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限界OL、山を継ぐ~前世の従魔とスローライフ  作者: 灰銀猫


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きなこの過去

 家に戻ったのはまだ夕日が海に沈みかけている頃合いだった。海も空もBBQをしていた庭も赤く染まる中、私は明日は筋肉痛になるだろう予感をぼんやりと感じていた。もう、想定外が重なって思考が思うように動いてくれない。前世を思い出したんだからファンタジー要素には動じないと思っていたけれど……きなこの姿に狛犬の存在、そして想定していたよりも事態があっさり終わってしまった呆気なさが、現実味を失わせていた。うん、なんかもう、よくわからないけど、無事に戻れたからいいっか……


「音羽、その石ころを洗ってやれ」

「ええ? 私が?」

「お前以外に洗える者がおるか?」


 私を下ろした後、いつもの姿に戻ったきなこにそう言われたけれど……確かにそうだよねぇ。きなこの猫の手じゃ無理だし、毛玉は手すらない。諦めて腰に巻いていたものを外した。このタオル、ドロドロだよねぇ。結構気に入っていたのに……


「あな! ただの石に非ず!(ああ、ただの石ではない!)」

「知るか。わしらにとってはただの石ころじゃ」


 きなこが毛玉と言い合いをしているのを横目に、玄関の傍にある水栓柱で石を洗った。苔や土がこびり付いて手で取れそうにないのでたわしを使った。ちょっと罰当たりかなとは思ったけれど手じゃ綺麗にならないし爪も折れそう。それに毛玉だって早く綺麗になった方がいいだろう。


 暫くたわしを手に格闘していると石の地が現れてきた。ちょっと緑がかった石で、かなり古いのか角も削れて丸っこい石にしか見えないのだけど……これが、狛犬? 大きさもそうだけど、形もとてもそんな風には見えない。


「洗ったけど……これでいい?」


 まだ何か言い合っていたけれど、構わず毛玉に話しかけた。


「あな、嬉しや。かたじけない(ああ、嬉しいぞ。感謝する)」

「いえ、どういたしまして」


 またフルフルと揺れているので喜んでいると思っていいのかな? たわしを使ったことは気付かれなかったようなのでこれで良しとしよう。まぁ、これだけやって罰当たりだなんて言われたらきなこの言う通り元の場所に戻してしまおう。そうは思ったけれど口には出さなかった。


「それで、これをどうすればいいの?」

「…… もし叶はば、ここがよかるべし(……出来ることなら、ここに置いてほしい)」


 暫く考え込んだ毛玉が身体を跳ねさせながら向かったのは、庭の北側にある木の根本だった。


「ここに?」

「梅の花の陰なむ良き。昔も木の元に侍りき(梅の花の根元がいい。昔もそこにあった)」


 これ、梅の木だったんだ……いや、そうじゃなくて。でも、昔もそうだったみたいだし、本人が望んでいるのならそれが一番かな。だけど……


「何か、神棚みたいなのが要るの?」

「あらば良かるべきなれど、無くとも苦しからず(あればいいが、なくても構わない)」


 う~ん、あったらいいけどなくてもいいってこと? だったらいいのかな? 急に言われても準備出来ないし、本人がいいならそれでいいか。面倒なことを言われずに済んでよかった。祠とか作れとか言われても困るし。


「まことかたじけなし。この御恩は忘れじ(本当に感謝しかない。この恩は忘れぬ)」


 あの石の上に飛び乗った毛玉がそう言うと、すうっと姿が消えてなくなった。


「ひぇぇ? き、消えた?」

「あの石に戻ったのじゃろう。あれが本体のようじゃからのう」

「……そうなんだ」


 ということは、本体を取り戻したらもう出てこないのかな?


「もう出てこない?」

「どうじゃろうなぁ。狛犬と言っておったが、力がなくて姿を維持出来なかったのかもしれんのう」

「力がなくて……」

「土地神と言うておったじゃろう? 神は信仰心が力の源だと聞いたことがある。誰からも忘れ去られたゆえ、それなら力がないのも頷ける」


 なるほど、信仰心が力の源に……それはわかるような気がした。


「でも、だったらなんであの毛玉だけ?」

「……それはわしにもわからんが……あの石が理由かもしれん」

「石が?」


 あんな小さい石にもそんな力が?


「あの者は依り代となる石が残っていたが、他は割れたりして失われてしまったのやもしれん。石には思いが宿るとも言うから、あの石があるため辛うじて残っていたのかもしれんな」


 虫が飛んできて、きなこが耳を軽く振った。こうしてみるとただの猫にしか見えないよねぇ。


「じゃ、依り代を取り戻したからもう用はない?」

「おそらくは」


 だったらもう出てくることはないかな? 言葉が古すぎて何を言っているのかよくわからないし、面倒事はごめんだからこれで済んだのならいいけど。だったら……


「それできなこ、本当の姿があれってどういうこと? ただの猫じゃなかったの?」


 毛玉よりもこっちの方が大問題だ。あんな大きな猫だなんて聞いていない。そりゃあ、前世のトラウマを配慮してくれたのは嬉しいけれど、隠されていたみたいでちょっとショックだ。


「ただの猫に会話が出来るわけなかろう」

「え? でも、それは前世の契約があったからで……」

「そのようなもの、今はないぞ」

「……へ?」


 今は、ない? 従魔の契約が? じゃ、どうして会話が出来ているの? それに……


「他の猫とは、喋れない?」

「当たり前じゃし、気にするところはそこなのか?」

「いや、そうだったら楽しそうだなぁ~と思っていたから」


 猫と喋れるのなら猫に囲まれて暮らすのもいいかと思っていた。会話が出来るなら寂しくないし。そっか、ちょっと期待していたから残念……いや、今はそうじゃなくて。


「じゃ、どうして会話出来ているの? どうやって私のところへ? 今までどうしていたの?」


 契約がないのに私のところに来たのは偶然だった? それとも? きなこに出会ったのは母が亡くなった直後だった。まだ大学生だった私は葬儀後の手続き諸々や学業に追われ、母の死を嘆いている暇もなかった。そんな時に保健所に連れて行かれそうになっているきなこを見つけて、私の猫だと言って連れ帰ったのが今世での始まり。既に大人だったけれどただの猫だと思っていた。


「そうじゃのう。何から話せばいいか……」


 そのまま庭で話を聞いた。出かける際に焚火は消してしまって真っ暗だったから、ずっと出番がなかったランタンに火を灯した。これはこれで雰囲気があっていい。そこからきなこがぽつりぽつりとこれまでのことを話してくれた。




「えええ? もう百年以上も生きているの?」


 今日は何度衝撃の事実を知ることになったのやら。きなこはもう百年以上も生きているという。一番古い記憶は大きな地震の後で街一面が燃える中、必死に逃げ回ったものだという。地震に大きな火事……それって、関東大震災? 確かにあれって百年以上前だったけれど……百年も生きていたら尻尾も増えるか……いや、待って、尻尾が多い猫って……


「じゃ、きなこは、猫又なの?」


 日本にいる猫の妖怪で有名なのは猫又だけど、あれって尾は二本だったよね。きなこは三本だけど、長く生きると尾が増えるとか? いずれは狐みたいに九尾になる?


「さぁな、わしにもわからん。じゃが、年を取ると共に身体は大きくなって尾も増えた。人語が理解出来るようになったのは三十年ほど前だったか」

「私との再会で、そうなったんじゃなかったんだ」


 何だろう、ちょっとショックというか寂しい、かも? 前世の従魔とは全く別物だったんだ。いや、見た目も全く違うし、私だって前世の私とは別人だけど。それに、私が前世の記憶を取り戻す前から私の言葉、わかっていたんだ。時々言葉がわかっているのかと思うことがあったけど……


「じゃ、ずっと私を探してくれていたの?」

「どうじゃろう、はっきり意識したのは割と最近じゃ。二十年ちょっと前じゃろうか、何かが足りない気がするようになったのは。それからはあちこちを歩き回っておった。おそらくは、お主が生まれたのを察して引き付けられたのかもしれぬな」

「私が……」


 それは前世の契約があったから?


「でも、もう契約はないよね? だったら何故……」

「さぁな、それはわしにもわからん。じゃが、前世での悔いが残ったのかもしれんのう……」


 前世の悔い……そっか、あの時死んでしまったこと、きなこは、ブランシュは悔いてくれていたんだ。私の従魔になったせいで巻き込んでしまったから申し訳ないと思っていたけれど。その気持ちが、嬉しい……胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。


「まぁ、もう済んだことはどうでもいいじゃろ、わしが何者でもお主の飼い猫なのは変わらん」


 それでいいのかな? いや、私は何も困っていないどころかこうして話が出来るのはとてもありがたい。きなこが困っていないのならいいのかな? きなこが何者でも全然構わないし。


「そうだね。確かに過去のことは過去のことだし。きなこが困っていないのなら私もそれでいいよ」

「何も困っておらん」

「じゃ、それでいっか」


 うん、気にはなるけれど誰も困っていないのだからこれでいいかな。そのうち調べてみようとは思うけれど、答えが得られる気がしないから悩んでも仕方ない気がするし。


「腹が減ったぞ」


 さっきは途中で終わっちゃったから、確かにお腹が空いた。


「じゃ、もう一回炭火しよっか」

「今度はウインナーを頼む」

「了解」


 うん、この時間が楽しくて幸せだからそれでいいよね。火を起こしてBBQを再開した。ビールが美味しいし、ウインナーも肉も野菜も美味しかった。夜になっても気温は下がらないし、炎の照り返しも熱い。ビールが進む!


「は~い、おすそ分け~」


 どうせならさっきの狛犬にもお供えをしてあげよう。ちっちゃい神様だけどこの家くらいは守ってくれないかなぁとの打算を込めて、あの石の前にウインナーとジャガイモ、ビールを置いた。





狛犬の口調について、古文を参考にしていてわかりにくいので台詞の後に(現代語)で表記しました。

他サイトにも投稿しているのもあり、ルビにすると手間がかかるのですが、そこまでする時間的余裕がないためです。

見辛いかもしれませんがご了承ください。

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