一区切り
ごみ問題が解決すると、次にやってきたのは祖父の四十九日の法要だった。実を言うと祖父のお寺もお墓の場所も知らなかったのだけど、家と土地を継いだからにはそういうわけにもいかない。これからは私が引き継ぐことになるのは当然だし、それは嫌だと拒否するなんて祟られそうだから出来るはずもなかった。
というわけで、おばちゃんに手伝ってもらって祖父の四十九日の法要をお寺でやってもらった。お寺は祖父の家から車で五分ほどの集落の奥にあって、お墓もその敷地内にあった。葬式の時は翌日仕事があるからと、私は初七日の法要と納骨には行かなかったんだよね。あの時は祖父の家と山を継ぐ気がなかったのもあるし。これからは私がしなきゃいけないので、おばちゃんと一緒に色々説明を聞いた。
こちらではお寺の住職を「ごえんさん」と呼ぶらしい。ごえんさんは八十を超えているように見えたけれど、シャキシャキ歩く達者な方だった。時々何とも反応のしようのない冗談を言ったりするお茶目な一面もある。よかった、気難しい人じゃなくて。
気安さから母の遺骨のことも相談したら、ここのお墓に入れればいいと言ってくれた。お墓がなかったから遺骨をずっと手元に置いていたのだけど、行き場が決まってよかった。ありがたい。
「音羽ちゃん、これからよろしくね。わからないことがあったら何でも聞いて!」
「本当に何から何までありがとうございます。おかげで助かりました」
「お役に立てたなら嬉しいわ。きっと今頃は陽子さんもご両親と仲直りしているでしょうね」
母は父との結婚を祖父母に猛反対されて絶縁状態だったと聞いている。仲違いしたまま死んでしまったけれど、生前の恨み辛みは捨ててこれからはあの世で仲直りしてほしいと思う。さすがに死んだ後まで意地を張ったりはしないだろう。そう願いたい。
おばちゃんはこの後予定があるからと早々に帰っていった。介護の仕事をしているとかで忙しいらしい。世話好きなおばちゃんらしいしバイタリティが凄い。とても真似出来そうになかった。
「また来るね」
お墓に声をかけてからお寺を後にした。このお寺の檀家はこの辺りの家らしいから、周りのお墓にも知り合いがいるかもしれない。久しぶりの再会を楽しんでほしい。今度来る時は母の好きなお酒も持ってこよう。
家へ向かって軽のワンボックスを走らせる。最初は苦労した家へ向かう山道も、一日二度の練習を続けたら難なく走れるようになった。決死の思いで走った道は凄く長く感じたけれど、実際には一キロちょっとしかなかった。それでも急勾配だし途中には崖なんかもあるから少しも気は抜けないけれど。だから家に辿り着くと未だに達成感がある。
「ただいま~」
「うむ、無事帰ったか」
心配してくれる存在がいるのが嬉しかった。もう二度と会えない人たちもいるけれど、私にはきなこがいる。
「きなこ~~」
「うわ、なんじゃ?」
「きなこが待っててくれて嬉しい~~」
抱きしめてもふもふの長毛に顔を埋めた。湿っぽい気分もこの柔らかい毛に癒される。はぁ、落ち着く……社畜時代を生き永らえたのはこの毛のお陰だと言っても過言じゃない。そしてそんな時は文句を言いながらも好きにさせてくれるんだよね。そんなところも好き。
「程々にしておけ。ほら、服に毛が付くぞ」
「あああ、礼服だった!」
気が付けばきなこの毛が……まぁ、どうせクリーニングに出さなきゃいけないからいいけど。って、クリーニング屋って近くにあったっけ? それも探さなきゃ。早々にシャワーを浴びた。今日も暑いのは変わらず、お寺のお堂は冷房がなかったから汗だくだった。それでも不思議と涼しく感じたけど。なんだろう、お寺とか神社って、何故か涼しく感じると思うのは私だけだろうか。
「はぁ~シャワー最高~~」
汗を流したらさっぱりした。ビール……はまだ早いよね、明るいし。ソファでTVを見ているきなこの隣に座る。しょっちゅうTVを見ているけど、何見ているんだろう? そう思って画面に視線を向けたら……見ているのは某教育チャンネルの外国語講座だった。
「きなこ、どうしてそれ?」
「ああ、この世界を知るにはこことこっちが一番だと思ってな」
そう言って猫手で器用に変えたチャンネルは、某国営放送だった。いや、確かにためになるというか……受信料は払っているから見てくれた方が元が取れるんだけども……因みに今一番のお気に入りは隣国産のドロドロしたドラマだった。意外だし、気に入る基準がよくわからない……人とは感性が違うのかもしれないけれど。まぁ、本人ならぬ本猫がいいのなら構わないけれど。
軽く髪を乾かしてから結界魔術を掛けて外に出た。日は西に傾き始め、逆光で水面が午前中よりも暗く見えるけれど、東京で見た海よりも明るく感じる。海を眺めていたら大きな羽音に身が竦んだ。虻だった。暑過ぎるせいか夕方になると出てくるんだよねぇ。最初はその大きさにスズメバチ?とびっくりして逃げ惑ったっけ。
「さぁて、そろそろ始めますか」
家の軒下に片付けておいたBBQ道具を広げ、本日の夕食の準備を始めた。BBQをする場所が木陰になったら始めるタイミングだ。火消し壺から前回使った炭を出し、その上に新しい炭を積み上げる。これも試行錯誤して随分上手くなったと思う。着火剤に火を付ければ、古い炭にすぐ火が付いてゆっくりと広がっていく。最初はうちわで風を送っていたけれど、火の粉が飛ぶし、火が広がっていくのを見ているのも楽しいと気付いてからはやっていない。
椅子に腰かけて音を立てて燃える炭を見ているのは好き。頭の中が空っぽになって、嫌なことが目の前で燃えてしまうような気すらしてくる。焚火だけの動画が人気なのもわかる。私も以前は見ていたっけ。それで随分助けられたと思う。
火が上がり過ぎると食材が燃えてしまうから炭は程々の量だ。火が見たければ後でゆっくり見たい。お腹空いたし。
「きなこ~火の番おねが~い!」
玄関から呼ぶと、すぐにきなこ色が現れた。きなこは水魔術も使えるから番人に最適だ。番を任せてキッチンに食材を取りに行く。今日は串付きのジャンボウインナーに移動式スーパーで売っていたハンバーグとししゃも、焼く野菜は輪切りにしたジャガイモとナス、エリンギ。後は切っただけのトマトとキュウリ。きなこには別にキャットフード。アルミホイルの上で炙ったものが最近のお気に入りだ。これだけあれば足りるはず。
後はビールだけど、実はこの庭の一角で湧き水が出るところがあって、これだけ暑いにもかかわらず冷たい水が湧き出ている。ビールやチューハイは出かける前に水に沈めて来たから今頃はしっかり冷えているはず。自然の恵み万歳だ。
大きなトレイに食材を載せて外に出る。一人と一匹だから手を抜けるところは抜いて、楽にやることが最優先。単に洗い物を減らしたいだけなんだけど。
「きなこは何呑む?」
「ビールでいい」
「りょうか~い」
猫がお酒なんか飲んだら死ぬと思って最初は反対したけれど、どうも大丈夫らしい。それでも身体が小さいのもあって、350mlの缶半分も飲まないけど。プルタブを引いてきなこ用の皿にビールを注ぐ。私は缶のままだ。コップ? 洗う手間が増えるからノーサンキューだ。
「今日は何じゃ?」
「まずはきなこの好きな串付きウインナーだよ」
「うむ、よい選択じゃ」
きなこはウインナー、しかもこの串付きがお気に入りだ。だけど串を持って食べるわけじゃない。細いから猫の手では持てないからウインナーを持って食べている。この子が好む理由は味、そして焼き具合。ウインナーはよく焼いて皮がばりっと裂けるくらいがいいらしい。
パチパチと炭が鳴り、時々高い音を立てて爆ぜる。日が傾き始めれば潮風が心地よく感じられるようになる。海がゆっくりと、静かに赤く染まっていく様は圧巻だ。ビールを飲みながら移り行く海を眺め、火を見守りながら焼き加減に目を配る。
「平和だねぇ……」
「そうじゃな」
罵ってくる上司や先輩も、褒めているようでけなしてくる後輩もいない。ちょっとばかり厄介な近所のお婆ちゃんはいるけれど、気になるほどじゃない。親しい人が殆どいないけれど。家族はきなこだけだし親戚もおばちゃんくらい。友達もいたけど、社会人になってからは会う時間もなく疎遠になってしまった。社内でも親しくなれるほど交流がなかったし。気が付けばぼっちだ。でも、嫌じゃない。西の空が赤味を増していくのを追うように東の空がゆっくりと空が夜闇に染まっていく。綺麗だ……
「次はハンバーグでいい?」
「うむ、わしの餌も炙ってくれ」
「了解」
アルミホイルの四方を少し上げて皿状にし、そこにキャットフードを入れる。軽く炙ると湿気が飛ぶのかカリカリになるのがいいらしい。気持ちはわかる、煮干しとかチキンナゲットなんかも軽く炙ると美味しくなるんだよね。二本目のビールを開けるときなこからお替りの催促があった。一緒に飲める相手がいるってだけで幸せだ。火が弱くなってきたから炭を足すと、外が暗くなったのもあって火の赤さが増した。炭と肉が焼ける匂いが混じり合って幸せの匂いになる。
「あ、このジャガイモ美味しい」
涼音さんがくれたジャガイモを焼いて塩をかけたらそれだけでご馳走になった。焼き肉のたれやドレッシングはここに来て使っていない。使うのは塩くらいで、何もつけずに食べることが増えた。それでも美味しいと感じるから。それはきっと幸せなことなのだと思う。その時だった。
「何者じゃ!」
きなこが突然鋭い声を上げた。
「きなこ?」
きなこが椅子から飛び降りて庭の一角に向かって威嚇の態勢を取った。何? その視線の先にいたのは……
「何用じゃ? それ以上近付くなら容赦はせん!」
「き、きなこ?」
見たことのない荒々しい様子に息を呑んだ。




