リベンジBBQ
その後家に辿り着くと、匠海さんはベッドを二階まで運ぶのを手伝ってくれて、またしても借りが増えてしまった。でも助かったのも本当で、あれを自分で二階に持って上がるなんてエレベーターでもなければ不可能だった。いや、分解してパーツを一つずつ持って上がれば出来たとは思うけど、何度往復しなきゃいけないことか……マットレスに至っては分解不可だし。
匠海さんにはもう感謝しかない、拝みたいレベルで。どうやってこの借りを返せばいいのか……過不足なく返す方法があればいいんだけど、今のところその方法は全く見当が付かなかった。きっとお礼をしたいと言っても「好きでやっているから」とか言って流されそうだ。そうしてまた借りが積みあがっていく未来が見えた。う~ん、困った。何かお礼を考えないと……
それに関しては今後追々考えるとして、せっかくベッドを買ったのだから寝室を整えようと思ったのだけど……
「暑っ!」
戸締りしてあったのもあるけど、二階の主寝室は暑かった。西側に面したこの部屋はお昼から日が当たるのもあって滅茶苦茶暑くなる。今はカーテンが日差しを遮っているけど……この西日の強さに完全に負けていた。これ、簾かサンシェードがいるなぁ。出来ればカーテンも遮熱効果のあるものにした方がいいかも。ガラスに貼る遮熱シートってあったっけ。それでも、この暑さは変わらないかもしれないけど。祖父がここを使わなかったのって、もしかしてこの暑さのせいだったのかも。
というわけで、マットレスを箱から出すだけで撤収した。暑すぎる……それにシーツも洗わないと。今から洗って夜までに乾くかな。急いでシーツを洗濯機に放り込んだ。最悪乾かなかったら乾燥機を使うかな。電気代かかりそうでまだ一度も使っていないけど。
一通り買ったものの片付けも終わったら……お待ちかねのBBQだ。新しく買った道具を庭に出そうと思ったけれど……
「もしかして、家の北側の方が眺めはいい?」
「そうじゃな。木もなくて海も夕日も見えるのはそっちじゃな」
我が家は北西の角に玄関があって、南側にリビングが、北東には脱衣所とお風呂がある。勝手口があるのは南側だけど、こっちは日当たりが良すぎてこの季節は辛い。北側には木も植えられているし家の陰にもなるから、BBQをするならこっちだよね。西の方は開けていて眺めもいいし、水栓柱が玄関の近くにある。手を洗ったり出来るからちょうどいい。
というわけで、早速BBQ道具の試運転だ。BBQ台は焚火台にもなるタイプで折り畳み式で、買ったばかりのそれは銀色に輝いていて今の私の気分のようだ。地面に直置きも出来なくはないけれど、何かあると嫌なのでその辺に転がっていたレンガを敷いてその上に置いた。早速炭を入れて着火剤を放り込んで火を付けた。
「うわぁ、火が、燃える……」
「火をつけたのだから当たり前であろうが」
「わかっているわよ。もう、情緒がないんだから……」
せっかくの気分が台無しだけど、今の私は最高に気分がよかった。前回は落ち葉や小枝で火をつけようとして凄く時間がかかったけれど、専用の炭と着火剤のお陰で難なく火が付いてしまった。炭の間に赤い火がチラチラ見えただけで感動ものだわ。炭が焼ける匂いが鼻腔をくすぐり、BBQをしているのだと、憧れの地に辿り着いたとの思いが胸を熱くする。そう、この感覚! これを実際に体験してみたかったのよ。
「今日は何を焼くんじゃ」
傍のひんやりマットを敷いた椅子の上できなこはご機嫌だ。今日は肉も魚もあるし、キャットフードをいつもよりいいものを買ったのもある。
「焼き肉用の豚とウインナー、一夜干しのいわし、あとは玉ねぎにじゃがいも、ナスもあるよ」
「野菜は要らぬ」
「ええ~焼いた野菜も美味しいのに」
猫だから野菜の良さはわからないか。それ以外にもらったトマトを切って、ビールがあればそれで十分じゃない? 安い食材も炭火で焼くと美味しいと聞くし。何よりもこのシチュエーションが大事なのだ。
「うわぁ、いい感じで火が上がってきた」
「うむ、この前とは大違いじゃな」
一言多いんだから……そうは思うけど、それで機嫌を損なうことはなかった。だって、期待通りに火が上がってきて私のテンションもMAXに向かっていたから。うわ~なんか、火を見ているだけで楽しいかも。そうは言っても空腹には勝てない。先ずはウインナーと肉を網に載せた。炭火の火に赤い肉がよく映える。パチパチと音を立てる炭の音が心地いい。暑いけど。まだ日が高いから仕方ないけど夜も暑いんだよねぇ、予想以上に。山の傍だから涼しいと思ったのに。お陰でビールが美味しいけど。
「それにしても暑い……」
「うむ、火が傍にあるから尚更じゃな」
山なら涼しいだろうと思っていた。でも実際は涼しくないし、海に近いせいか湿度が高い気がするし。それでも、風が吹けば心地いいのは山だからか。秋になったらもっと楽しめそう。その頃にはここでの生活にも慣れて今以上に楽しめるはず。
「あ、ウインナーはもうよさそう。肉は……もう少しかな? 豚だからしっかり焼かないと」
ウインナーの皮はパリッと焼けて僅かな焦げが食欲をそそる。肉は、もう少しかな? いくらきなこでも豚の生焼けは危なそうだし。ウインナーも塩分あるからよくない? そう思ったのだけど……
「うむ、このウインナーも中々じゃな」
「はぁ?」
その声に振り返ると、よく焼けたウインナーを両手に持って食べるきなこの姿があった。ちょっと……!
「嘘でしょ! 記念すべきBBQ台初仕事の初物なのに~~」
「いいではないか、ほら、お主も早う食え。美味いぞ」
記念すべき初めてを奪われてしまった。くそう、こんなことならキャットフード出しておけばよかった。って、それよりも……
「ちょっ! 焼きたて手に持って大丈夫なの? 火傷していない?」
さっきまで直火で焼いていたんだからかなり熱いと思うけど。肉球って皮膚薄そうだけど大丈夫なの? それに猫は猫舌じゃないの?
「問題ない」
「問題ないって……肉球、火傷してない?」
あそこ、毛がないから熱をシャットアウト出来ないんじゃ……
「ちょっと見せなさい! 火傷は厄介なんだから」
「大丈夫じゃ、手の周りに薄く結界を張ったからな」
「……はぁ? け、結界? どういうことよ?」
そう言えばこの前も火の魔術を使っていたけど……
「体の周りに薄く結界を張ってある。それにわしは猫舌ではないぞ」
「猫なのに?」
「今までも熱い茶を飲んでいただろうが」
……そう言えば、そうだった、かも。前世の記憶が戻って会話が出来るようになってからは、世話を焼かなくても自分で何でもするようになっていたから放っておいたけど……お茶も勝手に自分で淹れて飲んでいたっけ。しかし、結界魔術をこんなことに使うなんて……
「もしかして、自分にかけたら火傷防止になる?」
「なるじゃろうな。それに……」
きなこが何か言いかけた時、嫌な音が耳元を掠めた。それと同時に足に強い痒みを感じた。これって……
「うそ、蚊に刺された!」
虫除けスプレー忘れていた! さっき買ってきておいたのに!
「まぁ、山の中じゃからな。対策をしておかねば刺されるじゃろ」
ああ、迂闊だった。ついでに虫刺されの薬も塗ってこなきゃ。
「きなこ、ちょっと火を見ていて。虫除けスプレーしてくる」
「何でじゃ?」
「何でって、また刺されたら嫌だからに決まっているでしょ!」
きなこだって虫に刺されたら面倒なことになるわ。フィラリアの予防注射はしてあるけど。
「だったら結界を張ればよかろう。火傷だけでなく虫よけにもなるぞ」
「はぁ? なにそれ、聞いてない!」
「聞かれなかったからな。てっきり知っているかと思ったぞ」
何だって――!! じゃ、これまでの苦労は……黒光りする奴もそうだけど。
「もしかして……この家の周りに微弱な結界をかけたら……虫が入ってこない、とか?」
「そうなるじゃろうな」
「それ早く言え――!!」
なんてこった、虫除けスプレーも蚊取りも買ってきたのに。いや、もう使っているからそのまま置いておくけど。
「なにを言っておるんじゃ。昔はそうしていたじゃろうが」
「だって……魔術が前のように使えるとは、思わなかったから……」
こっちの世界は魔素が薄いから使えるなんて思っていなかった。いや、この前火起こしに使ったけど。ううむ、こっちの常識に引きずられているかも……いや、今生きているのはここなんだからそうでないと困るんだけど。
「うだうだ言っておらんと試してはどうじゃ?」
「う、うん」
何か悔しいけどきなこの言う通りで。前世でよく使っていた結界を張った。まぁ、元は虫どころか魔獣や敵などもっと大きな敵から身を守るものなのだけど。
「う~ん、なんか、掛けた感じがしない」
「魔素が薄いせいじゃろうな。どこまで効果があるかは試してみないとわからぬかもな」
「そっか」
前世の十分の一どころか百分の一も効いている気がしない。まぁ、蚊とか黒いGとかカメムシが避けられるだけでも御の字ではあるのだけど。ここじゃ血を吸ったり身体に寄生したりする魔虫や襲ってくる魔獣はいないからそこまで必要ないと思うし。あ、でも蛇や猪なんかもいるんだよね。そっちは無理かなぁ。せめて近づいてこないでくれるとありがたいんだけど。
「ほら、肉が焼けたぞ。固くなる前に食わねば」
「う、うん……」
何となく釈然としないけれど、それでも肉は美味しかった。やっぱり炭火最強かもしれない。動画では音は経験出来ても匂いや味はわからなかったけど、実物は想像以上に素晴らしかった。




