休憩を挟んで
作業場にはエアコンが付いていて涼しかった。お祖父さんが少し離れた場所に座って新聞をテーブルに広げて読み始め、残り四人はさっきのテーブルを囲う。きなこが膝に戻ってきた。暫く姿が見えなかったけれど、どこ行っていたんだろ。後で聞いてみないと。
持って来たお茶で喉を潤す。というか汗で失った水分を補給した。一気に半分飲んじゃったよ。でも、それくらい暑かったんだから仕方がない。こっちに来てからは外でBBQをするようになって汗をかくことが増えたように思う。
そして……お腹が空いた。初日から無様な姿は見せられないと朝ご飯はしっかり食べてきたのに。身体を動かすってこんなにお腹が空くものだったとは……だけどちっとも嫌じゃない。むしろ達成感というか爽快感がある。
「音羽ちゃん、食べるか?」
涼音さんが出してきたのはカゴに盛られたお菓子だった。個別包装された和菓子系のもので、スーパーなんかで大袋に入って売っているものだ。懐かしい。母も好きだったんだよね、特に栗しぐれとか最中とか。
「お腹空いたやろ? 遠慮せんと食べね」
「ありがとうございます」
何もしていなかったけれど、みんなが手を伸ばすので遠慮なくいただいた。明日からはおにぎり作ってこようかな。そう思ったらおにぎりも出てきて匠海さんが手を伸ばした。美味しそう……でも、戦力になっていないのに食べるのも憚られる。うん、朝ご飯の量増やさないと。そしておにぎりは持参し……
「音羽ちゃんも食べね。塩効いてて美味いざ」
匠海さ~ん! 嬉しいけど、凄く嬉しいけど今は嬉しくない! でも涼音さんもお祖母さんも勧めるのでいただいたけど。おにぎりは塩だけのシンプルなものだけど美味しかった。同じお米なのに……焚き方が違うのかなぁ。今度コツを聞いてみよう。
「……美味しかったです」
食べきれるか不安だったはずなのに、ぺろっと食べてしまった。ちなみにその間に匠海さんは三つ食べていた……身体大きいから消費エネルギーも大きいと? 因みに気が付けば皆さん一個は食べていた。よかった、お腹空いたのが私だけじゃなくて。
その間も涼音さんとお祖母さんは近所の人のことを話しているようだった。知らない名前が出てくるからよくわからない。それにお祖母さんは方言がきついし早口で聞き取れない。慣れたらついていけるんだろうか。
「どうやった、試しにやってみて」
おにぎりを食べきった匠海さんが和菓子に手を伸ばしながら声をかけてきた。まだ食べるの?
「いやぁ、戦力外感満載でした」
謙遜する余地もなく役に立っていなかった。初めてだからと言われればそれまでだけど、直ぐにどうにかなるとは思えない。いや、私だって入社した頃は仕事遅かったけど。
「そんなことないって。それに最初は出来なくてもしょうがないで」
「そう言ってくれると助かります」
う~ん、なんか悔しいから出来るようになって胸を張りたい。作業自体は嫌じゃなかったし。前職でも一人で淡々と作業するのは好きだったから。
「あんまり気負わんと。今はそこまで忙しくないで楽にやって」
「ほやざ。そのうち慣れるって」
「涼ちゃんが言うと説得力あるわぁ」
「もう、お義母さんってば」
お祖母さんがそう言うとどっと笑いが上がった。いじっているように聞こえるけどカラッとしているし、言われた本人も笑いながら言い返したりもする。なんかいいなぁ、こういう雰囲気。
「この後は何するんですか?」
お昼までまだ3時間近くあるし、やることあるよね。
「ああ、野菜の袋詰めの残り、お願い出来る?
「もちろんです」
収穫よりは早く出来るはず。またみんなでやるのかと思ったら、涼音さんと二人だった。お父さんとお祖母さんは野菜の洗浄を、匠海さんはハウスに戻って明日出す野菜の収穫をしに軽トラに乗って行ってしまった。
「こっちは明日出すやつやから慌てんでいいざ」
そうか、だったら正確性を第一にした方がいいのかな? 涼音さんが選別して計り、私がそれを袋に詰めていく。テープ留めとシール貼りは後にするという。浅いトレイのようなものに袋に入れたピーマンを詰めていったけれど……お祖父さんがやっていたようにきれいに入らない。3個だけなのに、何で?
「お義父さんみたいに綺麗にいかんやろ?」
「はい……」
悔しいけど、あんな風に早く綺麗には出来ない。
「お義父さんはこの道60年以上のベテランやから」
「60年以上、ですか?」
「ほや、小学校入った頃からやってたんやと」
それは……年季が違い過ぎて、太刀打ち出来る気がしない。
「自分なりに綺麗に出来ればいいざ」
そう言って涼音さんが笑った。日に焼けて目尻に皺もはっきり出ているけれど、健康的な素敵な笑顔だった。いいなぁ、きっといい人生を送っているんだろうな。私も年取ったらこんな風に明るく笑える人になれるといいんだけど。新しい目標が見つかった気がした。
それからも他愛もない話をしながら袋詰めを頑張った。なかなか思うように綺麗に入らないけれど、最初にやったものよりはマシになったはずだし、そのうち納得出来るものになるはず。そう信じたい。詰めるものが無くなると涼音さんはテープ止めを始めたため、シール貼りに勤しんだ。不定形なのもあってか意外と真っすぐ貼るのって難しい。奥が深い……
「音羽ちゃん、お茶飲んでる?」
「え?」
「さっきからなんも飲んでないざ。ちゃんと飲まな」
いかんいかん、集中すると忘れちゃう癖は前職とかわらない。前は空調の利いたオフィスの中だから滅多なことはなかったけど、ここは冷房が掛かっていても出入りも多いから暑い。気を付けないと……
「すみません、前職は事務だったせいか……」
「ああ、わかるわ。私も最初はそうやったから」
「涼音さんは、前は何を?」
「私? 服屋の店員やったんや」
ブティックにお勤めだったってこと? 美人だから確かにぴったりだよね。だったらさぞかしおモテになったんじゃ……
「どうして農家に……」
「ふふっ、お父さんに惚れちゃったから」
「惚れ……?」
えええ? 涼音さんの方から? 逆かと思っていた。
「そう。あの人、ああ見えて強いんやざぁ。学生の頃は柔道部やったんやで」
「柔道部?」
意外だけど納得でもあった。お年の割には体格がしっかりしているなぁと感じたから。なるほど、涼音さんの方が積極的だったのか。農家に嫁ぐって大変だっただろうに、それを補って余りある何かがお父さんにあったのか。奥が深い……
「ああ、お義父さんも息子らも柔道やってたんやざ。皆辞めてもたけど」
えええ? お義父さんも? それに息子さんもってことは匠海さんも? 意外だ、武道やっているようには見えなかったから。
「変なのに絡まれたら匠海呼べばいいざ。あの子、ああ見えて強いで」
「そ、そうですか」
優しいだけの人かと思っていたけど意外だ。ありがたいけれどそういう事態にならないように祈りたい。面倒事はさすがに遠慮したい。
その後もいろんな話をしてくれた。町内で厄介な人や気を付けた方がいいこと、秋に町内の祭りがあることなどだ。秋祭りかぁ……子供の頃、子ども会で祭りがあったけど、あれは地域の祭りって感じじゃなかったよなぁ。ちょっと面白そう。
ピーマンが終わった後もトマトの袋詰めが待っていた。こっちは小さくてピーマンほど難しくなかった気がする。そうしている間にお父さんも戻っていて、袋詰めしたものをカゴに詰め替えてどこかに運んだり、誰かの足りない何かを持ってきたりしていた。
誰もが仕事の内容を理解していて、互いに何をしているかがわかっているせいか、流れるように仕事が片付いていくように見えた。気心が知れた者同士の「何も言わなくてもわかっている」感っていうの? これまでに感じたことのない一体感というか連帯感があるように思えた。もっとも、私はその中に入れていないし、これからも入っていける気がしない。こういうのって長い年月と密度の濃い付き合いで自然に出来たものなんだろうなぁ。
「ああ、匠海戻ってきたか。じゃ、大体片付いたで戻ろうか」
車のエンジン音がしたと思ったら涼音さんがそう言った。音でわかるものなのかと感心していたらドアが開いて匠海さんが入ってきた。凄いなぁ、家族間の密度が高いというか距離が近いというか、こういう家族もあるんだ。
ふと、母の顔が浮かんだ。仲はよかったけれど仕事人間で一緒にいる時間は少なかった。顔を合わせるのは朝だけ、残業ばかりで寝る前に帰ってくるのが珍しいくらいだった。そういうものだと思っていたからここの家族の様子には毎回驚かされるばかりだ。
「あ、音羽ちゃん、戻ろか。腹減ったやろ」
久しぶりに懐かしい記憶を辿っていたら匠海さんに声をかけられて、朝来たときと同じく軽トラで匠海さんと梅沢家に戻った。中々に濃い半日だった。早くも腕や腰が怠くてあちこち筋肉痛になりそうな予感がする。明日は筋肉痛かなぁ……普段使わない筋肉をかなり使った自覚はあるし。
「今日は朝早くて疲れたやろ。しっかり食べて行ってや」
仕事の後にご飯を食べて解散ってこと? それでいいの? 何だかこっちに都合が良すぎて申し訳ないのだけど……




