お盆と言えば……
それからも暑い日は続いたけれど、酷暑日にまでは至らなかった。湿気も高いし朝晩も暑いけれど、季節は少しずつ進んではいるらしい。あれからごみ出しで満子さんと顔を合わせることも狛犬の姿を見ることもなく平和だった。ずっとこの平和が続いてほしい。
「きなこ~お盆だしお墓参りに行こう~」
世間は帰省だお盆だと大騒ぎだけど、帰省する先がない私は通常運転だ。それでも祖父の初盆だからお墓参りに行くことにした。早いものでここに来て二十日ほどが経った。一ヶ月目の記念日には車で15分のスーパーに行くべく特訓中で、今日はその練習の一環でもある。
「ろうそくよし、線香よし、お花よし、お供え物よし」
「数珠はいいのか?」
「忘れていた!」
持っていくものばかり考えていて数珠を忘れていた。こんな時相方の存在がありがたい。猫又だとわかってもきなこはきなこだった、それが嬉しい。荷物をワンボックスに載せて出発だ。
「なんか、車多いね……」
いつもは閑散とした大通りだけど今日はやけに車が多い。それに県外ナンバーが目立つ。帰省している人らしい。ハンドルを握る手に力が入ってしまう。それでも、目的のお寺に無事着いた時には達成感があった。うん、この感覚って心地いい。そう思っていたのだけど……
「駐車場、空いてない?」
前回来た時はこのお寺のものと思しき車があっただけなのに、十台ほどある駐車場はいっぱいだった。仕方がないので邪魔にならなさそうな場所に停めて待つことにした。お墓参りで長居する人も少ないだろう。お墓にはたくさんの人がいて賑やかだった。
「あれ、匠海さんと涼音さんだ」
何組もの家族がいる中、奥の方に見知った顔があった。二十人近くの団体様だ。あれが匠海さんの家族らしい。同年代の男性はお兄さんで女性はその奥さん? そう言えば匠海さんって独身だっけ? 聞いたことなかったけど。それにしても大人数だなぁ。赤ちゃんもいて三世代どころか四世代だ。田舎は大家族だって聞いたけれど本当らしい。
(家族かぁ……)
私の家族はきなこだけ、その前は母だけだった。父親に至っては顔も知らない。母も私も一人っ子だったからいとこもいないし、祖父母との交流もなかった。お正月に友達がたくさんお年玉をもらったと聞くたびに羨ましいと思ったっけ。あんなたくさんの家族の中で過ごすのはどんな気分なのだろう。楽しい? 賑やか? それとも鬱陶しい? 経験したことがないから想像も出来なかった。
「きなこ~大好き~~」
しんみりしてしまった時は猫吸いに限る。昨日お風呂に入ったから今日のもふもふ度はMAXだ。柔らかい毛に癒される……うん、きなこがいてくれるから大丈夫。顔を上げた時には梅沢家の人はもういなかった。
お供えを持ってお墓に向かったら、既に誰かが参ってくれたのか、お花と線香の残りがあった。お寺の備え付けのバケツと柄杓を借りて水を汲む。古い線香と傷んだお花を捨て、新しいものを足す。ろうそくと線香を立てて火をつけようとしたけれど……
「うう~風で消えちゃう」
山の上だし浜風もあるせいか、なかなか火が付いてくれないし、付いてもすぐに消えてしまう。身体を風上に置いて風を避けると何とかろうそくに火が付いた。それで線香に火を付けたけれど……ろうそくが消えてしまった。
「……何度やってもつかない……」
「魔術でつけるか?」
「ううん、さすがに人目があるから危険だよ」
結局諦めて、お供えを置いてろうそくの火なしで拝んだ。十分頑張ったことは母も祖父もわかってくれるはず。そう願いたい。この前来たばかりだから特に思うところはないかなぁ。次はお彼岸? その頃にはここでの生活にもっと馴染めていたらいいなぁ。どちらを見ても団体さんばかりで、一人で来ているのは私だけだった。お墓参りって団体でいくものだったのか。猫を連れているのが珍しいのか、ちらちら見られて居心地が悪い。今度からは日をずらした方がよさそうだ。
お寺を辞して家に向かうと、途中で小さな店が開いていて人が立っていた。前から何だろうと思っていた店で、でもいつ通っても閉まっていたから閉店した店だと思っていた。幟が立っていてイカの姿焼きとある。丸ごと一匹? ちょっと面白そう。
「ね、きなこ、買ってみようか。イカ丸ごと一匹だって」
「イカか。いい匂いがしておるな」
だったら決まりだ。店の前に車を置いて一本求めた。愛想のいいおじさんで、本当にイカ一匹丸ごとだった。ちょっとお値段はよかったけれど、たまにならいいだろう。お盆だからと言って特に何かするつもりはなかったからちょうどいい。
「うん、美味しい!」
家に帰ってまだ温かいイカに齧り付いた。ちょっと濃いめのソースが美味しい。イカも柔らかくてどこぞで食べたゴムみたいなのとは大違いだ。内臓がちょっと生焼けっぽいけど……
「これ、大丈夫かな?」
アニサキスとかいるって言うよね。お盆に食中毒は勘弁してほしい。近所の病院、どこもお盆期間は休みだって回覧板にあったっけ。お腹壊しても自力で乗り切るしかない。さすがにそんなリスクは負えないわ……
「炭火で火を通すか、煮た方がよかろう」
「やっぱりそうなるよねぇ」
仕方ない。残りは夜に炭火だ。シャワーを浴びてソファに掛けたら意識が薄れていく。あ~でもこうして寝落ちしても誰にも文句言われないって幸せだ。きなこの見ているクラシック音楽の番組が心地よくてあっという間に記憶が途切れた。
「……は、音羽や……」
誰かに名を呼ばれ、胸が苦しくて目が覚めた。また覚め切らない頭のまま目を開けると、目の前に大好きなきなこ色があった。
「きなこ~~」
胸の上にいるなら幸い、そのまま抱きしめた。はぁ、可愛い……猫型魔獣は苦手だったけれど猫は好きだしきなこはもっと好きだ。猫又姿は猫型魔獣と違うから平気だったし。
「ぐえ、急になんじゃ」
「だって、目の前に可愛いきなこがいたら抱っこするでしょ~~」
「何じゃ、呑んでいないのに酔っているのか?」
「酔ってない」
失礼な。家族なんだからちょっとくらいいいじゃないか、減るもんじゃなし。
「そろそろ日が暮れるぞ。今日もやるのじゃろう?」
「え? もうそんな時間?」
慌てて身を起こして窓の向こうを見ると、既に夕焼け色に染まっていた。それじゃ今日もやりますか。さっきのイカも焼きたいし。
いつも通りに道具を出して火を起こす。炭火独特の臭いが広がり、赤い火が夕日を受けて一層赤く見えた。最近は月明かりが頼りに出来ないからランタンに火を灯した。さすがに暗くなると怖い。虫は避けられても獣はわからない。そう言えば……
「ねぇ、きなこ、本体の姿で獣とか追い払えそう?」
「そうじゃなぁ。野犬や猪、猿は追い払ったことがあるな」
いつものひんやりマットの上で寛ぐ愛猫にしらっとそう言われた。
「やっていたの?」
「まぁな。山や森にも入った故」
街にずっといたのかと思ったら意外にもサバイバルしていた。戦争時にはずっと山に隠れていたそうで、その時獣とやり合ったのだとか。その頃はまだ尾が一本しかなく、今ほど大きくもなれなかったそうで苦労したらしい。そっか、そんな苦労が……だけど人間も大変だった時期だから、猫を飼う余裕なんかなかっただろうし。
「あの頃は捕まったら殺されたからのう」
「ええっ? 何で?」
飼えなくても殺すことはないでしょうに……
「毛皮を取るためにな、狩られたんじゃ」
「そんな黒歴史が……」
そういえば戦争中にそういうことがあったと聞いたことがある。今がそんな時代でなくてよかった。そんなことになっても絶対にきなこは手放さないけれど。
「よかった、きなこが逃げてくれて」
「そうじゃな。わしも毛皮にされるのは勘弁じゃった」
今ここにいてくれることに感謝しかない。きなこがいなかったらどうなっていただろう。癒しがなくてとっくに病んでいたかも。会社だってもっと早く辞めていたかもしれない。そして、そうだったらここには来なかったかもしれないよね。
「おお、そろそろいい加減ではないか?」
食い意地の張ったところも昔のままで、それが安心させてくれる。
「まずはイカの残りを焼こうか。その次はししゃもとウインナーね」
「うむ、楽しみじゃ」
「我は魚を食わまほし(わしは魚が食いたい)」
どこかで聞いたような……古臭い言い回しがきなこの後に続いた。
「え?」
「なんじゃ、お主。出てきよったのか?」
当然のようにそう話しかけるきなこだったけれど……
「え? もしかしてその声って……」
「然り。日々の奉り物、かたじけなし(そうじゃ。毎日の供え物、感謝する)」
「はあぁああ? もう出てこないんじゃなかったの――?」




