第37話〈弓〉
「それでリューム兄、魔法を使わない武器を開発してるんだけどさぁ、どうしてもわからないことがあってさ」
もう太古の魔獣を狩ることを止めるつもりはないと、キャリュアは話を変えた。
「大昔の記録だと、矢を遠くまで飛ばす武器があったはずなんだよ。狩りをするのに、これがあるとないとじゃ大違いだ。だけど、魔法無しで飛ばす方法がわからなくて。何か知らないかな?」
「知りませんよ。僕が狩りの方法を知るはずないでしょう」
「でもさあ、リューム兄は物知りだし、他の種族のこともよく知ってるし、なにかヒント! ヒントでもあればさぁ」
「そんなことを言われても」
矢を飛ばす方法ね。この世界では魔法で矢を飛ばして狩りをしてるのか。
普通に、弓で飛ばすのじゃダメなのかな。
「矢は弓で飛ばすんじゃないんですか?」
「『ユミ』? 何だそれは?」
え? もしかして「弓」知らない?
「弓ですよ。こう、長い木とかに弦を張って、矢を射るやつ」
「んん? 木に弦を張る? どういうことだ?」
マジで弓を知らないらしい。
まあ、魔法で矢が飛ばせるなら、存在しないのか。
魔法の方が楽そうだし。
「ええと、俺もよく知っているわけではないんですが、細長く加工したよくしなる木をたわめて、両端に弦をくくりつけて、それで矢をつがえて引っ張るんです」
「よくわからんな。それは魔法無しで矢が飛ぶのか?」
「飛びますけど。俺のいた世界では、よくある武器です」
「『俺のいた世界』とはなんだ?」
「あ、俺は召喚魔法で別の世界から来たんです。その、魔法のない世界から」
「何だって⁉ 魔法のない世界から来た?」
「ええ。そうですけど……」
滅茶苦茶キャリュアが目を輝かせている。
しまった。余計なことを言ったかもしれない。
「召喚魔法な! そういうものがあるというのは聞いたことがあるが、実際に召喚された人間は初めてだ! しかも、魔法のない世界から来たとは! おい、おまえのいた世界のことをもっと教えろ! 魔法無しでどうやって狩りをしていたんだ?」
「えーと、その弓矢を使ったり、あとは罠を作ったり、ですかね。俺は狩りなんてしたことがないので詳しく知りませんが」
「いや、参考になる。なるほど罠ね。普通の魔獣は匂いに敏感だし、警戒しているから罠などかからんが、太古の魔獣なら効果的かもしれん」
「は、はあ……」
「いいぞ! 他には? なにかあるか?」
「ええ? そう言われても……」
「まあいい。おまえ、トーキだったか。明日、我々はドワーフの武器工房に行くから、一緒に来い! その『ユミ』とやらを教えろ!」
面倒なことになった。
弓の作り方なんて知るわけがない。
ぼんやりとした構造しかわからない。
「いやあの、弓をどうやって作るかなんて、俺にはわかりませんが……」
「構わん! 見たことはあるのだろう? それで十分だ。だいたいの形がわかれば、あとは工房の職人が工夫するからな」
ええ? 本当に大丈夫だろうか。
「リューム兄、という訳だから、明日、こいつを借りるよ。いいよな?」
「いやキャリュ。彼らはシュルクタットを目指しているから、勝手に決めないでください」
「一日くらい構わんだろう、な? もちろん謝礼は払う」
「うーん、どうですか? トーキさん、リテさん」
困り顔でリューム君に聞かれたが、断れる雰囲気ではなかった。
俺の隣でリテも渋い顔をしながら頷いた。
……………………
翌朝、キャリュアたちから飲まされすぎて重い頭を抱えながら、俺たちは宿を出た。
工房に呼ばれたのは俺一人だったが、キャリュアの狩りをなんとしても止めたいリテとリューム君も、様子を見についてくることになった。
三人でキャリュアから教えられた工房を訪ねる。そこは、10人ほどのドワーフの職人が集まって刃物や家具などを制作しているそうだ。小さな作業小屋がいくつも並んで建ち、鍛冶、木工、石彫などいろいろな職人が作業をしている。
キャリュアたちは既に来ていて、一つの作業小屋の前に大きな身体でたむろしていた。
ドワーフサイズの室内は彼らには狭いので、中に入らずに外から眺めているらしい。
「おはよう! リューム兄!」
俺たちを見つけて真っ先に挨拶をしてくるキャリュア。
今朝も良く通る声だ。
ちなみに、俺を先頭に三人並んで来たが、彼女の目にはまずリューム君しか入っていなかった。間近に近づいてようやく「ああ、トーキとリテもおはよう」と言われる。
そんな彼女の手には、長い槍が握られていた。
鋭く光る切っ先を持つ、俺の身長よりも長い槍を軽々と振ってリューム君に見せる。
「どう? リューム兄。新しく作った槍。普段の狩りで使っている槍よりも、ずっと軽いんだよ! これなら魔法無しでも投げられる。それに、切っ先もより鋭く肉に刺さるようになってるから、大きな獲物にも効果があるはずだ」
得意気な顔のキャリュア。
新しいおもちゃを見せびらかしたい子供みたいだ。
「さてトーキ。おまえに見て欲しいのはこっちだ」
キャリュアは槍を置いて、俺を別の作業小屋へと連れて行った。
そこは、木工職人の作業小屋で、小屋の前に幾種類もの丸太の木が積まれている。
「おはよう、ヴァンディ。新しいアイデアを持ってきたぞ」
「ああ? キャリュアか。朝が早いなお前さんは。何だ、新しいアイデアとは?」
ヴァンディと呼ばれたのは、年老いた白髭のドワーフだった。
俺よりも少し低い身長だが、身体の太さは倍はある。
皺だらけの顔で、その皺、一つ一つも深い。いかにも熟練の職人を思わせる。
「トーキ、おまえの言っていた『ユミ』とやらを説明してやってくれ」
あっけらかんとキャリュアに言われて、俺は覚悟を決める。
「ええと、何か書ける紙はありませんか? 口では説明しづらいので」
使い古されたノートを受け取って、俺は必死で思い出しながら弓の絵を描いた。
弓全体の形と、どうやって使うか。人が弓を持って矢をつがえ、引き絞る絵も頑張って描いた。
我ながら下手だった。
線もがたがただし、人の形もあやふやで、めちゃくちゃだった。
後ろからリテが覗き込んでいる。熱心に。
俺がかつて、リテの描いた絵に偉そうにダメ出ししたことがあったが、それを思い出して恥ずかしくて死にそうだった。
こんなに下手なのに、私の絵に文句言ったんだ。そう思われているのに違いない。
情けなさすぎる。今すぐ逃げ去りたい。
それでも、巨漢の魔族たちに囲まれて俺に逃げ場はない。
下手なりに何とか絵を描き上げて、ヴァンディに見せる。
彼は、それを何も言わずにしげしげと見つめ続けて、その時間も俺には拷問だった。
そんな俺の気持ちを、全く気にしていないだろうキャリュアは、楽しそうな顔でヴァンディに問いかける。
「どうだ? できそうか?」
「これは、素材は木か? どんな木だ? 張ってある弦の素材はなんだ?」
「すいません。わかりません……」
多分、木だよな? いや、竹か? でも竹ってこの世界では見たことない気がする。
弦の素材? 馬の尻尾の毛って聞いたことがあるような? あれ? それはヴァイオリンとかの弓だっけ? 矢を飛ばす弓じゃあないのか? うーん、わかりません。
自分の無知さにさらに幻滅する。
俺が勝手に落ち込んでいるのを見もせずに、ヴァンディは工房に転がっている丸太から素材を選びだした。
「ふむ。これだけ細く加工して、なおかつ強く曲げても直ちに反発して戻る力のある木か。であれば粘り気と強度、弾力性に優れるタリスリか。弦はサリュ草の繊維を使ってみるか」
ぶつぶつとつぶやきながら、材料を集めるヴァンディ。
そして、黙々と木を割き、削り、形を整え、磨き、弦を張って、小一時間ほどで弓を作り出した。
「まあ、とりあえずこんな感じか。試してみろ」
ぶっきらぼうに言うヴァンディから、弓の試作第一号を俺は受け取った。
俺が描いたあの下手な絵から、もう弓を作り出してしまった。これが職人技。
出来上がりは、多分キャリュアの体格に合わせたのだろう、俺にはかなり大きい。3メートルくらいはありそうだ。
それでも俺は、その弓を構えて矢をつがえてみる。
もちろん、弓を射たことはない。
見様見真似だ。
記憶を頼りに弓と矢を持ち、弓を引こうとしたが、固い。
俺の力ではほとんど引けない。
え? 弓って、こんなに固いの? 全然引けない。俺のやり方がおかしいのか?
そう言えば、弓道に弓の引き方とか、あるんじゃないだろうか? 知らないが。
周りではキャリュアとその部下たち、リューム君にリテも見ている。
せめてもう少し良いところを見せたい。だが、弓はびくともしない。
顔が真っ赤になるほど血が上っているのを感じる。
俺がムキになって力を入れ続けているところに、キャリュアが軽く声をかけてきた。
「貸してみろ。どうするかは、大体わかった」
俺が弓と矢を手渡し、キャリュアは指先で軽々と掴む。
そして、弓矢を構え、何事もなく引いた。
なんの力も必要ないかのように、あっさりと。
その引き姿。はっきり言って美しい。目を奪われる。
「これでいいか?」
引きながら俺を見て言うキャリュア。
俺が無言でうなずくと、ニコッと笑って向きを変え、誰もいない50メートルほど離れた樹に向けて矢を放った。
ひゅっという風切り音と共に矢は弓を離れ、目では追えない瞬速、気付けば樹に突き刺さる。
「これは素晴らしい! いいぞ! トーキ!」
喜んだキャリュアが俺に寄ってきて、その大きな身体でハグしてきた。
輝くような笑顔のキャリュア。
目がきらきらしていて、本当に成功を喜んでいる。
両手を広げ、その逞しい腕の中に俺を抱き入れる。
しかし、2メートル越えの彼女に抱きつかれるのは、嬉しいよりも怖いが勝る。
俺はされるがままに彼女に抱きしめられて、硬直していた。
………………
そこからキャリュアとヴァンディは、さらに弓の改良を進めていった。
より使いやすく、命中精度と威力を出せるように、いろいろな素材を試していく。
こうなると、俺の出番はほぼなくなった。
所在なく立っていた俺に、リテが冷たい目を向けてくる。
「ねえトーキ。ちょっとキャリュアに協力しすぎじゃない? これは魔獣を狩る道具を作ってるんだよ。それに、あんなに抱きつかれたりして」
「え? だって断るのも無理だし……。抱きつかれるのは、向こうが勝手にそうしてきただけで……」
「ふうん。キャリュアって、私から見ても魅力的な人だから、悪い気はしてないでしょ」
「そんなことはないんだけど」
「どうかな?」
これは嫉妬? 嫉妬なのか?
実際のところ、キャリュアが魅力的なのはわかるが、女性としてどうとか、考えられる感じではない。フィジカル差がありすぎる。ただ生物としてすごい、というだけだ。
「そ、それよりこのままだとキャリュアたちが武器を完成させて魔獣狩りに行ってしまうよ。どう言っても止める気はなさそうだし」
「そうだよね……。リューム、どうにかできないかな」
「難しいですね」
思い悩んでいた俺たちの後ろに、大きな影が近づいて来る。
「ヴァグリスドリューム殿、失礼する。リューム殿は太古の魔獣を狩ることにやはり反対なのですな?」
昨日の食堂でキャリュアの仲間になったバスキュルだ。彼も元々は魔獣を狩ることに反対していた。キャリュアの話を聞いてあっさり寝返ったみたいだが。
「バスキュルさん。僕は今でも反対ですよ。魔王が力を見せたところで、一時的な効果しかありませんし、魔族だけが強くなることも世界のバランスを考えると良いとは思えません」
「わしも現在の魔王様に従って、しきたりを守るべきと思っておったが、キャリュア殿に会って考えは変わった。魔族であれば強さを求めるのは当然。失礼ながら、リューム殿は混血であられるから、このような感覚はお分かりにならないのであろう」
バスキュルの言葉に、リューム君は顔をしかめる。
「それを言われると、苦しいですね。確かに僕は純粋魔族の持つ、強さにこだわる感覚はありません。しかし、これからの世界には僕のような種族にこだわらない目線を持った者が必要だと思っています」
「ほほう。左様ですか。しかし、多くの魔族からは支持されないでしょうな」
「ええ。それを痛感しているところです」
バスキュルはリューム君の正面に立ち、その巨漢から見下ろして言う。
「それなら、キャリュア殿に継承をお譲りになれば?」
互いに視線を合わせる二人。
すごい体格差だ。もちろん俺からすれば二人ともでかいが、圧倒的な筋肉の厚みを持つバスキュルに比べると、リューム君は細い。
しかし、怯んだ様子は全くなく、泰然と立つ。
バスキュルの強い視線を、ゆるりと受け止める。
細いのに、揺るぎない。落ち着いたリューム君の顔に、頼りなさは感じない。
「いいえ。譲りません。たとえ魔族の過半数に支持されなくとも、この世界には僕のような考えが必要ですから。僕は必ず魔王になります」
当然の決意として言うリューム君に、バスキュルは目を見開く。
「これは! なんということか。まさか同じ時に魔王にふさわしい者が二人現れるとは。しかも二人は逆の考えをお持ちだ。わしはすでにキャリュア殿の部下になった身であるから従えぬが、先にリューム殿に出会っておれば、あなたにお仕えしておったよ」
そう言ってバスキュルは深々と礼をし、キャリュアの元へと歩いて行った。
…………………
「おいトーキ! おまえの世界では他にどんな道具で狩りをしている? まだ何かあるだろう?」
弓の成功に気を良くしているキャリュアは、さらに俺を呼んで聞いてきた。
「ええと、あとは銃とか……、でも、この世界に火薬はあるのかな?」
「何だ、その『ジュウ』とは?」
「火薬って言う、爆発する薬品で、金属の球を飛ばすんです。弓よりももっと強力ですが、作り方は、ちょっと難しすぎて……」
「爆発する薬品? それは、爆発魔法なのか?」
「え? 爆発魔法? ちょっと魔法のことはわかりませんが、少量でも大きな爆発を起こすのが火薬です」
「爆発を起こす、か。そんなものがあるのか、おまえの世界には」
「ありますが……。この世界にはないのでしょうか?」
「ない。そんなものはあってはならない」
火薬はやっぱりないのか。でも爆発魔法って?
「あの、爆発魔法というのはどんな魔法でしょうか?」
何気なく俺は聞いたが、キャリュアは眉をひそめて難しい顔をした。
「魔法が初めて普及した大昔に使われていた。瞬間的に高温と爆風を生み出せる魔法だ。魔獣を一撃で殺すだけでなく、山を崩し、崖を壊し、川の流れを変えることさえできたという。今はもう伝えられてはいない」
それはまさに爆発だな。ダイナマイトとか、そんな感じの威力なのだろう。
「トーキさん。爆発魔法の存在は、魔族でも王位に関わる者にしか伝えられていません。現在、使える者はいない魔法です。過去にその魔法によって魔獣を狩りつくし、大地の恵みも取りつくしたとされる禁忌です」
リューム君も合わせて説明してくれた。
「トーキ。魔法は我らの生活に欠かせないが、強すぎる力は我らを滅ぼす。あたしもそれはわかっているんだ。おまえの世界には爆発魔法と同様の力が存在するのか?」
「そうですね。同様の威力のものもありますし、それ以上のものもあります」
「何だと! 爆発魔法以上⁉ そんなものがあるのか⁉」
「はい。あります」
爆発魔法はダイナマイトくらいの威力だろう。もちろん、それ以上のものはいくらでもある。
「そんなもの、何に使う?」
「それは、言いにくいのですが……」
「何だ?」
「その、兵器ですね」
「『ヘイキ』とはなんだ?」
ああ、兵器を知らない。この世界には武器はあっても兵器はない。戦争がないんだ、当然か。
やっぱここは理想郷だよな。
この平和な世界。
いろんな人に会って、それぞれ考え方の違いはあっても、他人に害意を持つ人はいなかった。人が人を傷つけるという発想さえない世界。
魔王の継承を争っているのに、それでもお互いを傷つける意思は全くないんだ。
素晴らしすぎる。
そんな世界の人に、兵器とは何か、説明したくない。
俺は、例えようもない恥ずかしさを感じる。
兵器で争ってきた世界出身の自分。
俺自身は、他人に暴力をふるったことはないが、それでも。
俺は答えを渋っていたが、キャリュアがその純真な目で見つめ続けてくるので、言うしかなかった。
「戦争のための道具です。戦争というのは、人の集団同士が、互いの利益を巡って殺し合うことです。つまり、俺の世界では爆発魔法以上の威力のもので、殺し合いをしてきました」
「それは、本当なのか?」
「はい」
俺は、できるだけ冷静に伝えたと思う。しかし、俺の言葉を聞いたキャリュアは金色の瞳に涙をにじませた。
「そんな世界からきたのか、おまえは」
そう言ってキャリュアは俺をまた抱きしめてくれた。固い筋肉のはずが、彼女の身体は柔らかく温かかった。
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