狛犬?再び
暗闇の中、目の前にいたのは、黒っぽい生き物だった。しかも小さい、掌に乗りそうなくらいに。大きいハムスターくらいしかないけど……毛玉から進化、した?
「狛犬だから犬、でいいのかな?」
「狛犬は犬に非ず。我は獅子なり(狛犬は犬ではない。わしは獅子じゃ)」
胸を張ってそう告げる様はプライドの高さを感じさせるけれど、土地神様の眷属というには俗っぽく見えたけれど……
「へ? ししって……」
「音羽、ライオンのことじゃ」
「はぁ? ライオン?」
ししって獅子のことだったの? ええっ、犬じゃなかった?
「そ、それは失礼をば……」
「日々の奉り物に免じて許さむ(供え物に免じて許してやる)」
えっと、相変わらず何を言っているのか……現代語を話してほしい……
「音羽、許すそうじゃ」
「そ、そう。でも、何で……」
「お主の供え物に免じてじゃと。まぁ、許しを乞わねばならん立場ではないがな」
あの残り物のお供えで? でも、きなこの言う通りだよね。本体を回収してきただけでも恩に着てほしい。
「でも、何で……もう出てこなかったんじゃ……」
「先には力なかりしかば、姿保ち得ざりき(前は力がなくて、姿を保てたなった)」
……えっと、力がなかったから、姿を保てなかったってことで合っているのかな?
「え? じゃ、なんで今は……」
「汝の奉り物故なり(お主の供え物のお陰じゃ)」
「はぁ? 奉り物って、あのお供え?」
あんな、食べ残しのお供えで? それで力が戻ると? 信じられないけれど……目の前の存在は毛玉よりは進化しているように見えた。小さいけれど、顔も手足もあるし……一週間ほどのお供えで、ここまで変わると? ちょっと、信じられない……それに、安上がり過ぎない? 神様の眷属ってもっとこう、高尚な供え物でないとダメなんじゃ……
「音羽、イカが焼けたぞ」
「え?あ、うん」
驚き過ぎて火から目が離れていた。危ない危ない、イカは焼きすぎると固くなるから。慌てて皿に移した。きなこがウインナーを、狛犬がししゃもを所望するので網に載せる。えっと……
「食べるの?」
「食ふべきか?(食ってもいいのか?)」
ええ? ごめん、ちょっと何言っているのかわからないのだけど……
「お主、食事が出来るのか?」
「むべなり(いかにも)」
「食べて差し支えないそうだ」
「はぁ……」
食べるんだ。食べたら消化するの? 石像なのに? でもしょうがない、ここで無下にして怒りを買うのも得策じゃない気がする。祟られるのも嫌だし。
「はい」
しょうがないのでイカを四等分して、一切れずつきなこと狛犬に出した。身体の大きさからそれが適量だろう。イカは消化が悪いからたくさん食べてお腹壊されても困るし。そう思ったのだけど……
「……え?」
どうやって食べるのかと見ていたら、皿に置いたイカが淡く光ったと思ったら、吸い込まれるように狛犬の中に入っていった。え? 今、消えた?
「いと甘し(ああ美味い)」
「は? 味わえたの? あれで?」
全く以て意味が分からないのだけど。あれで食べた? 甘い? ええっ?
「更に(もっと)」
「え?」
お替りってこと? 何が何だかよくわからなくてもう一切れを皿に載せると、また同じように消えていった。それからもお替りを要求されて、結局ししゃもやウインナー、ジャガイモやナスなども持って行かれた。嘘でしょ? 私より食べたわよ。しかも……
「更に(もっと)」
更にって……まだ食べるの? 結構食べたわよね。私、何も食べていないんだけど……
「今日はもうお終い」
「なほ飽かず!(まだ足りん!)」
「いやいや、十分食べたでしょ? 私より食べたわよ」
私の分もあげたわよ。いや、驚き過ぎて言われるままにあげちゃったのもあるけど。
「そこを何とか」
「無理!」
「平に(どうか)」
「無理だってば! うちはそんなに余裕ないの!」
しつこいなぁ、そんなに爆食いされても困るんだけど。今週はお盆のせいか移動式スーパーがお休みだから我が家の食料に余裕はないんだってば。
「その辺にしておけ。わしですら限度を弁えておるんじゃ」
「食はまほし(食べたい…)」
「いい加減にせんか。音羽を困らせるならその石どこぞへと放り投げるぞ」
きなこがキレて狛犬がびくっと身体を震わせたけど、当然だよねぇ。きなこの好きなウインナーも食べちゃったんだから。食い物の恨みは恐ろしいんだぞ。
「ゆ、免し給へ(許してくれ)」
「わかればいい」
きなこが鷹揚にそう告げると、狛犬の身体から力が抜けたように見えた。それにしても、さっきよりも大きくなっていない? 気のせいかな? 暗いからそう見えるだけかもしれないけれど。
「ここでは音羽の言うことは絶対じゃ。弁えろよ」
「承りぬ(わかった)」
意外にも素直だった。すっかりきなこが上になっているよねぇ。それだけきなこの力の方が上だってこと? 今ってどれだけ強いんだろ。前世でも強かったけれど今も強そうではあるよね。妖怪の強さは見当もつかないのだけど。
「そもそも主は食わなくとも困らないじゃろ」
「されど、食はざれば力も戻らざりけり(じゃが、食べなければ力が戻らん)」
食べないと力が戻らないってこと? 神様の眷属って食事で力を得ていたの?
「いつもの量でも戻っていたであろうが」
「あ、あれのみにては日長く経なむ(あれだけでは時間がかかってしまう)」
う~ん、量によって力が戻る早さが違うってことなのかなぁ。神様のこととかはよくわからないけど、思っていたよりも俗っぽくない?
「ほら、今日はもう帰れ。わしらも終わるからのう」
「承りぬ(わかった)」
そう答えるとハムスターサイズの狛犬はそのままあの石のもとに向かった。なんだか背中に哀愁を感じるのは気のせい? 小さいせいかこっちが虐めた気になるんだけど。石まで辿り着くと前回と同じように姿が消えた。
「音羽、家に入るぞ」
「う、うん」
もう焼くものもないから仕方がない。今日は撤収しよう。火を消して炭を壺に戻して道具を片付けた。既に九時を過ぎていたけれどまだ暑い……それでも浜風は心地よく、月はない代わりに漁火が海を照らしていた。
「はぁ……なんか疲れた……」
家に入ってシャワーを浴びたらドッと疲れが出てきた。ソファに座り込んできなこを抱き寄せた。はぁ、この手触り、癒される……それにしても何なのよ、あの狛犬は。あんな食欲魔人だとは思わなかったわ……
「きなこ、あの狛犬って何なのよ。何言っているのかもわからないけど、石像なのになんであんなに食べるわけ? まさかあの石の中で消化活動しているの?」
「うむ、あ奴は食べたように見えているが実際は食べてはおらん」
「はぁ? だったらあの食料はどこ行ったのよ……」
私のイカもウインナーもししゃもも野菜も食べたわよ。なのに実際は食べていないってどういうこと? だったら食べる意味ないんじゃない?
「あ奴の力の源は信仰じゃ」
「信仰? でも信者なんて一人もいないでしょうが」
「お主があ奴にくれてやった食事は、あ奴にとっては供物と見えたのじゃろう」
重々しくきなこがそう告げたけど……供物? あれが? いや、今日はともかくずっと食べ残しだったけど。それでも供物だと思ったと? それはそれで……なんか申し訳なくない? ちょっとだけ良心が痛んだ。あくまでもちょっとだけだけど。
「じゃ、あの狛犬は私が差し出した食事をお供え物だと思い込んで、それで力を取り戻せると考えているってこと?」
「まぁ、そういうことじゃな」
「そんな馬鹿な……」
お供えはしたけど、あくまでも打算からで信仰心なんてないんですけど……昨日までは食べ残しとか焼きすぎた肉ばかりだったし。地味に罪悪感湧くんですけど……
「あ奴にしてみれば、長い時を放置されて過ごしたからな。意思疎通できる相手が現れただけでも嬉しかったんじゃろ」
「だったらきなこが相手してくれればよかったのに」
「断る」
取り付く島もなかった。ウインナー取られたの根に持っていそう。猫って執念深いって言うよね、七代祟るとも。
「それにしても、これからずっとたかられるの? うちの食糧、そんなに余裕ないのに」
「うむ、それこそ由々しき事態じゃ。移動式スーパーは?」
きなこはわかってくれるのね。それだけでも気が楽になった。
「次にくるのは……三日後かなぁ」
「三日か」
「BBQはやめて、あるものと袋のラーメンで乗り切れないことはないけれど」
さすがに匠海さんのところも親戚が来ていて忙しそうだし、だったら石橋さんもそうだよね。この辺りに買い物出来る店もないしなぁ……前倒しで車で5分のスーパーに行ってみる? でもお盆のせいか、車多いからあんまり運転したくないんだよねぇ。
「う~ん、ネットスーパーも対象外かぁ……」
ダメ元でネットスーパーを探してみたけれど、対象外エリアだった。仕方ないよねぇ、こんな田舎じゃ。米も残りわずかだし、仕方がない、スーパーに行ってみようか。背に腹は代えられないから。




