から梅沢さん家まではあっという間だった。どこに行っていたのか、作業場から出るときなこもちゃんといて、するりと助手席に乗り込んできた。姿が見えなかったけれど、何をしていたんだろう。帰ったら聞いてみないと。
「今日はどうやった? ごめんな、婆ちゃんが強引で」
「いえいえ、初めてのことばかりで楽しかったです。全然お役には立てていませんでしたが……」
楽しかったのは本当だけど、仕事としては給料分の仕事が出来たとは言い難かった。おやつとこれからのご飯を思えば梅沢家はマイナスじゃなかろうか。いくらお試しとはいえ申し訳ない。
「まぁ、最初はあんなもんやって。俺も加減わからんから結構な数の商品ダメにしたし」
「最初って……転職してからどれくらい?」
そういえばいつからこの仕事やっているんだろう。手慣れていたけど、数年でどうにかなるものなのかな?
「家継いだのは三年前かな。けど、子どもの頃から手伝いはさせられていたから」
「ええっ? 匠海さんも?」
それじゃ、家継いでから始めたわけじゃなかったと?
「え? 俺もって……」
「いえ、お祖父さんも小学校の頃からやっていたって、涼音さんが……」
お祖父さんの話だったよね? いや、あの作業していたのはお祖父さんだったからそう言っただけってこと?
「あ~そりゃあ農家やで、みんな子どもの頃から手伝いしてたざ。シール貼りなんかは保育園の時からやってたし」
「ええええ? 保育園から?」
「そや。まぁ、あれは遊び感覚やったけど」
恐るべき農家、そんな小さい頃から働いていたのか。私がやっていた仕事を保育園児が……これは、農家の血? DNAがそうさせているとか? だったら同じように出来る気がしない……
「まぁ、人手が足りんし、忙しい時は手伝いするのが普通やと思ってたけど、実は違うんか?」
「サラリーマンの家庭では、しないですねぇ」
「なるほど……そうやな。勤めてた時はその仕事を家族に手伝わせるなんて思いもしなかったわ」
どうやら普通の定義が違うみたいだ。家族経営だとそんなものなのかな。そういえば、実家が洋菓子屋だった友人はクリスマス前になると朝から晩まで手伝いで遊びに行けないと嘆いていたっけ。そんな話をしている間に梅沢家に着いてしまった。しまった、本当にご飯を頂いていいのかこっそり聞くつもりだったのに。
「さ、遠慮せんと食べて行ってや」
「……いいんですか?」
「もちろん」
「でも私、全く戦力になっていなかったですよ?」
やっぱりこのまま帰ろうかな。居たたまれなさそうだし。
「そんなん気にせんでいいって。慣れれば早く出来るようになるで」
そう言って案内されてしまった。きなこを抱いて家の中に入るとそのまま手洗い場に案内されてしまった。うう、押しが強い……そしていい匂いがしている。正直すぎる自分のお腹が今は恨めしい……
「音羽ちゃん、こっちや」
涼音さんが私を見つけて声をかけてくれた。先日、梅沢家の皆さんと囲んだ座卓には知らない人の姿もあった。この人たちが近所のパートさんか。男性一人と女性二人で、お祖父さんたちと同年代っぽいけど……なんか、警戒されている? にこりともしないどころかじろじろ見られてい居心地が悪い……
「あ、音羽ちゃん、この人らは手伝いに来てくれてる人らや。山田さんとこの敏夫さんに小林さんとこの幸江さん、あと、うちの親戚のきく枝さん」
「初めまして。佐野音羽です」
挨拶は大事だ。にこやかに、でも馴れ馴れしくない程度の笑顔で挨拶をした。
「あんたが淳ちゃんとこの孫か」
「ああ、陽子ちゃんの……」
帰ってきた言葉はそれだけだった。もしかして、あまり歓迎されていない?
「あらぁ、今日はきな粉餅の子も一緒なんや」
きな粉餅って……あれ、この人って……
「あ、覚えてる? 移動式スーパーんとこで」
「あの時の!」
あそこで会ったお婆ちゃん三人組の一人だ。少なくとも一人は友好的な感じでちょっと気が楽になった。
「さぁさ、座って。早食べよっさ」
座卓には既に乗り切らないほどの料理が大皿でドンと並んでいた。この家の食事って、毎回こんな感じなの? 量も種類も多いんですけど……煮物と煮魚、野菜炒めに鶏肉の照り焼き、漬物に旬の生野菜の数々……これ作るだけでも結構な手間と時間がかかっていると思うんだけど、お祖母さんと涼音さんも作業場にいたけど、作り置き? それにしては出来たて感が……
「今日は匠海とお義父さんが作ったんや」
「……え?」
「あ、煮物やら漬物はお義母さんやけどね」
ちょっと待って――!! この料理が、煮魚と野菜炒めと鶏肉の照り焼きがお祖父さんと匠海さんの作だと? そういえば二人とも、暫く姿見なかったけど……料理していたの?
「うちは当番でご飯作るんや。忙しい時は子どもがご飯の用意する係やったから」
「……そ、そうなんですか」
子供がご飯を……私も小学生の頃から料理はしていたけれど、それは自分の分だけだった。家族の分もって……
「子供の頃はおにぎり握るくらいしか出来んかったけど」
屈託なく匠海さんが笑ったけど、パートさんたちも何も言わないからこれが普通ってこと? 目が合ったパートさんが「家業がある家はそんなもんや」と言った。無口な男性お二人は亭主関白の典型かと思っていたけれど、料理を当番制で……意外過ぎて言葉が出てこなかった……繁忙期になると大人は仕事にかかりっきりだから、子どもが家でご飯の準備をしていたのだという。なるほど、本当に家族総出なんだ。
「音羽ちゃん、この照り焼きは俺の自慢作なんや。美味いざ」
「ほやな、匠海は肉料理担当やな」
驚きの連続で、もうどこから突っ込んでいいのかわからない。田舎のイメージがどんどん崩れていく。しかも予想外の方向に。でも……
「美味しい……」
「そやろ! たくさん食べてってや」
匠海さんが嬉しそうだ。そして美味しい、煮魚も。凄い……煮魚に挑戦したことは何度もあるけど成功した試しがなかった。今度是非教えを乞いたい。何というか、色々と規格外な家族だ。農家の概念が根底からひっくり返りそうな勢いだった。いや、家族の形は家族の数だけあるんだろうけど。
「あ~食った食った! これで午後も頑張れるわ~」
誰よりもたくさん食べていたのは匠海さんだった。若いし肉体労働だからなぁ。食べっぷりが思い切りよくて食べさせ甲斐がありそうだ。それにしても、匠海さんらは午後も仕事ってこと?
「ほなら、うちらは帰るざ」
そう言ってパートさんたちが玄関に向かって行った。
「あ、あの、じゃ、私も……」
帰った方がいいよね、お昼までって話だったし。
「ああ、音羽ちゃん、ありがとなぁ。疲れたやろ、しっかり休むんやざ」
「はい、ありがとうございます」
「いやいや、ありがたいのはこっちの方や。明日も頼んでもいいか?」
「それは構いませんが……足手纏いになっていません? もしそうなら遠慮なく言ってくれた方が……」
どう考えても戦力になっていない。それでもいいのか不安でしかない。好意に甘えちゃっていいのかなぁ。田舎には田舎のルールがあるみたいだけど、ダメならダメとそこははっきり言ってほしい。
「最初はだれでもあんなもんやって。気にせんと来てくれたら嬉しいで」
「だったら、明日もよろしくお願いします」
疲れたけど楽しかったし、出来ていないことが心残りだからまだやってみたかった。ご飯も美味しかったし。今度匠海さんにはあの照り焼きのレシピを聞いてみよう。煮魚は……もうちょっと親しくなってからかな。まだ挨拶したくらいで喋ってないんだよねぇ。匠海さんのお父さんもだけど。
「あ、音羽ちゃん、これ持って行きね」
帰ろうとしたら、涼音さんに今日袋詰めしたピーマンとトマトを二袋ずつ持たされてしまった。
「ええっ? いいんですか?」
これ、スーパーで98円で売ったやつだよね? 完全に梅沢家マイナスだと思うんだけど。
「いいのいいの、他のパートさんも持って帰ったし」
他の人も……だったらいいの? 本当に? こんな大判振舞いしていたら梅沢家破産しない? そうは思ったのだけど、重ねてそう言われてしまえば拒否なんか出来なかった。押しが強くて、勝てる気がしない……
何度も頭を下げて車に乗り込んだらムッと暑かった。サンシェードがなかったらハンドル触れないレベルだ。窓を全開にしてきなこと共に家に向かった。
「そういえばきなこ、姿見えなかったけど、外にいたの?」
「うむ、あの辺りを散策していた」
「散策?」
いやまぁ、猫又だし、私とは繋がっている感じがするから迷子になることはなさそうだけど。
「何か、あった?」
「そうじゃな、興味深いものを見つけた」
「興味深いもの? それって……」
「家に帰ってからじゃ。お主の運転が心配で落ち着いて話せんからな」
うう、そう言われてしまうと何も言い返せなかった。気にはなるけど、家に帰ってからの方がちゃんと聞けるのは間違いないから。




