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限界OL、山を継ぐ~前世の従魔とスローライフ  作者: 灰銀猫


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新たな問題

 あの人が帰ってから十日が経ち、私がこの家に引っ越してから一月を迎えた。


 匠海さんの話では、あの人の祖父母の家がここの県庁所在地にあるらしく、この辺りにも子どもの頃海水浴で来たことがあったらしい。我が家に来たのも帰省のついでだったとか。そんな接点はいらなかった。まぁ、祖父母だし奴は東京で激務中だから頻繁に来られるわけでもないだろう。


 あの人からは翌々日の晩、メールがあった。出勤してすぐに私が使っていたパソコンを調べたところ、私が告げたフォルダにマニュアルがあって、該当する顧客情報や気を付ける点などの細かい情報が残っていたという。よかった、残っていて。共有フォルダのマニュアルを消した奴もそこまでは気が及ばなかったらしい。その後マニュアルを自分のパソコンと共有フォルダに移動し、共有フォルダの方は勝手に削除出来ないようロックをかけたという。


その後、山田課長を問い詰めたところ「そういえばそんなものを作ったと言っていたかも……」と言葉を濁したため、改めて調査することにしたのだという。システム管理部に頼んで誰がマニュアルを消したかを調べてもらうと同時に、山田課長についても調査することになって、今はその結果待ちだ。


 あの人には「ありがとうございます」と一言だけ返して終わった。余計な会話は不要だし、暗に関わりたくない意も込めたつもりだ。気が利く人なら察してくれるだろう。どうせマニュアルの件が片付いたらもう関わらないつもりだし。あっちも異動してきたばかりだから忙しくてこっちに構っている暇はないはずだ。そう思いたい。


 匠海さんにはあの後SNSでお礼を伝え、後日あった時にも改めてお礼を言った。


「気にせんでいいって。むしろ連れて行かん方がよかったか?」

「え?」


 不安そうにそう問われて、その真意がすぐにはわからなかった。私としては同席してくれて大変ありがたかったのだけど。


「いや、あの人の顔見た時、なんか顔強張ったで」


 え? 気付かれてた? まぁ、確かにびっくりしたし、相手が相手だから警戒MAXだったけど。


「前の会社に嫌な印象しか残ってなくて。それに、こんなところまで来るとは思わなかったのでびっくりしたんです」


 パワハラは本当だから嘘じゃない。多分山田課長が来ても警戒はしたと思う。


「そっか。いや、案内した俺が言うのもなんやけど、迂闊やったとちょっと気になってたんや」

「迂闊?」

「ああ、女性の一人暮らしんとこに事情も知らず連れて行くの、不用心やったって。この辺、若いので一人暮らししてる奴いないから何も気にせんかったけど、相手がヤバい奴やったら危なかったやろ?」


 それは……考えもしなかったけれど、匠海さんは最近「トクリュウ」とかの変な犯罪があるからと言って頭を掻いた。そっか、そういう可能性もあるんだ……いや、あの家にそんな金目のものなんか何もないけど。


「気ぃつけてや。あの家やと助けを呼んでも聞こえんで」


 そういえば隣はかなり遠い一軒家だった。悲鳴上げても、誰も気づかないよね。そこまで考えていなかった。気を付けないと……


「気にかけてくれてありがとうございます」

「いやいや、俺としてはきなこちゃんと遊べて満足やったけど、今度からは気を付けるわ」


 そう言って浮かべた笑みはお日様のようにカラッと明るかった。いいなぁ、この人。身体は大きいけれど癒し系だ。改めてお礼をしないとなぁ。借りが一方的に溜まっていく……




 辞めた会社のことは報告を待つとして、私にとっては今の生活の方がずっと大事で切実だった。


「う~ん、いい加減働かないとマズいなぁ……」


 引っ越してから一月、BBQも堪能し、ここの生活にも慣れてきた。買い物難民も克服したし、町内会のことも、まぁ、何事もなく済んでいる。ありがたいことに回覧板で回す情報はアプリで届くから必要以上に近所の人と接することもないし、ごみ出しで絡まれることもない。今のところ概ね順調といえるけれど、財布の中身は段々心許なくなっていた。これは由々しき問題だ。


「そうじゃな。働かねば肉も魚も買えぬからな」

「そうだよねぇ、家で野菜を育てるくらいは出来るかもしれないけれど、自給自足には程遠いし」


 そもそも野菜なんか育てたことないから収穫出来るまで育てられるか自信がない。それが出来ても肉や魚はさすがに獲ってくるのは無理だ。海が近くても釣りなんかしたことないし。


 あの狛犬も時々やって来ては肉も魚も野菜も食っていく。まぁ、安い食材しかあげないけど。一度、「もっといいものが食いたい」などと言い出したので「文句があるなら何もやらない!」と怒鳴ったら大人しくなった。ただで食べられるだけ有難いと思ってほしい。こっちは無限に肉や魚が手に入る環境じゃないんだから。


「生活費がいくらかかるか、確認しないと……」

「うむ。データとやらが大事なのじゃろう?」

「うん」


 これまでの出費を計算してみた。引っ越ししたばかりだから想定外の出費もあったけれど……


「最低でも、12、3万は必要だよねぇ……」


 東京で暮らしている時よりは安いけれど、収入も減っている。前は残業三昧だったせいでそれなりの額を貰っていたし、学生の頃からの節約生活が身について月18万くらいで暮らしていた。夜はスーパーかコンビニの総菜が多かったから食費は高かったけど。


「この辺で仕事かぁ。会社らしい会社も店もないし、雇ってくれるとこ、あるのかなぁ」


 ここの人たちもどこかに勤めに行っているのだから働き口はあるはず。離職票も手に入ったし、そろそろハローワークに行った方がいいのかもしれない。遠いけど。


「匠海にでも聞いてみてはどうだ?」


 示された提案に思わずきなこを見た。匠海さんに?


「奴なら知り合いも多そうじゃし、伝手があるのではないか?」


 なるほど、匠海さんかぁ、顔が広そうだから聞いてみる価値はあるかも。この辺ってバスも一日に数本しかないから通勤手段は必然的に車になるんだよねぇ。だったら時給が安くても近所がいい。通勤に一時間かけるくらいなら近場で一時間長く働いた方が得だし。


「よし、匠海さんに聞いてみよう」


 というわけで、匠海さんにSNSのアプリを使って尋ねてみた。どこか近くで働ける会社はないかと。半日程度で家から近く、職種は……事務は出来るけれどそれにこだわらないとも。そもそも会社らしい会社がないから事務職があるとは思えないし。




 返信があったのはお昼前だった。朝から畑に出ていて気が付かなかったらしい。家でご飯を食べながら話を聞くと言われてしまった。う~ん、いいのかな? ご飯までいただいちゃって。そうは思ったけれど、せっかくなのでお邪魔することにした。


「音羽ちゃん、いらっしゃい!」


 呼び鈴を鳴らすと出てきたのは涼音さんだった。恰好からして農作業後のようだけど、笑顔が眩しくて日焼けした健康美人だ。匠海さんもそうだけど、この二人はお日様が似合う。案内されたのは町内会の話を聞いたあの部屋だった。座卓には既にいろんな料理が並んでいた。煮物が多い。美味しそう……


「さぁ座って! お父さんたちも今来るから」


 え? お父さんって、匠海さんの? それにたちって……その疑問はその後現れた三人で理解した。匠海さんのお父さん、それにお祖父さんとお祖母さんだった。大家族だと聞いていたけれど三世代同居だったんだ……皆同じような恰好をしているから畑に出ていたっぽい。


「まぁ、話は後にして、まずはご飯にしましょう」

「ほやほや、腹が減っては頭に血が回らんざ」


 涼音さんとお祖母さんがご飯をよそい、お茶を並べる。料理は煮物が多いけど、トマトやらきゅうりやら新鮮な野菜も多い。これ、匠海さん家の畑で採れたやつかな。しっかり味が濃くて美味しい。お父さんとお祖父さんは黙々と食事をし、涼音さんとお祖母さんが話をして時々匠海さんが加わっていた。賑やかだなぁ、TVで見た大家族って感じだ。


 食事が終わると男性陣は何処かへ行ってしまった。聞けば今からシャワーを浴びて昼寝の時間だという。匠海さんと女性だけになり、お祖母さんが冷たい麦茶のお替りを出してくれた。


「それで、仕事を探しているって?」


 声をかけてくれたのは涼音さんだった。


「はい。この辺りで雇ってくれそうなところはあるでしょうか?」


 車の運転に自信がないため近いところがいいこと、時間は半日程度で職種は拘らないけれど事務以外の経験はないことを告げた。


「そうやなぁ、会社も個人でやってるとこばっかやし」

「働くなら町に出んと。スーパーとかの店員は? あそこら、いつも求人してるし」

「それ以外やと介護施設は? あそこもいつも求人出したわ」

「でも、あそこはヘルパーの資格いるやろ?」


 それって、あの車で15分かかるあの店のことだろうか? 毎日あそこまで通う? 想像しただけで気が重くなった。介護も資格がないから無理か。う~ん、やっぱり遠くまで行かなきゃ無理か……


「ほやったら、家で働くか?」

「ええ? お義母さん?」

「婆ちゃん、さすがに家は無理やって」


 涼音さんと匠海さんがすぐに止めに入った。





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