第35話〈キャリュア〉
「リューム、彼らの狩りを止めさせる方法ってないの?」
「正直言って難しいですね。キャリュは言って聞くような性格ではありませんので……」
キャリュアとディルダンたちが出て行った部屋に残されて、俺たちは考え込んでいた。
リテはなんとしても太古の魔獣の狩りを阻止したいようだが、どうすればといえば難しい。
力ずくで止めることも、できるわけがないし、確かに口で言って止めるような雰囲気でもなかった。
「トーキさん、参考までにお伺いしたいのですが、トーキさんのいらした世界でも、こんな揉め事はありましたか?」
リューム君が改まった顔で聞いてきた。
「王位継承の揉め事ね、死ぬほどあるよ」
「そうなんですか?」
「あはは。リューム君の悩みは大変なものなんだろうけど、俺のいた世界はここよりもずっと厳しい世界だったから。昔は人と人が殺し合うことも珍しくなかったんだ。王位の継承なんていったら、それこそ血みどろの争いがあったりして」
「ええ⁉ それは、大変ですね……」
「ああ。だから、魔王の継承で争うのは大事件だけど、俺はちょっと客観的に眺めてるっていうか、そこまで深刻だとは思ってないんだ。ごめん」
「いいえ、そう言っていただける方が気が楽になります。僕は思い詰めてしまう方なので」
「でも、あの温泉の魔獣たちを狩られてしまうのは、俺も嫌だな。どうにかそれは止めさせたいけど」
「明日の朝、キャリュともう一度話すしかないですね。ディルダンは完全にその気でしたけれど、キャリュが思い直してくれればいいのですが」
「明日、会える方法はある?」
「この魔族商会本部に早朝から開いている食堂があります。ゲルテン温泉まで行くなら、朝はかなり早くに発つはずで、出発前にはそこで食事を摂るのが通例です」
「なるほど。じゃあ明日の早朝にここで待っていれば会えるはずだ」
俺たちは宿に戻ってその夜は休むことにした。
途中の夜道、少し頭の冷めたリテが話しかけてきた。
「なんか、自分でもびっくりするくらい怒っちゃった。普通の魔獣が狩られることは何とも思わないのに、あの温泉の魔獣が狩られるのは、どうしても許せなくて」
「温泉の魔獣たちは、俺たちを襲っても来なかったし、逃げもしなかったよね。俺は彼らを見てると、自分がすごく小さな生き物に思えて、でもそれが心地よくさえあったな。いや、実際に小さいんだけど。見た目の大きさだけじゃなくて、生き物としての存在の大きさを、魔獣たちから感じたんだ。だから、俺も狩りは嫌だな」
「そう、わかる。不思議な魔獣たちだったよね」
「それに、俺にとってあの温泉の思い出はちょっと特別だから。だってリテと一緒に温泉に入ったし。その思い出を踏み荒らされるような感じがしてしまうな」
「む。もしかしてちょっといやらしいこと考えてる?」
「いや! そういう意味じゃなくて。えーと、だから……」
「あはは。大丈夫、わかるよ。私もあの時間は特別な思い出だから」
なんとかして魔獣たちを守りたい。そう思いながら歩くうちに宿へたどり着いた。
…………………
翌朝、早く起きた俺たちは、昨夜と同じ魔族商会の建物に来た。
昨日入った入り口は閉ざされているが、その向こうに開いている扉があり、魔族たちが頻繁に出入りしている。
「あそこが商会の食堂です。行きましょう」
リューム君が先導してその食堂へと入る。
中は予想以上にたくさんの魔族たちでごった返している。
室内を満たすがやがやとした話し声。
並んでいるテーブルの一番奥は、はっきり見えないくらい広い。
魔族は一人一人が2メートルを軽く超える巨漢だから、そんな人々が集まっていると、空間に熱気と圧力が満ちているようだった。
「どう? キャリュアたちはいる?」
リテがリューム君に聞いた。リテの身長だと、座っている魔族たちに阻まれて部屋を見渡すのも無理だ。
「いや、まだ来ていないようですね」
リューム君は答えて、入り口近くの空いた席に座る。
俺たちも彼の向かい側に座り、とりあえず一息ついた。
「ひとまず何か食べましょうか。ここの食堂のしくみは独特で、お二人には馴染みがないかもしれません。あちらの料理台にいろいろ料理が並んでますから、それを自分で取るんです。好きなように選んで、そこの窓口で支払いをします」
これは、学食みたいなシステムだな。
俺はすぐに理解できたが、リテはピンときていないようだった。
俺たちは荷物を席に置き(盗難のない世界最高!)、料理を取りに行く。
料理は魔族スタイルだそうだ。
基本、肉。煮たり焼いたりした肉だが、ごろっとした塊で調理されているものがほとんど。
脂分も多そうで、間違いなく高カロリーだ。
身体が大きくて、狩りに出る魔族向けの料理って感じだった。
朝から胃もたれしそうな料理ばかりが並んでいて、俺とリテは少量の肉料理と、あとはパンを数個とって席に戻る。
リューム君も俺たちよりは多いが、普通の量だ。
ちなみに周りの魔族たちはみんな、皿に山盛りの肉をがしがし食べている。
種族の差を感じるな。根本的にフィジカルが全然違う。
リューム君も俺よりはずっと高身長だが、魔族の中じゃまるでひょろひょろに見える。
こんな連中の魔王になろうっていうんだから、改めて大変なことだ。
俺たちは、その肉ばかりの朝食をちまちまと食べて、ほとんど食べ終わったころにようやくキャリュアが現れた。
………………
「おはよう! 諸君!」
勢いよく扉を開けたキャリュアは、魔族たちがあふれる室内に威勢よく挨拶して入ってきた。話し声がうるさい中でも、彼女の声は突き抜けるように通る。
後ろには昨夜のディルダンの他、数人の屈強な魔族を従えて、堂々と部屋を歩く。
食事をしていた魔族たちは、みんな振り返り彼女に目を止めた。
プロレスラーよりもでかい男たちが、睨むように彼女を見る。
しかし、キャリュアはそんな視線に怯むこともなく、爽やかに微笑んで返す。
ひしめき合う魔族たちの間を、軽く手を振りながら進み、彼女は部屋の真ん中あたりのテーブルに座る。
ディルダンたちも合わせてその周りに陣取る。
それだけのことで、うるさかった室内は一瞬シーンとなった。
誰もが彼女のことを気にかけずにはいられない。
すごい存在感だ。みんな、いるだけで彼女に注目してしまう。
確かに、たったこれだけでもリューム君よりキャリュアの方が魔王にふさわしいって理解できる。
何しろリューム君、この食堂に入ってから誰からも気づかれてないし、端っこのテーブルで地味に食事して、完全にモブだ。
俺がリューム君に向き直って彼を見ると、リューム君はそんなキャリュアのことを全く気にかけずに、いつも通りの涼しい顔でパンを食べていた。
いや、リューム君はリューム君で、別の風格があるな。
キャリュアとは全然違う立ち位置にいる。
さてどうやってキャリュアと話せばいいのか、と俺が考えていると、部屋の中に突然大きな声が響いた。
「これはニュルガンディキャリュア殿! 太古の魔獣を狩りに行かれるというのは本当ですかな?」
席に座るキャリュアたちの傍に立つ男。
普通の魔族よりもさらにでかい。身長もそうだが、筋肉量がヤバそうだ。僧帽筋とかゴリゴリに盛り上がってるし、服を着ていても大胸筋が厚いのがわかる。
「これは。バスキュルだったかな。西の方では手練れの狩人だとか。ああ、太古の魔獣を狩るのは本当だ」
「わしのことをご存じでしたか。失礼した、いかにもガリドル村のバスキュルだ。それよりも、太古の魔獣を狩ろうなど、魔王を目指されるお方のやることとは思えませんな。そんなことでご自身の力を示せるなどと言うのは、少々お考えが浅はかだと存じますが?」
「何だと?」
キャリュアの声に緊張感が増す。
それを気にすることもなく、バスキュルは続ける。
「太古の魔獣は代々の魔王様が保護してきた魔族の遺産! それを狩ろうなどと言うのは馬鹿げておる! しかも、かの魔獣たちは体躯こそ大きいが、隠れるわけでもなく、逃げることもなく、狩るのはたやすい。そんなことをしてもついてくる魔族はおりませんぞ!」
「ふふっ。そんなことだから、現代の魔族は弱くなったのだ」
「何を?」
「かつて、太古の魔獣が跋扈していた頃、人々の間に魔法はなかった」
「それがどうしたと?」
「その頃の魔族はみな強く、この地方に国を打ち立てて統べていたのだ」
「だから何だ!」
「今こそあたしは、本来の魔族の強さを見せる! 太古の魔獣を、魔法を使わずに狩る!」
キャリュアの声が響いた。
いつの間にか、喋っている者は誰もいなかった。
この場にいた全員が、キャリュアたちの声に聞き入っている。
「あっはっはっは! 魔法を使わずに狩るだって? 本気で言ってるのか!」
「もちろん」
「確かに古代は魔法もなく狩りをしていたのだろうが、その方法はもう伝えられてはおらん! それをお主のような若造が、しかも女の身で⁉ できるわけがないだろうに!」
言われたキャリュアは、それに怒る風でもなくゆるっと立ちあがり、周りを見渡した。
堂々と立つ彼女に、バスキュルが後じさる。
「ちょうどいい機会だ! 一同、聞け!」
キャリュアが叫ぶ。声の圧力がすごい。この広い食堂の隅々まで彼女の声が突き抜ける。
誰ももう言葉を発しない。
全員が彼女を見ている。
息をのんで次の言葉を待つ。
「あたしは次期魔王候補ニュルガンディキャリュア! キャリュアだ! あたしが魔王となれば、我々魔族の本来の強さを取り戻す!」
「いいか! この数千年というもの、魔族の数は徐々に減り、その勢力は衰えていった。何より、代を重ねるごとに魔族は弱くなっていったのだ! 身体は小さくなり、運動能力も低い者が増えた。本来の魔族の力は、こんなものではないのだ!」
「それというのも、我々が魔法に頼って狩りをするようになったからだ! 魔法は確かに素晴らしい力だ。だが、それによって魔族の力が失われていったのも事実!」
「これからさらに魔族の力が落ちていけば、我々はエルフや獣人族と変わらぬ貧弱な種族になるだろう! それでいいのか⁉ 今こそ、魔族の誇りを取り戻さなくてどうする⁉」
「その手始めとして、あたしは魔法無しで太古の魔獣を狩る! この狩りは、古き伝統を重んじる者から見れば暴挙に見えるかもしれん。しかし、これは魔族が力を取り戻すための第一歩なのだ!」
「かつて! バルドゥルグが世界を統べていた頃、魔族は自身の能力のみで巨大な魔獣を狩っていた! 魔法など使わずにだ! それが、本来の魔族の力だ!」
「あたしはその力を取り戻す! 自らの力のみで太古の魔獣を狩る! それを見れば魔王様もお考えを改めるだろう。これからの魔族を率いることができるのは、あたししかいない! あたしこそが、次の時代の魔王となるのだ!
「いいか! 皆、見ていろ! このニュルガンディキャリュアを! 新たな時代を創る魔王が、歩み出すさまを見よ!」
キャリュアが言い切り、その輝く視線で一回り周囲を見渡して、強く握られた拳を掲げた。
その瞬間、部屋中が揺れるほどの歓声が起こる。
室内にいた何百人もの魔族たちが、一斉に叫んだのだ。
「次期魔王、キャリュア様!」そう叫ぶ者もいる。
あまりの轟音で視界がゆがむ。
音の圧力で脳まで震える。
昨夜、ディルダンが魔王になるのはキャリュアだと推していた理由がわかった。
人を惹きつける圧倒的なカリスマ性。
間違いなく彼女は王になるだけの素質がある。
騒ぎ立てる魔族たちに囲まれて、俺は恐ろしくなる。
この世界の人が暴力をふるうことはないと知っているが、それでも興奮する魔族たちははっきり言って怖い。
リテは大丈夫だろうか、と思って彼女を見ると、こんな中でも彼女は強い瞳で一点を見ていた。
その視線の先。魔族たちが騒ぐ合間に見えるのはキャリュアだ。
キャリュアのあの演説を聞かされてなお、リテは怒りを持ってキャリュアを見つめていた。真っ直ぐに。恐れることもなく。
すげえ。
すごい人だと思ってたけど、マジですげえ。
ちょっと語彙力がなくなるほどに。
魔族がどれだけ騒ごうが、自分の怒りがブレない。
誰に何と言われても、揺るがない意志。
そう思った時、リテは立ち上がった。
熱狂している魔族たちをかき分けて、キャリュアに文句を言いに行くのではと思った。
そういう顔だった。
さすがにマズイ、と俺が止めようとすると、リューム君が手で俺たちを制して立ちあがる。
落ち着いた顔で、待っていろという風に頷いて見せる。
ゆっくりと歩き出すリューム君。
キャリュアの言葉に興奮している魔族たちは、誰もリューム君を見ていない。
そんな中を、静かにかき分けて、リューム君はキャリュアのところまで歩み寄った。
キャリュアの正面に真っ直ぐ立つリューム君。
群衆が彼に気付く。
正統なる次期魔王に。
静かに見つめ合う二人。
周りの人々も、言葉を失った。
空気が固体になったようだ。
動けない。
声も出ない。
全員が共通して感じる、この上ない緊張。
向かい合う二人の魔王継承者。
これは、元の世界だったら絶対にどっちか死ぬ状況だ。
暴力的なことは、この世界の人はしないはずだが、ホントに大丈夫?
今から決闘が始まりそうなんだけど。
俺の額から汗が流れて、目に入る。それをぬぐうこともできない。
極度の緊張に、俺の呼吸は止まりそうだ。
しかしリューム君はスゥっと自然に息を吸って、事も無げに吐いて話し始めた。
「はあ。キャリュ。しょうがないですね。でも、何を言っても次の魔王は僕です」
「リューム兄、あたしの話聞いてなかった? 次の魔王になるのはあたし」
「どうせ今は、僕の言葉なんて耳に入らないでしょう。ですが、これだけは。太古の魔獣は狩らせません」
「リューム兄に止められることじゃないよ。でもまあ、これからいろいろ準備をしなくちゃいけないから、その間なら話くらいは聞くよ。あたしは魔王になるんだから、みんなの意見をちゃんと聞かないといけないからね」
「ええ。ぜひ、そうしてください」
二人の会話にわずかにざわつく中、リューム君は身を翻して、こちらに戻ってきた。
「さて、行きましょうか。キャリュの目的もわかりましたから」
「ああ、いいのかい? リューム君」
「大丈夫です。出発しましょう」
リューム君は俺たちを先導して食堂を出る。
俺は彼を追い、リテもキャリュアの方を眺めながら席を立つ。
「ねえリューム。キャリュアとの話はもういいの? 彼女、魔獣を狩りに行っちゃうんじゃない?」
リテはリューム君の後ろ姿に問いかけるが、リューム君はそのまま食堂を出て行ってしまった。
しょうがなく俺とリテも食堂を出て、リューム君について歩く。
「リテさん。大丈夫ですよ、今は。キャリュが魔法無しで太古の魔獣を狩るつもりだとわかったので。目的地は同じです」
「え? どういうこと? 彼女はこれからあの温泉に行くんじゃないの?」
「いいえ。魔法無しで狩りをするには準備が必要ですから。絶対必要なのは武器です」
「それはそうだろうけど……」
「キャリュはこれから準備すると言ってましたから。まず行くのはドワーフの村です。金属製品、特に刃物の加工は、ドワーフでないと出来ませんからね。そして僕たちの次の目的地もドワーフの村、マルテール村です。腕のいい鍛冶職人がいることで有名ですから、キャリュもそこに行くでしょう」
「あ、そういうこと……」
「同じ目的地ですから、道中にゆっくり話す機会もあるでしょう。先程のような雰囲気の中じゃ、まともに話し合えませんからね」
冷静に言うリューム君。さすが、落ち着いて物事を考えてるな。
俺たちは宿に戻って荷物を整える。
結局予定通り、今日はマルテール村へ向けて出発だ。
何とかキャリュアと話すことができればいいが。
多分、キャリュアに言いたいことを考えているのだろう、無言で硬い表情のリテと、あんなことがあったのに平静な顔をしたリューム君と共に、俺はメリオノール市を出た。
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