第38話〈飛行魔法〉
「あの、キャリュアさん? トーキが苦しそうだから……」
「ん? あ、すまない! 大丈夫か?」
俺を抱きしめて固まっていたキャリュアに、リテが声をかけた。
キャリュアはすぐに放してくれたが、俺は正直言うと、少しだけ残念だった。
「トーキ、大丈夫?」
「ああ、はい! 大丈夫です!」
「本当に?」
リテに聞かれて、言葉に詰まる。
「なんだか、ちょっと嬉しそうだけど……」
「いや、そんなことない! ちょっと驚いただけ」
「ふうん」
キャリュアに、一度目に抱きしめられたときは恐怖だったが、二度目は全く印象が違った。
彼女の動きは柔らかくて、威圧的な雰囲気はなかったし、少し体温の高い肌が触れるのも心地良かった。
汗臭そうに見えた身体が、意外にも良い匂いで、温かい日差しの中で新緑に包まれているような感じだった。
何よりも、自分より圧倒的に強いものに守られている安心感。親に抱かれた赤ん坊はこんな気持ちなのかと思ったほどだ。
「トーキ、こんなことを言うと悪いが、お前たち『人間』は魔族や他の種族と比べても貧弱に見える。そんなお前が、人同士で殺し合うような世界にいたとは、驚きだ。よく生き残って来れたものだ」
キャリュアが改めて俺に、落ち着いた声色で言った。
「いや、俺が住んでいた場所、日本っていうところですが、そこではもう戦争は起きてませんでしたから。世界の中ではそういうこともある、というだけです」
「そうか。お前自身は傷つけられたことはないのか。それなら良かった」
本当に心から良かったという顔でキャリュアは笑った。
「トーキさんのいた世界の話は、僕も詳しく聞いたことがありませんでしたので興味深いですね」
そう言えば、リューム君にもそんな話はしたことがなかった。というか、リテや学校の子供たちに少し話したくらいか。あの時もドン引きされたが。
そこで俺は、改めて俺のいた世界について話した。
「人」は「人間」だけで、この世界のように多数の種族はいないこと。
「国」が世界にいくつもあって、それぞれ違う文化をもった人が住んでいること。
「国」同士で争う戦争があること。俺が住んでいた日本には、今は戦争はないこと。
人々の間には「犯罪」があること。それを抑止するための「法律」もあること。
だいたい、こんな感じだ。
どれも、ざっくりと話しただけだ。まあ、あまり詳しい話は俺自身もわからないからな。
しかし、リューム君とキャリュアの二人は、かなり熱心に俺の話を聞いていた。
二人とも、魔族の長になろうというのだから、こんな話も面白いのだろう。
この世界とは違いすぎるから、あまり参考にはならない気がするが。
「俺としては、人が他人に害意を持たないこの世界は、本当に素晴らしいと思いますよ。話し合いですべてを解決できるのは理想的です」
「そうですね。しかし、実際はすべてを解決できているわけではないのです。トーキさんの世界のような戦争にはなりませんが、種族ごとの意見の食い違いはあります。だから僕は、魔王としてみんなの懸け橋になりたいのです」
俺の話を聞いたリューム君は、そう言ってキャリュアを見た。
しかしキャリュアは考え込むような顔をして何も返さなかった。
………………
キャリュアたちは、この日一日、弓の試作とその習熟のための練習に費やした。
「あたしたちは弓に慣れるのにまだ2~3日は滞在するけど、リューム兄たちはどうする?」
日暮れ時になって、キャリュアはそう聞いてきた。
キャリュアを放っておいて先に進むこともできるが、リテはどうだろうか。このまま一緒に滞在してキャリュアを説得し続けるとなると、旅の資金も苦しくなる。
という訳でリテは悩んでいたが、キャリュアが弓のアイデアを教わった礼として、けっこうな金額を払ってくれた。また、リューム君も引き続き宿代を支援してくれた。
これで当分は資金の心配はしなくてよくなり、俺たちも一緒に滞在することになった。
「ねえキャリュア。キャリュアは子供の頃から魔獣の狩りを手伝っていたの?」
「まあね。でも、それだけじゃないよ。おじいちゃんと一緒に行商にも行ったし、他の種族の村をまわったりもしたからね。うーん、いろいろやったけど、やっぱり狩りに出るのが一番好きだな。森に入って、何日も獲物を追いかけてさ、少しずつ追い詰める。警戒心の強い魔獣の習性を知ってないと、すぐに逃げられるんだ。初めて狙った獲物を狩れた時は、最高に嬉しかったもんね」
「へえ、すごいのね。何歳くらいの時?」
「22歳。その頃はまだ子供で、リテと同じくらいの身長だったよ」
「キャリュアにそんな頃があったんだ。今じゃこんなに大きいのに」
「あはは、そうだね」
リテは、すぐに説得することは諦めて、まずはキャリュアと仲良くなることにしたようだ。
そうして話し出すと、二人はあっという間に打ち解けた。
「リテは絵を描いてるんだって? 見せてもらってもいい?」
「いいよ。今持ってくるね」
宿での食事中も、二人で話すようになった。
それにしても、そんなに気軽に絵を見せてくれるんだ。俺の時はもうちょっと、ためらいがあった気がするけど。なんか悔しい。
リテが持ってきたのは、ピルテルの小説の情景を描いた絵だった。原本は本にするためにピルテルに渡してきたが、複写の魔法「コルフィンク」でコピーをとっておいたのだ。
「これはすごい! こんなに迫力ある絵は初めて見た! いいよ、リテ!」
キャリュアは、大げさではなく本当に驚いた顔で言った。
「ふふっ。ありがとう」
リテも照れて嬉しそうだ。
「うわ! これもいい! カッコイイな~。これはあたし、かなり好きだな」
「そう言ってもらえると嬉しいな」
その他の絵もキャリュアは楽しそうに眺めて、大きな声で喜んでいた。
そうか。あんな風に、素直に感想を言えばいいのか。別に構図がどうとか、言う必要ない。
俺は、見た瞬間の感想とか、照れくさくなって上手く言えなかった。せっかく絵を見せてくれたんだから、何か有用なアドバイスや、難しい感想を言わなければとか、思ってしまっていた。全く馬鹿みたいだ。そんなの全然必要ないんだ。
キャリュアの素直さ、真っ直ぐさは俺にはないものだ。はっきり言って憧れる。
あんな風になれないまでも、少しでも俺自身を変えていきたい。
自分の意志に従って歩くリテの隣にいるなら、俺自身も変わる勇気を持ちたい。
…………………
「これはどういう情景を描いた絵なんだ? 何かの物語?」
「うん。メリオノールにピルテルってホビットの人がいて、自分で書いた物語を本にしてるの。読んだらすごく面白くって」
「へえ、自分で物語を。面白そうだな」
「ホビットの勇者が悪い魔獣を倒すお話。読んでみる?」
「ああ! ぜひ読みたい!」
その夜、食事を終えたキャリュアに、リテはピルテルの本を数冊貸した。
キャリュアは大きな身体で本を抱えて、「今夜読むよ」と言って部屋に戻って行った。
ちなみにリューム君は、本を抱えたキャリュアに驚いていた。
「小さい頃は、本なんて全然読まなかったのですが」
ということだ。
おそらくだが、先に絵を見てイメージがわかったから、小説を読みたくなったんだろう。
ラノベの表紙買いみたいなものだ。やっぱり絵の力は強い。
この世界に挿絵のある本は、ほとんどない。だから本に興味を持つ人も少ないのかもしれない。リテの挿絵の入った本が完成する日が待ち遠しい。
…………………
翌朝。宿の食堂で一緒になったリテとキャリュアは、さっそく小説の内容について盛り上がっていた。
「こういう物語は初めて読んだけど、めちゃくちゃ面白いな! 勇者が魔獣と戦う場面は興奮したよ!」
「だよね! やられそうになった仲間を必死で守るのも良いよね」
「そうそう! ただ戦うだけじゃないんだ。賢者の仲間を街まで送りとどけるために戦う! カッコイイよ!」
朝から興奮して話すキャリュア。
すっかりピルテルの小説にハマったようだ。完全アウトドア派だろうキャリュアが、読書に夢中になるなんて意外だ。
それにこの物語はファンタジーで、この世界にはいない悪い魔獣が出てきたり、バトルになったりする。現実では考えられない内容だ。
そういうところは気にならないのだろうか。
「この物語って、魔獣が人を狙って襲ったり、ホビットがそれと戦ったり、実際とはかなり違うけど、気になりませんか?」
「ん? ああ、確かにそうだな。さすがにホビットが魔獣を倒すのは、現実では難しいだろう。だが、そこが良いんじゃないか! ギリギリの戦いになるしな。魔族だったら圧勝してしまって物語にならん。それに、魔獣が人を狙うこともない訳じゃない」
「え⁉ 魔獣が人を狙うなんて、実際にあるの?」
キャリュアがさらっと言ったことに、リテが驚いた。
俺も、魔獣は人を恐れる生き物だって何度も聞いた。魔獣の方から人を狙ったりはしないのでは?
「まあ、通常の魔獣は人を見たら逃げていくものだ。しかし、ウリム湿地の奴らはそうじゃない」
「そうなの? ウリム湿地って、このマルテール村の北の湿地帯よね? あそこは一面が沼地で、渡れないって聞いたけど」
「そうだ、普通は渡れん。だからシュルクタットに行くなら東に大きく迂回するのが通常ルートだ。だが、飛行魔法を使えば、真っ直ぐ越えることが出来る」
「飛行魔法⁉」
「ああ。ただしそこには空を飛ぶ鳥の魔獣『ギューヴェル』がいる。あいつらは飛行魔法で飛ぶ人を見ると襲ってくるんだ」
「あ! そういえば旅に出る前、ドネルコさんに聞いた。空を飛ぶ魔獣が出る地域があるって。それがウリム湿地なんだ。空を飛んで襲ってくるなんて、どうやって対処するの?」
「空中で矢を放って戦うんだ。近づかれると動きが速すぎて攻撃できないから、離れて矢で射るんだが、難しい。相当な熟練が必要になる」
「すごいのね。キャリュアも行ったことあるの?」
「一応ね。昔、魔族でも選りすぐりの飛行商隊に混ぜてもらったことがある。今のチームだと、飛行魔法に慣れてない奴も多いから難しいけど」
俺たちの目的地「シュルクタット」は、現在地マルテール村の遥か北西の方角にある。
この村の北側にはウェルト川という大きな川があり、その向こうがウリム湿地。
広大な湿地帯を越えると村が一つあり、その先は山脈だ。住む者もほとんどない険しい山脈の果てが「シュルクタット」なのだ。
ウリム湿地はぬかるんだ地面が続いていて、歩いて渡ることはできない。
さらに空を飛ぶ魔獣「ギューヴェル」もいるってことだ。
「そんな物語みたいな悪い魔獣が本当にいるなんて、驚きだな」
「あはは。別に魔獣が悪い訳じゃない。『ギューヴェル』は縄張り意識が強いんだ。たぶん飛行魔法で飛ぶ『人』を、縄張りを侵す魔獣だと思ってるんじゃないかな。『人』は元々空を飛べる動物じゃないから、魔法で飛んでいる『人』は『人』だとわからないんだろう」
「なるほど。でも、ウリム湿地を飛んで渡れたら、シュルクタットにもすごく早く着けるんだけどな~」
「リテ達はシュルクタットを目指しているんだったな。残念だが、あたしたちでもウリム湿地を渡るのは無理だ」
以前にドネルコさんから貰った地図だと、マルテール村の北側はこの湿地帯でふさがれていて、東側に回り込むしかない。かなりの遠回りをしなければならないが、キャリュアたちでも渡れないのなら、仕方がないだろう。
「そうか~。キャリュアが『ギューヴェル』から私たちを守って湿地を渡れたら、物語の勇者みたいだったのにね」
リテは、何気なくそう言った。不可能な願望が口から漏れただけだろう。
だけど、それを聞いたキャリュアは数秒固まって、そして唐突に立ち上がって叫んだ。
「そうだ!!」
……………………
「びっくりした、急にどうしたの?」
驚いたリテがキャリュアを見上げる。
キャリュアは目を輝かせて笑って、リテに向き直る。
「渡れる! 渡れるぞリテ! あたしたちでも『ギューヴェル』を狩ってウリム湿地を渡る方法を思いついた!」
「ええ⁉ 本当?」
「ああ! 難しくはあるが、可能だ! リテ達を連れて渡ることができる! すごいぞ、これができたら画期的だ」
キャリュアは拳を震わせながら言って、さらにぶつぶつと呟く。
「……うん、人員も今のメンバーでなんとかなる。あとは……、訓練期間がどのくらいかかるかだな……」
「えっと、どうするの? 私たちは飛行魔法なんてやったことないよ?」
「リテ達は何もしなくて大丈夫だ。飛行魔法はあたしたちでやる」
「大丈夫? 空飛ぶ魔獣と戦うのも、私には無理だよ?」
「大丈夫だ! トーキ!」
力強く言ってキャリュアは俺を見た。
いや、俺も戦うのは無理だが? どう考えてもできることはないよ?
「『弓』だよ! 『弓』があれば『ギューヴェル』を狩れる!」
キャリュアはそう言い切った。
…………………
この世界の飛行魔法は、手を触れずに物を動かす「コルティレン」と、身体を軽くする「キャルロルディ」という2つの魔法を、同時発動することで飛ぶ。
「コルティレン」は、離れたものを宙に浮かせて自在に動かせる。ただし人体のような重たい物は動かせない。人が片手で持てるくらいの重さが限度だ。
そこで、「キャルロルディ」。物の重さを軽くする魔法だ。
これを使って身体を軽くして、「コルティレン」で動かせば、空中を飛行できるわけだ。
この二つの魔法は、どちらも「黄の魔石」を使う力魔法。
だがこの世界の魔法は、一人の人が同時に同系統の魔法2つを発動できない、という制約がある。
別系統の魔法ならば、同時発動が可能だ。例えば、料理の時に熱魔法「ハイネント」で温めつつ、力魔法「コルティレン」で食材をかき混ぜたりできる。
この場合、熱魔法を発動する「赤の魔石」と、力魔法を発動する「黄の魔石」、2種の魔石を使う。
じゃあ、「黄の魔石」を2つ持てば、力魔法2つを同時に発動できそうなものだが、それは無理だ。
魔法は、使用者のイメージを魔石に伝えて発動する。
1人の人が、2つの同系統の魔法をイメージすると、それは手にした2つの魔石に混線して伝わるらしい。
結果、どちらの魔法も上手く発動しないのだ。
だから同系統の魔法は、1人では同時に使えない。
つまりどういうことかと言えば、飛行魔法は一人では飛べないのだ。
パーティーを組み、その中で「キャルロルディ」を使う者、「コルティレン」を使う者と、役割分担して飛ぶ。
魔法の効果範囲は通常約3メーリ。メートルにすると4.5メートルくらい。この範囲内なら何人にでも効果はある。
例えば3人のパーティーなら、3人とも4.5メートル以内に集まって、一人が「キャルロルディ」で全員を軽くし、一人が「コルティレン」で動かす。魔獣に遭遇すれば、残った一人で戦うことになる。
キャリュアの話だと、「ギューヴェル」は魔法の効果範囲の外から高速で飛んできて攻撃してくるらしい。
必然的に遠距離戦になるから、矢を飛ばして戦う。
矢を飛ばすのも力魔法の「コルティレン」だから、飛行のために力魔法を使っている者は戦えない。
以前にドネルコさんが、飛行魔法では4~5人のパーティーでないと危険と言っていたのはこのためだ。
4人パーティーでも、1人は「キャルロルディ」、1人は「コルティレン」を使うので、戦えるのは残りの2人だけ。
360度、あらゆる方向を警戒しなければならない空中戦で、戦えるのは2人だけになるのだ。
じゃあ、パーティー人数を増やせばと考えるが、魔法の効果範囲はたったの4.5メートル。大人数は無理だ。動き回る空中では、せいぜい5~6人で1チームが限界。
さらに実際の戦闘では、襲ってくる敵の方向に合わせて、役割分担を瞬時に代えて対応したりするらしい。めちゃくちゃ高度な連携がいる。
だから飛行魔法でウリム湿地を渡るには、熟練のパーティーでないと不可能。
これが現状。
さて、ここで「弓」の登場だ。
魔法を使わなくても矢を飛ばせる、画期的な道具。
すると、どうだ。「キャルロルディ」や「コルティレン」を使いながら「弓」を射れる。パーティー全員が攻撃に参加できるのだ。
これなら、戦闘に不慣れな者を守りながらでも戦える。
というのがキャリュアの考えた方法だった。
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