第39話〈強さ〉
この日、宿の食堂で朝食を終えた魔獣狩りチーム「バルヴィーグ」は、今後の方針について緊急会議を開いていた。
「それではキャリュア様は、太古の魔獣の討伐を取りやめて、リューム様と共にウリム湿地を目指されると言うことですか?」
眉間に深い皺を寄せて、そこに鋭い眼光を光らせ話すのは副長のディルダン。
突然の方針転換に、明らかに動揺していた。
「我々はキャリュア様を魔王にするために、こうして武器を開発し、太古の魔獣を狩る準備を進めてきたのです。それが、今更リューム様の護衛に着くというのは、正直申しまして承服しかねます」
「いや、太古の魔獣を諦めたわけじゃない。ウリム湿地を渡ることのできる良い方法を思いついたんだ。それを試してみたい」
「そうおっしゃいますがキャリュア様。リューム様による継承の宣言を、魔王様が撤回できるのは一か月間だけです。ウリム湿地を渡るとなると、相応の訓練が必要ですし、不測の事態がないともいえません。先にウリム湿地を往復してから、太古の魔獣を狩りに行くのでは間に合わない可能性がございます」
「ぐっ。それは、そうだな……」
「もちろん我々はキャリュア様に心酔して集まったのですから、最終的にはキャリュア様の決定に従います。しかし、魔王継承ができなくなるような行動には、それなりの理由をご説明いただきたいのです」
「……お前たちの言うとおりだ。確かに、今は太古の魔獣の狩りを優先するべきだ。冷静に考えればそれしかない。しかし、リューム兄を守ってウリム湿地を渡ることにも、同じか、それ以上の価値をあたしは感じる……」
そしてキャリュアは、言い淀み、言葉を詰まらせた。
常にはっきりものを言う彼女らしくない様子だ。
配下の魔族たちも、そんなキャリュアの姿を怪訝に思っている。
しばし、沈黙が降りた後、口を開いたのはバスキュルだった。
「キャリュア殿。先ほどご説明いただいた「弓」を使った飛行魔法での狩りは、実に画期的でしたな。すぐにでも試したいお気持ちは理解できます。しかし、それこそ今でなくともよいのでは? リューム殿を守らなければならない義理もないかと存じるが」
「ああ。その通りだ」
「であるならば、何ゆえにそのようなことをおっしゃるのか」
悩みながらうつむいていたキャリュアは、不意に顔を上げて、この様子を伺っていた俺たちの方を見た。
「トーキ!」
急に声をかけられた。え、何? 魔族の話し合いに混ざるのはちょっと厳しいんだけど……。
「トーキ、お前の世界には、魔法以上の力がいくらでもあると言っていたな。その力で人同士が争っていると」
「ええ。言いましたけど」
「強い力のある国によって、世界がまとまったりはしなかったのか?」
「それは、難しいですね。強い軍事力の国を中心に、ある程度の安定はありますけど、戦争はなくなってないので……」
「そうか」
キャリュアは頷いて、すぐにリテに目を向ける。
「リテ!」
「何?」
「昨日貸してもらった本、主人公はホビットの勇者だった。ホビットなんぞ、大した力はもっていないのにな。それでもあの主人公は勇者だった。なぜだろうな?」
「そんなの、仲間を守って戦っていたからでしょ」
「そうだ」
キャリュアは、満足気に微笑んで、自分の仲間たちに振り返る。
「あたしは、魔王として魔族を治めるには強さが必要だと思ってきた。今も思っている。じゃあ、『強さ』とはなんだ?」
「力が強いことか? 身体が頑健であることか? 狩りが上手いことか? 巨大な魔獣を狩れることか? もちろん、それもある。だがそれだけで誰をも納得させられるか?」
「魔族たちは従うかもしれない。強さを求めるのが魔族だからな。しかし、他の種族は? いくら強かったからといって、魔族に従うかな? 仮に従ったとしても、それは表面上だけじゃないか? あらゆる種族たちから、尊敬と憧れをもって見られる、もっと本質的な『強さ』が必要じゃないか?」
「そんなものがあるのかと、お前たちは思うだろう。そう思うのも当然だ。しかし、誰の目にも明らかな『強さ』はある。魔族でなくとも、強力な兵器とやらを持たずとも、誰もの心に呼びかける『強さ』。勇者と呼べるほどの『強さ』」
「それは、守るべきものを守る『強さ』だ」
「魔族がなぜ他の種族よりも身体能力に優れるのか、単に魔獣を狩るためか? いや、守るべきものを守るためだ」
「リューム兄は、昨日トーキの世界の話を聞いて、自分がみんなの架け橋になりたいと言っていた。あたしには無理だと思ったよ。あたしには、他のいろんな種族たちと話して繋がって、わかり合うなんてできそうにはない。あたしは魔族のことしか見えてないけど、リューム兄はもう一段高い場所から世界を見てるんだ」
「リューム兄。あたしはあなたを守りたい。あなたは、魔族とその他のすべての人々のために必要な人だ。あたしに、一番大切な役割があるとしたら、リューム兄を守ることだよ!」
キャリュアは、少し興奮したように顔を赤くして、リューム君の方を向いて言った。
リューム君は、そのキャリュアに向けてゆっくり立ち上がり、静かに微笑む。
「キャリュ、ちょっと落ち着いて」
冷静に言った。そこまで空気に流されないのもすごい。
「キャリュ。あなたはリテさんから借りた本を読んで、影響されてるだけですよ。本当に、単純なんだから。ほら、チームのみんなも困っているじゃないですか」
「いや、リューム兄! あたしがリューム兄を守りたいのは本当だよ!」
「別に僕が頼んだわけではありません。確かにウリム湿地を渡ることができれば早く先に進めますが、そこまで急ぐ必要もありませんから」
「でもリューム兄。来週にはポルヒェン郷で祭りがある。そこに間に合えば、次期魔王として参加できるじゃん」
キャリュアの言葉に、リューム君は目を見開く。
「知ってたんですか。しかし、ポルヒェン郷の祭りに魔王が参加したことは、少なくとも数千年はないはずです。参加できるかもわかりません。今はその必要はありませんよ」
「いや! リューム兄が参加するのは、絶対に意味があるよ。ノームたちと関係を築けたら、世界は変わる」
「ポルヒェン郷」はドネルコさんの地図によると、ウリム湿地の向こうにある村だ。ちなみに、そこより北は山脈で、村はない。その巨大な山脈の向こうが「シュルクタット」。
だから、「シュルクタット」に向かう最後の村が「ポルヒェン郷」だ。
「ええと、話しに割って入って申し訳ないけど、そのポルヒェン郷の祭りって、どういうもの?」
たまらずに俺は聞いた。リテも知らないような顔だ。
「ああ、トーキさん。ポルヒェン郷はノーム族の住む村で、12年に一度、北方の種族を招いた祭りを開くんですよ。私たち南方に住む種族は参加していないのですが」
すかさずキャリュアも口を開く。
「そう。だけど、リューム兄なら北方の人たちとも繋がりあるでしょ。もし魔王になって他の種族たちとやっていくなら、絶対参加した方が良いって」
「それは、キャリュにしては良いことを言いますね」
「あー、またあたしのこと子供扱いして。でも、あたしはノーム族と関わったこともないし、行くならリューム兄だよ」
「ほほう! リューム殿はノーム族とも交流があるのですな!」
バスキュルが立ち上がり、驚いた顔でリューム君を見た。
「ええ。現魔王様と何度か訪問していますので」
「ノーム族は我々とはほとんど交流のない種族だ。三種族会議にも参加しない。しかし、シュルクタットに向かう要所に住む重要な種族ではある。彼らとの協力関係を持てれば、魔族の商売も大きく変わりますな」
「その通りですが、現魔王様も何度か交渉して、あまり芳しい結果は得られていません。僕一人が行ったところでどこまで交渉できるものか……」
「なるほど、だがお二人なら?」
「二人?」
「キャリュア殿とリューム殿、お二人はそれぞれにないものを補い合っていると、わしには見えます。お二人が揃って行けば、何かが変わるのでは?」
リューム君とキャリュアは顔を見合わせた。
「その通りだ! バスキュル。あたしとリューム兄なら、きっと面白いことが起こる。でしょ、リューム兄!」
自信満々の笑みで、金色の瞳を輝かせるキャリュア。
彼女はその逞しい腕で拳を握り、リューム君の胸を軽く叩いた。
リューム君は、強く握られたその手を見つめて、柔らかく微笑む。
「確かに、そうかも知れませんね」
キャリュアは、再び自分のチームの方を向き直り、一呼吸、深く息を吸って言う。
「みんな、あたしは次期魔王の継承を、リューム兄、ヴァグリスドリュームに譲る!」
「今、あたしははっきり理解した。あたしが強くなった理由。この力を得たわけ。あたしの『強さ』は、この世界の架け橋になるリューム兄、新たな魔王を守るためにある」
「あたしは、太古の魔獣を狩り、自分の強さを示して魔王になるつもりだった。多くの魔族たちからもそれを望まれていた。そのことを間違っていたとは思わない。しかし、リューム兄はあたしよりも高い理想を持っている。それを守り、実現していくことは、あたしをより強くするし、魔族全体も強くする」
「みんな、すまない。あたしを魔王にするためについてきてくれたのに。あたしにはそれに応えることはできない。申し訳ない。あたしは、リューム兄を魔王にする。そして、あたしは勇者になる。魔王を守る勇者だ。これは、あたしにしかできない仕事だ」
「だからあたしは、リューム兄を守ってウリム湿地を渡り、ノームたちに会いに行こうと思う! 賢者を守る勇者の冒険だ! 太古の魔獣を狩るよりも、もっともっと革命的なことだ! そう思わないか?」
「みんな、こんなあたしでもよければ、ついて来て欲しい。もちろん、気に入らなければこのチームを去っても構わない。判断はみんなに任せる」
キャリュアは黙って聞いていたチームの魔族たち、一人一人の顔をしっかりと見つめて、その場を離れる。
そして振り返りもせずに宿の食堂を出て行った。
残されたメンバーたちは席に着いたままうつむき、そのまま考え込んでいるようだった。
唐突に降りた静寂。
やがて、誰からともなく顔を上げる。
心を決めた強い表情で、互いの目を見る。
それぞれに頷き合い、一言も発さずに立ち上がった。
副長のディルダンがこちらに来てリューム君に頭を下げた。
「リューム様。我々はキャリュア様に従います。ウリム湿地越えについて、詳細な計画を練りたいので同行していただけるでしょうか」
リューム君はディルダンの言葉を落ち着き払った目で受け止めた。
「わかりました。共にウリム湿地を越えましょう。リテさんとトーキさんもよろしいですか?」
俺とリテも異存はない。
どうやら、丸く収まった様子に、大きく息をついた。
…………………
これから3日間を、キャリュアたちは飛行魔法のための訓練に費やした。
ウリム湿地を東に迂回した場合は2週間以上かかるが、飛行魔法で飛べば早くて1日で越えられるそうだ。来週までにポルヒェン郷に着くなら、3日くらいは問題ない。
ちなみに俺たちはこの間、特にやることはなかった。
何か手伝うことはないか聞いたが、「ない」とのことだ。
飛行魔法の最中は何もするな、と言われる。
素人が余計な動きをすると、連携を乱してしまうから、とにかく何もするなということだ。
キャリュアたちは弓を、飛行しながらでも使いやすいように改良し、さらに精度を高めて連携する訓練をみっちりとやっていた。
空いた時間、リテはいつも通り絵を描いて過ごしていた。
リューム君は、キャリュア以外の魔族たちとコミュニケーションをとっていた。リューム君自身はもちろん戦闘に参加しないが、どんな作戦なのか、魔獣ギューヴェルはどんな習性なのか、ウリム湿地はどんな場所か、細かく聞いている。魔族たちとも打ち解けて、作戦にアイデアを出したりしていた。さすが有能。
俺はといえば、すっかり時間を持て余したので、この村の住人と話し、少し仲良くなることができた。
この村の住人の大半はドワーフだが、少数の獣人族も住んでいる。
メリオノールのマーケットで魚を売っていたから気になっていたのだ。
獣人族たちは、村の傍を流れるウェルト川で漁をして生計を立てているらしい。
魚料理を食べさせてもらったりしたのだが、そこで発見があった。
彼ら独自の調味料。
メリオノールのレストランで食べた、どことなく中華風とも和風とも感じる料理に使われていた。
醤油だ。
といっても、俺の知る普通の醤油とはちょっと違った。材料が大豆ではないのだ。
まあ、大豆と同じものはこの世界には無いみたいだし。
川で獲れた魚から作っている。つまりは魚醤。
獣人風の料理の独特の風味は、この魚醤からきている。
ナンプラーほどは癖がない。秋田のしょっつるに近い感じ。
独特の香りだが、これが何かと聞かれたら日本人なら「醤油」と答えるだろう。
獣人族から、この魚醬の他に干物や塩漬けにした魚も買い込んだ。
エルフや魔族の食事の中心は肉。魚料理もないわけではないが、ほとんどは肉。
それも美味いけども、毎食だとさすがにしつこいから、魚をいろいろと買えたのはとても良かった。
さらにはワイール。米に近い穀物だ。粘り気は少なめだが、ほぼ米といっていい。
これで俺の旅の食生活は、劇的に変わった。
俺は宿の食堂にも行かず、自分で米を炊いて干物を焼き、魚醤をかけて食べるという夢の食事を作った。白メシに焼き魚。これだよこれ。
あとは納豆とみそ汁があれば完璧だが。大豆がないんだよな、この世界。似たような豆はあるから、いつか挑戦してみようか。
次の日、俺はたくさん作って他のみんなにも振舞った。
リテやリューム君には好評で、旅のメニューに魚を加えることが正式に採択された。
しかし、キャリュアたちは微妙な顔をして食べていた。
「次からは、肉にしてくれ」だそうだ。
………………
その日の早朝、俺たちはキャリュアのチーム「バルヴィーグ」の面々と共にマルテール村を出発した。
昇ったばかりの朝日が、ウェルト川の水面を照らして輝いている。川面は穏やかで、どちらに向かって流れているかわからないほどだ。対岸も遠く、遥かにぼんやりと向こう岸が霞んで見えている。
川岸で、俺とリテ、リューム君の3人が、背負った荷物がくっつくほどの距離に立つ。その両側にはディルダンとバスキュルが立つ。
「本当に俺たち、何もしなくてもいいの?」
「我々の魔法に干渉しますので、何もなさらないでください。身体もできるだけ動かさないようにお願いします」
「よし! 行くぞ!」
短くキャリュアが声をかけ、バルヴィーグのメンバーは「はい!」と応えた。
それぞれの手には、新たに制作した弓を持ち、肩にかけた筒にぎっしりと矢を携えている。
キャリュアがちらっとリューム君を見てニコッと笑い、魔法を唱える。
「キャルロルディ」「コルティレン」
俺たちの身体は軽くなる。
そのまま風が舞うようにフッと浮き、みるみる上昇してウェルト川の上空に出た。
「飛んでる……」
俺は当たり前に感嘆して、風の流れに身を任せる。
高く昇った視線の先には、淡い緑の湿地帯がどこまでも広がっていた。
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