第四話 騎士団長よ、家に帰れ
「王妃殿下」
宰相が珍しく言いにくそうな顔をしていた。
「どうした」
「騎士団長のことなのですが」
セレスタは書類から顔を上げた。
騎士団長なら、昨日も西の街道で盗賊団を壊滅させたばかりだ。
戦場では『血にまみれた鬼の団長』と恐れられている。
国の盾であり、剣でもある。
「今度は何を壊した」
「今回は壊しておりません」
「そうか」
少し安心した。
「奥方から手紙が参りまして」
安心は即座に霧散した。
セレスタは額を押さえた。
「内容は」
宰相が差し出した手紙には、丁寧な文字でこう書かれていた。
『夫が家に帰りません』
セレスタは黙った。
宰相も黙った。
しばらくして。
「最後に帰ったのは」
「三か月前だそうです」
「そうか」
長い。
思ったより長い。
西の街道脇でキャンプ三昧か!
その日の午後。
騎士団長は王宮へ呼び出された。
「騎士団長」
「はっ」
「家に帰れ」
沈黙。
「聞いておるか」
「はっ」
「帰れ」
「しかし、騎士団の業務が――」
「帰れ」
「西部警備が――」
「帰れ」
「今年の新人の訓練が――」
「帰れ」
騎士団長は黙った。
セレスタも黙った。
先に口を開いたのは騎士団長だった。
「離縁されても構いません」
静かな声だった。
覚悟を決めた者の声だった。
セレスタは即答した。
「そうか」
「では奥方は誰に怒ればよい」
騎士団長は口を開けない。
「……」
セレスタは再度言った。
「帰れ」
騎士団長は完全に沈黙した。
敵将を前にしても怯まぬ男が。
王妃の前で言葉を失った。
「奥方に謝れ」
「……はっ」
「で、話を聞け」
「……はっ」
「もういい」
「さっさと帰れ」
騎士団長は観念したように頭を下げた。
その後。
副官の証言によれば。
騎士団長は、敵陣への突撃より重い足取りで帰宅したらしい。
なお翌日。
王宮へ現れた騎士団長は。
妙に顔色が良かった。
「どうだった」
セレスタが尋ねる。
騎士団長は少し考えてから答えた。
「叱られました」
「当然だ」
「夕食も作らされました」
「そうか」
「美味かったです」
セレスタは小さく頷いた。
「それは良かった」




