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第41話〈ポルヒェン郷〉

 負傷したキャリュアはリューム君が背負った。引き続き治癒魔法を発動し続けている。

 治癒魔法は、傷を治すことはできるが、失った血液はもどらない。

 出血量が多かったキャリュアはまだ危険な状態で、意識も朦朧としていた。



「すぐに出発しましょう。ポルヒェン郷(ごう)まで行けば、治療が行えるかもしれません」

 リューム君の言葉で、バルヴィーグの面々も気持ちを切り替え、空に飛び立つ。


 キャリュアの担っていたポジションには、副長のディルダンが入り、俺たちの前方を飛んだ。

 俺たちの飛行魔法は、ディルダンに代わってリューム君が「キャルロルディ」を担当する。

 リューム君に狩りは無理だが、訓練は見ていたので魔法だけなら交代できる、という判断だ。

 というか、人数的にそうするしかない。


 再出発した俺たちは、先ほどとは違って可能な限りの最高速で飛ぶ。

 日の傾き始めた穏やかな空気の中、切り裂くように突き進む。


 ものすごい風圧。天気は良いのに、身体に受ける風が強すぎて寒い。

 揺れも酷くて、内臓が握りしめられるように酔う。

 飛行酔い対策に使っていた治癒魔法も、全ての「緑の魔石」をキャリュアの治癒にまわしているので使えない。

 汚い話だが、飛びながら何度も吐いた。


 キャリュアの出血は、普通なら死んでいるくらいのものだった。

 並外れた体力と、使い続ける治癒魔法で何とか死なずにもっている。


「リューム兄……。ごめんなさい。あ、あたしがリューム兄を守る勇者になるはずだったのに……」

「キャリュ、あなたは間違いなく僕たちを守ってくれました。だから、謝ることはありませんよ」

 俺とリテの後ろを、キャリュアを背負ったリューム君が飛んでいる。

 キャリュアの意識がなくならないように、話しかけながら。


「あはは……。リュ、リューム兄に背負われるなんて、子供のとき以来だね」

「そうですね。あの頃は、キャリュの方がずっと小さかった」

「うん。リューム兄の背中が広くて……。あったかかった」

「キャリュは、なぜか僕の後をよくついてきていましたね」

「だって、あたしは魔王の孫で、大人からちやほやされてたけど、リューム兄はあたしのこと、妹みたいに接してくれて……。リューム兄だけ。あたしをあたしとして見てくれてるのは」

「ええ。あなたはいつまでも手のかかる妹ですよ、キャリュ」

「リューム兄。あたしは、でも、妹じゃないの……」

 キャリュアの声が途絶える。


「キャリュ、キャリュ! もう少しだけ頑張って!」

「ギューヴェルだ! 左前方!」


 ディルダンが声を発する。

 遠くに見えるギューヴェル。キャリュアなしで戦えるのか?

 前方3組のペアが弓を構える。


「放て!」

 ディルダンの合図で、一斉に矢が飛ぶ。 

 当たった! ギューヴェルはバタバタともがきながら落ちていく。


 その姿を視界におさめて、俺たちはスピードを緩めることなく飛び過ぎる。

 もう肉を回収することもない。

 今はとにかく、一秒でも早く進むだけだ。



 ………………



 そして数時間。さらに2頭のギューヴェルを仕留めて、俺たちは飛び続けた。

 その狩りは、どちらも何の危険もなく相手を射落とした。

 どうやら、さっき出会ったつがいのギューヴェルが特別に手ごわかったようだ。

 つくづく運がない。


 キャリュアはほとんど喋ることもできなくなった。かろうじて息はしているが、限界が近い。

 もう何分ももたないんじゃないか?


 進む俺たちの眼前、ぼんやりしていた背景が徐々にはっきりしていく。

 そこには、壁のようにそびえる巨大な山脈。

 俺たちの行く手を塞ぐように立ちはだかっている。

 その青々とした山のふもとに、小さな集落が見えた。


「ポルヒェン郷(ごう)だ!」

 ディルダンが叫んだ。


 間に合ってくれ、俺は自分の飛行酔いの気持ち悪さも忘れて祈った。



 ……………………



 ポルヒェン郷の入り口には露店が並び、小規模なマーケットになっていた。

 メリオノールのマーケットと同様に、いろいろな種族の人たちがいる。旅人向けに商売をしているらしい。


 俺たちはそのマーケットの上も飛び越えて、その奥に立ち並ぶ白い石造りの家々の前で降りた。

 遠目にはわからなかったが、近づくと家の高さが低い。俺の身長と同じくらいの高さしかない。コンクリートのように滑らかな白い石でできていて、どの家も同じ大きさ、正確に四角く、窓もない。


 そんな白い四角だけが並ぶ、奇妙なほど無機質な風景。

 歩く人も誰もいない中、リューム君は足早に進んで行く。


「村長の家に行きます。ノーム族は我々の知らない魔法を知っていますから、キャリュアを助けることもできるかもしれません」

 そう言って、村の最奥にある白い四角に向かった。そこが村長の家のようだ。


 家の真っ白な壁面に、長方形の切れ込みが入っている。これが入り口なのか? リューム君がノックすると数秒後、音もなく開いた。


 中から、グレーの肌に深い緑色の髪を伸ばした、小さな女性が現れる。

 彼女がノーム族。

 身長は120センチくらいか。2メートル以上あるリューム君と比べると、まるで小人だ。

 全く感情のない顔で俺たちを見つめて、聞いたことのない言語を口にした。



 ………………



「グルンガルディール」

 リューム君が懐から青い魔石をとりだして唱える。通訳の魔法。

 ということは、ノーム族はこの世界の共通語とは違う言語を話すのか。


 ちなみに俺もこの魔法を常時発動しているので、この世界の言葉がわかる。

 ノーム族が喋った言葉も聞き慣れないものだったが、意味は即座に理解できた。


「魔法の効果範囲にいれば皆さんも言葉がわかりますから、僕の周りから離れないでください」

 リューム君は言って、バルヴィーグのメンバーにも目を向けた。

 通訳の魔法「グルンガルディール」は複数人にも有効なようだ。


「突然の訪問、失礼いたします。現魔王ヴェグラスドラームの孫にして次期魔王となったヴァグリスドリュームです。急ぎ村長にお取次ぎしていただきたく、お願い申し上げます」

「リューム様、お久しぶりでございます。長(おさ)ピュネルは就寝中ですので、少々お待ちいただけますか」

 ノームの女性はわずかに微笑んで言った。


「すいません、急いでいるのですが、なんとか早くお願いいたします。連れが怪我をしてしまい、治療はしましたが危険な状態なのです」

「それは、背負われているその女性ですね。なるほど。では、中にお入りください」

 彼女はキャリュアの様子を見て言い、家の中へと招いてくれた。


 リューム君は身体を屈めて入り口をくぐる。

 ノーム族はかなり小柄な種族だ。リューム君では入り口の大きさもギリギリ。

 なんとか室内には入れたが、狭そうだ。

 俺とリテも続いて入ったが、俺たちにとってもかなり狭い。天井に頭がついてしまうので、かがまないと立てない。


 家の中も真っ白で、光魔法のランプが灯っていた。なんの装飾もない白い壁、白い床、白い天井に囲まれた、狭い廊下。

 思いのほか長く続く廊下を、ノームの女性はスタスタと進んで行く。

 途中、両側に扉もあったようだが、そこには入らずに数十メートルは歩いただろうか。かがんで歩くことも苦しくなってきたころ、階段があり、下に降りた。



 ………………



 辿り着いたのは真っ白い大部屋。

 ここは天井も高く、普通に立てる。

 壁も床も天井も、全て真っ白。一点の曇りもない。

 かなり広い部屋のようだが、あまりに白いので、部屋の大きさがわからない。


「こちらでお待ちください。すぐにピュネルが参ります」

 案内してくれた女性はそう言って、10メートルほど奥に進む。彼女が手をかけた場所が開き、黒い隙間が現れる。どうやらそこに扉があるようだ。その中に彼女は消えて、俺たちは残された。


 キャリュアは大丈夫だろうか。

 リューム君に背負われて、もうほとんど動いていない。


 村長のピュネル、というのか、早く来てくれ。

 まあ、突然訪ねた方も悪いが、まだ夜にもなってないのに就寝中って。なんで寝てるんだ。


 真っ白い中で待たされる。何の音もしない。

 時間の経過がわからない。この世界に時計はないし、その上、この何もない部屋。

 早く、早くしてくれ。


 誰も一言も喋らず、焦りだけがつのる。

 たまらなくなった「バルヴィーグ」のメンバーたちが、リューム君の顔を見る。

 リューム君が、彼らに話しかけようとした瞬間、壁に黒く隙間が開いた。


「お待たせしました」



 ………………



 白い簡素な服に、何種類もの魔石のペンダントを下げたノームが現れる。

 先ほどの女性と同じく小さな身体。グレーの肌に長い緑の髪を三つ編みにしている。

 穏やかな微笑みを湛えた老女だった。


「リュームさん、お久しぶりですね。お連れ様の具合が悪いとのこと。挨拶は抜きにしましょうか」

 柔らかく、深い声。彼女がピュネル、この村の村長か。ゆったりとした話し方だ。


「ピュネル様、申し訳ございません。彼女を見ていただけますか」

「はい。ではこちらに寝かせてください」


 ピュネルが言って手で指した先に、人を寝かせられる大きさの白い台があった。

 いや、さっきまで台なんてあったか? 真っ白でわからなかったが。


 リューム君が、キャリュアをそこに寝かせる。

 ピュネルは彼女に近づいて、右手をかざす。その手には深い緑色の魔石の指輪が輝いている。


 見たことがある色の魔石だ。でもどこで見たのか、俺が思い出せないでいると、隣でリテがつぶやいた。

「王の魔石……」


 そうだ。魔王様が首にかけていた魔石と同じだ。

 あれの方がかなり大きかったが、同じ色。

 あの魔石は、魔王だけが持つ特別なものじゃなかったっけ?


「完癒の魔法が使えるのですか?」

 驚いた表情でリテが聞いた。


「いいえ。魔王が持つ『王の魔石』ほどの力は、この石にはありません。ただ、彼女の状態はわかりました。血が足りていないのですね」

 優しい笑顔をリテに向けて、ピュネルが答えた。


「リュームさん、ちょっと失礼」

 ピュネルはリューム君にも手をかざす。


「ああ、良かった。同じ型です。この女性はリュームさんの血縁ですか?」

「ええ。従妹です」


 ピュネルはうなずいて、他の魔族たちの傍にも歩み寄り、手をかざす。

「型の合う血を持った方は、リュームさんだけですね」

 そう言われて戸惑っている魔族たちをそのままに、ピュネルは横たわるキャリュアの前に立った。


「リュームさんとこの女性は同じ型の血を持っています。残念ながら他の方は違う血の型でした。助けるためには、リュームさんの血をこの女性に分け与えなければなりません。かなり多くの血を失っているので、リュームさんにとっても負担は大きいですが、よろしいですか?」

「お願いします!」

 リューム君は力強く言って、ピュネルに自分の腕を差し出した。


 これって、輸血するってことか?

 同じ型の血って、たぶん血液型だよな。


 ピュネルはリューム君の手をとって、キャリュアの胸の上に乗せた。

 その上に自分の手を重ねて唱える。


「ピェルヒェルトニール」

 ピュネルの指の魔石が光る。

 キャリュアの顔色が徐々に良くなっていく。黒ずんでいた肌に、血色が戻る。

 見守っているバルヴィーグのメンバーたちから「おお!」という感嘆がもれた。


 リューム君の方を見ると、身体の力が抜けたようにふらついている。

 やはり、リューム君の血をキャリュアに輸血しているのか。


 魔法が発動して数分、ピュネルは手を離す。

「もう大丈夫だと思います。リュームさん、血を分けたのでしばらくは力が入らないでしょう。こちらでお休みください」

 ピュネルが言って、キャリュアの隣を手で示す。

 そこにも白い台があった。

 いや、いつから? さっきからあったっけ? その台。何もかも真っ白でよくわからないんだよな。


 という俺の疑問を感じていないのか、リューム君はその台に横たわった。

 貧血、ということなのだろう。しかしキャリュアが助かったことで、顔には安堵感がある。


「こちらの女性も、しばらくすれば目を覚ますでしょう。他の方にもお部屋をご用意いたしますから、しばしお休みください。お風呂もありますので」

 ピュネルはそう言って、俺たちの方を向いて微笑んだ。

 言われて俺は自分を見る。

 そう言えば、吐きながら飛んできたんだ。服にもゲロの飛沫がついている。

 ちなみにリテも同様。

 もう鼻が慣れてしまっているが、たぶん匂いもしているだろう。

 緊急事態とはいえ、とんでもない状態で訪問してしまった。


 俺が恥ずかしくなってうつむいているところに、先ほど案内してくれた女性のノームが現れた。

「こちらにどうぞ。先にお風呂へご案内します」



 …………………



 案内された風呂は、温泉のような広い大浴場だった。

 ノーム族サイズではなく、魔族やエルフ向けなのか、たっぷりと深さもある風呂だ。

 俺はバルヴィーグの人たちと一緒に入り、彼らのムッキムキの肉体に圧倒されて、自分の貧弱さにげんなりして風呂から出た。

 ちなみに、風呂も真っ白だった。床がつるつるして滑りそうだった。


 風呂を出ると、一人一部屋ずつ部屋に案内される。

 まるでビジネスホテルのシングルルームのような、こじんまりとした一人用の部屋だ。

 その部屋の中も、全て白。床も壁もベッドも真っ白。

 ノーム族って、白いことに異常なこだわりがあるのか?


 何はともあれ、俺はベッドに身体を投げる。

 長時間の飛行酔いは、まだ完全に治ってはいない。横になっていても、世界がぐらぐらと揺れているような気がする。改めて吐き気が襲ってくる。


 それにしてもこの部屋、真っ白いだけじゃなく、何の音もしない。

 隣の部屋にバルヴィーグの人たちが入ったはずだが、壁が厚いのか何も聞こえない。


 完璧な静寂。

 目を閉じても眠れそうもない。


 俺は荷物からピルテルの旅行記を取り出して、ポルヒェン郷についての部分をパラパラと眺めた。

 メリオノール市でピルテルから買った本だ。テレビもスマホもないこの世界では、他に見るものもないから、もう何回も読んだ。


 〈ポルヒェン郷。魔法都市『シュルクタット』とアルトゥニア地方との間に立ちはだかる、ガリエスト山脈の入り口に位置する村。旅人向けの商いを行う人々も住んでいるが、彼らはこの村の一部を間借りしているだけだ。本当の村の住人はノーム族〉


 ピルテルもノーム族にはかなり興味を持っていたらしく、いろいろと記述はある。しかし、結局のところはよくわからなかったようだ。エルフ、魔族、獣人、ドワーフ、ホビットの主要種族とはほとんど関わらない、謎の種族なのだ。


 〈私たちがポルヒェン郷を訪れた時も、ノーム族の姿を見ることは稀だった。旅人はただポルヒェン郷を通り抜けるだけ。ノーム族と交流することはない。私は彼らの住む家を訪ねたが、言葉の違いがあって話すことはできなかった。一見して優しい笑顔で迎えてはくれたが、決して深く関わるつもりはない、という雰囲気を感じた〉


 やっぱり、言葉の壁は大きいのかな。通訳の魔法「グルンガルディール」は、あまり一般的でなさそうだ。ピルテルも使えなかったみたいだし、使える人は限られるのか。


 〈ノーム族はガリエスト山脈を安全に越えることのできる抜け道を知っている、という噂がある。私もあの山脈を越えるのに苦労したから、それがあるなら知りたいものだ〉


 気になるのはこの記述だ。ガリエスト山脈はシュルクタットへ向かう道のりの中で最難関の山場で、魔獣も多く、超えるのに1ヶ月ほどかかるらしい。抜け道があるなら俺も知りたい。


 そんなことを考えつつ、ぼーっと横になっていると、ドアがノックされた。


「トーキ、入ってもいい?」

 リテだ。


「も、もちろん」

「ごめんね、休んでた?」

 そう言ってリテは入ってきて、部屋にあった真っ白な四角い椅子に座る。


 彼女も風呂上がりだった。

 まだほんのり濡れた髪を、後ろでまとめて、頬は赤く上気している。

 普段はかなり厚い生地の服を着ているが、今のリテは柔らかい綿のような素材のワンピースだ。スカート丈は膝まで。リテにしてはめちゃ短い。ピンク色に染まったふくらはぎが見えている。もしかしたらパジャマかもしれない。


 え? ちょっと、これ。

 こんなホテルみたいな部屋で、風呂上がりのリテと二人きり?

 なんだこれは? ものすごいドキドキする。期待してもいいのか?

 二人でずいぶん旅をしてきたが、こんな状況は初めてだった。


毎週月曜日、朝6:00更新です

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