まさかの戦力外?
向かった先は山一つどころかもう一つくらい超えた先だった。道はそれなりに広い道だったけどカーブが多くて、涼音さんが念を押した意味が察せられた。これはきなこを気にしながら走るのは危ないよね。
それでも、最後のカーブを曲がったら一気に土地が開けた。その先はそれなりの広さの平地になっていて、ビニールハウスがいくつも並んでいた。既に車が何台か停まっている。もう誰か来ているっぽい。ここが、今日のピーマンの収穫場所?
「ああ、こっちや」
そう言って荷台から何やら道具を取り出した匠海さんが向かったのはビニールハウスの一つだった。中に入ると明るくてムッと熱気が押し寄せてくる。太陽の光が降り注ぎ、風を感じた。ハウスの両脇の上部の窓は開いていて、そこから風が回って来るらしい。これが、ビニールハウスの中って初めて入ったけど、思ったより広いんだ……
「ビニールハウスなんですね」
「あ、普通の畑やと思ってた?」
「はい」
季節のものだから露地栽培だと思っていた。だってハウスで育てるとお金かからない?
「昔は露地でやってたんやけど、鹿やら猪に食われてもて。さすがに植えた後から食われると仕事にならんからハウスにしたんや」
なるほど、これがニュースでやっていた獣害というやつか。こんな身近で体験するとは思わなかった。
「まぁ、ちょっと暑いけど雨風や虫なんかも防げるから。昔は台風で折れたりして全滅したこともあったし」
「大変なんですね」
「自然相手やから。でも、無事育って収穫した時は嬉しいざ」
そう言って笑みを浮かべた。誰も次ぐ人がいないから継いだと言っていたけれど、この人の性分には合っているみたい。中に入ると向こう側に人の姿があった。
「ああ、あの人らもパートさんや。近所の人が手伝いに来てくれているんや」
人の姿に気づいた私に匠海さんがそう教えてくれた。もう作業をしているらしい。匠海さんが「ちょっと待ってて」と言ってハウスの外に出て行った。
「きなこ、暑かったら外に出てね」
「うむ」
まぁ、心配はないと思うけど、梅沢さん家の人たちが心配しない程度でお願いしたい。
「音羽ちゃん、ピーマン採ったことある?」
「ないです」
「普通そうやなぁ」
そう言って笑ってからピーマンの収穫の仕方を教えてくれた。
「採るのは大きくなったやつだけや。そうやなぁ、これくらいの大きさ、スーパーとかでよく見るサイズや」
そう言って近くにあったピーマンを一つ採って手に載せてくれた。それは艶々していて綺麗な深い緑色だった。うん、美味しそう。
「音羽ちゃんやったら、こう、握って親指と人差し指が届かんくらいかな。軸を長めに切って、それからもう一回根元で切るんや。そうせんと実に傷がついてしまうで」
なるほど、二段階で切ると。聞けば軸が長いままだと他のピーマンを傷つけてしまうらしい。奥が深い……だけど私の場合、気を付けても実を傷つけそうな気がする。失敗したのは買い取った方がいいかなぁ。失敗しないように気を付けないと……試しにやってみた。匠海さんは簡単にやっていたけれど、鋏に慣れないせいか上手くいかない。それでも……
「あ、上手。うん、そんな感じでお願い」
「これで、いいんですか?」
軸の長さは匠海さんのより長いし、綺麗にスパッと切れていないけれど。
「うん、大丈夫。これでいいざ。あ、採った実はこのカゴの中にそっと置いてね。実が傷つくで」
「はい」
小さなカートに乗ったオレンジ色のカゴが出てきた。このカゴ、スーパーとかで見たことがある。それにしても小さな実一つもちゃんと商品なんだなぁ。事務仕事していると商品とは直に接するなんてなかったから新鮮だった。無意識に粗雑に扱ったりしないよう気を引き締めないと。
「この列やってくれる? あ、慌てんでいいし水分はしっかり摂ってね。でないとすぐ熱中症になるから」
「了解です」
返事をすると匠海さんが嬉しそうに笑った。
「じゃ、俺はその辺にいるで。なんかあったら声かけて」
そう言うと匠海さんは背を向けて向こうに行ってしまった。ちょっと不安だけど、やらなきゃ上手くならないからやるしかない。いざ、鋏を持つ手に力を込めた。パチ、と音がして軸が切れる。そして実のギリギリ上で切り直す。これでいいんだよね。初仕事に感無量だった。うん、出来そう。そう思ったのだけど……
10個くらい収穫を終えた頃、匠海さんが隣の列で収穫を始めたんだけど……
(ええええ? 何、早すぎ……)
一ルック一カットノールックでピーマンをカゴに入れ、あっという間に私よりも先に進んでいった。早過ぎる……周囲を見渡せばお祖母さんの姿が見えた。こっちは……更に早い? えっと、私、完全に戦力外じゃない? そうは思ったけれどやらないわけにもいかない。急げば実を傷つけそうだから真似なんて出来ない。言われた通りの手順で必死に手を動かした。
「音羽ちゃん、もうここまで来たの?」
無心でピーマンと戦っていた私に声を掛けたのは涼音さんだった。その横には3つのカゴが積みあがった台車があった。ピーマン以外のものも見える。えええ? もうそんなに採ったの? 私、まだカゴ半分もいっていませんが……
「ええっと、遅くてすみません……」
戦力外過ぎて言葉もない。事務仕事の早さにはちょっとだけ自信があったけれど、こっちはどうやら向いていなさそう。いや、初めてだから向き不向きもわからないけれど。
「全然! 初めてにしては早いざ。それに丁寧やし」
あっけらかんと涼音さんがそう言ったけれど、その言葉鵜呑みに出来ないです、はい。これが農業お試し体験ならいいけど、仕事としてこれでは給料泥棒でしかない。うう、農業舐めていました。ごめんなさい……
「私も最初はな~んも出来んかったんやざ。実が傷ついてないなら合格やって。私なんか実を鋏で切って幾つもダメにしてたから」
「そうなんですか?」
「そうやざぁ。涼ちゃん、不器用やから最初は大変やったんやざ」
後ろからお祖母さんが笑いながらそう言った。
「いややわ、お義母さん、昔のことやのに」
「ほやけど、本当やろ。まぁ最初は誰だって上手く出来んもんや。匠海なんかもっと酷かったんやからな」
「匠海さんが?」
「ほやざぁ。あの子、力加減わからんで、枝ようけ折ってもて」
匠海さん、枝ごと折っていたの? さすがにそれはなかったから及第点だった、のかな?
「婆ちゃん、昔のことやろ」
「何を言う。この前も梨の木の枝、折ってたやないか」
「あれは折れかかっていたから切り落としたんやって」
なんか、ポンポン言葉が飛び交うけど、早口になると何を言っているのかよくわからない。でも、匠海さんが云々よりも、涼音さんもお祖母さんも私を安心させようとしてそう言ってくれているのはわかった。いい人たちだなぁ、こう言うのが家族って言うんだろうなぁ。
「それよりも、はよせんと間に合わんざ」
「え? あ、ほんとだ。ヤバい」
腕時計を見て匠海さんが慌て出した。スマホを見たら7時近かった。もうこんな時間だったんだ。
「音羽ちゃん、今日はここまで。今から戻って袋詰めや」
「え? もう?」
「ああ、スーパーの開店時間までに持っていかなあかんから」
「ええ?」
収穫して終わりじゃなかったの? そのまま軽トラにピーマンが入ったカゴを積んで、元来た道を戻った。向かった先は海岸沿いの大通りの手前にあった建物だった。周りには屋根付きの駐車場なんかもある。
「ここは収穫したやつを袋詰めしたりする作業場なんや」
そう言って中に案内されると、手前側には流しやテーブルがいくつか並んでいた。一番テーブルの一つに案内される。目の前にさっきのピーマンとビニール袋、キッチン秤とそれに載るサイズのトレイ、そして見たこともない機械が置かれていた。既にお祖母さんがピーマンを一個ずつ手に取って別のカゴに入れ替え、涼音さんはそれらを三つずつ秤に載せて重さを図り、お祖父さんが袋に詰めていく。えっと……
「俺がテープで留めていくで、音羽ちゃんはシール貼っていってくれる?」
「はい」
それは品名や生産者名、値段などが印刷されたものだった。匠海さんが貼ったものを見本として置いてくれたので、それと同じようにシールを貼っていった。いったんだけれど……
(皆さん、手が早い……)
慣れているせいなんだろうけど、皆次々に自分の仕事をこなしていく。いつもこんな感じなのか、動きに無駄がない。お父さんはお祖母さんが仕分けしているかごが無くなる前に新しいカゴを運んできたり、袋詰めされたものを運んだりと細々と動いている。お祖母さんと涼音さん、匠海さんは何やら話をしながらやっているけれど、私はそんな余裕はなかった。テープが貼られた袋がテーブルに溜まっていく。ひぇええええ……私、完全に足手纏いだ……
焦っている間にお祖母さんの作業が終わり、それは涼音さんたちへと移っていく。最後はみんなでシール貼りだった。申し訳ない、私の手が遅いせいで……
「今日の分は終わりや」
最後の一カゴを軽トラに積むと、そのままお父さんが行ってしまった。今からスーパーに卸すのだという。軽トラにはピーマン以外の野菜が載っていた。あれは何時収穫したものなんだろう……朝、既にお祖父さんとお祖母さんがここに来ていたっけ。
「音羽ちゃん、休憩しよっか」
匠海さんが首に巻いたタオルで汗を拭きながら笑った。




