第36話〈マルテール村〉
メリオノール市からマルテール村までの道のりは平坦な街道で、道の脇には草原や林といったのどかな風景が広がっていた。
リューム君が先導し、のんびりとしたペースで均された土の道を歩く。
風はなく、日差しが強くて少し汗ばみつつも、平和な道中。
ただ後ろから、すごい勢いで歩く人たちの気配が聞こえてくる。
振り返ると、銀色の髪を光らせた魔族の女性を先頭に、筋肉のかたまりとも思える男の集団が追ってくる。
キャリュアの率いる魔獣狩りチーム、バルヴィーグだ。
俺たちとは体格も、歩幅も、歩くペースもまるで違う彼らは、あっという間に追いついてきて俺たちに並んだ。
「リューム兄はシュルクタットまで行くんだっけ? あたしたちはマルテール村で魔獣狩り用の武器を手に入れるんだ。実はもう注文してあるから。でも、実際に出来上がったものを試してみないとね」
「そうですか。魔獣狩りの武器なんて、どういうものです?」
「苦労したんだよ、リューム兄。あんな巨大な魔獣を狩るための武器なんてないし。昔の記録を調べても、なかなかわからなくて。いくつも試作して、普通の魔獣を狩るのに何度も試したよ。あたしが設計の案を出したんだけど、上手くできてればいいな」
意外と地道な工夫をしているのかもしれない。
キャリュアは、なんでも勢いで押し切ってそうな雰囲気だが、武器の設計とか、緻密なこともできるのだろうか。
「それじゃ、あたしたちは先に行くから」
キャリュアたちはそう言って、歩き去って行った。
ただ歩いているだけで、俺が走るよりも速いかも。
かけ離れた身体能力だ。
「ねえリテ、リューム君。このままじゃかなり引き離されちゃうから、魔法を使って歩かない?」
「うーん、いいよ。どうせ村に着けば合流するんだし」
「そうですね。彼らは武器を試す必要もあるので、村にしばらく滞在するでしょうから、急ぐ必要はありません」
俺の提案はリテとリューム君に却下される。
魔法を使って歩く、というのは、物を軽くする魔法「キャルロルディ」を自分自身にかけることだ。何度か使ったが、これをするとめちゃくちゃ楽だ。
なにせ体重をゼロにすることもできるからだ。歩くスピードもかなり速くなる。
しかし、この世界の常識として、この魔法はかなり疲れたときや、足を痛めたとき、どうしても急ぎたいとき以外は使わない。
常に使って歩いた方が楽じゃん、と思っていたが、それは良くないと言われたのだ。
この魔法は使いすぎると身体が弱くなる、ということで。
自分の体重をゼロにできる、つまりは無重力と同じだ。ずっとその状態だと身体が弱くなる。
これは宇宙飛行士なんかがなるという、低重力症とかいうやつだ。SFでも出てくる。
無重力の宇宙に長期間いて、地上に帰って来てみると身体が弱くなっているというあれだ。
魔法は便利だが、便利すぎて使いすぎると弊害が出ることがある。
キャリュアは、魔族の身体能力が落ちていると言っていた。
これも魔法による弊害と言ってもいいのかもしれない。
「キャルロルディ」のように、明らかな身体への影響がある魔法は特に、使い過ぎは良くないという意識があるのだった。
……………………
俺たちがマルテール村に着いた頃には、日が沈んで辺りには薄闇が落ちていた。
とりあえず宿屋らしき明かりの灯る店に入ると、その1階の食堂でキャリュアたちが酒を飲んでいた。
「やあ! リューム兄。遅かったな」
陽気に手を挙げるキャリュア。
ドワーフの店なので、小さめの椅子に大きな身体でドカッと座っている。
手にはジョッキを掲げて、もうかなり酔っているようだ。
「リューム兄もこっちで一緒に飲もうよ! ほら今、場所を開けるから」
キャリュアは手招きして椅子をずらして、席をつくる。
「キャリュ。僕たちは今着いたばかりなので。とりあえず部屋をとります」
「なんだよ。じゃあ、後で必ず来てよ。待ってるから」
「はいはい」
キャリュアはそう言って少し恨めしそうにリューム君を見た。
今朝の演説の時の凛々しい雰囲気はかけらもない。
ただのお兄ちゃんloveの妹に見える。
遠目にはちょっとかわいく見えたが、近づけば俺なんてひとひねりできるほどの超フィジカルなのだ。
気を抜いてはいけない。
俺たちはその宿の階段を上って部屋に入る。
今回は三人部屋だ。
例によって部屋を布で二つに区切り、俺とリューム君は並んだベッドに腰かけた。
「キャリュアに誘われてたけど、行くの?」
「そうですね。行かないとうるさそうなので、ちょっと顔を出してきます」
「継承のことでは対立してるけど、けっこう仲が良さそうだよね」
「ええ。彼女が生まれた時から知ってますからね。一族では最年少で、周りの大人から甘やかされてきたので、わがままに育ってしまって」
「わがままね。そういう感じではあるけど、今朝の演説を聞いたら、本気で魔王になりたいんだっていう気概は感じたよ」
「ええ。僕も」
リューム君もキャリュアのことを考えているのだろうか、顔をほころばせて荷物を置き、部屋を出る準備をする。
やはり嫌いな訳ではないんだな。
「俺たちも食事にしたいし、一緒に行ってもいいかな?」
「問題ないでしょう。ぜひどうぞ」
「リテも一緒に行く?」
「行く!」
俺がリテを誘うと、布越しに力強く返事がきた。
そういえばリテはキャリュアに怒っているのだった。
太古の魔獣を狩らないよう、言うに決まっている。
行っても大丈夫だろうか?
体力差がありすぎるので、ケンカにはならないだろうけど。
ここで険悪になるのも、得策ではない気がする。
しかし、「行く」と言い切るリテを止めるのは不可能なので、俺たち三人は連れ立って階下に降りた。
食堂では酔った魔族たちが、さっき以上に盛り上がっていた。
……………………
「来たな、リューム兄。ほら、こっちに座って。そっちの二人も!」
俺たちはキャリュアに言われて魔族たちの酒盛りに割り込んだ。
キャリュアの隣にリューム君。二人の正面に俺とリテ。そしてこの四人の両側はどでかい魔族で挟まれる。うん。逃げられないように囲まれた。
はっきり言って俺はこの状況にびびった。
俺の隣の魔族は、今朝食堂でキャリュアに話しかけた男だ。キャリュアの演説に感化されて仲間になったらしい。確か、ガリドル村のバスキュルと言ったか。間近に座ると恐ろしくでかい。
身体が触れるほどの距離、俺の顔の横に見えるのは、ガッチガチの上腕二頭筋だ。その盛り上がりだけで、俺の顔の倍はある。
タンクトップのようなシャツを着た彼は、パンパンに膨らんだ肩の筋肉の上から俺を見下ろす。威圧するつもりはないのだろうが、怖すぎる。俺に優しくジョッキを勧めてくれたけれど、絶対断れない。
目の前に座るキャリュアも、間近で見るとすごい圧だ。
顔はギャルと言っていいくらいだが、身体は壁のように大きい。
この世に大谷翔平よりでかい女子がいるなんて、信じられるか?
まあ、異世界だからこの世ではないのだけど。
そんな巨人ではあるが、キャリュアは隣にリューム君が座って、本当に嬉しそうだった。
満面の笑みでジョッキを掲げて、リューム君と何度も乾杯している。
酔っぱらって頬を赤らめて、お兄ちゃん(従妹だが)にデレているのは、顔だけ見ればかわいい。微笑ましい光景だ。
しかし、彼女の筋肉が、俺からそういう感情を奪う。
キャリュアの格好は、昨夜と同じ黒いチューブトップ。胸の部分だけを隠している。
かなり露出の多い格好だ。
この世界の女性で、こんな露出した服装を見たことはない。
異世界の女の子なら、水着みたいな服を普段から着てそうなものだが、そんなのはファンタジー。この世界の女性は、基本肌を見せない。
スカートなら足首くらいまでのロングしかないし、上半身もノースリーブさえ見たことない。袖の短い服を着ていたのはメルギィくらいだ。それも楽器を演奏するためだろう。
リテにいたっては、もう鉄壁。
顔と手首から先以外は、絶対見せない、そういう感じだ。
ちなみに、二人きりで旅をしていても、いわゆるラッキースケベ的なことは全く起きていない。着替えや入浴も、絶対見られないようにしている。
そんななので、タオルを厳重に巻いていたとはいえ温泉に一緒に入れたのは貴重な思い出だ。一生忘れないだろう。
そして目の前のキャリュア。上半身は胸部の布、一枚だけだ。
本来なら、男として喜ばずにはいられない格好。身長を気にしなければ、顔も可愛い。
だが俺が感じたのは、すごい、という感嘆だけだった。
女性とは思えない広い肩幅。その両側の、丸く硬く発達した肩の筋肉。
首と胴を繋ぐ、盛り上がった僧帽筋。
美しく割れて引き締まった完璧なシックスパックの腹筋。
しかも皮下脂肪がほとんどなく、全ての筋肉の筋までが浮かび上がって、彫り込まれている。
そして、その身体が動くときに見える筋肉の動きが、また滑らかで柔軟、無駄がなくて美しい。
ギリシャ彫刻も超える、完璧な肉体美だ。
人は(魔族だが)ここまで鍛えることができるのか。
俺は、周囲の会話もぼんやりとしか耳に入らず、しばらくキャリュアの肉体に見蕩れていた。
…………………
俺と同じく、しばらくは黙っていたリテだが、ベッレを飲みほしてそのジョッキを置いた瞬間、話し出した。
「キャリュアさん。あなたにお話があるの」
「何だ。えーと、リテさんだったっけ?」
「ええ。あなたが太古の魔獣を狩ろうということ、私は絶対に認められないから」
「んん? あんたは、確か『人間』とかいう少数種族で、エルフの村から来たんだっけ。別に、あんたにとやかく言われることじゃないと思うけど」
「いいえ! 言わせてもらいます!」
俺は、リテも少し酔っている気配を感じた。いや、これ大丈夫?
「あなたは! あの太古の魔獣たちを実際に見てきたのでしょう? 彼らがどれほど温厚で、尊い生き物なのかわからなかったんですか?」
「ふーん。あんたもあの温泉、行ってきたんだ。いやあ、良いところだったよね。温泉も気持ち良いし。魔獣たちも大人しくてさ」
「それがわかるなら、なぜ魔獣を狩ろうなんて言うんですか⁉」
言われたキャリュアは、一息リテを見つめて、ジョッキを上げて中身を飲み干した。
「ふう。ドワーフの酒は美味いな。おーい、親父、これと同じのもう一杯!」
「話を聞いてるの⁉」
「ああ、ごめんごめん。聞いてる聞いてる。で、えーと、何で魔獣を狩るかって? それが魔獣だからだけど。魔族は昔から魔獣を狩ってきた。それが何か?」
「あの太古の魔獣たちを、他の魔獣と同じように狩るなんて、なんとも思わないの?」
「思わないね。だって魔獣だもの」
「あんなに穏やかに生きてるのに、それを殺すんだよ? そんなの許されるわけない!」
「んー。そう言われてもなぁ。リテさん。魔獣を狩ったことはないよね? 普通の魔獣だって、みんな穏やかに生きてるよ? ただ人と遭遇するとびっくりして襲ってくるだけ。太古の魔獣はびっくりしないんだね。まあ、大きいからかな」
「ええ? だって、あんなに大きくて、優しい魔獣たち、普通の魔獣とは違うじゃない」
「いやー。基本的には一緒だと思うけどなー。普通の魔獣だって、敵じゃない動物には優しいし。そうそう、魔獣の親子って見たことある? これは狩人でもめったに見られないからさぁ。あたし、初めて見た時は感動したもん。魔獣のお母さんも、あんなに必死に子供を育ててるんだってね」
「それは……、その魔獣も狩ったの?」
「狩ったよ。あたしの矢でとどめを刺したんだ」
キャリュアは得意気に少し笑う。
「そんなの、親子で生きてるのを殺すなんて……」
「それが狩人だから。ほら、今食べているこの肉。これだって狩人が狩ったんだ」
そう言って、キャリュアは皿の肉にフォークを差して頬張った。
「あ、柔らかい! これ子供の肉だなー。美味っ」
心から美味しそうに、キャリュアはその肉を咀嚼した。
リテの言っていることは、感情的にはわかるが、キャリュアの言うことは正論だ。
相手の動物が大人しくても狂暴でも、賢くてもそうでなくても、殺して食べていることに違いはないし、その行為に貴賤はないはずだ。
押し黙ってしまったリテの言葉を継ぐように、二人を見ていたリューム君が口を開く。
…………………
「そういうことではないんですよ、キャリュ」
「じゃ、どういうこと? リューム兄」
「あなただって魔族の歴史を知っているでしょう?」
「そりゃ知ってるけど。大昔に魔法が普及して魔獣を狩りつくしたんでしょ。おじいちゃんに何度も聞かされたもん」
「ええ。それゆえにバルドゥルグは衰退した。その教訓は今も生きています」
「わかってるよ。だから魔獣を狩りつくしたりなんてしない」
「そうです。そして私たちはこの教訓を未来まで伝え続けなければいけない。そのために太古の魔獣を保護し続けているのです。彼らがいることで、魔族は過去の過ちを忘れないでいられる」
「それもわかってるって。リューム兄。だから全部狩るなんて言ってないよ。ちょっと間引くだけだって」
「そのちょっとから、間違いは始まってしまうのです。あなたが狩れば、必ず他にも狩る者が出てくる。それは魔族だけではない。魔法を使えば他の種族でも狩れるのです。今はあの温泉の存在は、魔族の他にはほとんど知られていませんが、魔獣を狩って肉が出回れば、それを求めるものが出ないとは限りません」
「ああ~、なるほどね。他の種族も狩りだすとは、考えてなかったかも。でもさあ、あんな森の中まで行く種族は少ないし、万が一のために見張りでも立てておけばいいんじゃない?」
「ずっと見張ってはいられないでしょう。そもそも、太古の魔獣たちの存在を広く知られること自体が、危険だというのです」
「そうかな~? あたしがあの魔獣を狩って、あそこは魔王の土地なんだって宣言すれば、それを破ってまで狩りに来るような奴は、そうそういないと思うけどな~。魔法無しで巨大な魔獣を狩るほどの強さだよ。それを知らしめて逆らおうと思うかな」
「そんな力に頼ったやり方では長続きしません。他種族との交流を深めて、協調していくことが新たな魔族の在り方なのです」
「ああ、そう。リューム兄はそうだよね。他の種族とも仲良く。確かに、それは大切。でもね、魔族は魔族だよ。この世界で最強の種族だ。他の種族とは違う。それは見せないと」
「何を言ってるんです。確かに魔族は他の種族よりも体力がありますが、長所は種族ごとに違うのです。それぞれの良さを理解して協調していくことが、今の世界です。強さを見せるなんて、子供じみたことをやっても、世界は良くなりませんよ」
「世界は良くなる? いや、まず魔族が発展してこそでしょ。魔王なんだから。魔族が力を取り戻すことで、他の種族たちがそれに従って、世界が良くなるんだよ」
「いや、だから、そのやり方で過去の王朝は衰退したのです。同じ轍を踏むことになります」
「そんなことはないね。その時はやり方が下手だったんだ。魔法を自由に使いすぎた。あたしが魔王になれば、そんな間違いはしない。リューム兄、あたしならやれるってところを見ててよ」
キャリュアは、リューム君に対して思っていたよりずっと冷静に話してくれたが、それでも考えを変える気はないようだった。
リューム君は、半ばあきらめ顔でキャリュアを見る。
そんなリューム君に、自信満々の微笑みを返して、キャリュアは大きな声で言った。
「おーい親父、同じのもう一杯!」
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