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限界OL、山を継ぐ~前世の従魔とスローライフ  作者: 灰銀猫


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驚くべき正体

 きなこの視線の先にいたのは……黒っぽい拳大の毛玉、に見えた。


「きなこ? 何を……」


 何が起きているのかわからなかった。ただ、さっきまであんな毛玉はそこになかったのは確かで。気付いていたなら何も思わずにごみ箱に放り込んでいただろう、そういう感じの物体だ。


「音羽、奴からは他のものからは感じない力を感じる」


 淡々とした、それでも警戒に満ちた声が言外に注意を促してくる。その時、毛玉が震えた。次の瞬間……


「は? え? ええええっ!?」


 叫んだ理由は毛玉ではなくきなこで……普通の猫にしか見えないきなこが一瞬で巨大化した。動物園で見たライオンとかトラくらいはありそう……そ、それに……


「き、きなこ? なんで尻尾が三本も……」


 異様だったのはその姿だった。いつもの可愛らしいもふもふの長毛猫だったのが、今は長毛はそのままに尾が三本あって、三本とももふもふだ。だけど顔立ちは鋭く口からは牙がうっすらとはみ出して見える。きなこじゃ……ない。


「ああ、これが今のわしの本来の姿じゃ」


 どういうこと? 猫じゃなかったの? 前世では狼型の魔獣だったけど……


「はぁあああ? 聞いてない!」

「言っておらんからのう」

「な、なんで?」

「必要なかったからじゃ」


 必要なかったって……いや、確かにそうかもしれないけど。でも、一言そうだと教えてくれたら……


「お主は猫型魔獣が苦手じゃっただろうが」

「あ!」


 思い出した。すっかり忘れていたけれど、前世では猫型魔獣に襲われて死にかけたことがあったっけ。それで猫は苦手だったけれど……


「あれは前世の話で。今はそこまでは……」

「そうじゃったのか」

「う、うん。気を、使ってくれてありがとう」


 見た目が変わってもきなこはブランシュで昔と変わりなかった。やっぱり私の相棒はこの子しかいない。


「ねぇ、その毛並み、触らせてほしいんだけど……」


 小さいのもいい手触りだったから大きくなったらどうなるんだろう? 気になる。手が、わしわしする……


「これ、な見限りそ(おい、無視するでない)」


 きなこの毛に手を伸ばそうとしたら、知らない声に咎められた。無視って……ああああああ! もしかして、さっきの毛玉?


「なんじゃ、会話が出来るのか」

「無礼なり! 我はこの地を治める土地神様の眷属ぞ! 本来なら汝らが気安く物言うべき存在ではあらぬものを!(無礼な! わしはこの地を治める土地が身の眷属だぞ! 本来ならお前たちが気安く話しかけられる存在ではない!)」


 やけに古めかしい物言いはきなこに似ているようで違った。もっと古さを感じる。えっと、古典の授業は苦手だったんだよねぇ……いや、今はそうじゃなくて。


「だったら去ね。わしらはお主に用などない」


 きなこが塩どころか厳冬対応だった。きなこはそのままその毛玉に近づいていった。え? 大丈夫なの?


「去なぬなら、どこぞへ飛ばしてやろうか?」

「や、やや、な心早まりそ(ま、待て待て待て待て! 早まるでない!)」


 毛玉が届きそうな場所に立ち止まったきなこが軽く前足を上げると、毛玉が声を上ずらせて身を震わせた。意外と……弱いのかもしれない。偉そうなだけで。


「心得た。なにとぞ、我の話を聞き給え(わかった。どうかわしの話を聞いてくれ)」


 さっきまでの偉そうな態度はどこへやら、いきなりお願いモードになってしまった。きなこと顔を見合わせる。害意はなさそうだけど……


「きなこ、話だけでも聞いてみようか」

「うむ、お主がそう言うのなら。だが、話を聞くだけじゃ。わしらに危害を加えるようであれば容赦はせぬ」


 きなこが牙を見せて低く唸り、毛玉が一歩下がったように見えた。もしかして、きなこの方が圧倒的に、強い?




 それからはBBQの焚火台を挟んで、小汚い毛玉の姿をした何かと話をした。


「ええっ? じゃ、土地神の守護獣なの本当だったんだ……」

「狛犬とはのう……」


 どこから見ても毛玉にしか見えない。全く信仰心のない私には理解し難いものだったけれど、この毛玉は遥か昔、この地を治めていた土地神を祭った社を守る狛犬の片割れだと名乗った。社があった村はこの山の更に奥にあったけれど既に人は絶えて跡形もないのだとか。う~ん、どれだけ昔なんだろう? 見当もつかない。


「土地神様も片割れも……既に消え失せぬ。我だけが残りぬ(土地神様も相棒も、既に消えてしまった。わしだけが残ってしまった)」


 狛犬と名乗ったけれど顔などはなく、それっぽさは皆無で毛玉にしか見えないけれど、そう告げる声はしょんぼりしていた。


「何故お主だけが残った?」

「我の石像が残れり。他は割れて失せぬ(わしの石像が残ったからじゃ。他は割れて失われてしまった)4⃣」


 よくわからないけれど、社にあった石像が残っているからこの毛玉の意識も残ったままらしい。なんか怖い。いきなりホラー展開はやめてほしい。私、そういうのすっごく苦手だから夜トイレに行けなくなって困るんですけど!! 思わずきなこの身体に抱き付いた。うわ、もふもふ度が上がってる……


「それで、わしらに何を願うんじゃ?」


 そ、そうだった。用があったからここに来たんだよね? ええ? なんか面倒なこと要求してこないよね? 勘弁してよ、こっちだって引っ越したばかりで余裕ないんですけど。


「我が力、取り返さむとて力添へせよ(わしが力、取り返すために力を貸してほしい)」

「ええ? 力を取り戻す手伝いを? あの、私たち、ここに来て日が浅いから余りこの地に影響力とかないんですけど……」


 そういうことは長年ここに住んでいる人に言ってほしい。こんな話をしても誰も信じてくれないと思うし。


「そうじゃな。わしらは土地勘もないし知り合いも少ない。しかも今の世は神だの仏だのといった力を信じる者は少ないぞ」

「そうだよねぇ。こんな話、誰かにしても妄想だと言われて終わるよねぇ」


 時代は令和でオカルトブームも去って久しい。そりゃあ、私たちは前世の記憶があって魔術も使えるし、こうして会話が出来るから信じるけど、きなこの言葉も目の前の自称狛犬の毛玉の声も、普通の人には届かない気がする。となれば、引っ越した途端スピリチャルなことを言い出した変人に認定されそう。それはちょっと……


「あなや、いと嘆かわし(ああ、なんと嘆かわしいことじゃ)」

「そうは言うてものう。それで、具体的に何を望むんじゃ」


 ええ? きなこ、頼みを聞くの? 出来る気がしないんだけど……


「この山の奥なる石像を掘り出で、てここへ置き給へ(この山の奥にある石像を掘り出して、ここにおいてほしい)」

「山の奥から石像を掘り返せと? そう言われてものう」


 そんな、山奥に行くのも大変だけど、掘り返すのはもっと大変じゃない? 重機とか持っていないし扱えないんですけど。石像なら絶対に重いよね? 持って帰るのも簡単じゃないと思うんだけど……


「で、その石像とはどこにあるのじゃ?」

「ちょ! きなこ、掘り起こす気? どうやって……」

「まぁ、物によるが何とかなろう」

「何とかって……重機やトラックもないのにどうやって?」


 物置を探せばスコップくらいはあるかもしれないけど、それで解決するとは思えないんだけど……


「まことか? かたじけない。恩は忘れじ(本当か? ありがたい。この恩は忘れん)」


 喜んでいるのか毛玉がふるふる揺れたけれど……


「ちょっと、きなこ! そんな安請け合いして大丈夫なの?」


 そんな簡単に出来ることじゃないと思うけど。安易に約束して出来なかったら祟られない?


「問題ない。では行くか?」

「は? 行く? って、今から?」


 何を言っているのよ? あの軽ワゴンで行ける場所なの? 第一石像なんて重いもの、誰が車に積むのよ?


「こういうことは早い方がよかろう? 幸いまだ明るいしのう」

「……辿り着くまでに暗くなっていると思うけど……」

「大丈夫じゃ。それで、案内は頼めるのだろうな?」

「さらなり(もちろんじゃ)」


 ええええ? 今から本当に行く気なの? ちょっときなこ、どういうつもりなの?




 どうしたものかと頭を抱えたけれど……


「ひゃぁ! ちょっと、きなこ、早過ぎ!」

「黙っておれ。舌を噛むぞ」


 そんなことを言われても……そうは思ったけれどその通りだったから口を噤んだ。ちなみに今私は、山の中を疾走するきなこの背に乗って必死にしがみ付いていた。毛玉はきなこの頭の上にいる。これだけ揺れているのに落ちる気配が全くない。どうやってくっ付いているのか……気になるけれど今はそれを気にしている余裕はない。動物に、しかも大型猫の背に乗って走るなんて前世を含めても初めてのことだし、馬とかと違って鞍や手綱もなく長い毛を必死に握りしめているだけ。


「そこなり(そこだ)」


 毛玉の声がしてきなこの足が止まった。えっと、ここって……周りを見渡せば山山山でここがどこなのか全く見当もつかない。ここで残されたら絶対遭難する自信がある。


「これか?」

「然り(ああ)」


 きなこが前足で示したのは、木の根元にある塊だった。苔が生えているし、半分以上埋もれてとても石像に見えないんだけど……


「きなこ、なんでわかったの?」

「感じないか、あの根元から感じる魔力を」

「魔力?」


 そう言われて改めて木の根元に集中してみたら……確かに微かな魔力を感じたけれど……それは残り香のように風が吹いたら消えてしまいそうなほどに弱いものだった。これが、本当に?


「凄く弱いけど……」


 これ、どうにか出来るものなの? 力を戻すといっても……


「これを持ち帰ればいいのか?」

「然り(ああ)」

「きなこ、どうやって持って帰るのよ? かなり重いんじゃ……」

「心配は無用じゃ。この形態ならば造作もない」


 そう言ってきなこが前足で木の根元にある盛り上がりをかくと、掌よりも少し大きい石が出てきた。


「これでよいか?」

「ありがたし(ありがたい)」


 ええ? 本当にこれが? 石像ってもっと大きなものかと思っていたんだけど……


「音羽、これを持っていてくれ?」

「はぁ? 私が? きなこに掴まっているだけで精いっぱいなんだけど」

「そのタオルに包んで腰にでも巻けばよかろう」


 そ、そう言われてみれば確かに……BBQしていると汗をかくからと首にかけていたタオルの存在を思い出した。言われるままに石をタオルで巻いて腰に括りつけた。


「では戻るぞ」


 きなこが長く茶色い毛を夕日色に染め、再び駆けだした。





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